↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
PR

花嵐の中で……

作者: 小夜
掲載日:2020/08/27


 後悔しないように生きなさい。


 どんな仕事をしてもいい。


 どんな人と一緒になってもいい。


 だけど、後悔だけはしないようにしなさい。


 繰り返し繰り返し、母はそう囁いた。


 春の花が咲き乱れる中、穏やかに微笑みながら…………。


   ✻ ✻ ✻


 生まれる前に父は戦争で死んだ。だから母は戦争が嫌いだった。どんな人と付き合ってもいいけど軍人だけはダメだと、何度も言った。

 一人で必死に私を育ててくれた。けれど、体を壊して私が幼い頃に逝ってしまった。

 私は地べたを這いずりながら必死に生きた。

 いつしか生きるために体を売るようになった。

 母の知り合いだという人に拾われて大店で働くことが出来た。

 十八歳で初めて恋をした。相手は軍人だった。あれほど母にダメだと言われていたのに。やっぱり親子は似るのかしらと、少しだけ笑って、少しだけ母を想って泣いた。

 やがて、私から父を奪った戦争が再び起きた。長く長く続いた。たくさんの人が死んだ。恋人も死んだ。同じように恋人を喪った子たちと一緒に泣き、私はまた一つ強くなった。

 住んでいた街も家も、全てをなくした。

 私は身一つで避難を続け、やがて一人の男の子を拾った。

 家の下敷きになった母親を助けようとしていたのを手伝った時だった。通り過ぎようと思った。けれど、ママン、と必死に叫ぶ声を聞いて、自分が母をなくした時のことを思い出した。私もああして母を呼んだのだった。

 瓦礫から助け出した母親は、この子を連れて逃げてくれと懇願しながら息を引き取った。泣き叫びながら母を呼ぶ男の子を抱いて私は走った。

 戦争が終わり、生きるために必要な何もかもが足りぬ中を、私たちは必死に生き抜いた。たくさん泣いて、歯を食いしばって、それでも真っ直ぐに育ってくれた。

 私はたくさんの話を聞かせた。

 私の母は裕福な家の娘で、軍人だった父との結婚を反対されて駆け落ち同然で私を産んだこと。それでも幸せだったこと。私も軍人を好きになってしまったこと。もう帰り方も分からない故郷のこと。貴方を拾った時のこと。本当は育てるのを迷ったこと。どこかの孤児院の前に置き去りにしようとしたこともあって、でも腕の中で泣く貴方を見て、抱き締めて泣きながら家に帰ったこと。

 やがて生活がどうにか回り始めた頃、私たちは海沿いの小さな町に移り住んだ。決して贅沢な暮らしが出来たわけではなかったけれど、周りの人たちの助けを借りながら、どうにか生きる糧を得た。

 男の子は少年となり青年となり、やがて町を出て大人になっていった。

 私は毎日海を眺めながら、本を読み、編み物をし、ただ静かに日々を過ごした。一ヶ月に一回届く手紙と半年に一回帰ってくる彼の訪れを楽しみにした。

 彼が町を出て何年かたった頃、一人の女性を連れて帰ってきた。

 この人と一緒になろうと思う。はにかむようにそう言った彼に、私はおめでとうと笑った。

 そして彼は庭に花ぶらんこを作ってくれた。それは彼が幼い頃、私が聞かせたものの一つだった。貴方のおばあさまが育った家の庭には揺れるだけで幸せが舞い落ちる花ぶらんこがあったのよ。私も聞いただけだったから本当にそうなのと思っていたけれど、揺れるたびに花を零すそれを見て、たしかに幸せを感じた。

 いつしか息子となっていた男の子は、風に揺れて花を零すぶらんこを眺めながら穏やかに笑う私を見て、少しは恩返しが出来たかなと呟いた。

 当たり前じゃない。生きてくれているだけで私は幸せよと言ったら、我慢出来ないとばかりに泣いてしまった。あらあらと言う私をよそに、妻になった女性が息子を慰めた。

 そのうちに二人の間には三人の子どもが生まれ、私は相変わらず、彼らからの手紙とたまに写真、増えた家族を待って日々を過ごした。

 ただ穏やかに日々は通り過ぎていった。

 一人で過ごす時、ふと母のことを思い出した。生まれた私を放り出すこともせず、必死に育てた理由を、私は一度も彼女に訊くことが出来なかった。他にもたくさん、怖くて訊けないことがいっぱいあった。けれど仮初めとはいえ、子を持ち、家族に囲まれるようになってやっと答えを見つけた。

 息子に訊かれたことがあった。今までの人生、お母さんは幸せだった?

 私はいつも、分からないと曖昧に微笑んだ。本当に分からなかった。後悔はしていない。けれど幸せかと考えれば、途端に答えは霞んでしまった。



 私はいつか母に言われた言葉を、自分の言葉に変えて父となった男の子に言った。



 私はやがて、母が亡くなったのと同じ、春の花が咲き乱れる中息を引き取った。

 そうして還るのは、母とともに暮らした、あの故郷だろうか……。


    ✻ ✻ ✻


 その人は、本を抱えて眠るように息を引き取っていました。

 ボクの人生に、たくさんの大切なことを教えてくれた人でした。

 どんな時でも、誰が見ていてもいなくても、胸を張って、誇りを持って生きろと……。

 踏みにじられても散らされても、何度でも何度でも、なお返り咲く。

 花のようなその人の生涯でした……。


読んで下さり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。