ライブハウスの1番後ろ
それまで目障りなほどに点滅していた照明が、ステージの中央をぼんやり照らしている。緊張や期待が交錯した静寂のようなものが四角いハコを満たしていく。
「俺らにはこれしかできなぇけど、こんなことしかできねぇけど、それでも、ぜってぇ誰かに届くと信じて歌い続けます」
ハルトはもはや感銘を受けずにはいられなかった。よくもまぁこんな小っ恥ずかしい事を言えたもんだ。
「聞いてください、俺らの新曲」
僕の、な。と、心の中で訂正をする。
ひと呼吸おいて、ステージの彼がボソッと何かを呟くと、それを合図にギター、ベース、ドラムが一斉に轟音をあげた。観客も堰き止めていた水が解き放たれるように手やら頭やらを振ってそれに応える。フロアの8割ほどを満たす彼らの一体何人が彼の呟いた新曲の名前を聞き取れただろうか。
ポケットに入れていたカジノ風のコインをステージから1番遠いところに設置された簡易バーカウンターの、スタッフに渡す。背中で彼らの音楽を浴びながらカウンターに設置されたメニュー表に書いてあるジントニックを指差した。
手際良く作られたそれを受け取るとカウンターの横に設置された椅子に座り、意識を向ける。ステージではないく、その手前、フロア後方にいるショートカットでやや小さめの女の子に意識を向ける。胸のあたりに両手でドリンクを持ちながら演奏を聴いている彼女の姿は、まるで神からの啓示を受けているように見えた。
そう見えるのは完璧に僕の主観だなとハルトは考えたが、一方で、そうであって欲しいという願望が存在するのも事実だった。
2番のサビが終わり、ギターソロが始まる。勢い任せの演奏に見えて、彼らにそこそこの技術はあるのだと、ハルトは毎回このタイミングで思い出す。が、今日に限ってはそれどころではなかった。
ギターソロが終わるとそれまで激しかった曲調が穏やかになった。ハルトはジントニックを一口飲み、その瞬間を見守る。
ステージのボーカルと目があった。正確にはあったような気がした。ハルトはボーカルの顔が一瞬、割ってしまった皿を見つけられた時の子供のような表情になったのを見逃さなかった。
作戦失敗だ。
ハルトは馬鹿野郎と叫びたい気持ちを抑えて、飲みかけのジントニックを置いたまま、重い扉を開けて会場を後にした。