4話 充電の3月31日
平成最後の投稿
「ただいま」
「悠月おかえり。どこ行ってたの?」
身体中の熱がひとまず落ち着いた後、悠月が家からいなくなっていることに気づいた。それまで気づかなかったのだから、どれだけ慌てていたのかわかるというものだ。
悠月は食器を片付けた後、外に出たのだろう。
「スーパー。冷蔵庫にそんなにものが入ってないからとりあえず色々買ってきた」
「あー。自炊してなかったから……」
「その話はもう終わったろっ」
「ちゃんとご飯一人でも食べるんだよ?」
「わかったって」
違和感ないかな。もう付き合って六年目になるのに、キスであんなに慌ててしまうのは、少し恥ずかしい。
触れるだけのキスだったのに、なぜか悠月から感じる色気のようなものがヤバかった。
彼の瞳は、どろりと溶けてしまいそうな甘ったるい色で、その中に鋭く光るものが私の身体を縫い付けてしまうようで。
久しぶりに二人っきりで家にいるからか、悠月が外面ではなく、家での雰囲気を纏っているのもよくない。なんかすごくエロい気がする。
あーーうー、考えるのやーめたっ! 思い出すだけで少し赤くなってしまう気がする。
「えぁっ、そうだっ、豚のしょうが焼きだったね。ご飯、作るね」
「ん、お願いするわ」
私はこんなに慌てているのに、悠月はなにもなかったくらいに落ち着いている。その事になにも思わなかったわけじゃないけど、普通のキスでここまで慌てる私の方がよくないので、気にしない事にした。
◇
「ごちそうさま」
「はーい、お粗末さまです」
「久しぶりに食ったけど、やっぱ深雪の飯は旨いな。俺、お前の飯好きだぞ」
「自分で作らないでコンビニ弁当とかに頼ってるからだよ。ちゃんとご飯は食べてね」
またその話かよ、と言った風に悠月は顔を歪めた。
それが少しおかしくて笑ってしまうと、薄目でこちらを睨んでくる。それがまたおかしくて、また笑ってしまった。
「そういえばさー、冷蔵庫にトマトがあったんだけど、悠月買ったの?」
「あー。買った買った。お前、俺にだけ嫌いな物食わせといて、自分は食わないとか、そんなの無しだぞ」
いや、悠月は自分から食べたようなものじゃん。そう言いかけたけど、それを私は面白がったので、言わなかった。面白がったら反論できないのだ。
トマトの事を考えると、顔にどんどんシワが寄っていくのを感じた。
「うっわぁ、お前今、すげぇ顔してるぞ」
悠月は私の眉の間のシワを、指で伸ばすようにした。
「私、生のトマトは絶対食べないからね。調理したらギリギリ食べれる」
「いや、食えよ。俺はしいたけ食ったじゃん」
「悠月はピーマン食べてないもん。ピーマンの方がしいたけよりも嫌いでしょ? 悠月がピーマン食べたら、私も生トマト食べるし」
悠月は、私の眉間をさわっていた手で頬をつねりながら言った。
「はぁ?俺は嫌いな物一個食べたんだから、お前も一個は食えよ」
「痛い痛いっ いーやーでーすー! 食べませーん!!」
そうやって、子供みたいにぎゃあぎゃあ言い合っていると、電子音が鳴った。悠月は、その時、少し固まったように見えた。
「お風呂沸いたや」
電子音によって、言い合いを続ける気力が霧散してしまった。
「……俺先に入るわ。…………一緒に入るか?」
悠月は真顔でそう言った。距離がなんかすごく近い。さっきまでと雰囲気が変わり、どこか怪しい空気を醸し出している。
「っっ入りませんっ」
「ふっ、そっか。じゃあ入ってくるわ」
そう言って、怪しい空気を無かったように消し去って、風呂場に行ってしまった。
うぁー、ドキドキしたぁ。なんか今日、悠月にすごいドキドキさせられる。やっぱり悠月は、ズルいと思う。
◇
悠月の後にお風呂に入った。その時に、なんで悠月に今日は一段とドキドキさせられる考えてみた。
そう! 私が思うに、このドキドキの原因は、圧倒的『悠月成分不足』のせい!!!
私が入院していた時は、毎日会っていたけども、一日中一緒にいれた訳じゃなかった。いつもは毎日ずっと悠月と一緒にいる私は、悠月成分が不足しているのだ。
飢えている時にいっぱい食べると胃がびっくりする。それと同じことだ。
いきなり不足している所に過剰供給されたことがいけないんだ!! 悠月を充電すれば大丈夫になるはずだ!!!
そう思い、私は悠月を充電することにした。
「なあ深雪、これ、どういう状況か?」
「私が悠月に抱き付いてる」
「いや、そういう事じゃなくてさー」
そういう事じゃないなら、どういう事なのか。
私は今、ソファーに座っている悠月に正面からギューっと抱き付いてる。こうすることで、悠月と接地面積が大きく、効率良く悠月成分を補給できるからだ。
「なに? 甘えたいの?」
「…………」
別に甘えたい訳じゃない。ないったらない。甘えたいって言うのは、なんか負けた感じがする。
私は悠月成分を補給しているだけなのだ。
悠月は、嫌、なのだろうか。
「…………いや?」
「……もうさー、そういうところがさー。うー…………深雪はズルいと思う。別にいいけどさ」
「そっか」
ズルいのは悠月だと思うんだけど。許可された事は嬉しかったので、さらにギューっとする。
「わかってやってないところがなあ……深雪、好きだ」
「…………私も、好きだよ」
「ん、知ってる。……よいしょっ」
「ふぇっ?」
いきなり横抱きにされたので、慌てて落ちないように首にすがりつく。めっちゃびっくりした。
「えっ? なんで?」
「いやー、ハハッ」
「え? なになに怖い怖い」
笑ってなにを誤魔化した? 本当にこの人はなんなのか。
そう思ったけど、寝室に向かっているので、今から悠月がしようとしているを察した。
「いやいや、待って。ちょっと待って。私退院したばかりで、コンディションが良くないというか。そもそも病み上がりというか」
「大丈夫だって」
何がだよ!? 私はまだ悠月成分の補給が終わってないからか、けっこうドキドキしてしまうというか。大丈夫じゃないというか。
「いや、あのさ」
「……よくよく考えてみろ。半月だぞ? 俺がどんだけ我慢したと思ってるの?」
「………………えっと、お手柔らかに、お願いします」
それを出されたら、肯定しかできない。やっぱり、ズルいのは悠月だと思う。
深雪さんがドキドキしてたのは、悠月くんが我慢してたからです。
あと、深雪さんは現在七割位アホになってます。彼女は本来、もう少し思慮深い人間です。




