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萌出

「大角志津は確定でしょう、なにせ彼は戦うために訓練された『発現者』ですからね。年齢も十八歳と若すぎなくてちょうどいい。」

「神田経一、十八歳。この子も良さそうですね。『神経加速』、特別な装置の必要もなく即座に配備できます。」

施設によって管理されている『発現者』達それぞれの分厚いファイルを読みながら、現場を知らない上層部の人間は、紙面に記されたデータを元に、今回の『発現者』配属の適正について語り合っている。

「一週間後に配属になるなんて流石に急ですよ。今私が読んでるこの十六歳の苑田抄子(えんだ しょうこ)、この子だって絶対制圧力はある『発現』なのに、彼女の『発現』を警備として使うには、生身の彼女だけではどうにもなりませんしね。」

「なあに、こんだけ『発現者』がいるんだから生身で戦える奴が四人なんてすぐ見つかるさ。」

特別警備隊第一班。そう適当に名付けられた部隊の四名はすぐに決まった。

「おっ、この子もいいじゃないか、海野小綿、十七歳。『海綿体』だって。女の子なのに大したもんだ。」

公の場で『発現者』に対してこのような発言をすれば今やどう批判されるか分からないが、上層部の人間なんてみなこんなものだ。

「山口壮牙、十八歳。『歯』か。いい『発現』じゃないか、生身で戦う今回の件じゃあぴったりだ。」

「その子、元不良って書いてあるじゃないですか!?今回配属されるのは外の社会なんですけど大丈夫なんですか?」

「なあに大丈夫さ、もう一年も施設で真面目に授業を受けてるんだろう?問題ない。」


『発現者』が如何にして『発現者』となるのかは未だ謎に包まれたままだが、『発現者』となった時期、『発現』が出来ると自覚する時は、人それぞれである。

生まれつきだったり、ある日突然出来るようになったり、いつの間にか意識せずとも出来るようになったり。

彼、山口壮牙もまた、『発現』の経歴は違うのだ。

壮牙、当時十六歳の時である。

壮牙はそれほど特徴的な生徒ではなかった。

母子家庭で比較的自由に育てられたが、特に問題児でもなかった。

しかし、勉強が得意でなかったのは確かである。

悪名高い高校に入学せざる終えなかったのはそのせいだ。


「おい山口、お前も来ねえか?」

ろくでもない事を武勇伝のように語ってるようなそいつは、同胞を増やしたかったのだろうか。

「ああ?俺はいいよ。」

悪名高い高校は、その悪名を求めて来る輩も少なくない。壮牙はこれを理解していた。

少なくともその時の壮牙には、その悪名は必要なかった。

しかし、悪名は、それを必要としない人間にも振りかかる。

弱いものはつかいっぱしりにされ、一見強い者同士でも、カーストが形成された。

壮牙は決して弱くなかったが、一番最後までカーストに所属しなかった。

つまりは、悪名なんて馬鹿らしいものに、最後まで所属しなかったのが仇となった。

「おい山口、お前もそろそろ付き合えや。」

最後の対象に壮牙が選ばれた。

「付き合うって何をだよ。」

「みんな先輩たちに良くしてもらってんだ、お前が最後のひとりだ。」

「良くってなんだよ.....」

壮牙はほかの弱者が良くされてる光景を何度も見てきた、だが関わらないできた。

ある程度いい関係を持っておけば対象にはならないだろうと思っていた。

しかし、悪名というものは非常に不思議なもので、良くない、つまりは不良な行為それ自体が目的となる。

同じ学校の生徒に暴行を与えること自体が目的なのだ。

「いいからこっちにこいや!」

壮牙は数人につれられ、普段弱者が良くしてもらっている場所に連れていかれる。

今度は見るだけじゃなく、される側だ。

はたかれ、殴られ、蹴られる。

壮牙にとって全く理解できない理由の痛みが襲った。

そして、壮牙は、キレた。

「いい加減にしろよてめえらぁ!」

とりあえず、一番最後に殴った男に反撃する。

しかし、悪名高い彼らは、壮牙と比べて喧嘩なんか慣れっこだった。

反撃を受けても大して驚かず、逆にもう一発食らってしまう。

「はははははっ、キレてやんの。」

弱者がキレて暴れるところは、強者にとって実に愉快であった。

「ふざけるなよてめえ!」

壮牙の怒りは収まらない。腹を抱えて笑う首謀者を殴りに行く。

その時、壮牙は初めて、『歯』を『発現』した。


随意的な遺伝子発現は、どのような感覚であるのか。

普通の人間であっても、随意的に出来ることとできない事の差があるのだ。

最も分かりやすいのが大胸筋であろう。

大胸筋は本来随意的に動かすことの出来る筋肉である。

しかし、大多数の筋肉が少ない者は、あまり大胸筋が収縮しないため、大胸筋のみを随意的に動かすのは難しいのだ。動かすことが出来ない者は、それをどうやって動かせばいいのかが良く分からないはずだ。

耳の中に耳小骨筋という筋肉がある。

これは中耳内の気圧調整などに関わる筋肉であるため、不随筋である。

実際今、耳の中の筋肉を動かそうとしても、普通は動かないし動かし方なんてさっぱりわからないであろう。

ただ、耳小骨筋は随意的に動かすことが出来る症例が幾つかある。

彼らは指を動かすのと同じように、耳の中の筋肉を動かせるのだ。

つまりは、他人にはわからない別の感覚、一部の遺伝子を無理やり『発現』させる感覚。

それを有しているのが『発現者』なのだ。


拳、指の付け根に鋭い歯が生やせる、謎の感覚ではあったが、それはすぐに使いこなせた。

高笑いしていた不良は飛んでくる壮牙の拳を腕でガードした。

だが、その腕に牙が突き刺さり、切り裂く。

「いてえ!こいつッ、なんか仕込んでやがる。」

仕込んだ道具を奪うために、ほかの仲間が殴り掛かる。

それに対し壮牙は殴られる箇所を堅い歯で次々と守っていく。

顔も、腕も、腹も、石を殴るような感覚が、不良たちを襲う。

そして、壮牙が振るう拳は、鋭く、切れ味が良い。

不良どもはどんどん血まみれになっていく。

大して深い傷ではないが、その異様さに恐怖を覚えた。

壮牙はこの日、ひとりで四人を撃退した。

そして、こう思うのである。

「俺は、強い。」

その後、壮牙は悪名の頂点を手に入れる。

しかし、程なくして壮牙の異様さを聞きつけた施設職員に『発現者』として連行されたのだった。

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