爪牙
時刻は少し戻り、壮牙と志津の待機室。
「あんたが山口壮牙か?」
遅れて待機室に入ってきた志津が、壮牙に尋ねた。
「ああ。」
壮牙は目線を少し向けただけであった。
「急だったが、とにかく今日の俺らはチームだ、よろしくな。」
志津はその柔らかな物腰で、壮牙に接した。
「ああ。」
壮牙の態度は変わらない。
「知ってるとは思うが、俺は大角志津だ。」
志津は壮牙の態度にもめげずに話を続ける。
「あんまり気持ちのいい話じゃないけど、どんな『発現』かも教えるよ。」
志津も、『発現』の話を気兼ねなくする相手は経一くらいであったが、チームメイト、いわば相棒となる相手へ友好を深めるための手段にはこの話はうってつけであった。
「俺の『発現』は、『角質』だ。爪とか、髪とか、表皮とか、そういうのを『発現』できる。」
「爪や髪?」
壮牙はようやくまともな受け答えをした。
「ああ、」
答えが返ってくると思わなかったため、志津は少し驚いた。
「あのおっさんの言い方だと俺らはいわゆる一番最初の精鋭だ。」
おっさんとは、講義室で『発現者』の配属について説明した職員の事だろう。
「俺の劣化みたいな『発現』なお前がなんで選ばれたんだよ。」
『発現』に実質的な優劣はないが、未知の『発現者』との戦闘が考えられる今回の案件で、『角質』を作り出す『発現』は、『歯』を作り出す『発現』と考えるのは間違いではない。
壮牙のような人間にとっては特にそうだった。
「山口、お前の『発現』がなにか知らないが、そういう言葉は控えた方がいいぞ。」
穏やかな志津がやや鋭い語気でそう言った。
「確かに俺の『発現』は、悪い奴を捕まえるのにはそう向いてない。いや、向いてなかった。」
志津は、何かを堪えるように言う。
「俺の『発現』を戦闘向けに出来るよう、死ぬほど練習させられたんだ。」
「そのまま動くな!動かないと撃つ!」
志津は拳銃を構えるジェスチャー、親指を立て、人差し指を向けるポーズで細身の男を威嚇した。
「撃つって何をさ、銃なんてこの国にはもう無いだろう?」
そう言いながら細身は、さっき腕に飛んできた衝撃の事を思い出す。
細身の上腕には、薄くて白い透明な板が刺さっていた。
細身は何かを察した、しかしもう遅い。
肩口に再び同じかそれ以上の衝撃が刺さる。
「いてえ!お前、なにか飛ばしてきてるな!?」
「次はもっと強く撃つ!早く降伏しろ!」
細身は狼狽えた。このままではいけないと、その場しのぎでもいい、何か策はないかと。
志津は容赦がなかった。
突如、細身の左耳が無くなった。
細身は、自分の耳が千切れていったと気づくのにはやや時間がかかったようだ。
「これが頭に当たったらどうなるか分かるか!」
志津は、叫ぶ、これ以上被害者を出さないために。
志津の『発現』は『角質』である。
角質とは、爪、髪、上皮などに含まれる硬タンパク質、ケラチンの事だ。
非常に硬いタンパク質であり、これが堆積することでより強靭な器官を形成する。
当たり前だが、壮牙の『歯』に強固さで優ることはない。
しかし、志津は幼少期から『発現』の速度が異様に早かった。
その速さが、研究の対象にならないはずがなかった。
志津に関しては、『発現』そのものよりも『発現』の速度についての研究に充てられた。
志津は、速度の限界を求められた。速度を極めさせられた。
志津は、過度な『発現』による栄養の喪失、異常な速度による摩擦に耐え続けた。
結果、拳銃に匹敵する速度を得た。
細身の男はパニックを起こしていた。
自分が起こした悪事から完全に詰んでいる事を理解した。
だが、彼は非常にしたたかな男であった。
「うわああああ!!」
細身は半狂乱になり、叫ぶ。
細身は、倒れこんでいた壮牙を拾い上げ、絞めた。
靭帯を自由に伸ばし、関節を外した彼の体はもはや縄である。
壮牙を後ろから絞め上げつつ、自らの体を密着させることで、奇しくも志津の射撃を完全に防ぐことが出来た。
「おい!やめろ!」
志津は、指を構えながら言うが、威嚇が意味をなさない、そもそも壮牙が邪魔になって撃つことが出来ないということが直ぐにわかった。
「やめるんだ!やめてくれ!」
『発現者』の罪が罪を犯さない『発現者』までも苦しめるのだ。
志津は走り出した。『発現者』として、『発現者』の犯罪者とそれによって苦しむ『発現者』を救わずにはいられなかった。
接近した志津は異常な光景を見ることになる。
名も知らない『発現者』、細身の男の背中に、白い牙が突き抜けている。
その白い牙は、壮牙の背から『発現』されたものであった。
細身の男は強く壮牙の体に密着していた。
それにより、壮牙の背から『発現』した、硬く鋭い歯が体を突き抜けたのだ。
「クソッ。」
壮牙はそう吐き捨てる。その背には、血を吐き、息絶えた『発現者』がいる。
「あぁ....ああ....」
志津は、目の前の状況が受け入れられなかった。
『発現者』の未来が陰った予感がした。