牙
コンビニにて強盗。
店員の通報にてすぐさまコンビニに警官が駆け付けたが、店員のひとりが人質にとられ、その場にいた警察官に外へ出ることを要求、そのまま人質を抱えたままコンビニ内へ立て籠もる。
通報内容はこうであった。
コンビニは全面が窓でおおわれており、警察官が近づくと『発現者』を刺激し、人質に危険が及ぶと思われる。
この案件は『発現者』の助けが必要であった。
「あのコンビニだな?」
壮牙は警察車両が止まった途端、勢いよく飛び出していく。
「おい、待て!お前さっき話聞いてなかったのか!?」
志津が制止しようとするも、壮牙は聞かない。
「『発現』はもうしていいんだろ?」
壮牙はコンビニへ猛ダッシュしながらそう叫んだ。
すると、袖がまくり上げられた腕が白く染まっていく。
その腕を顔の前に構え、自動ドアが開かないうちに突撃する。
大きな音を立てて透明なガラス片が四散する。
中にいた『発現者』は目を大きくしながら声を上げる。
「来るんじゃねえ、こいつが死んでもいいのか!?」
その『発現者』は長身で手足は妙に細長い。
その細長い腕を使い、人質にされた店員の首を絞めあげていた。
店員はすでに意識を失っており、壮牙にはその生死の判断は出来なかった。
「ああ、殺してみな。」
壮牙は人質を気にもせず、白く染まった拳を細身の顔にぶつける。
思い切り当たる。
細身の首は大きく捻じれた。
壮牙の『発現』は『歯』だ。
歯とは、人体においていかなる器官か、極めてイメージしやすいであろう。
咀嚼、すなわち、消化吸収するための第一段階である、食物を細かく砕くための器官である。
農耕、調理が発達した現代ではこの器官に有難みを感じることは少ないが、狩猟採集を繰り返していた原始時代においては、木の皮までも咀嚼したと考えられている。
主成分、ヒドロキシアパタイト、その堅さは、地中深くで圧力をかけ続けられて生まれる水晶にも匹敵する。
人間の体が作り出すもっとも堅い器官。
それが、『歯』である。
壮牙は、思い切り殴りつけた後、違和感を覚えた。
長らく人の顔なんか殴っていないから、感覚が狂ったのか、そう思った。
視界から入る情報が、その感覚は狂っていないことが直ぐにわかる。
文字通り、細身の首が大きく捻じれている。
二百七十度程。
細身の男は首が捻じれたからか、力が抜け、首を絞めていた人質は床に落ちた。
壮牙は目の前に起きた状況の情報処理が追い付かず、しばし思考が止まった。
「いてえ、意識飛びかけた、もうちょっと遅れたら、完全に飛んでたかもしれねえ。」
ゆっくり、顔が正しい位置に戻って来ながら、高めのガラガラ声でそう言っている。
頬は壮牙の鋭い歯によって大きな傷が付けられ、血が流れている。
壮牙は、その光景に恐怖を感じた。
施設の中では他人の『発現』を見ることはない。
目の前の狂気に、壮牙は一歩、二歩と後ずさりをした。
「次の人質はキミだよ。」
二歩、下がったはずだった。
壮牙は、首を掴まれた、細身は一歩も動くことなく。
つまりは、腕が、伸びていた。
壮牙の首を掴み、さらに片手で掴んでいるのにも関わらず、壮牙の首の後ろまで指が回っていた。
頸動脈が絞め上げられる。
血流が止まり、息が詰まる。
「ぉ....ぃ.....」
助けを求めようも、声は出なかった。
細身の男の『発現』は、靭帯である。
靭帯とは骨と骨とを繋ぎ、関節を形成するための器官である。
靭帯は非常に強く、そして短い束である。
我々は強く短い束のおかげで適正な可動域であれば、正確に関節を動かすことが出来るのだ。
一方で、靭帯は怪我の印象も強いだろう。
靭帯は束であり、強く、短い、それ故に、適正な可動域を超えてしまうと簡単に伸びたり、欠けたり、断裂をしてしまう。
バレエダンサーなどを見ればわかるように長い訓練を積むことで可動域をある程度広げることは可能であるが、『発現者』である細身の男はバレエダンサーのそれを遥かに上回っている。
壮牙の拳に合わせ、首の靭帯を『発現』し、大きく回転させることで衝撃を吸収した。
関節を外すことは靭帯を損傷させる恐れがあるため、本来は危険な行動であるが、靭帯を『発現』させることが可能であるため、これは彼にとって問題のある行為ではない。
太く短く伸びにくい靭帯を伸ばし、関節を外してしまえば、文字通りに、腕を伸長させることは難しくない事なのだ。
関節を外し、伸び縮み自由な触手となった細身の手に絞められ声も出ない壮牙であったが。
声を出さずとも、壮牙には助けが来た。
細身の上腕に衝撃が飛んできた。
それは深く突き刺さり、痺れるような痛みを与え、壮牙を締め上げていた手は離された。
衝撃が飛んできた方向は壮牙が破り割った店の入り口。
人差し指をこちらに指してきている男、大角志津であった。