配属
「まあそういうことだから、『発現者』の未来のために頑張ってもらうよ。」
経一の自室で、職員から説明を受ける。
「そんな事急に言われても。僕には何もわかりませんよ。」
「そうだよね、とりあえず、既に決まっていることを全て説明するね。」
職員は数枚の紙がホチキスで止められただけの資料を経一に渡した。
「まず、本題の市街地の警備活動っていうのの配属が三日後。」
「三日後ですか!?」
「ほんと、めちゃくちゃな話だよねえ。下っ端職員からは何も言えないけど。」
『発現者』が警備活動ができるという法案は公にすらされていないが、裏の大きな社会では、もうずっと前から決まっていたことなのだろう。
「経一くんが配属されるのは新宿駅付近の交番、出動要請があったらすぐさま現地へ向かう。簡単に言うとそんな感じだね。」
大都会の小さな交番の小さな待合室にいきなり『発現者』を放り込む事を配属と言っているのだ。
「あと、そこに4名全員が配属されるわけじゃなくて、経一君と、海野 小綿さんのふたりでだね。」
「海野さんか.......」
同じ授業を受けたりはしているものの、ふたりは会話はおろか、あいさつもしたことがなかった。
「とりあえず、配属までのあと2日間は、久しぶりに『発現』の訓練をしてもらうから。」
「いきなり出来るかなあ......」
幼少期から施設にいることもあり、研究の対象にされることは少なくなったため、ここ数年間、経一は『発現』をしていなかった。
「まあこんなところかな、何か質問はある?」
薄っぺらな資料を閉じて、職員は経一の顔を見た。
「僕は.........七歳の時にこの施設へ来て、施設へ出るのは11年振りなんですが.......大丈夫ですかね......?」
『発現者』は、罪はないが社会から隔絶されている。表へ出ることへの不安は大きかった。
「まあ、大丈夫だと思うよ?信号くらいはわかるでしょ?」
「さすがにそれは分かります!」
「そんなに心配することないよ、頑張って。」
表の世界で生活する職員は、ひどく楽観的であった。
3日後。
経一は乗用車に乗せられ、新宿へ向かった。
「(車に乗るのなんて何年振りだろう、研究所をたらい回しにされてた時以来かな.....)」
街中は、タクシーやバスをはじめとした車や、歩行者が多い。経一が乗る車の進みも、どこか遅かった。
「ほら、着いたぞ。」
素っ気ない運転手が、運転席に座ったままそう言う。
「あっありがとうございます。」
経一はそそくさと後部座席から降りドアを閉めると、すぐに車は走り去った。
ガラス張りの交番の中の様子が見える。入りにくい状態ではないが、外の世界を知らない経一にとって警察官というのは全くなじみのない職業だ。
「こ、こんにちは~。」
力のない挨拶。
「ああ、君はもうひとりのほうの、神田 経一君だね、案内するよ。」
真面目そうな三十代ほどの警官が対応してくれた。
「ここの更衣室に、君の名前のあるロッカーがあるから、そこに入ってる服に着替えて。」
「はい、わかりました。」
経一は警官の指導にきっちり従った。
ロッカーの中にあった服は、動きやすくなおかつ、世の風紀を守ることが伝わるような制服であった。
経一はそれに袖を通す。
「(警官なんて子供があこがれるような職業に、こんな形で関わるなんてなあ)」
「着替え終わった?じゃあ、待合室で出動指令が出るまで待機してて、もう一人の女の子はもう待ってるよ。」
「あっはい。わかりました。」
「『発現者』の犯罪はもう珍しい事じゃないからね。緊張しといてね。俺たちも銃はもう無いからね。」
「わっわかりました。」
経一はすでに緊張している。
そのまま待合室に入る。待合室には、机の上に軽食が置いてあり、あとは椅子だけの簡素な部屋だ。
それと、制服に身を包んだ海野 小綿が居た。
「小綿さん、だよね?僕は神田、神田 経一って言います。今日はよろしくおねがいします。」
経一は緊張しつつも、なるべくフレンドリーにと、彼なりに話しかけた。
「あ、よろしくお願いします。」
小綿は、高く、か細い小さな声で答えた。
「僕今日、久しぶりに街へ出たよ、車も何年振りかに乗ったし、こんな都会に来るのは初めてかも。」
経一は必死に話しかける。同い年の女の子と手探りの会話だ。
「そ、そうなんだね。」
「僕は七歳の時から施設にいるからさ、ほんとに世間知らずっていうかね、緊張しちゃって。」
早口でしゃべる。
「私はまだ、2年目だから慣れなくて。」
「そ、そうなんだ、それも大変だね。」
『発現者』にとって身の上話はつらいものがあるだろう。家族から離され、施設で生活する彼らの家庭事情はそれぞれ紆余曲折あるのだ。経一は自分が良くない話題を上げてるとは分かってはいても、緊張で口が回っていく。
「僕は小さいころ『発現』のおかげで足が速くてさ、女の子に結構モテてたんだよ。」
「そうなんだ....。」
「計算とかもすごい速くできるんだよ!」
「すごいね.....」
小さいころの自慢をすらすらと話していく。
『発現者』はその身体能力ゆえ、コンプレックスやトラウマを抱えている者も多い。
経一の『発現』はそういったものがほとんど無いため、かなりモラルに欠けた話題である。
「小綿さんの『発現』がどういうものか聞いてもいい?」
緊張はしているが、少しは配慮した聞き方が出来た。
「私の......?」
小綿は下を向いてもじもじする。『発現者』としては当たり前の反応かもしれない。
「一応、同じチームだから、教えてほしいな。」
「.............」
小綿はだんまりだ。
「じゃっじゃあ僕が先に言うね。僕は簡単に言うと『神経加速』っていうのができるんだ、素早く反応出来たり、素早く動けたり、思考速度が上がったりする。」
「す、すごいね、便利だしデメリットもほとんどないんじゃ......」
ここまで他人の『発現』の内容を聞けることはそうそう無い。
小綿も少し言ってもいいような気持ちになって来る。
「その.......私の『発現』は.......その......」
どうしても言い淀む。
「かい......かいめ」
ジリリリリリリリリリリリリリリリ。
言い切る寸前、警報が鳴る。
慌てて先ほどの警官が待合室に入って来る。
「ごめんね、君たち出番だよ。『四本腕』の男が通り魔的に暴れているらしい。」
『四本腕』、その時点で『発現者』であることは明確だった。
「場所はどこですか?」
経一はやる気である。『発現者』の未来の責任を負うつもりでここにいる。
「制服と一緒に渡した端末に表示されてると思うけど、ここから700メートルほどだ、今から車を出すよ。」
「多分、僕なら走った方が早いです!もう『発現』はしていいんですよね?」
「ああ、大丈夫だと思うけど、えっ走るの!?」
「いってきます!」
経一は交番から飛び出した。警官は唖然としている。
「元気な子だね.....」
「はい.....」
小綿はその後、警官の車に乗って現地へ向かった。
経一はとにかく走った。フォームは雑、足の運びも雑。
だが、今の彼にとって、世界はスローモーションだ。
ひとりの男性と肩がぶつかった。
「ゴメンナサイ!」
ありえない早口で、男性はそれが聞き取れなかったが、怒りを覚えるころには、経一は走り去っていた。
経一はいち早く現場に到着する。
殴り倒された女性が一人、助けに向かったと思われる男性がうずくまり、警察はすでに天を仰いでいる。
上半身裸、首の根本か肩の付け根くらいから腕が二本余計に生えた『発現者』。
経一はそれと出会った。