幽霊の正体を追え!
教頭に絡まれてから次の日、新学期が始まった。それと共に学年が一つ上がり、二年生となった。
二年生になったという実感はほとんどなく、初々しい新入生を目撃しても感じることは特にない。
いや、二年生に上がったという実感ならそれを感じるイベントが一つあることを思い出した。
それはクラス替えだ。
この子と同じクラスになったらいいなとかそんなことを思い馳せる事は特にないのだから俺には関係がないのかもしれないが。
とりあえず一つ思うことと言えば。
「昨日カメラを持って帰るんだった」
何故こんなことを思っていると言うと、登校中なのだが思いの外歩くだけなのは退屈だからだ。
俺はいつもなら自転車で学校に通っている。しかし、昨日は写真部の部員達と柊木の車で外食したのだが、帰りは自宅まで送ってくれたのだ。
その事に感謝しているが、当然自転車は学校に置きっぱなしなので、登校だけは徒歩でしなければならない。
それに気付いたのが今朝だ。絶賛後悔中である。
時間に余裕はあるが、前述の通り徒歩は退屈で、カメラがあれば通学路にある桜並木を歩きながら撮影するのも面白いと思うのだが。
小さなため息を吐きながら去年の秋に落雷で焼き倒れてしまった桜の木を横切り、桜並木に突入する。
見上げれば一面桜色で、できればこの光景をフィルムに焼き付けたかった。しかし無い物はやはり無いので、仕方なく目に焼き付けた。
校門を通り時間を確認すると、まだ時間に余裕はあった。
一応我が愛機の生存を確認するために駐輪場へ向かった。
そこそこの時間帯なので、登校を終えた自転車通学者の物が多く集まっており、一つ一つ確認していく。
んん、あれ? 無くね?
俺の自転車が無い。もう一度一つ一つ丁寧に確認したが、やはり無かった。
昨日の記憶を絞り出すが、確実にいつもの場所に停めたはずだ。
盗まれた?
いや、万が一にもそんなことにならないように鍵はいつも二つは付けている。その内の一つはかなり厳重でお高い代物だ。鍵無しで簡単には外せないはずだ。
いや、これはまずいぞ。
「はよー津辻。どうしたんだ?」
気の抜けたような声が背後から聞こえる。この声の主は金木征太郎のものだろう。
「か、金木! 俺の自転車がないんだ!」
「は?」
俺は取り乱してしまい、金木に泣き付いた。
結果だけを先に言うと、俺の自転車はあった。
盗まれたわけではなく、昨日自転車を置き去りにしてしまった為に所有者不明物として教師の手によって置場所を移動させられてしまったのだった。
「おお、見つかって良かったな」
それを知っていたのは前科のある金木だった。金木も以前鍵を無くしてしまって仕方なく自転車を置き去りにしてしまった事があるらしい。
「帰りに担任にそのことを言えば返してくれるから忘れんなよ」
俺の愛機には俺が着けた二つの鍵の他に柱を括るように着けられた鍵があった。これは持ち主が勝手に持ち帰らせない為のものらしい。
そんなものが必要なのかは知らんが、決まりなら仕方がない。
よく見ると俺の物以外にも一つ所有者不明の自転車が置いてあった。意外にもこういうことはよくあるらしい。
「悪いな、金木」
「気にすんなよ。さっさと行こうぜ。どのクラスになったか楽しみだな」
ちなみに金木は昨日家まで送ってもらった後に学校に来て自転車を回収したらしい。
クラス替えの発表を見た俺と金木は新しい教室へ向かった。
一色学園は一年生の三学期が訪れた頃に進路希望調査がある。その進路希望によって俺達生徒は四つの道に振り分けられる。まずは一般的な文系や理系。主に国外の文化や言語などを学ぶ国際教養科。スポーツに対する理解などを学ぶスポーツ健康科がある。
国際教養科とスポーツ健康科は俺にとって選択肢にはなかった。俺は身体を動かすことも英語も得意ではないのだ。
実質二択の中で俺が選んだのは文系だった。これは単純に得意不得意で決めさせてもらった。
一年生の時点で将来自分がやりたいと思っている生徒はそう多くはないだろう。進路希望調査とは言うが、要は自分が何を伸ばしたいかだろう。
現に英語が得意な者は国際教養科に、スポーツが得意な者はスポーツ健康科を志望していた。
そのどちらでもない俺みたいな者の大多数はやはり二択となるだろう。特殊な二つと比べれば文系と理系はそこまで大きな差はないのだから。
前置きが長くなったが、進路希望によってクラスが変わるというのを俺は言いたい。
国際教養科はA組。B組、C組は文系理系の混合。D組はスポーツ健康科という風に振り分けられる。必然的に俺はB組かC組のどちらかということになる。
聞けば金木も文系を志望したと言う。つまり、同じクラスに振り分けられる確率は実質二分の一。ある程度予測できるのだ。だから特に浮わついた気持ちにはならなかった。自分が少し冷めすぎているのだろうが。
ちなみに俺と金木、秋穂は同じB組だった。
新しい教室に入ると見知った顔は三割ほどだった。予鈴ギリギリの時間だった為にクラスメイトはほぼ揃っており、各々新しいグループを作り始めている。
秋穂も仲の良い友達と同じクラスになれたようで楽しげに話をしていた。
黒板には席順が記されていた。やはり最初は出席番号順であり、俺は真ん中の列で前から三列目だった。
新しい自分の席に座ると、真後ろはやはり椿山秋穂だった。一年生の時もそうだったぞ。
席の離れている友達と別れた秋穂が着席したと同時に予鈴が鳴る。それが後半を過ぎた頃に教室の扉が開いた。
「今日から一年、このクラスの担任をすることになった柊木雪彦だ。趣味はテレビゲーム。好物は生牡蠣。厳しくするつもりはないから安心してくれ」
写真部顧問の柊木が現れた。担任を勤めることのできる教員は限られているし、こういうことだってある。少し驚きはしたけど。
「らぎっちょじゃん!」
早速金木が反応する。
「よお金木。厳しくしないって言ったがお前は別だぞ。一回遅刻するごとに壇上で一発ギャグしてもらう」
「ひ、ひでー!」
教室内が笑い声に包まれる。ムードメーカーの金木とノリの良い柊木。二人が居たら自然と明るい空気になる。昨日もそうだったな。
そういえば昨日の子、露草水菜って言ったか。どのクラスに行ったのだろうか。
そんなことを考えていた時に扉からコンコンと控えめな音がした。
「お、戻ってきたな」
そう言って柊木は扉を開けに行った。
開かれた扉から、すらりとした足が一歩ずつゆっくりと教室の中へ入っていく。櫛の行き届いたさらっとした黒髪が、開かれた窓から侵入してきた風に靡かされる様は俺の目を引いた。一言で言えばカメラに収めたいという衝動に駈られる程美しかった。
「はじめまして。家庭の事情でこちらに引っ越してきました。露草水菜です。一年間よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀する仕草はとても可愛らしく思った。
っと、いかんいかん。俺は一体何を考えてるんだ。
クラスメイトに何の興味もなく、冷めていた感情に熱が入り、心が自然と浮く。
今日から始まる新たな一年間が少し楽しみになった。
欠伸が出るほど退屈な始業式が終わり教室に戻るが授業はなく、クラスメイトの簡単な自己紹介が一周したところで解散となった。
教室で新しい友達と話すのが大多数だったが、俺はすぐに支度をして部室へ急ぐ。
教室から横目で金木、秋穂、露草の順に眺めた。秋穂と露草は分かるが何故か金木は女子に囲まれていた。
軽いノリに高身長、ルックスも悪くないのでモテるのは想像つくが、他人に包囲されるレベルとなると鬱陶しく思わないのだろうか。
とりあえず金木と秋穂の二人は部活に遅れることはわかった。そもそも来る気があるのかはわからないが。
しかし俺は何故露草も見た? 昨日知り合ったばかりで写真部でもないのだ。昨日から俺はどうもおかしい。
悶々と考えながら部室のあるB館へと足を運ぶ。
「あ、ごめんね」
悶々としていたせいで野球部と書かれた扉が開くのに気付くのが遅れ、軽く衝突した。謝罪したのは野球部のマネージャーと思われる青色のジャージを着た女子で、その手には野球をするための小道具を持っていた。
こちらこそという意味を込めて俺も頭を下げた。
そんなことがあって自分が何を考えていたか忘れてしまった。まぁいいか。
予め柊木から借りていた部室の鍵を使って扉を開ける。俺が真っ先に向かったのは先輩から譲り受けた一眼レフだった。少し古い型だが、解像度と感度耐性に優れ、まだ趣味の範囲の活動しかしていない俺にとっては十分すぎる性能だ。
今日はどこを撮影しに行こうかと考えながら一眼レフの手入れをしていると、部室の扉が開いた。
「早いね、れっちゃん」
「いい加減その呼び方はよしてくれ。恥ずかしいから」
思っていたよりも早く秋穂が部室に来た。俺が言うのもあれだが、今日みたいな早く帰れる日くらいは部活動をサボタージュしても文句はない気がするのだが。といっても秋穂は真面目で律儀だからそんなこと思い付きもしていないのだろう。
秋穂がいつもの席に座ると後ろからもう一人部室へ入ってくる影が見えた。最初は金木と思っていたが、すぐに違和感に気付いた。一瞬思考を止める程の甘い香りが漂ったからだ。
露草の顔が過り、顔を上げた。
「お邪魔しますね」
やはり露草だった。
俺は一体どうしてしまったのか。気が付けば目で追ってしまい、仕草の一つ一つがスローモーションのように目に焼き付けている。
………………変態か、俺は。一度深呼吸し、秋穂の顔を見る。
「ん? なに?」
さすが幼馴染だ。秋穂の顔を見るとほっとする。複雑な事を考えなくていい存在はとても有難い。
「なんで急に笑うの」
「なんでもない。それより露草はどうしてここに? 秋穂の付き添いか?」
普通に話しかけられる程度まで動悸を安定させることに成功した俺はさりげなく聞いてみた。
「うん、昨日みんなと話してたら楽しそうだなって思って。秋穂ちゃんに無理言って連れてきてもらったの」
なるほど、写真部に興味を持ってくれたのか。秋穂よ、グッジョブだ。
「そうなのか。散らかってるけど適当なとこでゆっくりしててくれ。ちょっとしたら校庭を撮りに行くから一緒に行こうか」
「ありがとう」
微笑む露草。
秋穂と露草が雑談し、俺が一眼レフの手入れを終えた所で金木が現れた。てっきり今日は来ないものだと思っていたので少し驚いた。
「あ、露草ちゃんが来てる! え、どうしたの? まさか入部すんの?」
開口一番に喧しい奴。露草は食いぎみに尋ねる金木に圧されながら愛想よく笑った。
「秋穂ちゃん、まだ見学だよ。そうだ、これから校庭に行くんだけど、征太郎くんもどう?」
「お、じゃあグッドタイミングじゃん。そういえばさ、今日の朝に幽霊が出たって話聞いた?」
金木がなにか言うが俺は特に興味は無かった。しかし、女子二人は食い付くように反応した。
「幽霊?」
「そう、仲良くなったクラスの子から聞いてさ。明朝に駐輪場前の花壇で体がボヤけた女の子の幽霊が出たんだってさ。ほら、その写真がこれ」
取り出した金木の携帯画面に映し出されたのは写真ははっきり言って雑だった。撮影した者は恐らく相当驚いたのだろう、極端に手振れが酷く、ピンボケてしまっている。確かに女の子と言われたらそう見えるが、こんな写界深度では幽霊と断定できない。
「こんなの子供騙しだな。これを心霊写真って言うならもう少しまともな写真を撮れよ」
「俺もそう思うよ、実際。でもさ、この写真が明朝に撮ったってのは本当らしいんだ。この写真の正体が誰なのか気にならないか?」
「ならない」
「あっそ。秋穂ちゃんと露草ちゃんはどう思う?」
「幽霊の正体を追え、か。面白そう!」
なに!?
「確かに気になるね。この女の子は何故こんな早く学校に? 何をしてるのかな?」
これから校庭を行くって時に何故そんなことに予定変更になるんだ………。
一人で行ってもいいのだが、癪だ。
速攻でこれを片付ける。
「写真をもう少し見せてくれないか」
「お、津辻も興味持ったか?」
違う。しかし否定したところでどうでもいいから無視する。
顔はよく見えない。花壇の花が邪魔で鼻から下が隠れてしまっている。黒髪のポニーテールということで女の子と判断したのだろう。
駐輪場前の花壇は腰くらいの高さしかない。いくら身長が低くても花で顔が隠れてしまう程低い女子はこの学校で見たことがない。ということは地に膝を付き、身を低くしていたということになる。
では、なんのためにそんなことを? しかも明朝という早い時間に。
その答えは案外簡単に出た。
しかし、この仮説には事実確認が必要だ。これをクリアできればほぼ確定だ。
まぁ、この女子の求めるものが見つかるとは限らないが。
「いい加減教えろよ。どこに行くんだ?」
事実確認の為に部室を出た俺の後ろを金木と秋穂、露草は付いてきた。キレイな縦並びで、横から見たらロールプレイングゲームのパーティのように見えるだろう。
「ただの事実確認だから別に付いてこなくてもいいんだけどな。これから行くのは職員室。本当は帰る時にしてもらおうと思ったんだけど、ついでだな」
秋穂と露草にはピンとこないらしく、首を傾げた。一方金木はあぁ、自転車な、と苦笑した。
程なくして職員室につき、扉に二回ノックして入室した。
職員室といっても名前ばかりで、全教職員が揃うことはほぼないだろう。担任や副担任を受け持つ教職員は基本的に学年室にいるからだ。
では何故その職員室に訪れたと言うと、生徒指導の薊が居るからだ。柊木に聞くと所有者不明の自転車は薊によって移動させられ、施錠されるのだという。
「失礼します。薊先生はいますか」
「居るぞ。すまないがこっちまで来てくれないか?」
書類とにらめっこしたまま薊は手を上げる。近付くと書類から目を離し、俺と向き合った。
「俺になんの用だ?」
「二年B組の津辻と言います。柊木先生から聞いていると思いますが、昨日忘れてしまった自転車を回収しにきました」
「さっき聞いたな。わかった、ちょっと準備するから待ってくれないか」
そう言って薊は立ち上がり、鍵の保管庫で一本の鍵を手にした。
「それと今日は落とし物とかありましたか?」
「ん? そういえば一つあったな」
俺達四人は移動された俺の自転車の置き場へ向かった。
ただの自転車一つに何故他の三人が付いてくるのか薊は訝しげだったが、特に何も聞いてはこなかった。
「確か昨日は二つ移動させてたな。どっちだ?」
「こっちです」
愛機を指差す。今朝見た俺とは別の放置自転車がまだ健在だった。よく見ると不細工な犬のキャラクターのキーホルダーなどが付けられており、微妙に年季がある。
などと観察している間に俺の自転車に付けられた学校側の鍵は取り外された。
「これで良しだ。事情がある時は早めに言えよ。結構手間掛かるからな」
「すみません」
生徒指導の薊から俺の愛機は開放された!
用の済んだ薊は鍵を回しながら校舎へと去っていった。
「で、結局なんだったんだよ」
金木が痺れを切らしてちょっと不機嫌気味に尋ねる。何も説明していないから俺が悪いのだが。
「いや、簡単だろう? ほら、花壇の花は高くても腰までの高さしかない。なら何故顔の半分が隠れるんだ?」
「身長が低かったり」
「お前はこの学校でそいつを見たことあるのか」
あまりにも下らない事を言うものだから強めに言ってしまった。金木は少しムッとした表情になる。
「身を屈めていたからだよ、征太郎くん」
そんな中秋穂が当てる。
「そう。この女子はここで身を屈めていたんだ。では何故そんなことをしていたのか」
「なにか探し物をしていた?」
次は露草が言う。正解だ。
「そう。この女子は何かを探していたんだ。ここで何かを落としたんだろうな。それは間違いないだろう。じゃあ何故明朝に探し物をしていたんだ? まだ微妙に寒くて日も充分に明るいとは言えない。探し物をするには不適切だと俺は思う」
そこに三人は得心したようで、ふむふむと頷く。
「あ、俺わかったかも」
金木が閃いたようで、口元を緩くした。
「明朝に落とし物を探してるってことはそれよりも前の時間に落としたってことになるよな。その日の内にってことも考えられるけど、前日の方がしっくりくる。昨日は入学式だから正体は新入生か教師のどちらかだ!」
「お前にはがっかりだな」
答えが一つに絞れてないじゃないか。
「新入生が落としたとしてもこんな明朝に探しにはこないだろう。昨日の時点で無くしたと気付いたとしても、入学式が終わった頃はまだ明るい時間帯で時間も充分にあった。教師はそもそも自転車を停める場所が生徒と別だ」
はああ、とため息を吐きながら頭を抱える。
「前日に無くしたってとこまでは恐らく正解だ。もう少し絞ってみろよ。新入生と教師を除いたら他に誰が昨日居た? そしてこの写真は一体誰が撮ったんだ?」
「………………私達、はありえないもんね」
露草が自信無さげに呟く。当然違う。そうか、露草は転入してきて間がない。わからなくても仕方がないだろう。一番ピンと来そうなのは写真を調達してきた金木だと思うが。
「こんなことなら誰が撮ったのかも聞けばよかったな」
聞いてなかったのかよ。まぁいい。ちょっと考えればわかるだろう。
そこで秋穂が両手の平を叩いた。
「あ! 野球部だ!」
「そう、正解だ秋穂! 全国大会を目指している野球部はこの時期から既に本格的な練習に励んでいる。昨日はもちろん、今朝もな。恐らく写真は野球部員の誰かが撮ったんだろう」
へえー、と感心する金木だが、もう少し考えろよ! 頭は悪くないはずなんだけどな。
「あの、結局写真の子は誰なの?」
恐る恐るという風に尋ねてくる露草に俺は答える。
「この写真の子も野球部だよ。よく見れば秋穂が一番わかるんじゃないか? マネージャーの…………名前わからないな」
「言われて見れば髪型が違うけど確かに潤ちゃんだ」
そうだ、思い出した。楓潤だ。同じ二年生で野球部のマネージャー。秋穂の友達だったな。この写真ではポニーテールだが、普段の髪型はおさげで眼鏡もしていたはずだ。
「マネージャーだから昨日も学校に来ていた可能性が高いし、朝練前に探しに来たと考えれば明朝という時間帯も辻褄が合う」
「なるほど……………あ、津辻くん、さっき言っていた事実確認ってなんだったの?」
「あぁ、それは楓潤さんが探していた物だよ。恐らくこれじゃないか?」
俺の愛機の隣に留まっている自転車のグリップをポンポン触れる。昨日薊が回収し、移動させた二つの自転車の一つだ。
「自転車?」
「あ、自転車の鍵!」
「花壇に落としたって思うくらいだからな。小物だってのはすぐにわかった。………まぁ俺の推測に過ぎないけどな。他に考えられるのはアクセサリー類か? ちなみにその落とし物の鍵は薊から既に入手している」
「さっき貰ってたな、確かに」
自転車の本体に付けられている不細工な犬のキャラクターのキーホルダーが鍵にも付けられていた。その犬のつぶらな眼は考えたくもないのに脳裏に焼き付く。
楓潤と友達の秋穂にそれを渡す。
「こ、個性的な犬だね」
「え、可愛くない?」
マジかよ露草………。まぁ感性は人それぞれだよな。
「秋穂から返しといてくれないか」
「うん、わかった」
俺は愛機をいつもの駐輪場へ移すために動かし、他の三人も付いてくる。そこまで難しい問題ではなかったが、大幅にタイムロスをしてしまった。ついでに自転車だけ回収できただけでも良しとするか。
駐輪場前を歩いていると、花壇の前に探し物をするような四つん這いの女子がいた。一瞬ぎょっとなったが、すぐに楓潤だとわかった。やはり薄暗い明朝に探すよりも新学期初日で学校が終わるのが早めの放課後に探すのが効率が良いと思ったのだろう。
「潤ちゃーん!」
秋穂が大声で呼ぶと、まるで猫のように体をビクッと震わせながら驚いていた。
「つ、椿山さん………?」
髪型と眼鏡をしていないだけで大分印象が変わるんだな。
「潤ちゃんが探してるのって、まさかこれ?」
「あ、それ! どうして椿山さんがこれを!?」
まぁ当然の疑問か。しかし秋穂は俺の顔を伺ってくる。普通に話せばいいのに。
「職員室の落とし物であったんだ。で、秋穂がこのキーホルダーの付いた鍵を楓さんが持っているのを知っていたから困ってるだろうと思って渡しに来たんだ」
経緯は異なるが概ね似たような感じだ。まったくの嘘ではない。二度も同じ話はしたくないぞ。
「そうだったんだね。ありがとう」
少し戸惑いの色を見せながら少し頭を下げ、儚げに微笑んだ。女子に微笑みを向けられて少し照れてしまうのは俺だけじゃないはずだ。
「そのキーホルダー可愛いね」
露草は友好的に話しかける。それを聞いた楓潤は目を丸くしながら露草の手を握った。
「そう言ってくれる人初めて! ありがとう!」
涙ながら語る。そんなにか。
「……………あれ…………あなたは」
「あ、自己紹介が遅れてごめんなさい。私は今日から転入してきた露草水菜です。よろしくね」
まさに天真爛漫といった笑顔を向ける露草の目を楓はさっと反らした。わかる。真っ正面からそんな屈託のない笑顔向けられると直視できないよね。
「わ、わたしは楓潤です………。自転車の鍵、本当にありがとう。わたしはこれから部活だから」
「うん、がんばってね」
「バイバーイ!」
最後にもう一度ありがとうと礼を言って、楓潤は走って校庭の方へ向かった。
あっという間だった幽霊の正体事件はこれにて一件落着。これで俺も撮影に専念できる。随分遠回りをしたもんだ。
「すごいね、津辻くん。写真一枚でよくわかったね。昨日のこともそうだったけど」
「いや別にそこまですごくないよ。たまたまピースが揃っただけで、填めるのは誰にだってできる」
「んなことねーだろ。俺はまったくわからなかったぞ」
「確かにお前には無理かもな」
あまり深く考えるの得意じゃなさそうだし。
「れっちゃんは昔からこういうの得意だったもんね」
こんなことが昔からあっただろうか。印象になくて覚えていないな。
「よいしょはもういいだろ! いい加減に部活動始めたいんだが」
カメラを忘れたと抜かす金木を尻目に、露草は意味深な眼差しを俺に向けていた。その眼差しは友好などといった感情的なものではなく、何かを決心したような、そんな力強さを感じた。
その視線に気付かないふりをしながら、雲が出てきた空に向かってシャッターを切った。