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春のピクチャー  作者: ヒカル
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 レンズの先は、桃色に溢れていた。

 少し赤みがさした頬、まだ新品同様のピカピカの制服、浮き足立つように少年少女らの視線は前向きのように見えた。

 そんな彼らは町一番の名スポット、桜並木を歩いている。桃色に溢れているのはその為だ。

 彼らは今日から一色(いっしき)学園に入学する生徒達だ。

 俺は写真部として新入生の思い出をしっかりと写しておかなければならない。

 カシャ、カシャ、と無機質な音を経てながらシャッターを切っていく。桜をバックにした彼らはとても絵になり、正直楽しくて堪らない。人を撮るのは専門外だが。

 少しばかり下からのアングルも絵になるだろうか。

 俺は慎重にカメラを地面に置き、制服のまま寝ころび、レンズを覗く。

「………フォトジェニック!」

「やめろ、バカ津辻(つつじ)

横腹を蹴られる。

「なにすんだ、邪魔するなよ」

「お前こそ俺の邪魔だ。っつうかそうじゃねえ。お前さ、変質者に間違えられてんぞ」

「なに?」

 そう言われ、冷静になって辺りを見回す。

 新入生らはこちらに注目し、不穏な雰囲気が漂っていた。明らかに俺を指差し笑う男子に射殺すような冷たい視線を放つ女子。

 今の俺の姿は、どう擁護しようにも容疑から外されないような限りなくアウトな態勢。どう見ても女生徒のスカートの中を撮影している変質者にしか見えない。

「あ、いや………これは、違う」

 慌てて立ち上がるが、冷たい視線は変わらない。

「お前な、写真のことになると周りが見えなくなる癖どうにかしろよ。まったく」

「う、面目ない………」

「まぁ、任せとけよ」

 写真部部員の金木征太郎(かねき せいたろう)はそう言うと猫被り百パーセントの笑顔で四人組の新入生(女子)に近付き、話をしはじめた。

 次第に雰囲気は緩和していき、明るくなっていく。あれ、なんか四人で金木を囲みはじめたではないか。一体どうしたというんだ。

 突然携帯電話を取り出し、金木に手渡し、金木を中心に四人は集まっていく。そして、シャッター音が鳴る。

 それは、自撮りだった。

 それを四回ほど繰り返し、キャッキャと嬉しそうに四人は金木に手を振りながら去っていった。

「………一体何を言った」

「あんな奴放っておいて俺と写真撮らないか、て誘っただけだ」

「貴様………」

 金木は背が高く、顔も整っていて大変モテる。女子の扱いに長けているなどからして、昔からそうだったのかもしれない。

 しかし、金木のおかげで冷ややかな視線は消えた。多少は感謝するべきなのかもしれない。

「ってかさ、そんな景色ばっか撮ってて楽しいの?」

「楽しいに決まってるだろう。景色ってのは世界なんだ。世界は一秒一秒違っていて、写真で同じものを撮ったとしてもどこか違いがある。風光明媚(ふうこうめいび)な風景なんて心を踊らせられる。それを一枚の写真に収めていく。景色は儚いんだ。そんな儚さが好きなんだ」

「長文乙」

「聞いといてそれは酷い。というか女ばっかり撮ってるお前もどこが楽しいのか聞きたい」

「まぁお前ほどの理由なんかないさ。ただこういう写真ってプリクラとかアプリみたいに加工なんかできないだろ? なんか女の子のありのままの姿、丸裸にしてるみたいで気持ち良いんだよ」

「長文乙」

「………言われると腹立つな、それ」

「お前、気持ち悪いな。そんなこと思いながら今まで写真撮ってたのか?」

「悪いか?」

「悪いわ!」

 そんな雑談をしながら仕事はしている。金木はずっと女子生徒しか撮っていないが。

 それから少しして、新入生も粗方登校しきったようで、桜並木には俺と金木だけになっていた。

「そろそろ戻るか。秋穂ちゃんも待ってるだろうし」

 秋穂ちゃんとはもう一人の写真部の部員、椿山秋穂(つばきやま あきほ)のことだ。写真部の紅一点で、俺の幼馴染だ。

 校舎に戻る前に、もう一枚だけ桜並木を撮影するためにカメラを構えた。

「ん?」

 奥から人影が現れた。

 時間的に新入生だった場合、かなりギリギリなはずだが、急いでいる様子ではない。というより、よく見るとそもそも一色学園の制服ではなかった。

 少なくとも新入生とは無関係だろう。

 しかし、俺はカメラを構えたまま動けなかった。

 引き寄せられる。そんな魅力が彼女にはあった。

 春の風が彼女の黒々とした綺麗な髪をなびかせ、それに俺は見惚れてしまっていた。

 人を撮ることは専門外で、新入生を撮っていたのは顧問の依頼ということと桜並木自体を撮りたかった為に引き受けたことだった。

 俺は今回、初めて自分の意思で人に向けてシャッターを切った。

 彼女は俺と金木に軽く会釈し、校舎に向かって行った。

「へえ、可愛い子じゃん。どこの制服だ?」

「さ、さあな」

 俺の体はほんの少し熱くなっていた。なにか喋ろうにも、吃ってうまく話せなさそうだ。

「んじゃ、行こうぜ。式が始まっちまう」

「あ、ああ、そうだな」

 この感情がどういうものなのかはよくわからない。

 俺が美しい景色が好きなように、それを感じさせる彼女。

 この出会いにより、青春は始まっていくのだろう。

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