005 お友達で~これって二歩後退くらいの印象
『――ごめんなさい』
せっかく誘ってくれたけど、答えは決まってるんだよ。
「……どうしてかな? 悪い話じゃないと思ったんだけど?」
うん、悪い話じゃなかった。
この世界についてまだまだ知らないことの方が多いから教えてもらえるなら教えてほしい。
『こんな私でもクラスメートは気になるんだよね』
だから、もう少し様子を見てからにしたい。
大丈夫そうだったら、行ってもいいけど……勇者(笑)は何かやらかしそうだしなぁ。
「あぁ、そういうことか。そうだね。失念していたよ」
あれ? 思ったよりあっさり。
もしかして、私だったらクラスメートを見捨ててついてくると思ってたとか?
そうじゃなかったのが、意外?
「僕も同じ時に召喚されたメンバーは気になったし、君以外の『真の勇者』も同じ考えだったからね。逆になんで忘れていたんだって思ったんだよ」
『やっぱり、私以外の『真の勇者』も集まってるんだ』
「この世界の勇者召喚は魔王の前に人間同士を争わせようとしている節があるからね。異世界人は協力しなくちゃ」
うう~ん、言ってることは正しく聞こえるけどなんか胡散臭いなー。
「そう言うわけだから、気が向いたら仲間になってくれればいいよ」
はいはい。ありがと。
「そうだね、場所はこの墓地。時間帯も夜にしておこうか」
『会えなかったら、無駄足にならない?』
「そう思うなら、仲間になると決心がつくまで来なければいいだけじゃない?」
『うぅ、それはそうなんだけど……』
一人ですることもないし、だからと言ってこんなさびれた墓地にうら若き乙女が毎夜訪れるってのもどうなんだろうと思いつつ……。下手したら、美人の幽霊が現れる墓地として一躍有名になってしまうかも。
何より、天邪鬼だから。
来なければいいって言われるとその時間に来たくなるってものよ。
「折り合いは自分でつけてくれるとありがたい。それじゃあ、僕はもう行くよ」
『あれっ? もう行っちゃうの?』
もう少し話して行こうよ。
夜はまだまだ長いんだから。
「……そうは言うけど、君と違って僕は人に見られるからね」
あぁ、そっか。
夜中に見た目は子どもなおさんが墓地をうろついてたら変な噂が立つもんね。
『……わかった。じゃあ、諦めてあげる』
「なんで上から目線なの?」
誘いを断ったくせに……最後の一言はいらなかったと思う。
まあ、私もちょっと図々しかったかなとは思ってたけど。
『あ~あ、それにしてもまた一人ボッチかぁ……』
もうちょっとぐらい一緒にいてくれてもいいと思うだけどなぁ。
どうやったら、皆に認めてもらえるかどうかも教えてもらえなかったしぃ。
こうなったら、お城にでも行ってこようかな?
私の予想では勇者(笑)がドッキリイベントをこなしているはずだし!
そうと決まれば善は急げ~!!
《勇者(笑)》
「ハァ~~~」
昼間スライム退治を張り切った勇者は与えられた部屋に入るとすぐにベッドに倒れ込んだ。
「…………疲れた。けど、寝心地良くない」
身体を預けて感じるのは、全身を包み込むような布団の温もりでもなく、バネの利いたベッドの反発でもない。あるのは硬い木の上に布を敷いている感触のみ。
日本では平凡なベッドとは言え、しっかりとクッション性のあるベッドを使っていた身としては慣れるまで疲れを感じさせるような物体だった。
こういうところで日本との違いを実感する。
ついでとばかりに昼間ずっとたいまつを持っていた腕も疲れがあり、夢などではなく現実なのだと思い知らされる。
「……なんか異世界ってイメージと違うな」
漫画やラノベにアニメ。現代の日本では異世界がブームと言っても過言ではない。
そんな作品の多くが、異世界に召喚された勇者は華々しく活躍している。
だというのに、率先して魔王を倒すことを宣言すればクラスメートたちからは反感を買い、初めてのモンスター退治だと意気込めばまるで下水処理の真似事をさせられる。
「勇者なのに、女の子が誰もよって来ないし」
何よりも不満なのがそれだった。
実際、特別待遇はしてもらっていると思う。
一人だけ個室を与えられ、部屋にはいないが部屋の外には王様が付けてくれた侍従が控えている。……あくまで男性だが。
他のクラスメートは四、五人ずつに一部屋を与えられているらしいので待遇だけを考えれば破格と言ってもいい。
日本の便利な生活を一旦忘れれば夢にまで見たファンタジー世界に来て、主役として活躍できる可能性があるというのは申し分ない……はずなのに。
「勇者って力の使い方とかを教えてくれるのは、お姫様とかじゃないの? その力も微妙だし……」
王様の話を聞いていた時、美少女が何人かいたことを記憶している。
身形からおそらく一人はお姫様あるいは高貴な身分だと思っていたが、今日一番深く関わったのは可憐さとは無縁のムッキムキの筋肉という自家製鎧を身に纏った騎士団長。
騎士団長に説明を受けて出した特殊能力【光の剣】はミニチュアのナイフみたいで頼りない。せめて伝説の聖剣を授けてくれるぐらいのボーナスがあっても罰は当たらないと思う。
「まっ、無い物ねだりしてもしょうがないか!」
気分を切り替えて、頑張ろう!
だって、勇者なんだから。
「そうだっ、風呂に行こう!!」
異世界モノの定番にハーレムとかラッキースケベは付き物!
風呂に行けばきっと、ムフフな展開が待っているに違いないと鼻の下を伸ばしてみる。
「すみません、お風呂に行きたいんですけど」
「かしこまりました。すぐにご案内いたします」
部屋の外にいた侍従に声をかけ、広い王宮を案内される。
内心で満足しながら、期待に胸が膨らむ。
「お召し物はお持ちしますので、どうぞごゆるりと。脱いだ物はすぐに洗濯に回させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
それは風呂に入っている間に何があってもなかなか出れないってことだけど……これはやはり歓迎用に用意されたシチュエーションに違いないと確信した。
パパッと服を脱いで、渡しつつにこやかな笑みを浮かべる。
「……? かしこまりました」
「さて、入ろう!!」
待ってて桃色パラダイス!
「――おやっ、勇者殿?」
「ぶふぅ!!」
「勇者殿も今入浴でしたか」
そこにいたのは全身泡だらけの騎士団長だった。
「き、騎士団長さん……」
「ささっ、どうぞ! よろしければお背中を流しましょう」
「い、いえっ!」
結構です……そう言って出て行こうとしてはたと気づく。
さっき、脱いだ服もまとめて渡してしまったことに。
それから、騎士団長が陽気に話しかけてくれる中、色々と男としての敗北を味わいながら異世界初日の夜は更けていった。
『うっわ~、さすがにこれは可哀想……』
次話は、他の召喚者たちについてちょろっと触れてみます。