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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
京都序章編
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008話:陰陽師修行其ノ弐

 式神の契約と言うのは人生に一度きりとは限らない。しかし、最初の契約と言うのは非常に重要なファクターになることは間違いない。式神と言うものは、相性によってその式が決まると言っても過言ではない。


 この場合の式神と言うのは、霊的対象を召喚し使役する式神を言う。実はもう1つ式神の契約と言うものがあり、煉夜の家に伝わる《雅》などの式神がそのもう1つに該当する。


 生きているものを式神にするという現在では失われた秘術のようなものである。《雅》達は元を辿れば煉夜達同様人間である。他にも実在する物を式にするなど、かつては様々な式の技術があった。


 ともかく、今、一般的に伝わっているのは、異界霊界に存在するとされる霊的存在を召喚し使役する式神である。この霊的存在には、虫や動物、人間、精霊、神獣などまでが含まれる。だが、言葉を交わすことが出来るほどの存在を呼べる例は少なく、だからこそ、その存在達がどこから来るのかが分からないと言われているのだ。


 そして、この契約の儀の場には次世代を担うとされる司中八家の本家、分家が集っていた。無論、その中には煉夜や火邑、水姫、八千代なども含まれる。なお、九十九が召喚しているのは、今の世代と今回の儀の間に、具紋や桐馬(とうま)比馬(これま)地弘(ちひろ)結太(ゆいた)善次郎(ぜんじろう)等と共に済ませたのだ。


 支蔵(しくら)具紋(ぐもん)市原(いちはら)結太(ゆいた)はともかくとして、残りに関しては少し触れておく。


 【呪憑(じゅつ)き】の天姫谷(あまきたに)家の本家筆頭が天姫谷桐馬(とうま)で22歳、本家次席が天姫谷比馬(これま)で21歳。

 【古武術】の明津灘(あきつなだ)家の本家筆頭が明津灘地弘(ちひろ)で24歳。明津灘家は次席が存在せず、また分家に値する人間が完全に他家状態になっているので、彼1人だけである。

 【仏光(ぶっこう)】の天城寺(てんじょうじ)家本家次席の天城寺善次郎(ぜんじろう)で26歳。強さで序列が決まる天城寺家では、年上の善次郎も次席である。

 既に契約の儀を終えているため、彼らは……九十九も含めて今回の儀には参加しない。今日参加するのは煉夜達を含めて10人だ。


「では、行きます!」


 そう言って、気合を言葉に込めて、見式台に立つのは支蔵家の分家筆頭である支蔵(しくら)群介(ぐんすけ)である。黒い瞳にやる気をみなぎらせる彼は、具紋に自分が劣っていることを自覚しているがゆえに、彼の支えになることが出来る力が欲しいのだ。


――ズズズ


 そして、群介の対面にはい出るように、何かが現れる。少しずつ姿を現すそれは、まるでトカゲの様である。だが、その大きさは、普通ではない。コモドオオトカゲほどの大きさだが、見た目は普通のトカゲと変わらない。不思議なものだった。


「これが俺の式神……《胆吹(いぶき)》」


 自分の式神を強く見つめ、あらかじめ決めていた名をつける。どのような式でもその名前を付けようと決めていたのだ。


「じゃあ、次は私の番ね。ったく、……」


 少し面倒臭そうに見式台に立ったのは、長い黒髪を流麗に靡かせる16歳の少女だった。その面倒臭そうな雰囲気とは裏腹に、とてつもない気配がして、煉夜は思わず目を細めた。


(あれが市原家……。この間の結太ってやつもそうだったが、雷司の母さんが言っていた家の人間だよな?)


 引っ越しの前に雷司の母から聞いた家、明津灘家と市原家、その両家の人間が今日はそろうと考えていた。そのため、煉夜はそれを見定めようとしている。本当に頼るべきなのか、否かを明確にするために。しかし、今日、明津灘家の人間は来ていない。

 そして、彼女、市原(いちはら)裕華(ゆうか)の呼び出した式は、黒い何かだった。それを何と形容すればいいのかは分からないが、少なくともその場にいた煉夜と裕華以外の全員が、それが何か分からずに息を呑んだのだから。


「へぇ……、面白いモノが出たわね」


 裕華はニッと唇を吊り上げ、面白いものを見るように笑った。一方の煉夜も、それが何かが分かっているからこそ、呟いた。


「なるほど……黒霧虎(チョールヌイチーグル)か」


 煉夜は自分が親しんだ生物の名前を挙げた。煉夜の知るそれは使い魔にしている人も多く人懐っこいので、特に恐れることはないだろう。


「あら、知ってるんだ。それに見えてるみたいね」


 そう言われてから、煉夜は黒霧虎(チョールヌイチーグル)の特性である黒い霧の幻覚で姿を偽るというものを思い出した。


(最近は気が緩み過ぎているな……、昨日の人避けの件もそうだが、これも注意をしておくべきだったな)


 自分の注意力が散漫になっていることに気付き苦い顔をする煉夜。戻ってきてからの時間の所為で、動物の特性を思い出すまで時間がかかったのだろう。


「ま、いいわ。《月牙(げっか)》」


 裕華は式神に名前を付けて呪符にする。そして、次の人物が代わりに見式台に立った。茶髪の青年は、どこか生意気そうだ。


「ふんっ、俺様のことだ、最強の式が出るに決まっている」


 自信満々に立った彼の対面に、這い出る様に、まず白い2本の長いモノが飛び出した。そのまま徐々に姿を見せるそれは、簡単に言ってしまえば兎である。


 天城寺家本家筆頭、天城寺(てんじょうじ)無沙士(むさし)の式神は、兎である。それも群介のように通常より大きいとか裕華のように不思議な性質を持った動物とかではなく、ただの兎である。


「……な、ん、だと。そんなバカな!クソ!何だ兎って!おい、ふざけてんのか!」


 無沙士は全力で叫んだ。しかし、結果は変わらない。そこに居るのは何の変哲もない白兎だった。


「ぐっ……ええい、でてきたものは仕方がない。行くぞ《白裂(はくさ)》」


 仕方がなく兎に名前を付けると、無沙士は皆の視線から逃げるように見式台を下りた。入れ替わりで立つのは煉夜も見覚えのある赤茶の髪をした冥院寺家本家次席の冥院寺(みょういんじ)月姫(つつき)だ。


「じゃあ、ちゃっちゃと呼ぶでぇ」


 そう言って地面から這い出るのは、どこか朧げで不気味な、強い波動を放つ何かだった。煉夜にも見当がつかないそれは、徐々に姿を現す。どこかずんぐりむっくりしたその見た目は、ペンギンに見えないこともない何かだった。


「うわぁ、お兄ちゃん、ペンギンだよ。超可愛い!」


 煉夜の横で火邑がそんな風に言う。どうやら火邑にはあれがペンギンに見えているようである。しかし、他の皆の反応は、微妙なものだった。


「これ、なんやろな。けったいな見た目してるけど、ほんまペンギンでええんか?」


 月姫はどうするか迷うような感じだったが、結局ペンギンと言うことで納得したようだ。本当に納得していいのだろうか。


「じゃあ、……《ペン太》で!」


 凄く適当な名前のようなシンプルな名前のような、何とも言えない名前を付けて、月姫は下がる。入れ替わりに赤茶色の髪を三つ編みにした女性、冥院寺家本家筆頭の冥院寺(みょういんじ)姫丹(きたん)だ。


「ほいじゃ、呼ぶとしますか」


 姫丹が見式台に立つと、対面には、蛇が現れる。白い蛇、吉兆の証にして幸運の白蛇。蛇神を祀る神社があるように、蛇と陰陽術は相性がいい。


「これが、式……。名前は《海守(うなかみ)》かな」


 蛇に名前を付けて呪符に戻すと、次に現れたのは、齢12の少女だった。黒の髪を揺らしながら大きな瞳を揺らして見式台に立つ。

 稲荷家本家三席の稲荷(いなり)七雲(ななくも)だ。実は、この名前は後にややこしいことになりかねないのだが、それは後で触れるとしよう。


「さってと~、わったしの式神なんだろな~」


 鼻歌交じりに、そんな事を言っていると、地面から狐が這い出てくる。それもただの狐ではない。よく見れば……いや、よく見なくともその狐には八本の尾が生えているのだ。


「やった、つくお姉ちゃんのと同じ奴だ!」


 つくお姉ちゃんと言うのは九十九のことであり、九十九もまた八尾の狐を式にしている。稲荷家は狐に愛されている、と言うのは事実なのかもしれない。しかし、九十九、七雲が狐、それも八尾を引いたことで八千代へのプレッシャーは強まったと言えよう。


「じゃあ、名前は……《七種(さえぐさ)》ちゃんね」


 八尾なのに七と言う矛盾した名前を付けつつも、次の八千代の番がやってきた。八千代は緊張して、やや手が震えている。


「うぅ……お腹痛い……」


 いつもの気丈な態度はどこへやら、少し青い顔をした八千代は、おずおずと見式台に立つ。そして、地面から這い出るそれは、紅い炎を纏った鳥だった。そう、狐ではなく、鳥。


「おお、不死鳥(フェーニクス)の幼体だ。珍しいなぁ……、俺ですら話に聞いただけだったのに」


 煉夜は感心していたが、八千代のその顔は絶望に染まっていた。何せ、狐を得られなかったのだから。


「そんな、……嘘よ」


 驚愕に涙目になった八千代を、無沙士が「兎よりもましだろう」と言う目で見ていた。優雅に火の粉を撒きながら飛ぶ鳥を見て、八千代はつぶやく。


「貴方なんか……、貴方なんか《焼き鳥》で十分よ!」


 こうして、八千代は無事、式に名前を付けた。その名前があまりにも酷いのは彼女の心境を考えれば仕方がないのかもしれない。


「はぁ……目も当てられませんね」


 肩を竦めて、八千代たちを見てから、水姫が見式台へと上がる。その美しい姿は、傷心中の八千代すら一瞬そのことを忘れさせて、見惚れさせるほどだった。一挙一動が流麗で、まるで、ただ歩いているだけなのに演劇を見ているような気持にさせられる。


「さて、何が出るやら。期待に外れないことを祈りたいですが」


 そんな水姫の言葉に従うかのように、まず紅葉のように紅の毛が現れる。それが人間の頭だと気づくのにそう時間はかからなかった。徐々に姿が現れるそれは、大人の女性の姿をしていた。


「なるほど、人……そう来ましたか。中々当たりを引けたのではないかしら?」


 水姫の言うように、人はかなり珍しく難しく、そして、式神としては高位にある。これまで召喚された動物や精霊のようなものは一部例外を除いて人語を話さない。そして、人語を話すことのできる人間と、それよりも高位の神獣や神霊と呼ばれるものがある。例えば、五尾の狐や九尾の狐、玄武、朱雀、白虎、青龍、麒麟、挙げればきりがない。


「我が身は貴方様のために……」


 そのように言う式に対して、水姫は笑う。それはどこか勝ち誇ったような笑みだった。それもそうだろう。一番の上物な式神を手にしたのだから、少なくともこの時点では、だが。


「では、これから、私のために尽力なさい、《落葉(らくよう)》」


 そして、女性を呪符に戻してしまう。次は、とうとう、雪白分家の2人の番だ。煉夜は、火邑に視線を送る。まるで促すように。

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