004話:京都散策其ノ一
煉夜たちが越してきた翌日、煉夜は、その気になっていたが、準備などもある為、と言う理由で、陰陽師の修行はなくなった。本当の理由は、煉夜の実力の底が分からないためにどうするか対策を練るためだった。だから、煉夜がいると都合が悪いこともある為、京都を散策するように言い渡されたのである。
「京都散策ねぇ……。別に学校までの道とゲームショップと本屋さえ覚えれば、あとは特に行くような場所はないんだけどな」
観光客ならば、神社仏閣様々巡るところがあるだろうが、住むとなっては別の話である。別に何度も行くような場所ではないし、何かあるとき以外では、あまり行く場所ではない。そして、2度の修学旅行で大体行き尽した煉夜は特に、今更行きたい場所などあるはずもなかった。
「お、本屋だ。……個人商店ってあんまり売ってるイメージが無いんだけどな」
完全な偏見ではあるが、広い店舗も少ないから仕方がないのかもしれない。煉夜は、興味本位に尋ねてみることにした。そして、ざっと、本の品ぞろえを見る。
(海岸のヘルミッスだ……。あ、ヘルスレイシリーズもある。万年貴族まで。この店、巛良桜丙の本の品ぞろえがいいな)
巛良桜丙は、作家として様々な作品を出している。煉夜は、雷司からよく借りていたので、興味があった。
「まあ、買うのは今度でいいか」
これから、あちこちに回る予定なのに、先に買い物をする気はなかったために煉夜は本を買わずに、そのまま、奥の方へと足を進める。すると、そこには、必死に背伸びをして本を取ろうとする少女の姿があった。取ろうとしている本の名前は「教師の品格」と言う本のようである。
(俺と同じか、1つ……いや、2つ、3つ下かな?それかもう1つ下。だが、そう言えば雷司が女は見た目で判断してはいけないって言っていたな。あんな本を取ろうとしているんだから、50代とかはあり得ないけど、そこそこ上、という可能性も考慮して敬語で行こう)
煉夜はそんなことを考えながら話しかけようと近寄る。しかし、雷司の言っていた意味と煉夜の言っていた意味は異なるようだ。
「大丈夫ですか?」
そう言いながら煉夜は本を取った。煉夜なら簡単に手が届くところに会ったが、少女の身長でも頑張れば届かない高さではない。しかし少女がスカートなのもあって、あまり大っぴらに飛んだり跳ねたりができなかった。
「え……」
その行動に驚いたわけではなかった。むしろ、よくこういったことになるので少女は慣れていた。しかし、煉夜の言葉遣いに驚いていたのだ。
(初対面なのに、敬語で話しかけてきたけど……、こういっちゃなんだけど、普段から敬語って感じの子じゃないよね?たぶん、うちの生徒たちと同じくらいだけど)
少女……いや、少女と呼称するには年を取りすぎた28歳の女性は、見た目から子ども扱いされることが多く、大半が「お嬢ちゃん大丈夫?」とか「子供が無理したらあかんよ」と言う言葉をかけてくる。
「あ、ありがとうございます」
だから、戸惑い交じりの声で煉夜に礼を告げた。困惑と感謝が同時に来てどうしたらよいのかが分からなくなったのだ。
「いえ……。教師さん、なんですか?」
煉夜は取った本から、そう思い問いかけた。それに対して女性は、困惑冷めやらぬままだが、問いかけに答える。
「あ、はい……。まだ6年目ですけどね。山科第三高なの」
(教師かって聞くってことは、わたしが年上だって分かってるってことだよね。やっぱ、見る目ある人には分かるってことかな!)
初対面の相手なのに大人に見て貰えた、と女性は心の中で喜ぶ。もう困惑は感動へと変わっていた。
「あ、やっぱり。へぇ。と言うことは、もしかしたら休み明けに会うこともあるかもしれませんね。その時はよろしくお願いします」
煉夜は教師と言うことが当たったと同時に、自分の編入する学校の教師であるということを知った。知り合いが1人でも増えるのは編入生としてはありがたいことなので、煉夜はそう言った。
「え?休み明けに?」
一方、まだ編入生の話すら聞いていない女性は何の話か分からず首を傾げた。そう言った動きが女性よりも少女らしさを醸し出していることを女性は気づいていない。
「はい、編入生なんですよ」
困惑を理解した煉夜は、柔らかくそう微笑んだ。それは答えをきちんと提示できたのだろう。女性は納得する。
「あ、そうなんだ。いくつなの?」
「あ、今年で18です」
「そっか、なら3年生だからわたしとはすれ違うくらいかもね」
そんなやりとりを交わして、女性と煉夜は別れる。女性はレジへ、煉夜は外へ。2人は別々の方向へと歩き出した。少しだけ軽い足取りで。
そして、道を歩く煉夜を偶然見かけた女生徒がいた。私服で、友達と喋っていた彼女は、そこを通りかかった煉夜を見て、少し不思議に思う。
「どうしたん、チナっち」
「あ、ううん、なんでもない。昔の知り合いに似てたから」
そんなやりとりをしながら、女生徒たちは煉夜とは逆の方向へ歩き出した。千奈は、チラリと振り返る。そこにはもう煉夜の後ろ姿はなかった。
「そんな、気になるん?あ、もしかして昔のカレシとか?」
「違うって、そんなんじゃないよ。ただ、……ううん、いや、もしそうでも覚えてないだろうしなー」
遠い目をしながら、過去を見る千奈。だが、そんなわけがないとかぶりを振った。幻想か幻覚か、そんな思いを抱きながら、一言呟く。
「レンちゃん……、か」
幼き日の約束の記憶と共に、その名を呟いた。今の姿とは違うが、その面影が残る少年と少女の約束。それが果たされる日は、……来るだろうか。
そんな女生徒の視線に気づきながらも心当たりがないからと、気にした様子もない煉夜。しかし、どこからか、別の意思を感じて、反射的にそれを撃ち落とした。
(監視……、当主のようだな。これは、撃ち落とさない方がよかったな。向こうでの癖が抜けてねぇ。まあ、いいか)
そんなことを考えながら、学校までの道を確認するように歩くのだった。
一方、煉夜を追い出した雪白家。そこでは、煉夜をどう扱うべきかと言う会話が繰り広げられていた。
「しかし、規格外過ぎる。話を聞いてこうして指示に従ってくれているからいいが、万が一にでも裏切られた時が危険すぎるな。もしやして、技を伝えない方が家の為かもしれない」
これは木連の言葉で、これには、分家が本家を越えるな、などと言う意味はなく、純粋な心配の言葉だ。煉夜の実力の上限が分かればまだしも、今の段階では最低でも式神を3体同時に出せるということしか分かっていない。つまり、まだ上がある可能性が否定できない。
「ですが、このまま燻らせるのはもったいないのではありませんか?」
そう言ったのは、木連の妻である美夏。美夏は雪白の人間ではないが、その力を見込まれて木連と結婚した陰陽師だ。元は、鋈家の人間であり、「ある力は活用してこそ」と言う信条を持つため、温存や燻らせることなどを嫌う傾向にある。
「ええ、そうでしょう。しかし、危険なのも事実。首輪が付けられるならまだしも……」
流石にそこまではできない、と言う倫理観の問題もある。しかし、それだけではない。監視の式神はそこまで珍しいものではないから使うのには問題が無いのだが、それがバレたとき、煉夜からの信頼を失って、彼が出て行く可能性を考えると使いづらいのだ。
「試しに、監視の式を放ってみるか。バレなければよし、バレてもこちらまで特定はされないだろう。まだ、基礎を教えていないこの段階だから試せることだが」
基礎を教えていなければ、式神から、その式神を放った相手を辿るのは無理だ、と木連は判断した。木連の判断に反対の声は上がらない。当主の決定だから、と言うよりも、妥当な意見だと思ったからだ。
「では、《視》よ」
式札が小さな羽虫へと変わる。その視界を自分の左目と共有した木連は、羽虫を飛ばし、この近隣を散策させる。流石に徒歩で行ける範囲は限られているので、数分もしないうちに煉夜を見つけた。木連はあまり近づけずに遠方から監視する。そして煉夜を注視したその瞬間、目の前が光に包まれて羽虫が式札に戻る。
「ぐっ……!」
羽虫が消されたところで、主人にノックバックがあるわけではないが、視覚を共有していたので、光を見た影響はある。
「大丈夫ですか?一体何が、あったのですか?」
はたから見れば、式神を放って数分で、当主が目を押さえて苦しみ始めた、と言う状況だ。おかしいと思わないわけがない。何者からかの攻撃であることも考えて、煉夜の父や美夏は臨戦態勢に入っている。
「ああ、しかし、やられた。一瞬、光が見えたから、それによって攻撃されたのだろうが、あのような雑魚にわざわざ対応しにくるわけがないから、そこいらの家ではないだろう。眼が得られることとしては、偶然居合わせた者が監視だと勘違いしたか」
(もしくは、彼が攻撃してきた、と言うことだろうな。あり得んとは思うが、もしや既に陰陽術が使える域にいるのやもしれん)
可能性が低い方はあえて言わなかった。言う必要が無い、そう判断した。
「このあたりにわざわざやってくる者も少ないと思いますが、気を付けたほうがいいでしょうね」
煉夜の父の言葉に頷きながら、木連は煉夜のことを考えるのだった。