表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪の陰陽師  作者: 桃姫
御旗楯無編
31/370

031話:プロローグ

 10月下旬。10月初頭に起きた事件の処理等で司中八家は忙しい様子だったが、分家筋の煉夜にはできることもなく、ただ様子を見ているだけで普通の日々と変わらない時間が流れていた。

 警報について、世間では、ガス管が破裂し、京都一帯にガス漏れが生じたため、と報道しているが、ガベルドーバを目撃した者、動画や写真を撮った者も少なくなかった。生徒の中にも逃げ遅れて、ガベルドーバを目撃した者もいた。それらに関して、煉夜はどう処理をしているのか知らない。実を言うと司中八家も知らないのである。司中八家は目撃者を見つけるところまでは行うが、そのあとは政府に一任している。


「レンちゃんどうしたの?」


 考え事をしていた煉夜は背後からかけられた声に、「ん、ああ」と反応を返す。煉夜はあまり記憶に残っていない、幼馴染の紅条千奈である。


「少し気になることがあってな」


 最近、煉夜はよく考えることがあった。それは【緑園の魔女】との再会に起因していた。【緑園の魔女】としての記憶と力を得た少女、初芝小柴。彼女と煉夜の出会いは、向こう側、所謂異世界で起こったものである。そして、異世界にも神や死後という概念はあった。そうだとして、果たして、向こうで死した人間がこちらの世界で転生を果たすということは有り得るのだろうか、と。小柴という前例があるが、だからこそ余計に謎が深まった。

 何故、この世界なのか。世界が2つしかない、とは煉夜も思っていなかった。おそらく自分が行ったのも数ある世界の中の1つなのだろうと。その数多あるであろう世界の中で、【緑園の魔女】が転生を果たしたのが、どうしてこの世界だったのか。そんなことを考えていた。分かるはずもない延々と続く……いや永遠と続く問答をし続けていた。


「ふぅん、むかしはゼンゼン考えゴトとかするタイプじゃなかったでしょ?」


 かつて、千奈の知る6年ほど前までの煉夜は、確かに考え事をするタイプではなかったが、高校2年生……年齢で言えば高校3年生の煉夜だが、6年さかのぼれば、小学6年生程度である。その頃からよく考えるなんてことはあまりないことだろう。


「そうだったか?そもそも記憶が随分とおぼろげだからな……」


 小学校の頃の記憶など、もう遥か彼方に欠片があるかないか程度にしか残っていない煉夜は、自分の子供の頃がどうだったかなど覚えていない。


「そんなモノワスレはげしかったっけ?」


 煉夜は別に物覚えが悪いわけではなく、むしろいい方である。ただ、向こうでの生きるための知識というのは非常に重要なものであったために、記憶の占有率が高い。そのために、小中学校の記憶は忘却されているのだ。


「まあ、何分高校生活が濃かったからな」


 高校生活、と言うより高校生活に入ってすぐに訪れた空白の3ヶ月のことであるが、千奈に説明するわけにもいかないのでそう言った。


「コーコーせーかつって、まだ二年だよ?って、あ、そか、レンちゃんなら二年ちょっとなのか……」


 煉夜にとって空白の3ヶ月、その後の1年以上にも亘る雷司と月乃との日々も中々に濃いものだった。


「まあ、いろいろとな……。流石に鉄塔から鉄塔に飛び移るときは、命の危険を感じたなぁ……、後、拳銃を相手にしたときも中々……」


 雷司や月乃と共に無茶をした日々の記憶がよみがえり、中々に苦労したことを思いだしていた。煉夜にとっての中々とは常人にとってはかなりの苦労である。千奈は煉夜を胡散臭そうな物を見るような目で見ていた。


「そういえば……鮮葉(あざは)の奴はどうしてるんだろ?」


 不意に煉夜が漏らす言葉。高校時代の友人の名前。思い起こされる茶色というより赤茶に近い髪の生徒会長。


「あざは?誰それ?」


 千奈が聞き返す。煉夜は、懐かしむように答える。あの高校生活で知り合った彼女のことを。友人といっても本当に友人と呼べたかは定かではない。


紫泉(しせん)鮮葉(あざは)。俺が高校2年だった時の生徒会長だ。俺は友達といろいろと事件に首を突っ込んでいたからな、鮮葉からの依頼もあったし、逆に鮮葉から怒られることもいっぱいあった。俺が3年に上がる前に行方不明になったけどな」


 そう、卒業式の答辞を読むはずだった鮮葉は煉夜達の前から忽然と姿を消した。煉夜は最初に自分と同じことを疑ったが、雷司が否定したために、本当に行方不明であると断定されたのである。本来、事件として取り上げられ報道されるはずのこの一件を収めたのは、今や煉夜とは無関係とも言えない天龍寺家である。


「ゆ、ゆくえふめーって、ダイジョブなの、それ?」


 千奈の言葉に、煉夜は笑う。煉夜の心に微塵も不安はなかった。煉夜は、友人として雷司や月乃を認めていたが、鮮葉は人として認めていた。X組。煉夜の通っていた学校にはそう呼ばれる特別なクラスが存在した。

 地元で超有名な進学校とされる学校であり、空港が近いことから国際色豊かなことを売りにしていたため、一定以上の社会的評価のある成績を残している生徒は学業免除の自由登校を許可している。それがX組と呼ばれる存在で年に1人か2人いればいい方だ。

 そのような状況のため、変わり者が多いX組には修学旅行などの行事に参加する者も少ない。そんな中で鮮葉はX組でありながら生徒会長を務めていた。


 X組とは煉夜とは別の意味で超常的な天才の集まり、だからこそ、煉夜は心配なぞしていない。むしろ、鮮葉ならば、自分と同じ目に遭っても自分以上にどうにかできただろうと感心するほどに。だからこそ、煉夜は友人と評した。ただし、煉夜は、である。相手が同様に友人と評価していたかといえば、別である。


「大丈夫、大丈夫。鮮葉はどこに居ようと、何が有ろうと平気だよ。あれは一種の化け物みたいなものだから。しいて言うなら、……まあ、唯一の弱点を突かれなきゃな」


 天才の唯一の弱点、それを煉夜はよく知っていた。だが、その弱点を突くためには、鮮葉の秘密にたどり着く必要がある。それゆえに、おそらく大丈夫だろう。


「もっとも、どっちもいなくなってたのが気になるけどな……」


 そんな風に呟く。そんな風に、朝の時間を過ごしていると、唐突に教室に駆け込んでくる生徒がいる。余裕を持って登校している煉夜たちが来てからもまだ、そう時間が経っていないので、遅刻の心配をしているわけではない。煉夜は何をそんなに急いでいるのか、と疑問に思う。


「おい、転校生だって!しかも女子!」


 男子生徒はそう叫んだ。教室に来ていた生徒たちにどよめきが走る。自分の時もそうだったのだろうか、と煉夜は思ったが、千奈なんかは興味なさそうにしているため、全員が全員、編入生に興味があるわけではないようだ。


「また?こないだレンちゃんがキタばっかじゃん」


 千奈はそんな風に言うが、周りの生徒は聞いていない。ほとんどが今日来る編入生の容姿や編入理由などを話していた。煉夜はその様子が興味深く、「ほぉ」と声を漏らす。


「どしたの、レンちゃん」


 その様子が変だったのか、千奈が煉夜に問いかける。それに対して、煉夜は千奈の方を見て苦笑しながら言う。


「いや、俺が言えたもんじゃないが、編入生ってのは珍しいだろ?俺が元いた学園じゃそういうのに興味なさそうな連中ばっかだから来ても無反応だっただろうし、普通はこういう反応なのかー、ってな」


 煉夜のいた学校は進学校だけあって、自身の勉強に専念する生徒が多く、ほとんどが他人や遊びに興味が無い場合が多い。また興味がある生徒がいないこともないが、周りに気圧され、積極的にはならないだろう。


「まあ、フツー、気になるんじゃないの?」


 千奈は手鏡で化粧と前髪を気にしながら言った。千奈にとっては女子の編入生なぞ、特に興味はなかった。男子だったところで興味が沸いたがどうかは別として、女子として気になるのは話が合うかどうかだけで、前段階で分からないことを話しても意味はないし、結局、話が合えば話すし、話が合わなければどうでもいい、というのが心境である。


「まあ、どんな奴だろうと、敵じゃなきゃ受け入れるさ」


 それは煉夜の向こうでの方針だった。敵ならば絶ち、そうでないなら向こうから寄る限りは受け入れる。ただし、こちらからは手を差し伸べることはない。


「敵って、レンちゃん、ナニソレ。せーせきとか?」


 高校生活で敵などと言われても成績を競うか部活動で競う相手くらいしか浮かばなかったのだろう。千奈の問いかけにどう返したものか悩んでいると、煉夜の感覚に何か違和感が生じた。


(何だ……、この気配。知っている気配、いや魔力。これは誰だ……)


 どこかで感じたことのある魔力がこの学校にやってきた。煉夜はその気配を敏感に感じ取った。どこかで感じている。だが、知らない。


「ん、どかしたの?」


 千奈が煉夜の顔を覗きこんだ。近い顔に対して、煉夜は鬱陶しいものを見るような目をした。


「顔が近い、邪魔だ」


 そんな風に煉夜は千奈を追い払う。そして、追い払う、と言う行動で煉夜は何かを思い出しそうになる。だが、喉まで出かかっても、それは思い出せなかった。


「なんだ、コレ……。本当にどこかで……」


 しかし、煉夜がどれだけ記憶を遡っても、知人にこのような歪な魔力を持つ存在はいなかった。歪、という表現よりも、変質しかけているという表現が正しいのかもしれない。


 そうして、時間はどんどんと過ぎていき、朝のホームルームの時間が来る。煉夜の時同様、雪枝が編入生を連れて教室に入ってくる。その姿を見て、男子の何人かが声を漏らした。


「は~い、皆さん、雪白君がこの間来たばかりですが、新しくこのクラスに編入生が来ました。どうぞ」


 雪枝の言葉に頷いて、一歩前に踏み出した女生徒は、どこか慣れているかのように堂々としていた。やや桃色がかった茶髪をおさげにして、赤縁の眼鏡をかけていた。いかにも真面目、と言う風貌に反して、髪の色が明るすぎて、あれは地毛なのだろうと思わされる。


百地(ももち)姫毬(ひまり)です。親の都合で転校も多く、この学校にもいつまでいられるかわかりませんがよろしくお願いします」


 固い挨拶をした少女。揺れる髪に、千奈が「あれ?」と小さく声を漏らした。そして、煉夜はとうとう、その魔力をどこで感じたのか思い出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ