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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
修学旅行編
251/370

251話:山科第三高校修学旅行記録・其ノ伍

 煉夜はエレベーターホールで一人、ぼーっとしていた。広い部屋に一人でいてもすることがないので、最初の内は、テレビをつけたり、スマートフォンをいじったりして時間を潰していたが、結局、することもなくエレベーターホールで飲み物を買うことにした。

 むろん、部屋内の冷蔵庫に無料で飲める、豊富な種類の飲料が入っているのだが、手を付けるのが申し訳ない気がして、自動販売機で飲み物を買うことにした。別段、理由はなく麦茶を選び、取り出そうとしたときに、気配の近づきに目をやる。


 このエレベーターを使うのは、基本的に煉夜の上2フロアを使っている人々だけである。後は水姫が煉夜の様子を見に来るくらいだろう。しかし、近づいてくる気配は水姫のものではない。そうなると、上のフロアの客であろうが、なぜか、エレベーターは煉夜のいる階で停まる。


 チーンという機械音とともに開くエレベーターのドアから鼻歌交じりに長襦袢姿の女性が降りてくる。自動販売機の取り出し口から飲み物を取り出そうとかがむ煉夜と目が合った。しばし、停止する二人であったが、女性は、「あー……」とつぶやき振り返る。ちょうどエレベーターのドアが閉まったところであった。

 階数の表示を確認しているのだろう、しばらく黙る彼女は、申し訳なさそうな顔をして、照れたようにつぶやく。


「間違えたっぽいわね」


 ごまかすようにわざと独り言をつぶやく女性。薄ら赤茶けた髪に、茶色い瞳をしているように見える女性。実は、瞳の色はカラーコンタクトでごまかしているだけであるが、煉夜はそこまで注視してみていない。


「それにしても見かけない顔ね。この階を利用しているような人間には、大抵顔の覚えがあるものだけれど。ま、ここに泊まってる時点で身分は大丈夫でしょうし、あたしが気にしたことじゃないんでしょうけど」


 煉夜の顔を見る女性はそうつぶやいた。煉夜とあまり年齢的には変わらなさそうであるが、この上のフロアを使っているのであろうことを考えると、それなりの立場にある人間であることは間違いない。


「それに、あたしの顔にも覚えがなさそうだし、どっかの家の遠縁か何かってところかしら。出雲旅行ついでに泊まってるだけっぽいし」


 彼女、椿菜守の顔を知らないということは、「舞」の世界に疎い、というか詳しくはない人間であることは間違いない。


「それほどに有名となると、『四木宗』の方ですか?」


 一応、立場上、敬語で話しかける煉夜。柊家と違って、まったく関係のない家であるため、本来ならば、敬語を遣う義理もないのだが、水姫がいる以上、後で口うるさく言われるのを避けるために、である。


「うん、まね。あ~、敬語とか良いよ。うちの門下でもないし、年もそう変わらないっぽいし。ちなみにいくつ?

 あたしは、去年高校卒業したばかりの18歳だよ」


「あ~、俺も18だ。本来なら卒業している歳なんだが、1年繰り下がっているから未だに高校生だが」


 向こうが言ってきているのにも関わらず、ここで食い下がったら、逆に失礼に当たるだろうと、敬語をやめて話す。家の関係で親しいならばともかく、ただの「四木宗」の一族というだけならば、特に敬語で話し続ける必要もないだろう。


「へぇ、留年みたいなもの?

 っと、あまり長居すると詩央さんが心配するんだった。あたしは、椿(つばき)菜守(なもり)、今後、会うことがあるかはわからないけど、ここで会ったのも何かの縁だしよろしくね」


 名乗る彼女に対して、「椿家」という「四木宗」の家であることを改めて確認しつつ、煉夜も自ら名乗る。彼女は、あまり長く話す気はないのか、エレベーターホールの上を示すボタンを押した。


「俺は雪白煉夜。『四木宗』柊家の縁者だ」


 本来ならば、その縁者の一族の分家であるのだが、外輪に人間に、そこまでややこしい名乗りをする必要もないだろうと簡潔に済ませた。


「雪白……?

 ああ、『六歌扇』の雪白水姫の親族だったのね」


 さすがに専門分野ではないとはいえ、舞の世界にいれば、扇舞の頂点である「扇姫」と「六歌扇」の称号を持つ人間のことは理解している。


「ああ、まあ。彼女から見たら、俺は従兄にあたる。まあ、分家だから、それほど親しいわけでもないし、あまり家のことも本筋で関わっているわけではないけどな」


 名乗りでは「分家」について触れなかったが、水姫について知っているのならば、そのあたりの説明もしておいた方がいいと判断した。


「ふぅん、分家、いいじゃない。あたしもそうだったらどれだけよかったか……。っと、じゃ、あたしは、この上の階に泊まってるから、じゃね」


 エレベーターが来たので、彼女は乗り込みながら、嫌味とかではなく、純然たる本心でそんなことを言った。煉夜はそれを見送りながら、時間を確認する。もうじき、食事前の集合時間であった。菜守の乗ったエレベーターが昇っていくのを見ながら、下行きのボタンを押す。






 煉夜が集合場所であるロビーに到着すると、すでに奈蒲をはじめとした実行委員やクラスメイトの姿がちらほらあった。見知った顔で、特に忙しそうにしているわけでもないのは、姫毬くらいで、奈蒲は忙しそうに、実行委員で会話をしていた。


「あら、一人別の部屋になったそうですけど、居心地が悪くて早めに降りてきたんですか?」


 そんな風に嫌味っぽく言う姫毬に、煉夜は苦笑しながら言葉を返す。


「まあ、居心地が悪かったというのは事実だな。落ち着かないうえに、暇だった」


 どちらかと言えば、居心地というよりも、疎外感と申し訳なさという思いだったが。もともと、魔女の眷属として世界から追われた煉夜は、疎外感についてはさほど無頓着であるため、どちらかというと、「一人だけこんな部屋でくつろいでいいのか」という申し訳なさの方が強かったが。


「ここの上階と言えば、かなり設備が整っていると聞いていますけど、それでも暇だったんですか?」


 姫毬は、実際には使用したことがないものの、その部屋の噂程度は聞いていた。姫毬も「巫女」の一種であるために、「舞」の関係者であることには違いないので、交友関係の中には、「舞」を知る者もそれなりにいるのだ。


「設備って言ってもなぁ……。確かに、色々と揃っていたし、簡単なシアタールームみたいなのもあったし、色々とできそうではあったが、それを使うのもなんか面倒だし」


 寝室が2つある他、シアタールーム、遊戯室、風呂、トイレ、衣装室、メイク室、自由部屋などがある。自由部屋というのは仮の名前であるし、ほとんど使用用途としては、舞の稽古場として宿泊客に利用されている。この中で煉夜が使いそうなものは、シアタールームと遊戯室あたりだが、修学旅行に来てまでわざわざ映画を見るだったら、まだ外の景色を眺めていた方が、「修学旅行として」正しいだろう。遊戯室もこれといった機能が備わっているわけではなく、将棋や囲碁など一人で遊ぶには厳しいものが多い。一応、下の受付に言えば、そういったものではなく、家庭用ゲーム機の貸し出しも行っているが、わざわざ借りるほどゲームで暇をつぶしたいわけではなかったし、そもそも、煉夜は幼少期からそういったゲームはあまりしていなかったため、やる気もなかった。


「まあ、そうでしょうね。ただ、噂では、『舞』とは別に、陰陽師用の施設もあるとも聞いたことがあるので、そちらは何か使ってみましたか?」


 そんな風に姫毬に話を振られたが、特段、煉夜が見た限りでは、陰陽師用の何かは見当たらなかった。そのため、使うも何もない。


「そんなものなかったぞ。いや、入念に隠してあれば別だが、特段、何かあるようにも思えなかったし」


 煉夜が見るかぎりでは、そういった類があるようには見えなかった。しかし、姫毬は、しばらく唸ってから、何かを思いつくように言う。


「天井の高さは、このロビーと比べて高いですか、低いですか」


 そう問われて、煉夜は、多少考えたが、どう考えても、ロビーは天井高を高めにとっているため、答えは明白だった。


「そりゃ、まあ、低いが……」


 それがどうしたのか、とでも言いたげな煉夜の言葉に、姫毬は、そのあたりにあるパンフレットを一部取り、煉夜に見せる。


仰瞻(ぎょうせん)の写真なので分かりづらいですが、上部3階分は、どう考えても、通常の部屋よりも高めの天井高を取られています。これがオフィスなどであれば、床下に配線を這わせるためだという解釈も取れるのですが、それにしても高めに取りすぎです。大体、高さとしては、このロビーと同じくらいに」


 見上げる角度で取られた写真であり、かつ、遠近の関係、また引っ込んでいる形状から非常に見えづらいが、姫毬の指摘する通り、通常の階層に比べて幅があるように見える。


「そうなると、天井上か、床下に狭い部屋があるということか?」


 煉夜の言葉に、姫毬がうなずいた。しかしそうであるならば、水姫がそれについて言及しなかったのは、異質にも思える。旅行先でも修行ができるのならば、するように言うのが彼女らしいものであった。


「ええ。まあ、それが陰陽師のためのものであるとは限りませんけど。まあ、この陰陽師のための施設という話も、炎魔家の縁者から聞いた話なので信憑性のほどは分かりませんが。もしかしたら、盗聴防止などの対策のために、厚めに壁を取っているだけという可能性もあります」


 もともと、舞関係者のために、怪しいもの以外は泊まれない仕様だが、従業員や清掃業者など、全てを遮断しきるのは難しく、あるいは、侵入者が空室に忍び込んで隣室の話を聞こうとする可能性もある。そうした対策のため、という可能性がないわけではない。


「あるいは、小さな神殿……社を置いている可能性はあるな。神的結界のために、そういったものがあっても不思議ではない」


 そんな話をしているうちに、生徒たちが集まっていたらしく、夕食の時間を告げる実行陰の声がロビーに聞こえた。そこで姫毬との会話は中断されることになった。

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