202話:太陽の騎士と過去
英国……否、ブリテンの騎士、ガウェイン。その血筋は、アーサー王の甥にあたるとされる。グレートブリテン島の北東の海洋に位置するオークニー諸島の王であるロットとアーサー王の姉に当たるモルゴースの間に生まれた子供であり、ガヘリス、ガレス、アグラヴェインという弟がいる。「ガウェイン卿と緑の騎士」や「ガウェイン卿とラグネルの結婚」など、彼を主役とした物語もいくつか残っている。
皐月鷹雄が、まだ、そう呼ばれる前に、初めて、彼は英国を訪れた。それは、お世辞にも良い国とは言えない国であった。理由はいくつもある。しかし、中でも極めつけは、戦いであった。
鷹雄がその国を訪れた頃、英国……ブリテンは、ピクト人と呼ばれる人種と戦っていた。ピクト人は、言語や資料がほとんど残っておらず、その実態が明らかになっていない種族であったが、確かに、それは存在していた。
「……この国も、戦争か。人は、戦わずに、……誰かを貶めずに生きていくことはできないってことか」
そんな風につぶやいた。誰に聞かせるでもない独り言。それを聞いていたものがいるとは、鷹雄も思っていない。なぜならば、鷹雄には驚異的な探知範囲があり、その範囲の中に誰もいなかったのだ。
「へぇ……、面白い存在が迷い込んでいるじゃないの」
それは女性の声だった。鷹雄の耳には、一瞬だけ、老父のような声に聞こえたが、本当に一瞬だけだった。ローブ姿の女性は、いかにも魔女といった雰囲気をまとっていたが、それだけではない、人外のような異質さも併せ持っていた。
「誰だい……?」
少なくとも、ただものではないことは理解していた。自身の索敵をかいくぐられたのは、何しろ初めての経験だったからである。それでも瞬間的に殺しにかかるような真似をしなかったのは、偏に彼が、自分自身の異常さを知っていたからだ。
「初めまして、異邦の方。あるいは異法の方、だろうか。私は、マーリン。魔法使いさ」
マーリンと名乗った女性は、にこやかに笑いながら、鷹雄のことを見ていた。それに対して、鷹雄は眉根を寄せる。
「マーリン……、聞いたことがないな。有名な魔法使いなら、僕が知っているはずなんだけど。【最古の術師】には所属していないのかい?」
当時の鷹雄は、世界中のあちこちに顔を出している関係で、有名な魔法使いや錬金術師の名前の一通りが頭の中に入っていた。だが、「マーリン」という名前の魔法使い、魔女については、一切聞いたことがない。
「あら、【最古の術師】のことを知っているのね。おあいにく、一応、所属しているわ。ただ、全然顔を出していないから、滅多なことがないと会うこともないし、新しい魔法使いたちは、私のことも知らないんじゃないかしら」
当時の【最古の術師】は、単なる世界にいる、されど死したり、追放されたりしたことになっている魔法使いや錬金術師たちの集団という程度であり、「自由な魔法使いの集団」という意味の「Free Mage ry」、「フリーメイジリー」とも呼ばれた。それを起源とし、形を変えたものが「フリーメイソン」と呼ばれる集団であった。そのため、存在を知るものは少ないが、知るものは知る、程度の認識であり、マーリンは鷹雄が知っていることに対してさほど驚くことはなかった。
「それにしても、こんな僻地までやってきて、貴方に何の得があるのかしら、太陽の子さん」
マーリンの言葉に対して、鷹雄は言葉を返さなかった。いや、返す言葉がなかった、というべきだろうか。鷹雄としても、ここにやってきたのは、何となく、としか言いようがなかったのだから。
「まあ、いいけれど。できれば、私の邪魔になるようなことをしてほしくはないから、とっととこの国を出てほしいわ」
そんな風に言うマーリンは、何かを企てているように見えた。その顔が気になった鷹雄は、マーリンに言う。
「邪魔、か。僕としては、君がここで何をしようとしているのかが知りたいな。どうにもろくでもないことな気がして」
人の行動、生きるとは何か、そんなことを考えながら、様々な国を回り、戦いを見てきた彼は、そのマーリンが企てている内容が、どんなものなのかが気になったのである。
「赤き竜が、天を照らしたことは、知っているんでしょう。あれこそ、これから、王が……『天命の子』、『世界を照らす朝日』、『聖騎士王』と呼ばれる子が生まれるという証。そして、私は、その子を王へ導くのよ。その先に、その子にどんな運命が待ち受けていたとしても、ね。その子が王にならねば、この国は滅び、その子が王になれば、世界が救われる。神話の欠片に対抗するには、それしかないのよ」
赤き竜、それは、ある日、燃える炎のような彗星を見たことに由来するとされるが、それは、形を失いし本物の龍であった。ウーサー・ペンドラゴンは、その赤き竜を討ち取り、散った光を元に、マーリンに尋ね、王となる子が生まれるという予言を受け取り、2匹の金の竜を形作った。
「しかし、竜が出たのは、ずいぶん前と聞いたけど?」
「ええ、そして、ようやくその子が生まれ、育ったわ。きっと、彼は、剣を抜く。『王を選定せし剣』を……」
王を選ぶとされる神より与えられた剣。アーサー王伝説においては、後にアーサー王が持つとされるエクスカリバーと同一視される場合もあれば、別の剣とされる場合もある。
「王たる証、か……。そして、世界を救う」
鷹雄は、逡巡してから、何かを決めたようにうなずいた。そして、マーリンの方を見て言うのだった。
「決めた、僕もその話に乗ろう。君の導く王を見てみたくなった」
後に、鷹雄が、仕えるに足ると認めたアーサー王、その新たな王が誕生する僅か前のことであった。
「乗るって、……正気なの?貴方は、月の子とは違って、ずいぶんと変わっているのね。いえ、月の子の方が変わっているでしょうけど」
「彼と一緒にしないでほしいんだけどね。彼はあくまで自分勝手に変わっていくものだから。それこそ、満ち欠けや模様みたいにね」
そうして、マーリンと鷹雄が知り合い、運命に導かれるように、アーサーという少年は、選定の剣を引き抜くことになる。
ただし、剣を抜いたものが王になる、と言われていても、それを信じる者、後についてくるものは少なかった。それこそ、最初は、マーリン、鷹雄、ケイだけが、アーサーに従う者であったといえるだろう。
それが、いつしか、ブリテンという国を治めるに至る。それは、まさしく、運命というか天命というか、アーサーという少年は、それをやってのけるだけの器を持っていたのだ。
アーサー王と呼ばれた王に仕えていた、遥か昔を思い出す鷹雄。懐かしく、楽しく、悲しく、悔しい思い出。それらを自らの中で消化しきることなど、彼には到底できなかった。マーリンは最初から、アーサー王がどのような結末を迎えるのか、それを知っていた。だからこそ、鷹雄は余計にやるせないのだ。
それから、鷹雄は、歩むことをやめた。だからこそ、今、かつて、かの王に会った時と似たような高揚を感じる煉夜を前に、戦いたくなったのである。煉夜という新しい衝撃を前に、その輝きを前に、新たな道を見るべく。
「なぁ……、お前もこんな気持ちを抱いたことがあるのか……。いや、愚問だったな。お前が、そんなことを思うようなたまじゃないのは、ずっとわかっていたことだものな」
月を見上げて、そんなことをつぶやく。鷹雄の中にある、この感情を理解できるものなどいないだろう。
「太陽と月、本当に、それが……」
鷹雄の言葉は、闇夜に消えていく。




