201話:光の皇女・其ノ弐
スファムルドラ皇帝の直系、その騎士というのは、この国にとって特別な意味を持つ。スファムルドラ帝国に騎士は大きく分けて2種類存在している。もっとも、さらに細分化されるものでもあるのだが、それでも大別するならば2種類である。
1つは、スファムルドラの守護騎士である。守護騎士は、スファムルドラ帝国を守護する役目を持ち、スファムルドラ帝国を含めて、同盟国等の認可を得た騎士が就任するもので、その先に、役職として細分化される。国が雇う正式な騎士である。
そして、もう1つが、スファムルドラの聖騎士である。聖騎士は、皇帝が認め、皇帝のための騎士として任命された騎士のことである。
皇帝の直系が任じたということは、すなわち、余程の大事がない限りは、聖騎士に任命されたのと同義なのだ。それと同時に、聖騎士には、皇帝を守るだけの力があることが要求される。そうでなくては、騎士に任命する意味がないからだ。
「メア様、どうかお考え直しください!『祭乱の宴』で卓越した戦闘をしたものならいざ知らず、このようなものを騎士に任ずるなど……」
皇族の一人が、そう声を上げる。それは、メアを思ってのこと、……ではない。皇族というのは、「祭乱の宴」の際に、授与をする資格を持つものの、それ以上の権限を持つ者は多くない。ほとんどが、皇帝の直系に限られる。そうなったときに、発言権を増すためには、御手付きの騎士を聖騎士に選ばれるようにどうにかすることが、一つの方法なのだ。どこの手のものともわからない煉夜を聖騎士にされては、たまったものではないのだろう。
「くどいぞ、アゴイヌス。与えるものはメアが決めるものであり、そして、それを覆す権限は誰にもない。この私にも、だ。それを如何な権限を持って『考え直せ』というのだ、貴殿は」
そう皇族の一人に言い放ったのは、皇帝陛下であった。「祭乱の宴」において、優勝者に授与するというのは、元々、皇族の権威を示すために始まったものである。与えるものによって、その皇族の度量が試されるということもあり、それだけに、その皇族自身の意思によるものであって、それを変えることは皇帝も皇族も、誰にもすることはできないのだ。そして、一度授与してしまえば、それを与えた本人が取り消すということもできないとされている。
そして、もう一つ、これには授与に関するルールがある。授与されたものに対する迷惑行為も基本的には禁じられるのだ。これは、ある皇族が、見栄を張って巨額を与えてしまったが、それにより、自身の領地の経営が立ち行かなくなり、授与者を暗殺して回収した、ということが発覚したことや、殺害を禁じられた後に、悪質ないやがらせ行為を行わせ自殺に追い込むなどの行為によるものも発生したため、そのようなルールが制定されたのだ。
「しかし、陛下、メア様騎士というものが持つ意味は、この場で与えられるほど矮小なものではないはずです!」
「ほう、長く続く、この国の支えの一つでもある『祭乱の宴』が、矮小とは、大きく出たものであるな。それにメアの騎士だからといって、聖騎士になるとは限らない。それともアゴイヌス、貴殿は、私がすぐにでも死ぬと、そう言いたいのか?」
聖騎士が皇帝の騎士である以上、現皇帝陛下が存命中であるか、退位するまでは、少なくとも、煉夜が聖騎士となることはないのである。それこそ、皇帝暗殺でも起こらない限りは。
「父上、いいのです、言わせたければ言わせれば。わたくしは、誰がなんと言おうと、彼を騎士とします。それを変えるつもりはありません」
メアが口を開いたタイミングは、あまりいいとは言えないものである、と、少なくとも、その場にいる者たちは思った。しかし、そうではなかった。
「それに、アゴイヌスさんは、確か……、自身の領地の地下に報告以上の兵を待機させていますよね。それに、領民に定期的に訓練に参加させていますが、それは予備役兵をつくっていらっしゃるのでは?それから、異国の教徒である『特使会』にも連絡を取っていると確認が取れていますが、……さて、貴方はこの国をどうされるおつもりですか?」
皇族の一人を糾弾するためには、皇帝陛下が叱ろうとしているタイミングに割って入る他ない。そして、メアは知っている。この情報を既に自身の父が知っているという事実を。父が自分の授与を利用して、悪事を裁こうと、そう考えついて、それを実行しようとしたことも。
「な……、そんな事実はない、でたらめです!メア様、証拠もなく、他人を貶めようなど、皇族の……皇帝陛下の愛娘がするようなことではありません!」
「おや、図星を突かれたので、人格や立場を引き合いに出す、というのは、皇族としてどうなのでしょうか。それに、わたくし程度が少し調査を入れてわかったことですもの、お父様もすでに知っていることでしょう」
自身の娘の指摘に、苦い顔をする皇帝陛下。実際、この場で糾弾こそすれど、他の皇族に対しての牽制ともとれるような、見せしめのような形での追及までするつもりはなかった。「騎士たちよ、アゴイヌスを連れていけ。授与はすでにメアの口から告げられた。ここに授与式を終えたこととする」
扉が開かれ、「白黒魔女迷宮絡繰」の効力が消える。騎士たちが、皇族の一人を捕まえ、引きずるように連れていく。
「この、……小娘が!陛下の娘だからといって!許さん!絶対に許さん!クソがっ!」
そのようなことを喚き散らしながら連行されていく様子は、哀れで、とても皇族とは思えなかった。そして、それに対するメアは、
「ええ、確かに、わたくしは小娘です。まだ、皇帝となりうる器も持たない、ただの小娘。だからこそ、わたくしが皇帝とふさわしく成長するように、共に成長する騎士が欲しかったのです。共に歩む、そのような主従があってもよいとは思いませんか」
その時、他の皇族たちは悟る。メア・エリアナ・スファムルドラ。彼女がまさしく、皇帝の娘であり、そして、次の皇帝である、と。
「さあ、あなたに剣を与えましょう。この国に伝わる剣を」
そして、煉夜に授けられたものこそが、スファムルドラ帝国の聖剣であるアストルティである。煉夜はこのアストルティをよく使っているが、形式としては儀式剣に近い部分があり、無論、帝国の聖剣であるため、れっきとした剣ではあるが、持ち主を示す剣であることに集約されてしまう。
そういった経緯もあり、煉夜は、騎士レンヤ・ユキシロとして、スファムルドラ帝国に仕えることとなる。騎士としての矜持や戦う術をディナイアス・フォートラスから学び、様々なものを得ていった。
そうして、彼は、聖騎士へと任命される。皇帝が退位し、それに伴い、メアが新皇帝となったことをきっかけに、晴れて、スファムルドラの聖騎士となったのである。その際に渡されたものこそが、スファムルドラ帝国に伝わる4つの至宝の1つであった。
この後、何が起こり、ディアナイアスやメアが亡くなり、煉夜が指名手配犯となったか、というのは、また、別の話である。
「スファムルドラ帝国。あなたにとっては、第二の故郷ともいえるんですかね」
夜風の言葉で、煉夜は現実へと引き戻される。かつての自分を思い出し、あまりいい思いではない。
「第二の故郷、と呼ぶには、6年足らずしかいませんでしたがね」
煉夜がスファムルドラ帝国に身を寄せていたのは、煉夜たちの参加していた「祭乱の宴」の行われたクライスクラ新暦1258年から1264年までのわずかな間であった。しかし、その短い時間が、その後の煉夜のすべてを変えたといっても過言ではなかった。
「……資質はあったのでしょうね。6年という短い期間で、聖騎士まで上り詰めた、それは、類まれなる魔力を持っていた、それだけでは説明できないことでしょう」
確かに、そうだったのかもしれない。雪白煉夜というただの一高校生が、魔力による身体強化ができること、そして魔力が多いことだけで、6年間で騎士として成り上がるのは不可能に近いことであっただろう。
「師に恵まれていたのでしょう。魔法の師も騎士の師も」
魔法の師というのは【創生の魔女】ではなく、メアである。煉夜をして「天才」と言わしめ、愛し、愛された人。メア・エリアナ・スファムルドラ。彼女なくして、今の煉夜はいないだろう。無詠唱による魔法や魔法の使い方、魔法の選択、魔法に関することのおおよそは彼女から学んだともいえる。
【緑園の魔女】と初めて会った時に、魔女の魔法を使えなかったのも、そこに起因する。メアは魔女の魔法は使うことができなかった上に、魔獣や超獣までならば、魔女の魔法を使わないで基本的に狩ることができていた。そんな経緯があり、煉夜は【創生の魔女】から魔女の魔法を教わっていなかったのだ。本当にピンチに陥れば、幻想武装を使うという手札もあったが故だろう。
「良き師というのは、それだけで、大きな影響を与えるのは間違いないでしょう。どれだけ弟子が優秀でも、師が悪ければ弟子はその師以上に育つことはできないでしょうから」
それは少なくとも夜風の経験則が含まれているのだろうと分かる。部下や仲間と共に研鑽してきた彼女ならば、その成長というものに、何が影響を与えるのかも知っている。
「でも、彼は……鷹雄君は、少なくとも、師というものとは無縁だったと思いますよ。彼は、そういう生き方しかできない存在ですから」
皐月鷹雄、あるいは、ガウェイン。そう名乗っている彼は、少なくとも、英国で「五月の鷹」と呼ばれる以前から、普通ではない生き方をしていた。
「ある意味では、対極ともいえるのかもしれません。生まれながらにいろいろと背負わされた彼と、生きていく中でいろいろと背負ったあなたは」
皐月鷹雄には、対と呼べる存在がいる。それは「太陽」と「月」、その性質の対極である。
しかし、煉夜もある意味では、彼と対極であった。それは生き方であろう。だが、似てもいる。人とは、そして運命とは不思議なものである。




