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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
京都序章編
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002話:人間関係

 煉夜のスマートフォンには、電話の呼び出し中のアイコンがポップアップ状態で表示されていた。しばらく、鈴の音のようなうるさい音を繰り返し響かせた後に、電話の相手が出る。スピーカーモードなので、耳にあてることなく、煉夜は会話を始める。


「もしもし、雷司(らいじ)か?悪いんだが、少し話がある」


 電話の相手は、先ほど画面に表示されていた「雷司(らいじ)」と言う同じ学校に通う……通っていたクラスメイトのことだ。流石に家に行き来するほどの仲ではなかったが、かなり親しい方だった。


「どうした、煉夜。お前が、わざわざ電話をかけてくるなんて珍しいな。別に構わないぞ。今日はうるさい妹たちも買い物でいないから、ゆっくり話ができる」


 煉夜の様子から何かを察したのか、雷司は、真剣み溢れる声でそう言った。煉夜は、そう言う雷司の態度に信頼を置いている。だからこそ、電話をするくらいに速やかに連絡をする仲なのだ。


「すまん、実はな……。家の事情で、京都に引っ越すことになったんだ。京都の親戚の家だってよ。だから、2学期からは、別の高校だ。悪いな、本当に」


 煉夜は申し訳なさそうに雷司に言う。雷司は苦笑しながら、煉夜の電話を聞いていた。そして、雷司は煉夜に言った。


「引っ越すのは、お前の所為じゃないんだろ?だったら、そこまで謝らなくてもいいさ。それにしても京都か。修学旅行で行ったきりだな。親戚の家ってことは久々に会う従妹とかそう言うのがいるのか?」


 やや、煉夜に近い思考を持つ雷司はゲームや漫画のような特殊な人間が周りにいるのではないかと期待する。例えば、久々に会った従妹は大人っぽくなっていた、とか、子供の頃に結婚の約束をしたが離れ離れになってしまった少女と再会した、とか。そんなありえないことに期待していた。


「ご期待には沿えないようで悪いが、久々に会う従妹はいないな。初めて会う従姉妹はいるけど。それに、何か、ウチはウチで厄介な家柄らしいんだよ、これがまた」


 詳しくは言えないんだけど、と苦笑しながら続けて言う煉夜。そんな会話をしているときに、雷司の後ろを、雷司の母親が通った。


「なんか、京都の古い家らしくてさ、面倒臭そうなんだよ。はぁ~、嫌だな」


 雷司もスピーカーモードなので、母親にもその声は届いていたが、普段なら気にせずに通り過ぎる。そう、普段なら、と言う注釈の通り、今回は通り過ぎなかった。今の言葉に思うところがあったのか、雷司の元へと寄ってくる。


「雷司、今の、誰と電話ですか?」


 雷司は、軽く煉夜に断りを入れてから、母親に、自分の友人の名前を言う。ごく普通に、ただの名前を言うだけだ。


「煉夜だよ、煉夜。雪白煉夜。よく遊んでるって言ってるだろ?」


 その名前を聞いた雷司の母は酷く動揺した顔で「ゆき……しろ」と呟いていた。それにどんな意味があるのか、息子の雷司は知らなかった。


「……雪白の分家の方ですかね?雷司、少しお電話を代わってもらえますか?」


 この言葉に、雷司は「息子の電話に出る母親ってねぇよ。てか俺が変に思われるだろ」などと思っていたが、いつになく真剣な様子の母につなぎっぱなしの電話の前を明け渡した。


「もしもし、すみません。わたしは雷司の母です。京都の旧家で、雪白とおっしゃると、【日舞】の雪白家の分家筋の方で、15歳越えの仕来りで本家戻り、と言うところでしょうか」


 向こうの家のことまで首を突っ込む気はなかった煉夜は、しばらくぼーっとしていて、向こうの話を聞いていなかったのだが、急に友人の母が、それもウチで説明をされたことを全て知っているかのように全てを語れば、当然のことながら驚いた。


「え……、なんでそのことを知っているんですか?」


 友人の母、と言うことで、思わず敬語を遣う煉夜。一部、知らない言葉もあったが、大筋が当たっているので、家のことを知る人間に違いないとは思ったが、そう聞かざるを得なかったのだ。


「わたしの実家も、京都の旧家、それも、貴方のおうちと同じで司中八家(しちゅうはっけ)に連なる家でしたから、多少は他の家の内情も知っています。どういう扱いなのかまでは分かりませんし、その辺は、一緒に来た華音(かのん)さんの方が詳しいんでしょうがね」


 煉夜にとって知らない単語ばかりだが、ようするに自分の家と同じく京都の旧家だから多少は知っているよ、と言う意味で解釈していた。実際、ほとんどそのままである。


「それよりも、です。貴方は、これから、きっと様々な困難に巻き込まれることでしょう。特に、司中八家は家同士の仲が悪い上に、仕来りに囚われる部分があります」


 それは、家同士の仲はともかく、仕来りの方は煉夜も薄々思っていたことである。まるで貴族のようだ、と思った階級制や本家、分家のこと、そして、15歳になったら陰陽師のことを教え京都の実家に行くこと、いくら何でも普通ではない。


「ですから、もし、困ったことがあったなら、明津灘(あきつなだ)家を訪ねてください。もしくは市原(いちはら)家です。その2家で、わたしの名前を出せば、多少なりとも便宜を図ってもらえるはずですから」


 そう言われたところで、煉夜が友人の母の名前まで知っているわけがなく、しかし、それを聞くのも、どこか抵抗があるように感じていると、雷司の助言が飛んだ。


「母さん、名乗ってないから、煉夜は、母さんの名前知らないよ?」


 雷司の母は、うっかりしていたようで、その名前を煉夜に告げた。


「わたしは、紫炎(しえん)と言います。この名前を出せば、大丈夫ですから。本当は、他の司中八家にも知り合いがいるんですが、その人たちは家を出てしまっているので、残念ながら、そこまで力にはなれませんが」


 煉夜には、友人の母と言うだけで、何ら関係のない自分にどうしてここまでしてくれるのだろうかと言う疑問があった。初対面どころか対面すらしていないのに、なぜ、こうも力を貸すのか、不思議で仕方がなかった。


「わたしも昔、家のことで苦労したので、力になりたいんですよ。まあ、その家のことで、夫に出会ったことを考えると不要な手出しなのかもしれませんが、それでも酷い思いをしたら、頼ってくださいね」


 煉夜は納得しながらも、そこまで家の事情と言うものがあるのか、とこれから先が思いやられるような気がしたのだった。


「ありがとうございます。もし何かあったら、妹ともどもお世話になると思います」


 煉夜は社交辞令的にそう返した。実際は、そうそう頼るようなことが無い方が煉夜としては嬉しい。だが、この時、煉夜の勘はひしひしと面倒な予感を感じ取っていたのだった。


「あ、もしもし、煉夜、とりあえず、母さんの話が終わったっぽいから変わったぞ」


 雷司が電話の前に戻り、通話を変わった。煉夜は、それで、雷司に電話をした理由を思い出して、話し出す。


「ああ、そうだった。悪いな、月乃(ゆえの)の件、手伝うって言ってたろ。これ以上、手伝えないからさ。本当は、もっといろいろと付き合うつもりだったんだけどさ」


 雷司は、「はぁ」とため息を吐いた。こんな時にも、自分のことではなく、他人のことを優先して考えているあたりが、煉夜の美点であり欠点だ、と雷司は思った。


「あのな……、お前の方がもっと大変だろ?俺のことなんてどうでもいいんだよ。しかし、まあ、……あいつも気の毒に」


 最後は小声でそう言った。報われない幼馴染のことを思い、頭を悩ませる雷司だった。きっと、煉夜はすぐには連絡をする気が無いだろうから、自分が知らせてやらなきゃならないな、と嘆息するのだった。


「ホント、悪いな。俺も、できることなら、こっちに残りたいんだが、その面倒な家系のことを考えると、俺が居なかったら、火邑に……妹に全部降りかかりそうだからさ」


 雷司は電話に向かって肩を竦める。雷司と煉夜は、高校に入ってからの知り合いだが、ある時期から煉夜の様子や態度が一変したのを知っている。その理由は定かではないが、雷司はなんとなくのことを親の話から察していた。煉夜の自己犠牲と達観、それらを雷司は受け入れることにしたのだ。


「ああ、そうか。分かった。月乃のことは、まあ、こっちでどうにかしておくから、さ。京都でのんびり……はできそうにねぇけど、たまには、周りのことを考えずにパァってやってこいよ」


 雷司は、そう言った。それから少しの会話の後に、煉夜は荷物をまとめることにして、電話を切った。一方、電話を切られた雷司は、あまり乗り気ではないにしても、自分の役目だと割り切って電話をする。

 電話での呼び出しを始めて数秒、通話が始まって、雷司が何かを言う前に向こうからの声が発せられた。


「もしもし、雷司?どうしたのよ、あんたが、わざわざ電話をかけてくるなんて。すぐ隣なのに」


 機嫌の悪そうな女の声。それに対して、雷司は、ため息を吐きながらも、先ほど煉夜から聞かされた話を電話の相手にする。


「よく聞け、月乃。さっき、煉夜から電話があった。あいつ、家の事情で京都に引っ越すってさ」


 雷司の告げた言葉に、電話の相手は言葉を失った。雷司の口調は冗談とかなんでもなく、真面目なトーンだったから、その言葉の真実味は高い。そう思ったから月乃は言葉を失ったのだ。


「終わっちまったな、お前の初恋……」


 雷司の慰めるような言葉に、電話の向こうの月乃は我に返った。月乃の初恋、それは、雷司だけが知っている……正確には、雷司とその妹たちだけが知る秘密だった。


「ばっか、別に終わってないわよ。離れ離れになったくらいで……終わるような、そんな柔な思いじゃないのよ、これは……」


 ただ、月乃は諦めなかった。そもそも、煉夜が並の女子に靡くのなら、とっくに月乃と恋仲になっていてもおかしくない。つまり、転校したところで煉夜に彼女ができる可能性は低い、月乃はそう踏んでいた。


「そっか、……ははっ、やっぱ、あいつは凄ぇな。お前に、そこまで言わせるかよ」


 そう言って、たわいもない励ましをした後に、雷司は電話を切った。そうして、月乃は泣く。声を押し殺して、清々しい快晴の空を睨みながら、泣いた。


(ま、俺としては、お似合いだと思うぜ。何せ、月乃はウチの両親のお墨付きな化け物な【力場】の持ち主だし、煉夜もたぶん、それと同等か、それ以上だ。つり合ってるんだろうけど、煉夜の中には、どこか、別の何かと繋がっているような、そんな不思議な感じを感じたんだよな)


 雷司は荒れる人間模様を傍から見ながら、そんな風に思ったという。

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