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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
大森西園編
175/370

175話:幕間・それぞれの春休み(武田)

 京都府の外れ、加茂のあたりに拠点を構える武田家。そもそも、京都は古くからの家柄が多いため、その縄張りは幾重にも張り巡らされている。そのため、山、寺、社、名所の付近はどうしても誰かの縄張りとなっている。

 それゆえに、武田家の京都での縁所は妙心寺くらいのものであるが、その妙心寺も京都の中心、二条や太秦、龍安寺に鹿苑寺、北野天満宮と、縄張りの真っただ中である。そうなると、それら京都の中心から若干距離を置かねば、新参の武田家が小さくても縄張りを張ることなどできない。


 そんな位置に構えた居ではあるが、新参とはいえ、一端の京都司中八家である武田家は、それなりに土壌を築けていた。そもそも、表稼業をする司中八家が多いが、武田家はもともと、司中八家に入る以前から表稼業は執り行っていたし、それを考えれば、土壌を築くだけのノウハウはもとからあったといえる。


 この春休み、もはや、目当てのものは取り返したうえ、特に勉学に励むよりは、情報収集に専念したほうがいいので、ちょうどいい時期なので高校を辞めることを検討していた望月姫毬は、とある報告を受けていた。


 歩き巫女、武田家に代々ある情報収集の集団のことであり、巫女というように、女性が主体である。そして、その首魁たる姫毬が報告を受けていたのは、歩き巫女からではなかった。そも、連絡がきちんと来たことに驚きつつも、早急に主に伝えるべきか、と姫毬は主の元へと急いだ。


「信姫様、お休み中に失礼します。少々気になる報告が上がりまして、……って、なんです、その恰好は」


 報告しに部屋に入った姫毬は、主の恰好に思わず眉根を寄せた。一糸まとわぬはしたない姿に、眩暈すら覚えるほどであった。しかし、そんなことを気にしている場合でもない。


「何よ、別にいいじゃないのよ。ワタシだって、たまには裸になりたい時くらいあるわ」


 どんな時だよ、というツッコミを心の中で抑え込み、どうにか報告をしようとするが、どうしても主の痴態が目に入ってしまう。女性としても見惚れてしまうほどの肢体。されど、その一部に刻まれた傷跡は少々痛々しく見える。


「それで、煉夜がまたどっかで暴れているんでしょう。東から獣の唸りにも似た強大な気配も届いていたし」


 神獣金猛獅鷲の強大な気配は、この京都までもしっかり届いていた。あれが出るような自体、それすなわち、煉夜がかかわっていると信姫は判断したのだ。それについての情報もむろん、姫毬は持っている。


「え、あ、ええ、それは間違いないかと。歩き巫女からの報告によりますと、彼は京都を離れ、中空宮堂を訪れていたようですし、大森家に動きがあったようですから、おそらく大森家の騒動に巻き込まれて暴れているのでしょう」


 その報告自体は、昨日すでに上がっていた。しかし、煉夜が遠方へ赴くことなど、真田郁の件しかり、そう珍しいことではないので、特に信姫には報告していない。


「そう、では、あの気配は大森の……いえ、例の風魔のものかしら」


 甲斐源氏が末裔である武田家、その本拠である躑躅ヶ崎館があるのは山梨県であり、丹沢山地を境に神奈川県の北西部とつながっている。その関係で、大森家の情報は常に収集することにしていた。大森家の事情というのもおおよそは収集が終わり、そして、各陣営の力に関してもおおよそは知っていた。


 そもそも、武田家と北条家は甲相駿三国同盟でつながりを持っていたが、海道一の弓取りこと今川(いまがわ)治部大輔(じぶのだゆう)義元(よしもと)が打ち取られたことで、同盟も瓦解している。そうなれば、人鬼の佐竹(さたけ)義重(よししげ)の他、当時の房総地方を制していた里見(さとみ)、関東管領の山内上杉(やまのうちうえすぎ)などが跋扈する関東地方、さらには越後の龍、しまいに尾張のうつけと武田の敵は多い。そのうえ、後北条とくれば武田の赤備えといえど、当時はかなり厳しい情勢だったであろうことが歴史からわかる。


 それゆえ、瓦解した後も縁は切れなかった。そも、海なしの武田は、どこからか塩を買う必要があった。同盟時代より相模の後北条から買っていたし、塩の貴重な入手経路をつぶすわけにもいかなかった。越後の龍と事を構えていたのも、その先にある海と港を手にするためである。敵に塩を送るというのも、海がなく、塩を誰かから買うしかできない武田に、塩を送った話からきているものだ。


 それら歴史の事情は置くにしても、隣接する地域の情勢は歩き巫女が常に情報を収集している。いつなんどき、その争いが自分の領地に被害をもたらすかがわからないからだ。


 現在問題が発生中の相神大森家、本拠地こそ三重にあるものの情報勢力を伸ばしている伊賀の末裔の忍足家、長野の実権を握っている雷隠神社、そのほか敵が多いため、情報は非常に多く必要となる。


「ええ、あの風魔の召喚術でしょう。二度はないと思っていましたが、南十字イリノは予想以上の傑物だったとみるべきかと」


 一度目の時、手痛い状況だったのを知っているため、もう二度と金猛獅鷲が召喚されることはないと武田は考えていたが、それをやってのけた人物がいたことには素直に驚いている。時代を見据える見識を持つとされるイリノの実力は想定以上だったということだ。しかし、それでもあくまで想定以上というだけで、驚嘆するほどではなかった。


「まあ、煉夜なら何とかやってのけるでしょう。もしもの時、被害が出ないように信雪には連絡を入れておきなさい。何があっても対処できるように、と」


 現在、武田家を守っているのは、信姫の弟である信雪である。むろん、信雪にもこの情報は伝わっているはずではあるが、それでも指示を出しておくに越したことはない。ましてや煉夜のかかわっている一件である。当然の対処というところだ。


「はい、すでに出しておきました。紅階を筆頭に、東に展開しています」


 佐野紅階こと佐野紅晴は、信姫が所有する隠密である。武田家の隠密である歩き巫女などとは別だが、現在は信雪に預けてある。それゆえに、自由に使わていることは問題ない。


「そう、それにしても、神奈川ね……。聞くところによると、雷隠神社がかかわっている真田なんかも、すでに煉夜とかかわりを持っているみたいだけど」


 ため息交じりの息を吐く信姫。その真意が姫毬には読み取れなかった。だが、信姫は、部屋の天井を、……もしくはその先を見上げながら言う。


「甲斐の虎に相模の獅子、日本一(ひのもといち)(つわもの)と制したから、次は、越後の龍あたりでも誑し込むんじゃないからし?」


 甲斐の虎とは武田信玄の異名であり、相模の獅子とは北条氏康の異名であり、日本一の兵は真田幸村の評価である。これらを信姫は信姫、大森檀、真田郁にそれぞれ例えているのだろう。


「越後の龍って、上杉家は、陰陽術を使わない家系ですから、彼と接触を持つことはないと思いますよ。持ったとしても、それほど……」


 姫毬は苦笑しながら否定した。だが、それに対して、信姫はいたってまじめだった。別にそうなると断言しているわけではないが、ないと決まったわけでもないのだ。


「あら、あの越後の龍は仏門じゃない。それも毘沙門天の生まれ変わりを自称していたとか。なら、そういった類の力が伝わる家があってもおかしくないと思うんだけど」


 毘沙門天は、日本では七福神の一柱として有名であり、武神と武具の神として厚く信仰されている。


「あれは、御旗盾無や大森の禁黄とは違って、あのお方に限る力だと思いますよ。天の力というのは、血ではなく人を選ぶものですから。聖人の子が必ずしも聖人ではないのと一緒です。もしくは娼婦から聖人が生まれるということですよ」


 武田の御旗盾無は家に代々伝わる鎧という形あるものであるし、大森の禁黄も人の血で薄まっているものの遺伝する特異体質である。しかし、神の力というのは、必ずしも継承されるものではない。継承されるケースもあれば、されないケースもあるというだけだ。


「ふぅん、そういうもんかしら。それで、報告ってのはそれだけ?」


 あくびをする信姫。若干肌寒いのか、毛布を引き寄せた。服を着ろ、と思う姫毬だが、口には出さなかった。


「あ、いえ、それとは別件です。例の件に情報が入りまして」


 そもそも、今しがた姫毬が報告を受けたのと、昨日歩き巫女から受けた報告は完全に違う話である。


「例の件……?ああ、煉夜のあれね。でも、煉夜に対しては別にもう調べなくていいって言ったわよね?」


 京都にて巨大な召喚生物とそれを消滅させた一件にて、信姫は姫毬に煉夜のことを調べさせたが、それはもう終わった話である。敵対することがない今で、煉夜について調査を行う必要はないはずだった。


「ええ、ですから歩き巫女はすでにその件から引き払っていました」


 だからこそ、姫毬も躑躅ヶ崎館の一件の後、すぐに、煉夜に対する情報収集は打ち切り、煉夜の行動の監視程度になっていたのだ。しかし、今回、情報を送ってきたのは歩き巫女ではない。


「じゃあ、なんで情報が?」


 信姫の疑問に、姫毬は、微妙な顔をした。信姫がこういうということは、信姫が命じたわけではないというのが確信になったからである。


「三ツ者です。今回の情報提供者は、三ツ者なのですよ」


「はぁ?どうして三ツ者が動いてんのよ」


 武田の情報収集を担っているのは、歩き巫女だけではない。各地の有権者などを含めた「三ツ者」と呼ばれる存在がいる。もともとはこれに加え、吾妻衆もあったが、武田家滅亡の折に真田に移っているため、信姫の代では存在しない。


「分かりません。信姫様がご命じでないのなら、独断か、誰かが動かしたことになります。しかし、それはどうでもいいのです。彼らが動いているということは、それだけ大きなことだ、ということですよ。我々は知らず知らずのうちに大きな厄介ごとに首を突っ込んでいたのやもしれません」


 彼らが独断に動いていたにせよ、誰かに命じられて動いていたにせよ、各地の有力な人材である三ツ者が動かなければならないほどに大きな事が起きているということである。


「それで、何がわかったのよ。三ツ者のことだから、何かしらの情報が入ったから情報をよこしたんでしょう?」


 この場合の何かしらの情報というのは、意味のある情報という意味である。本当に何か情報が入ったという程度では、わざわざ情報を持ってこないだろう。


「はい、実は、これをご覧ください」


 姫毬が手渡したのは、タブレット端末であった。受け取った信姫は、それをつけ、確認する。映し出されたのは、監視カメラの映像のようだった。日付は約6年半前。小学生程度の少年と女子高生くらいの女性が手をつないで会話しているような様子だった。一見、姉弟か何かのようにしか見えない。画質も悪く、不鮮明で、明確に誰と断言できるものではない。だが、薄らぼんやり見える少年の顔は、どことなく雪白煉夜をほうふつとされるものであった。


「これは?」


 ただの監視カメラの映像ではないか、と首をかしげる信姫。特に変わっていない。これが雪白煉夜だとして、彼に姉がいないからといって、女子高生と手をつなぎ歩く様子がおかしいとも言えない。友人という可能性は薄いにしろ、友人の姉だのなんだの、可能性はいくらでもある。


「以前、彼に会うよりも前に、お話しした謎の女性です。一見、ただの高校生ですが、存在しないんですよ。この日本において、この人物と合致する人間が。まあ、それだけならば、外国で生まれた場合などいろいろ想定できたのですが、当時のこの周辺の監視カメラで、彼女の行動が移っているのがわずかだけなんです。まるで、この時だけふと、この世界に訪れていたかのように」


「それで謎の女性、ね。まあ、それはいいとして、それは半年前に分かっていたことでしょう。ということは」


 わかっていたことを改めて報告する意味はない。となれば、新しい情報があるはず。分かっていることに時間を割く意味などない。


「ええ、こちらです」


 信姫からタブレットを回収し、少し操作して、再び手渡した。それは一枚の画像であった。写真であるのか、絵であるのか、いまいちわからないが、2人の女性の画像であった。


「こっちの女、見覚えがあるわね。確か、……四木宗の柊家にいた。ああ、なるほど。それで、もう一人は?」


 司中八家を調査しているときに見た覚えのある顔だったので、片方はすぐに誰だかわかったが、もう1人が誰かわからなかった。


「ええ、柊のおてんば姫は正解ですが、もう1人は、その友人だそうです。ですが、出身も名前も年齢もわからないそうです。そして、奇妙なことに、背丈、顔、その他もろもろの認証が、先ほどの監視カメラの映像に写っていた女性と一致しました。ほぼ間違いなく本人である、と」


 普通に考えれば、ただ単に同一人物ということで簡単に決着がつく話である。普通であれば、である。そういうからには普通ではないということに違いない。


「はぁ?友人ってことは、どんだけ昔だと思ってんのよ。江戸くらいでしょう?」


 江戸時代から姿形を変えずに、6年半前に存在するというのは、普通ではない。


「……ったく、姫毬、やっぱり、歩き巫女にも調査させなさい。柊の……雪白の始まりの頃について。できるかぎり多くね」


 白雪の始まり、そのルーツ、それは、奇しくも真田繁が煉夜に言ったことと同じだった。そして、それは、謎が謎を生む雪白の起源のほんの入り口に過ぎないことを信姫も姫毬も、そして、煉夜さえも、まだ知らなかった。

2018/05/17 03:10 2文ほど抜けていたため修正

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