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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
京都序章編
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001話:プロローグ

――それは突然のことだった。


「おに~ちゃ~ん、……お兄ちゃん?お・に・い・ちゃ・ん!」


 ガンガンとドアをノックする声が家の中に響く。しかし、誰も気にした様子はなく、家の中は平常運転だった。


「お兄ちゃん、開けるよ?いいの?ホントに開けるよ?」


 ガンガンとドアを叩きながら再三確認を取る少女。しかし、部屋の中から反応は帰ってこない。もしかして、また(・・)いなくなったのではないか、と不安に駆られてドアを開けた。すると、そこには――真っ暗な部屋でヘッドホンを付けてパソコンのモニタに向き合う青年の姿があった。


「このクソ兄貴ィいいい!」


 ヘッドホンをむしり取りながら少女は叫んだ。いきなりのことで訳が分からない状況の青年は、ヘッドホンを取った人物が隣にいることをそれで認識した。慌ててパソコンを消すか妹の方を向くか迷った青年は、後者を選び回転する椅子をまわした……が、それがいけなかった。妹がヘッドホンを持っているため、イヤホンジャックとは対称的な位置にありコードがピンと張っていたのに、椅子の背もたれがそれを引っ張って、イヤホンが抜ける。


「お、お兄ちゃん、だ、ダメだよぉ……。わ、わたしたち、兄妹なんだよ……?」


 ムードのあるBGMと共に、自動で文章が読み上げられていく。


「ゃ、んっ、お、お兄ちゃんは、本当に佐菜(さな)でいいの?」


 艶っぽい少女の声が自動で読み上げられる。沈黙と同様に、数秒パソコンからもBGMしか流れなかった。そして、妹が何かを喋ろうとしたとき、


「うん、わたしも……佐菜もお兄ちゃんが好きっ!……だから、しよ?」


 再び文章を読み上げた。時間が完全に停止した。


(終わった……、何もかも終わった!)


 青年は心の中で絶叫した。妹に妹キャラを攻略しているところを見られるという、恥ずかしい上に気まずいし、家庭不和を引き起こしかねない現状に涙さえ出そうになった。

 念のために補足をしておくが、青年のやっていたゲームには確かに妹も攻略できるが妹だけを攻略する所謂「妹モノ」ではない。複数の攻略対象者の中に妹も含まれているだけのよくあるものだ。ようするに、ただ単純に運が悪かった。


「あ、うん。ゴメンネ、ジャマシチャッテ」


 妹の言葉に感情は込められていなかった。抑揚はなく、目もキョロキョロと動き回って青年を見ようとしない。


「オトーサンガハナシアルッテ」


 そう言うと、汗をダラダラと掻いた妹は、ぎこちない足取りで部屋を出て行ってしまう。後に残されたのは、無残な青年と「来て、お兄ちゃん」と音を吐き続けるパソコンだけだった。





 何とか立ち直り、妹の言っていたことを思いだした青年は、父の居るであろう居間へ向かう。話って何だろう、とさっきのことを忘れる現実逃避の意味も込め、足りない頭で考える。しかし、結局分からなかった青年は、父の元へとついた。

 居間には座布団に正座する妹と母、あぐら姿の父が待っていた。いつになく真剣な様子に、青年はやや不思議に思った。


煉夜(れんや)、来たか。座れ」


 父に促されて、そのままに、空いている妹の隣、つまり父の正面の座布団に腰を下ろした。星座をするべきか悩んでいたが、結局あぐらを選ぶ。


「さて、揃ったな。話をする前にお茶でも入れようか。《(ミヤビ)》、頼む」


 雅は、青年の家に仕える家政婦として認識されている。事実、掃除洗濯から料理に至るまで家事の大半をこなしているからだ。


「はい、旦那様」


 雅はすぐに台所へと向かい、お茶を淹れて戻ってくる。その瞬間、一瞬だけ妙な気配を感じた青年は、雅を注視した。


(あれは……、まさか……、いや、そんなわけないか)


 青年、煉夜はすぐにかぶりを振った。ありえないことを考えてしまっていると、自分でも思ったのだろう。そして、お茶が皆の前に置かれると、煉夜の父は唱な()う。


「《雅》――戻れ」


 その瞬間、雅はボフンと音を立てて、白い煙と共に、一枚の紙片になってしまった。煉夜はその様子を興味深そうに見ていた。その様子に他の3人は逆に驚いたという。


「お、お兄ちゃん?今のを見て、驚かないの?」


 煉夜は妹からの問いかけで、ようやく現状で何があったのか、何をしたかったのかを理解して、しかし、驚かなかったのは失敗した、と思った。


「あ~、いや……」


 その様子を両親と妹は、驚きのあまり呆けて理解できてないと、判断したようだ。


火邑(ほむら)、煉夜に軽く説明してあげなさい」


 妹の火邑に対しての無茶振り。火邑は少し焦るも、自分が受けた説明と同じことをすればいいのだと思い、煉夜に言う。


「えっと、実は、ウチの雪白(ゆきしろ)家は京都の有名な家だったんだって。そして、昔から、その……陰陽師的なことをやっていたらしいの。それで本来なら元服に近い15歳の時からその修行を始める習わしなんだけど、お兄ちゃんは、その15歳の時に居なくなっちゃったから安定するまでってことで今日まで保留されてたの。火邑は去年、教えてもらったんだけど、本格的なことはお兄ちゃんと一緒にってことで最初しか習ってないよ?」


 火邑の言葉に、煉夜は絶句した。それは、驚きから来るものであったが、3人の考える心中とはかなり異なっていたであろう。


「つまり、うちは陰陽師の家系で、そう言った術を使う魔力とかが先天的に備わっている、とか?」


 煉夜の言葉に、父は少し難しい顔をする。そして、母が訂正するように言う。


「魔力、と言うのは少し違います。煉夜、陰陽師が使うのは魔術ではありません。大気、大地、この世のありとあらゆるものより感じる五行の力。それらを我々は総称して――霊力と呼んでいます」


 霊力。霊的力。煉夜は魔力とどう違うのだろうか、と考える。


「いわゆる魔力や魔術と言うのは、西洋の魔法使いが使うとされて、近年は日本にも根付き始めている。しかし、霊力は自然の力、魔力は心の力、と言われ、源が異なるのだ」


 正確に言えば少し違う。霊力は万物に宿る自然の力であり、とするならば人間自身にも当然、それは存在する者であり、魔力もまた、大気に散り存在している。


(ようするに、仙力と魔力の違いか……。要領は同じって話だが、どうなんだろうな)


 煉夜はそんなことを考えながら、父の持っていた雅の紙片を見た。いわゆる、式神と呼ばれる存在なのだろう、と勝手に結論付けた煉夜はどういう仕組みかと考える。


「む、ああ、《雅》のことか。奴は、雪白家に代々仕える式神だ。遥か昔より、この家に仕えている」


 そう言って、その紙片、式札を煉夜に渡して来る。煉夜は受け取りながら、その紙を見て、試してみることにした。


(大気の力……つまり、その辺に散っている力を集めて、自分の身体を大気と発動媒体のコードとして見る)


 そして、式札が光を放つ。眩い光と共に、着物姿の女性が3人現れた。そのうちの1人は雅である。


「なっ、式札を触っただけで、式神を……、煉夜、お前」


 父は驚きの形相で煉夜を見ていた。一方、呼ばれた式たちは、正座をし、恭しく煉夜に頭を下げる。


「よもや、陰陽師の血筋も力も減少する時代に、ほとんど力を使わずに、3体も引き寄せる御方がいらっしゃるとは思いもしませんでした」


 雅が言う。それに続くように、もう1人が口を開く。


「その御力、天性のものとしたら天才、修練の末のものとしたら秀才、この時代に、貴方様に並ぶものが片手の指より多くいるかどうか、この舞、感銘を受けました」


 舞と名乗った式神に続くように最後の1人が言う。


「まさに、安部清明(あべのせいめい)様や蘆屋道満(あしやどうまん)様のような御力、この曲、貴方様を主と認めるほかありません。これは、本家に負けぬほどのものでしょう」


 3人の言いようが鬱陶しいと感じ、煉夜は即座に紙片に戻し、父につき返した。いくらなんでもウザすぎる、と言うのが彼の感想だ。


「お前、どうやって式神を……、本当に天才だとでもいうのか?」


 その言葉に、煉夜は少し思い出す。かつて愛し、愛された愛しき女性の顔を。本当に天才と言うべき彼女を。


「俺は、ただの凡才さ。特に凄くもないし、強くもないよ。それでも、凄いっていうなら、それは経験値の差しかないんじゃないかな?」


 意味が分からずに、首を傾げたくなるような気持になった3人。しかし、そんな3人を置いて、煉夜は立ち上がる。


「話は、それだけ?なら、俺は部屋に戻るけど」


 煉夜の言葉に、父は慌てて、もう1つの話さなければならないことを言う。


「ああ、今は夏休みだが、夏休み中に京都に引っ越してもらう。そして、休み明けからは京都の高校に通ってもらう。全員が15歳以上になったから、全員本家預かりになるということだ。本家には私の兄や兄嫁、そして、姪が住んでいる。序列的に言えば、本家筆頭の兄、その嫁、娘、分家筆頭の私、金恵、煉夜、火邑の順だ。くれぐれも、本家の人に無用な手出しは止めてくれよ?」


(どこの貴族階級だよ。家で序列とか、いまどき普通考えないだろ)


 煉夜はそんなことを考えながら、まあ、1人で、部屋に籠っていればいいや、と思う。


「それで、編入試験とかどうするんだよ」


「そう言ったものは、本家の口利きで免除してもらっている。正直に言えば、今、お前が通っている高校より位が1つか2つ下の高校だからな。尤も、火邑には若干厳しいようだが。私立山科第三高校と言うところだ」

 はてさて、この先どうするか、とそんなことを考えながら、煉夜はひとまず、世話になっている学校の友人に別れを告げることを考えるのだった。様々友人はいたが、可及的速やかに連絡を取らねばならないのは1人だけだった。あとは、転校してからでも遅くはない。今の時代、インターネットを含めたネットワークの環境下で、そうそう連絡がつかないことなどないのだから、そうそう心配するものでもないのだろう。流石に頻繁に行き来するのは難しいが、それこそ2度と会えないわけでもないのだから、と煉夜はそう考えて、それでも、なお、1人だけは連絡を取るのだった。

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