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第2話:狐の少女

前回より少し短め

「うわぁ!?」


僕はその、人間らしからぬ容姿の少女を見て声を上げてしまった。


「何じゃ大きな声を出して、まぁ無理もなかろうな、よっと。」


少女は手に持っていた一つの稲荷寿司を口に頬張ると、ぴょんと祠から降りて僕の方に歩いてきた。

しかし、僕は近づいてくるそれに後ずさりしていた。


「皿重いじゃろう、此処に置いとってくれ。」


そう言われ、僕はおどおどしながら祠のお供え物が置けるだけのスペースに昨日の皿と入れ替える形で置いた。


「君は...誰?」


僕は恐る恐る少女に聞いた。


「おぉ、自己紹介がまだじゃったのう。と言うても名前など無くてな、ここらの者は皆"白狐びゃっこ様"と呼んでおる。」


彼女は近くにあった枝切れで地面に"白狐様 ビャッコサマ"と書いた、子供の僕にも分かるようにだろう。

書き終わると彼女は僕が置いた皿からまた一つ稲荷寿司を手にとって口に入れる。


「びゃっこ...さま?」


"白狐" 白い毛色を持ち、人々に幸福をもたらすとされる、善狐の代表格。

なんて、僕は当時まだ知らなかった。


「そうじゃ、なぁにただの土地神みたいなものよ。」


「神様...にしては小さいね...。」


僕もどうして、そのつっこみが出たのか今でも分からない。

もちろん彼女も黙っているわけはなく。


「たわけ、妾はこのような姿でも、お主の数十倍は生きておるぞ。」


当時の僕の数十倍、100歳は有に越しているということだ。

算数が苦手だった小学生の僕が頭を働かせて計算をしていると、突然、僕の腹の虫がぐぅ~っと周囲に

響いた。ここに来るまでおにぎり一個しか食べてなくて僕は恥ずかしくなり、お腹を押さえた。



「何じゃお主、腹が空いておるのか。」


もちろんその音は白狐の少女にも聞こえていた。


「ここに来るのにおにぎり一箇しか食べてなくて...」


僕がそう言うと、白狐の少女は先ほど僕が持ってきた稲荷寿司の乗った皿を持ち上げて


「一緒に食うか?」


と言った。

白狐の少女は、僕を連れて神社をぐるっと裏に回ってある広縁に座らされた。

白狐の少女も僕のすぐ隣に腰を掛けた、間には稲荷寿司の乗った皿がある。

周囲は森が広がっており、木に止まっている蝉がこれでもかと鳴いている。


「ほれ、お主のような子供がおにぎり一個で済ませてどうする。」


そう言って、僕に一つ稲荷寿司をくれた。


「そうじゃ、お主の名前をまだ聞いてなかったのう。名前はなんと申すのじゃ?」


「...涼太。」


「涼太か、良い名じゃのう。」


そう言いつつ、稲荷寿司をまた一つ手に取って食べている。


「そういえば涼太、お主はどうしてこの町にやってきた?何か用でもあるのかの?」


そう聞かれ、僕は話そうとした。

しかし話そうとしたら、不意に頬を一つ、また一つと水滴がこぼれた。

僕は無意識に泣いていた。

母親が病気に犯されているのは知っている、だが医師から治るとも聞いた。

それでも、"もしかしたら"を心の何処かで思っていたんだと思う。

祖母の住むこの町に来て何処かで、それを忘れていた、忘れようとしていたのかもしれない。

それを彼女からここへ来た理由を聞かれて、閉まっていたそれが押し寄せてきた。


「どうした...?泣いておるのか...?」


白狐の少女は僕との間にある稲荷寿司の乗った皿を退けて、僕の方に手をのせた。

僕は泣きながら言葉になっているかも怪しいそれで、ここに来た理由を、母が病気に罹っていることを少女に打ち明けた。


「そうじゃったのか...辛いことを聞いて、すまなかったのう...。」


彼女は僕の背中をゆっくりと、さすってくれた。


「お主は母親の事が好きなんじゃな。そうかそうか、偉いのう。」


挿絵(By みてみん)


彼女の小さな手が僕の頭を撫でた。

しばらくして泣き止んだ僕は、白狐の少女に別れを告げて祖母の家へと帰った。


「明日も稲荷を持ってまた来るかの?」


「うん。」


恥ずかしがりながら、僕はそう言った。

祖母の家に帰ると、すでに祖母が帰って来ていた。

家の時計を見ると一時間以上、山にいた事に少しびっくりしていた。

祖母には白狐の少女に会ったことは黙っていた。

子供ながらに、言ってはいけない事と思っていたのか。

そういえば、夏休みの宿題で絵日記があるのを思い出して昨日の分と今日の分を書き終えて、ふと、そうだと思い、祖母に


「ねぇ、おばあちゃん。明日からお稲荷さん、僕が持って行くよ。」


「そうかい、それは助かるねぇ。」


祖母が速めの夕食を作りながら笑顔で僕にそう言った。

夕食を食べて、お風呂に入り布団に入って、何もない天井を見ながら今日のことを考える。

自分と同じくらいの背丈の女の子で、でも狐の耳と尻尾が生えててしゃべり方はなんだか古臭い。

あれは幻だったのか、なんて思いながら目を閉じる。

ただ、女の子の前で泣いたのはちょっと恥ずかしかった。


「行ってきます!」


「はい、行ってらっしゃい、気をつけてねぇ。」


次の日、僕は朝早く起きて稲荷寿司を祖母と作り、水筒とお昼ご飯として稲荷寿司をお弁当用の容器に別で用意してもらい、家から持ってきたリュックに入れ、祖母には"友だちが出来た"と伝えて、元気よく外に出て行った。


半分、昨日の出会いを幻と思って、会えなかったらそりゃそうだと諦めるつもりで居た。

昨日と同じ、家の裏手の畑道を通って川を渡り参道に入って行く。

無限に続くのではないかと思う階建を、今日は勢い良く駆け上がると。


「おぉ~、待っとったぞ!」


やっぱり彼女は居た。

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