注:無精卵です
クトゥルーは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の半魚神を除かなければならぬと決意した。
クトゥルーには方角がわからぬ。クトゥルーは、タコっぽい神である。
寝転がり、惰眠を貪って暮して来た。けれども空腹に対しては、人一倍に敏感であった。
数年前、クトゥルーは自宅ルルイエを出発し、(海底の)谷越え山を越え、数百キロはなれたとある海岸に行ってきた。
クトゥルーには父も母も無い。女房も無い。十六の内気な妹など居るよしも無い。
なので、その海岸で人魚を見つけた時には、その見慣れぬ姿にひどく驚いた。
下半身は魚のそれで、上半身が幼女である。棘付きの二本角が生えていたりしたがそれは筆者の趣味でしかないのでどうでもいい。
どうも腹を空かしていたらしく、どうせまた生えるとたかをくくったクトゥルーは
「ぼくのしょくしゅをおたべよ」
と言い放ち、直後、幼女人魚に食いつかれた。
あまりに豪快な勢いにクトゥルーをして曰く。
「らっ、らめええええっっ!、おしょくしゅみるくれちゃうのぉぉおおおお!//////(びゅるっびゅるっ」
……こんな描写で大丈夫か? 捕食行為だ、問題ない。
見事に触手を一本食われ、死んだ海産物の目をした彼は、自分に噛み付いたまま眠りこけてしまった彼女を付けたまま自宅に帰り、途方に暮れながら寄生されることと相成った。
先ず噛み付かれないように代わりの餌を狩り集めてそれを食わせつつ、奇特な人物をぶらぶら探した。
クトゥルーには竹馬の友があった。ダゴンである。宇宙から来た彼は、アメリカの街インスマスで半魚神をやっている。
その友を、これから訪ねるつもりだったのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。
歩いているうちにクトゥルーは、そこの様子を怪しく思った。ひっそりしている。
もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、街全体が、やけに寂しい。
のんきなクトゥルーも、だんだん不安になって来た。
路で逢った魚っぽい顔の若者をつかまえて、何かあったのか、四百年前にこの市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであったはずだが、と質問した。
若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に出逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。
老爺は答えなかった。クトゥルーは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で答えた。
「パロディはそろそろお止めくださいませ」
「なぜやめねばならぬのだ」
「このままだと(元のコピー本の)規定ページを超えてしまいます。
第一、単なるパクリになってしまいます」
「そういうものなのか」
「はい、はじめは失笑で。数行読まれて微妙な顔に。
それから飽きられ、『改変乙、これなら俺にも書ける』と舌打ちされ、挙句はウィンドウごと閉じられることでしょう」
「元がコピー本の原稿でなかったら首を吊りたくなる最期だな」
「いいえ、それ以上でございます。
漫研に属するくせに、ただでさえ漫画を描かないのに、小説すらマトモに書けぬのかと死んでも罵倒を言われます」
聞いて、筆者は激怒した。
「締切り六時間切った後で、方針を変えるのは無理なのだぞ!」
筆者は単純な男であった。
キレたものの枚数制限超えると死ねるのは事実なので、無理やり続きを書く事にした。
クトゥルーはダゴンの家に上がりこみ、元気が無いダゴンに挨拶した。
「なんでこんな時にきやがるんだ畜生め!」
「いや、その、えーと……何があったん?」
「嫁に家財道具全部持って出てかれたんだよ!」
うわぁ……とクトゥルーは哀れんだ。
「……住民が、伝染病で死ぬわ、密造酒の取締だとか言って連行されるわ。それで貢ぐ信者が減ったら、貧乏街道まっしぐらでよ……」
ダゴンは落着いて呟き、溜息を吐いた。
「なぁ、あいつに戻るよう諭してくれねーか?」
「あぁ、うん……。奥さん、今どこ居るの?」
「わからん」
「それで頼むとか酷すぎませんか」
一応文句を言ったものの、ダゴンは昔からの付き合いである。多少、渋りはしたものの、ダゴンに幼女人魚を預け、彼の妻を探すことにした。タコ神クトゥルー、基本的にお人好しである。
(数年間に及ぶ余談が挟まるので中略)
そしてクトゥルーは激怒した。
クトゥルーは単純なタコであった。
単純な上に義理人情にほだされやすいのがお人好しである。
嫁に一方的に逃げられたと聞いたからクトゥルーはダゴンのために数年もかけて地球全土を泳ぎ回ってやったのである。
ところがダゴンの嫁に話しを聞いたら、全く話が違っていた。
何でも、生活が厳しいのに風俗狂いに成り果てて、そのために別居をしたのだと。
ダゴンを、今宵、殴り飛ばす。殴り倒す為に急ぐのだ。
友を正す為に殴るのだ。嫌悪不快を打ち破る為に殴るのだ。殴らなければならぬ。
そうして急いていたクトゥルーだったが、もう一つの気掛かりが沸いて出た。
彼に預けた人魚のことである。育ちが人と同じであれば、あれは恐らく齢を十ほどにしているだろう。
異星人の目ではあるが、子どもが可愛く見えるということにはダゴンも違わぬことだろう。
そして、彼は風俗狂いなのだという。金が無い女狂いの傍らに、成長期の子供を置いたらどうなるか。
まさかと首を横に振るったが、果たして信用なるものか。
ダゴンは竹馬の友を謀るような性根をした男である。
欲の為に倫理に背いたことを仕出かすことが、果たして有り得ぬと言えようか。
クトゥルーは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先を急いだ。
一刻といえども、無駄には出来ない。陽は既に西に傾きかけている。
その方向を基準に方角の分からぬクトゥルーは荒い呼吸をしながら海嶺を上り海溝を抜け、一気にダゴンの住むインスマスへと駆けつけたが、そこはもぬけの殻であった。
「おのれ、ディ●イド!」
お前もういい加減にしろよ。世界観とか時間設定ぶち壊しな、もはや作者が書きたかっただけだろう罵倒を吐き、疲労し、水圧の差でクトゥルーは幾度となく目眩を感じ、これではならぬと気を取り直しては、よろよろ二、三回水を掻いて、ついに、がくりと倒れ伏した。
立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。
悪しきダゴンよ、呪われよ。おお、クトゥルーよ。ここでしんでしまうとはなさけない。
あの人魚は、おまえに拾われたばかりに、不遇の憂き目を見なければならぬ。
おまえは、居眠りで他人を発狂させるばかりでなく、起きていてもろくなことをしないのか、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはやナマコほどにも前進かなわぬ。
浅瀬にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。
もうどうでもいいという、ある意味邪神には相応しいが、本作のクトゥルーには不似合いな、ふて腐れた根性が心の隅に巣喰った。
そもそもやつは、拾われなければ野垂れ死んでいたかも分からぬ。
私は別に悪くない。ダゴンが全部悪いのだ。そういうことにしてしまえ。というかワカメうめえ。
その時、ふと閉じた瞳の先に煌々と光る何かを感じた。
そっとまぶたを開き、息を呑んで瞳孔を開いた。天頂に巨大な月が舞っている。
よろよろと半身を起こして見ると、月の周りにもきらきらと星々の河がきらめいていたのであった。
その輝きにクトゥルーは目を細めた。宇宙の彼方にある故郷を思い出し、ほうと長い溜息が出て夢から覚めたような気がした。
阿呆か。馬鹿か。追憶を終えて肉体の疲労回復と共に、わずかに後悔が頭を垂れた。
ダゴンを罵った後悔である。やったかも分からぬ罪を責め、竹馬の友を貶めて自己を庇おうとした後悔である。
月影は天頂から降りようとして、水面に青い光を投じ、潮騒と風を神々しい清涼に満たしている。
夜明けまで、まだ間がある。ダゴンを探すのだ。彼を疑ったことを素直に認め、互いに互いを許せば良いのだ。
そして友とその妻の間を取り持ち、全てを丸く納めればいいのだ。
私はそうするために急いでいたのだ。急がなければならぬ。いまはただその一事だ。
ダゴンの居そうな場所は知らないが、クトゥルーには確信があった。
口は悪いが奴の性根が清ければ、彼も私を探して謝るはずだ。
マッコウクジラを押しのけ跳ねとばし、クトゥルーは黒い風のように泳いだ。
サンマが伴侶を見つける宴の、その宴席のまっただ中を駆け抜け、数万の魚たちを仰天させ、岩を蹴とばし、海流を突き抜け、少しずつ登る太陽が見えなくなるほど深く潜った。
そうして我が家、ルルイエに戻り、そこにダゴンの姿を見つけた。人魚の幼女もそこにいる。
いや、既に幼女ではなく、予想通り十ほどの齢になっていた。
「ダゴン」
クトゥルーは眼に涙を浮かべて言った。
「私を殴れ。力一杯に殴れ。私は途中で数回、君に無根拠な罵倒を重ねてしまった。
君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君の友である資格が無いのだ。殴れ」
ダゴンは、すべてを察した様子で頷き、鳴り響くほど音高くクトゥルーの頭部を殴った。
殴ってから優しく微笑み、
「クトゥルー、俺を殴れ。同じ勢いで顔を殴れ。
俺はこの数年の間、お前を騙したことを悔いていた。
生れて初めて、お前を謀った。お前が俺を殴ってくれなければ、俺はお前に顔向けできない」
クトゥルーは捻りをつけてダゴンの顔を殴った。
「ありがとう、友よ。」
二人同時に言い、ひしと抱き合……おうとしたその時であった。
幼女の人魚がうつ伏せになって、なにやら苦しそうな顔をしているのが目に入る。
何か具合でも悪いのかと、二人が駆け寄ろうとした直後、ぽひゅんと謎の音がした。
満足そうな顔をして、くかーと眠りに入った人魚が寝返った先には、真っ赤で大きな玉があった。
……どう見ても卵です。本当にありがとうございました。
「……待て、違 「問答無用ォォォオオオ!!」
オチはタイトル。