黄昏語り
いやあ、すっかり日が落ちるのも早くなったわねぇ。え、ババ臭い? どういう意味よ。それより、今度の文化祭の出し物、町の怪談特集なんでしょ? ネットとかで調べたりするの?
………ふうん。ちゃんと文献とか調べるんだ。それで何か心当たるものはあるの?
無いって……。もう、しっかりしなさいよ。手当たり次第なんてグダるだけだし。………うんうん。そうそう。せめて時代ぐらいはね。
そう言えば、ここの曲がり角の向こうに、古いお社があるの知ってる? うん、あのボロっちいの。あそこって昔、神社だったっていうのは? ………あ、知らないんだ。ふぅん。じゃあ、ちょっと見に行こうよ。道すがら教えてあげるから。
昔々、この辺りがまだ農村だった頃の話なんだけど……その頃、満月の頃になると村から一人、また一人と若い女の人が消えてしまうって出来事があったんだって。村では満月の晩にはしっかり戸締まりして、絶対に外へ出るなって言い聞かせてたんだけど、それでもダメで。とうとう、若い男たちが満月の晩に鍬やら鎌やら持って、犯人を待ち構えたんだって。暗い森の向こうからガサガサ、ガサガサと音がして、いよいよ犯人が出てきたと思って身構えたの。
ところが、そこに現れたのは大の大人が見上げるほどに大きな蜘蛛だったの。そう。村の女の人はこの蜘蛛のお化けに連れ去られていたのね。
村の人達は恐怖におののきながらも、この蜘蛛を退治しようと戦ったわ。だけど、蜘蛛はとても強くて、村人を一蹴してまんまとまた一人攫ってしまったの。
このままでは村が滅んでしまうと考えた村長さんは、お殿様のところに化け物蜘蛛の退治を直訴したわ。流石に化け物が自分のところに出たとあっては動かざるを得なかったお殿様は、部下で最も腕のたつお侍に一本の小刀を渡して、こう言ったの。
「これなるはかの一色家に伝わっていた蜘蛛切の剣なり。これを持ちて見事、大蜘蛛を討ち果たしてみせよ」
お侍は家に伝わる名刀と、お殿様から与えられた蜘蛛切を携え、いよいよ蜘蛛を討つべく満月の晩を待ったわ。そして蜘蛛はまた現れた。
お侍は家伝の名刀を振るい、蜘蛛を斬ったわ。だけど蜘蛛も反撃した。とても激しい戦いだった。でも、ついに蜘蛛の放った糸がお侍を捕まえてしまった。もうこれまでか。そう思った時、お殿様から与えられた蜘蛛切が勝手に飛び出して、糸を斬り捨てたの。更に蜘蛛に向かって飛んでいき、その顔に突き刺さった。お侍も残った糸を引き千切ると、蜘蛛切に飛びついて一気に大蜘蛛を斬り捨てた。
大きな声を上げて大蜘蛛は倒れた。だけど、蜘蛛の死体は火をかけても燃えなかった。だからお侍は蜘蛛の八本の足を切り落とし、それぞれ遠く離れた場所に塚を作って封じ込めたの。最後に残った蜘蛛の体は、神社の奥の山に塚を建てて、そこにおさめた。そして高名なお坊さんにしっかりと供養してもらったんだって。
蜘蛛の足をおさめた塚は『八足塚』。その蜘蛛の体をおさめたっていうのが――『足雲神社』。それが、その古いお社のことなんだって。
………え、神社なのにお坊さんって変? そんな事言われても知らないわよ。そう聞いただけだし。
着いたわ。ここがそのお社。ね、ボロっちいでしょ? 裏の山も数年前にマンションが建っちゃってるから、ホラースポットッて感じじゃないわね。
で、ようやく本題なんだけど……。実はね。ここ数年、この辺りに関する怖い話がネットなんかで上がってるのよ。
聞きたい? 聞きたいでしょ? ………なによ、そのどうせまた妙な話でしょって顔は。良いから聞きなさいって。
ある満月の晩。一人の女子高生が部活で帰るのが遅くなって、急いでたんだって。
でも、その日は何かがおかしかった。いつもなら数回曲がれば大通りに出る筈なのに、何度曲がっても道が変わらなかったの。その子もおかしいなと思ったの。だって、満月で明るくて、街灯だってある。その上、通い慣れた道だし、迷う筈がないのよ。だけど、どれだけ進んでもすぐに曲がり角。段々とその子は怖くなってきた。だから必死に走った。
気が付けば街灯の光は消えて、代わりに暗闇が拡がり始めていた。そしてその向こうから――ズル、ズルって何かが引き摺られるような音が聞こえてきたわ。
何か確かめたくなったけど、それ以上に怖さが体を支配して、必死に走った。その音から逃げるために。だけど、音は段々と大きくなってくる。もつれそうになる足を必死に動かしたわ。そうしたお陰か、音は徐々にだけど小さくなってきた。でもね、そうして着いた先は………その神社だったの。そういえ蜘蛛の巣って曲がり角みたいよね。連続した曲がり角が円を描いているみたいな。それでもって一番外に出られるのは僅か。
それでその女子高生は………ってもう、先に言わないでよ! そうよ~。その子は行方不明になっちゃったの。きっと、その蜘蛛が生きてて食べられちゃったんじゃないかって。
え? 矛盾? 行方不明になったんなら、誰もその追いかけられたって話を知ってる訳ないって?
………そうね、確かにそうだと思うわ。でもね、そういう話に興味を惹かれてやってくる人っていると思うのよ。あたし達みたいにさ。実際、行方知れずになってる人が居るみたいだし。
だからね、こうは考えられない? 例えば……そう、誰かが”意図的にそういう噂を流している”んじゃないかって。
―――え、意味がわからない? つまり、話があったから噂が立ったんじゃなくて、噂自体が人を呼ぶために作られたっていうか……そうね、”疑似餌”みたいなものかしら? 噂によせられた人を、蜘蛛が食べる、みたいな。
だって、足を切られて動けないんだから、なんとかして餌を食べなきゃでしょ? 幸い、後のマンションにも人はいるから、いざとなれば何とか出来るだろうし、今はネットなんてあるから噂を流すのも簡単だもの。
どうしたの? 顔色が悪いわよ? ……”誰が”その噂を流したのか? ………そうね、そこは重要よね。
………実はね、さっきの話には続きがあるの。
過去の話を言い伝えに残していたけど、科学全盛のこの時代にそんな話を真に受ける人なんていない。だから、大蜘蛛の鎮魂塚も開発の際に壊されてしまったの。バカよね。自分達を神様とでも思ってるのかしら?
塚を壊されて、眠っていた蜘蛛は目を覚ましたわ。そして、餓えた腹を満たそうと考えた。当然よね。
でも、何百年と経って世界は様変わりしていた。人がウヨウヨとしていて、どれだけ食べても無くならないってぐらいに。だけど、足がないのよ。動けないのよ。どうすれば良いのか……そんな時、神社に一人の女子高生がやって来たの。蜘蛛は彼女を食べようとしたわ。だけどすぐに考えを改めたの。蜘蛛にとって必要なことを、その子が持っていると思ったから。
蜘蛛はその子を使って色んな事を覚えたわ。神社の周りの状況、そしてネットのこと……色んな事を。そして考えたの。自分は動けないなら、餌の方から来るように仕向ければ良いって。
あら? どうして逃げようとするの? まだ、話の途中なのよ?
蜘蛛はその子に噂を流させたわ。だけどそれだけじゃ足りない。人が興味を一番そそられるのは、人の口によるものだって知ってたから。そしてそれはやっぱり正しかった。
現代の人間は恐怖に対する考え方が緩いのよ。それはねきっと、”自分は死なない”っていう、何の根拠もない自信からなんだと思うわ。だから、簡単に寄ってくるのよ。
………あら? 本当に逃げちゃったわ。ま、良いわ。
……………。
………。
…。
――おかえりなさい。早かったわね。早速だけど話を続けるわね。………だから、言ってるでしょさっきから。
蜘蛛は餌の方から来るように仕向けたって。じゃあ、ここに何があるか……分かるでしょ? そう、蜘蛛の巣。
さっきも言ったけどさ、曲がり角って……蜘蛛の巣に似てない? 真ん中がここで……一番端に行ける道はわずか。
………そう! この辺りそのものが蜘蛛の巣なの。でもって真ん中に来たら最期、もう逃げられないのよ。今までの人間と同じようにね。
うふふふ! 素晴らしいわ! なんて素晴らしい時代なのかしら! 科学万歳と諸手を上げてしまうわ! 足の場所もすぐに調べられたし、それにあの忌まわしい蜘蛛切ももう無い。つまり誰も私を殺せないの! 好きなだけ餌を食べられる! ああ、太ってしまうわねえ。食べ過ぎには気を付けなきゃ。
………あらあら、そんなに泣かないでよ。だって、死ぬ訳じゃないんだもの。………ううん、そうじゃない。
だって、あなたにはとても大事なお仕事があるじゃない。
大蜘蛛様の話を調べて、文化祭で大々的に発表して貰わなきゃ。
だから、いっぱい――――ゴハンヲツレテキテネ?。