電気18 タイセツなもの
Kは頭が真っ白になっていたが、やる事は一つしかなかった。ただ冷気を送りだすのみだ。
室内の熱気が徐々に冷めていくのが分かった。上司は依然として目を開けなかったが、額の沸々とした汗は少しマシになっていた。
「あともう少し……いや、もう待つしかないか」
Kはルーバーを閉じ、冷気を送りだすのを止めた。そしてじっと上司の容態を見守った。自分は出来る事は全てやった。
上司を見守っている間、もし上司が死んでしまったら……その事ばかり考え続けた。見知らぬふりをして逃げるか。もし捕まったら何年刑務所に居なければならないのか。家族や友人はどう思うのか。そして恋人は……
そこまで考えついた時、上司の身体が少し動いたように見えた。ゆっくりと息をのみ、観察していると、足が動き、手が動き、そして瞼がゆっくりと開いた。上司と目が合う瞬間に、Kは門の外へと放り出されていた。
「人を殺そうとした気分はどうじゃった?」
天の声が聞こえた。
「自分が死にそうでした。やってしまった事を後悔するよりも、どう今後自分が人生を歩んでいくかで頭がいっぱいでした」
「それでもお前は助ける事に専念した。それだけでもお前はりっぱじゃよ」
「あなたは何故試練を与えるのですか?」
「人が成長し、過ちを犯さないためじゃよ。もしこの試練をお前が受けなければ、本当に人を殺めたかもしれん」
「果たしてそうでしょうか?」
「人は複雑にみえるようじゃが、実際は単純なんじゃよ。お前は自分が悲劇のヒーローで、自分は悪くないと思うタイプだ。もっと自分を見つめ直し、人を人の命を大切にする事を学ばせたかったんじゃよ」
「僕は学べたでしょうか?」
「それは現実へ戻って自分で確かめるがよい」
突然身体の力が抜け、Kは地面へと倒れてしまった。
目が霞む瞬間、おじいさんが杖をついて立っているのが見えた。




