霧の盾
霧の盾について調べます
午前の遅めの時間に家に戻ってみると、ザザイが二人を相手に戦っていた。
「魔王軍幹部である、このザザイ様に戦いを挑むとは猪口才な!」
ほほお、今日のザザイは魔王軍幹部なのか。
ザザイは光を発する小さな剣を大げさに振りかぶった後、メリーの構える剣にちょこんと当てた。「カキーン」と音がして、火花のエフェクトが飛び散る。
ローズが、エフェクトを出す魔道具の研究中に作った試作品を基に、思いつきで私が柔らかい刀身を取り付け、メリーとタイにあげたおもちゃの剣なのだが、かなり気に入ったようだ。最近は暇そうなパーティーメンバーを見つけると、二人で剣を振りかざして襲いかかっている。
意外にも子供好きで、リアクションが大げさで面白いザザイは、特に二人のお気に入りのようで、しょっちゅう襲われていた。
「ギャーやられたー」
ザザイが大げさなリアクションと共に倒れると、子供達は大喜びだ。さらに追撃の剣を振るう。剣が当たるたびに「ザクッ」「バキッ」「ガンッ」と大げさな音がするので、知らない人が見たら、恐ろしい威力の打撃を受けているのかと勘違いしそうだが、ぬいぐるみの剣なので、実は全然痛くない。
「そんなに打っちゃ可哀想でしょ。ザザイおじちゃん泣いちゃうわよ。」アベリアが笑いながら言う。
「魔王様ー、助けてー」ザザイがピクピクしながらこちらに手を差し延べてきた。
「幹部のくせに不甲斐ないやつだな。仕方がない。我が眷属の力、思い知らせてくれよう。」
私は、翼のついたぬいぐるみのクマを2体召喚、ではなく、土魔法で作成した。適当に作ったので、細部の作りは甘いが、そこそこ可愛い造形に出来た。子供達は目を丸くして見ている。
「行け!クマ太郎にクマ次郎。」
ぬいぐるみのクマを子供達に飛びかからせ、くすぐらせた。子供達はキャーキャー言いながら逃げ回っている。
ひとしきり子供達と遊んだ後で、ザザイに他のメンバーのことを聞くと、まだ訓練場から戻っていないと言う。昼食までには少し間があるので、訓練場の様子を見に行くことにした。
訓練場に行ってみると、宝物庫の武器を色々試しているようだった。
猫耳戦士が、訓練場に足を踏み入れた我々を目敏く見つけ、手を振りながら走り寄ってくる。
「ヤリチン大魔神ー。丁度良かったニャ。魔力が切れそうだニャ。」
手にはサンダーエッジを持っていた。調子に乗って雷魔法を乱発し、魔力切れになったのだろう。
魔力を補充してやると、さっそく訓練場の端の方に走って行く。遠隔攻撃の練習用の標的が並んでいる近くだ。
「私の華麗な魔法を見るニャ!」
振り向いて言うと、標的に向かってサンダーを放ち始めた。驚いたことに、すべてが20メートル以上離れた標的に命中している。しかも発動が早い。サンダーエッジに、これほどの効果があるとは思わなかった。
「レディク様、見てください。この盾すごいですー。」
今度はレスリーに呼びかけられた。振り返ってみると、銀地に白で百合のような花の文様が描かれた、美しい盾を持っている。あの盾も、宝物庫の装備品の一つだったはずだ。
よく見るとレスリーはうっすらと霧を纏っていた。さらに、霧の一部を小さな塊として独立させて、蝶のような形に成形して操作している。驚いた、いつの間にあんな技を身につけたんだ?いや、もしかして、あの盾の能力なのか?
「レスリー、その盾は?宝物庫の装備品の一つだったと思うが。」
「はい。霧の盾という装備ですー。霧を操る魔法を補助してくれますー。」
「面白い物だな。そういえば、そんな装備もあったか。」
「ご覧になりますかー。」
レスリーに手渡されたそれは、小振りなカイトシールドで、見た目の大きさに比べて、とても軽かった。このデザインと軽さからすると、女性のために作られた物かも知れない。
裏側を見ると、持ち手の他に奇妙な金具が付いていた。盾を使おうと思ったことがなく、盾についてはあまり調べたこともなかったので、何のための金具なのか見当が付かない。
試しに魔力を通してみると、内部には高度かつ洗練された魔術構築式が仕込まれていることが分かった。素材はミスリルかと思ったが、魔力の反応から見て他の素材も使われていそうだ。
「解説がこんなにたくさん付いていましたー。」
「解説がたくさん?」
レスリーが布の袋を手渡してきたので、受け取ると、ずっしりと重い。中を見ると、他の武器と同じように、武器について簡潔に記した解説書の他に、革装丁の本が1冊と、数十ページの小冊子が1冊入っていた。
革装丁の本を取り出してタイトルを調べると『ムラカネ公国興亡史』と書いてある。パラパラとめくって、中を見た感じでは、歴史書のようだ。
「ムラカネ公国って聞いたことあるか?どの辺にある国だろう?」
「そう言う名前の国は、聞いたことがないですー。」
レスリーも知らないようだ。
「レディク様、ムラカネ公国は1000年以上前に滅んだ国。かつては、大陸の中央部にあったはず。」
ローズが教えてくれた。ずっと昔に滅んだ国らしい。どおりで聞いたことがないはずだ。もしかすると、この盾はその国で作られたのだろうか。
他の武器と同じく、紙1枚に書かれた解説を手に取り、目を通してみた。
霧の盾は1500年ほど前の、ムラカネ公国の女性のために作られた盾だった。女性向きに、小さめのサイズで、軽く作ってはあるが、アダマンタイトとヒヒイロカネとミスリルを組み合わせて作ってあり、強度だけでも最高級の盾らしい。
だが、霧の盾の真価は、霧を操る能力にあるようだ。使いこなすには、相応の水魔法のスキルが必要だが、能力を引き出すことが出来れば、戦場で大きな働きが期待出来る、と書いてある。
添付されている小冊子には、霧の盾の使い方が書いてあるらしい。そして、歴史書の方には、実際に1500年前の魔王軍との戦いで、この盾がどのように使われたかが書いてあるそうだ。
霧の使い方というと、すぐに思いつくのは、霧を使って敵の視界を制限することだが、わざわざこんな小冊子を作ると言うことは、もっと高度な使い方があるのだろう。はたして、いったい何が書いてあるのか?俄然興味が湧いてきた。
小冊子の冒頭には、霧の盾の来歴について記述されていた。ニケーヤ歴1730年頃に、当時のムラカネ公国の公女、キリカ・サオリノ・ムラカネ、朝霧の姫の名で知られる人のために作られた盾で、盾の本体はドワーフの名工が鍛え、エルフの高名な魔道具職人が作った魔術構築式と、ウンディーネの国の水の神の神官長が作った護符が組み込まれている。
ウンディーネの国?そんな国もあったのか。
「ローズ。ウンディーネの国は、知っているか?もしかして、やっぱり滅んでいるのか?」
「滅んでる。ムラカネ公国と同じ頃。魔王軍との激しい戦いで。」
「ウンディーネって種族の名前だよな?種族自体が滅んだのか?」
「滅んだと言われてる。時期は分からない。」
「魔王との戦いで、滅んだ種族もあるのか。」
「魔王は混沌の神の眷属。他の神の眷属すべてを滅ぼそうとしている。神魔戦争以前には、20種くらいの種族が居たらしい。」
「生き残った種族の方が少ないのか。7割が滅んでいるとは。」
小冊子をさらに読み進めると、朝霧の姫について、書いてあった。
キリカ公女、朝霧の姫は幼少時より、水魔法に卓抜した才能を示し、治療魔法も得意だった。長ずるに及んで、霧に薬を混ぜ、治療魔法と併用するという、独自の技法を編み出した。
朝早くから領地を巡回し、病に苦しむ領民を治療して回ることを習慣としていたため、領民には深く敬愛され、朝霧の姫と呼ばれるようになった。
霧の盾の裏にある金具は、薬品の瓶を固定するために使うらしい。金具の形状からすると、大型の瓶のようだ。特注の容器だったのだろう。
朝霧の姫の名が、他国にも広く知られるようになったのは、魔王軍との戦いが始まった後だ。
1700年代に現れた魔王は、配下の魔神と魔獣を率い、まずウンディーネの国に襲いかかった。当時の戦いでは、ウンディーネの国に救援に向かった、人族とエルフ族の軍が東から魔王軍に攻撃し、初戦ではそれなりの戦果を上げたものの、病毒の魔人の毒を使った反撃に、後退を余儀なくされた。
病毒の魔人が使用する広域毒攻撃には、霧型、ガス型、粉末型の3種類があるが、このとき使用されたのは、粉末型だった。粉末型の毒は、毒の拡散範囲が狭く、避けやすいが、一旦使用されると、雨が降らない限り、強力な毒性のある粉末が、地上に長く留まってしまう。毒が散布された範囲に、足を踏み入れることが出来なくなってしまうのだ。
朝霧の姫が率いる、ムラカネ公国の増援軍が到着したのは、その頃のことだった。朝霧の姫は、到着するとすぐに、毒を受けた味方の兵士の治療を行った。朝霧の姫が霧を使った広域治療を行うと、一度に数百人の傷病者が治療され、軽傷の者はすぐに戦線に復帰出来るほどに回復した。霧を纏う、その神秘的な姿を見た兵士の多くが、聖女が現れたと噂したため、『霧の聖女』の噂はたちまちのうちに全軍に広まった。
朝霧の姫は次に、魔人の使用した毒を調べ、手持ちの浄化薬を組み合わせた霧で魔人の使う毒を無毒化することに成功した。大量の浄化薬の準備に、若干の時間を要したものの、それ以降、人族とエルフ族の混成軍は魔人の毒を恐れずに進軍することが出来るようになった。
当時の魔王は、配下に40人ほどの魔人と、魔獣やオークなどの魔物の混成軍2万、その他に5000人ほどの傭兵やごろつきの軍勢を従えていた。数的には、人族とエルフ族、およびウンディーネ族の軍勢を合わせた数の10分の1以下だったが、一部の魔人達、特に病毒の魔人の能力が高く、数の不利をものともせずに、戦いを有利に進めていた。
病毒の魔人の毒を無効化する、朝霧の姫の参戦は、戦いに劇的な変化をもたらした。魔王軍は、病毒の魔人の能力を当てにした布陣を敷いていたため、毒を無効化して突撃する人族・エルフ族混成軍の攻撃は完全に不意打ちになったのだ。
ウンディーネ族軍と人族・エルフ族混成軍に挟撃されることになった魔王軍は大打撃を受け、退却を余儀なくされた。反撃の契機となった朝霧の姫の活躍は、大陸中に広く知られ、吟遊詩人の詩にも詠われるようになったのだった。
朝霧の姫の生涯については、歴史書の方に、より詳しく書いてあるらしい。ムラカネ公国の歴史を語る上で、重要な人物の1人だったようだ。
小冊子では、朝霧の姫の来歴に続けて、朝霧の姫がどのように霧を使ったを解説していた。
朝霧の姫は、大別すると5つの用途に霧を使った。霧を使った索敵、目くらましと撹乱、霧を使った情報伝達、毒を混ぜた霧での直接攻撃、薬を混ぜた霧での味方の治療と強化、以上の5種類だ。
霧を使った索敵は、私が水蒸気で行っている索敵方法と、基本的には同じものだ。霧は水蒸気より重くて動かしづらいし、敵の目にも見えてしまうので、索敵方法としては、水蒸気に劣る。しかし、朝霧の姫の場合は、能力が霧に特化しており、霧の操作だけを強化する装備も使用していたため、霧を使用した時のみ、広範囲の索敵が可能だったらしい。
最も興味深いのは、霧に毒や薬を混ぜるという使用方法だ。こんな方法は試したことがない。
その他に、霧で視界を制限した状態で、さらに霧で幻影を作り、敵を混乱させるという使い方も面白い。幻影魔法に近い効果を、霧だけで実現していたようだ。
小冊子を読み進めると、どんな薬を使用していたか、一部は薬のレシピまで書いてあった。やはり、霧に混ぜるという特殊な方法で用いるためか、見たことのない薬だ。薬のレシピをレスリーに見せたが、レスリーも見たことのない薬だった。
「試しに使ってみたいんだが、ここに書いてある薬、作れそうか?」
「一部は作れると思いますー。材料は見たことがありますし、レシピも載っていますからー。でも、レシピがはっきり書いていない薬もありますねー。これは、調べて見ないと、ちょっと分からないですー。」
「とりあえず、出来るものから作ってみてくれないか?状況によっては、すごく役に立ちそうな気がするから。」
「分かりましたー。」
霧の盾の解説を読み、薬についてレスリーに相談しているうちに昼になった。昼食の準備が出来たと、ザザイが呼びに来たので、家に戻ることにした。
帰る前に、訓練場にいた兵士に、「午後も訓練場を使われますか」と聞かれたので、少し考えた後で「ええ、使いますのでよろしくお願いします」と、答えて置いた。
少し体を動かすつもりで訓練場に行ったのに、霧の盾の解説を読んでいて、全然体を動かしていないことを思いだした。午後は薬の材料を買いに出ようかとも思ったが、まずは少し運動をしておこう。
昼食は、新鮮な魚介類を使ったパエリアのような料理だった。シリンの名物料理を、アベリアがアレンジしたものらしい。
シリンには大きな食品の市場があるので、いろいろな食材が手に入る。立派な漁港もあるので、特に魚介類は、新鮮で美味しい素材が手に入りやすいようだ。
「市場に行くと、色々と美味しそうなものがありすぎて、目移りしちゃって大変なんですけど、今は特に冬が旬の魚が出始めの時期らしいので、しばらくは魚介類を使った料理を試してみたいと思います。」
「新鮮な海の魚は美味しいよね。シンプルな塩焼きも美味しいし、ムニエルやマリネも良いし。」
「そうニャ。魚は美味しいニャ。いっぱい食べるニャ。」
猫耳戦士も魚が好きらしい。
「シリンを出発した後は、内陸の旅になるから、特に美味しい魚があったら、今のうちに買い溜めしておくのも良いかも知れないね。」




