シリンの図書館
シリンの図書館に行きます
すみませんが、次回更新はまた遅れそうです。
シリンの図書館は大きな建物だった。受付通路で図書館使用料として、1人あたり銀貨2枚を支払い、バッグなどを預けた後、奥に進むと、閲覧用の机の向こうに書架が並んでいた。幅30メートル、奥行き100メートル近くありそうな範囲に、2メートル程の丈の書架が林立している。案内板によれば、2階と3階も同様な構造らしい。これだけ大きな図書館なら、色々と参考になる資料が見つかりそうだ。
シリンに着いた日から、図書館に来たかったのだが、色々と用事があって、今朝まで時間が取れなかった。仕方がないので、レスリーに頼み、前もって図書館の様子を調べて貰うと同時に、いくつかの事柄について、資料を探して貰っていた。例えば薬聖サブリの残したレシピが記載されている資料などだ。残念ながら、レスリーは、薬聖サブリのレシピを見つけることは出来なかったが、情報を探す過程で、色々と興味深い資料を目にしていた。作ったことも見たこともない、様々なポーションのレシピや、薬草の採取場所、ポーション作成に関わる特殊な技術などが記載された資料だ。なにしろ、薬とポーションに関係する資料だけでも、少なくとも数千冊。魔法と魔道具に関しても同等以上の蔵書が収蔵されている。
調べたいことは色々とあった。例えば予言のこと、遺跡のこと、魔法のこと、魔道具のこと等々。しかし、すべてを一度に調べるのは無理なので、今日は宝物庫の武器関連の情報と、治療技術について調べることにした。リリステジアの弓のような特殊な武器は、大きな力を秘めていても、使いこなすことが容易でないので、武器の選択の前にもう少し予備知識を仕入れておきたかった。
武器に関する情報も調べると言うことで、今日はメンバー全員が同行していた。普段本など読まない猫耳戦士、ターボ、ザザイも武器の話しは大好きなのだ。3人とダリルとロジルには武器関連の情報を集めて貰い、残りのメンバーで治療技術について調べることにした。
特定のテーマについて、多人数で調べるのは初めてだったので、今まで気がつかなかったが、資料調べの際に思念伝達が使えることは非常に役に立った。他の人が調べた内容が自然に頭に入ってくる。わかりにくい文章を読み解いていく途中でも、他の人の解釈を参考にすると理解しやすくなる。関連した内容の複数の資料を、同時に読み進めているため、内容を比較しながら記憶しやすくなる。なんだか、凄く頭が良くなったような気分だ。
調べ初めてしばらくすると、大きな収穫があった。『治療技術大全』という、80巻もある膨大な著作が見つかったのだ。しかも、著者名に見覚えがある。内容を調べると、間違いなく、過去に『治療者のワンド』の所有者であった高名な治療士が書いた本であることがわかった。序文に『治療者のワンド』について書いてあるし、序盤の内容が、『治療者のワンド』から得られた知識と完全に一致している。
しかし、いくつかの問題も明らかになった。この80巻の著作でも、『治療者のワンド』から得られる知識を網羅していないようなのだ。おそらく70-80%だろう。しかも、今までに『治療者のワンド』から得られた知識は、この著作のほんの序盤、1%程度の範囲の知識に過ぎない。これ、ほんとに全部覚えられるのだろうか?治療技術の習得は確かに重要ではあるのだが、我々は全員で高レベルの治療師になりたいわけではないのだ。目眩がするほど膨大な知識と技術の習得に、どの程度の時間と労力を振り向けるべきか、迷いを感じた。
さらに、80巻の著作の一部が欠けていた。かなり昔から著作の一部が失われているらしい。しかしこれは、禁術部の資料室で見つかりそうな予感がした。
治療技術の習得のための努力を続けるべきか、諦めるべきか、迷いを感じていた。戦闘の時に負った怪我の治療ならば、今持っている技術だけで十分だ。それについては、既に高いレベルの技術を持っている。問題は未知の病気や毒、呪いなど、特殊な状況にどの程度対応出来るか、だろうか。
この世界は私が元居た世界よりも、怪我の治療に関しては、魔法という技術によって、はるかに恵まれた環境にある。瀕死の大怪我でも、手足が千切れて失われた怪我でも、十分高い魔法の技量があれば、短時間で治療出来る。
しかし、病気や毒の治療については、魔法は十分な対策ではない。病気や毒の治療に用いられるキュアー系の魔法もあり、様々な病気や毒が魔法で治療可能ではある。だが、魔法では治療出来ない病気や毒があるのだ。キュアー系の魔法も、神魔戦争時代に作られた、優れた魔法らしい。だが、神魔戦争時代以降に新たに発生・発見された病気や毒がたくさんあり、古い時代に作られた魔法は、新しい病気や毒に十分な効果を発揮しないことが多いという。人間の体の構造は昔から変わっていないが、病気や毒は昔と同じではないと言うことなのだろう。
もちろん、3000年前にはなかった、新しい病気や毒であっても、治療法が見つけられているものもある。問題は、診断法や治療法が、体系立てられ、広く周知されていないことかも知れない。なにしろこの世界では、知識を記録し、流布するメディアが手書きの本に類する物しか無いのだ。
その上に、この世界には、価値ある知識の普及を阻害しようとする勢力まである。神魔戦争が終わってから、3000年以上の年月の間、この世界の技術・知識はあまり変わっていない。何度も繰り返される魔王との戦い。有用な知識と技術の普及を妨げる魔人達の暗躍が、この世界の発展に暗い影を落としていることは間違いないだろう。
そこまで思いを巡らした後で、二つのことを思いだした。クロエが何故我々のパーティーに参加したのか。それは、近い将来に疫病によって大勢の人間が死ぬ運命を回避するためだ。
そして、魔道研究所では、魔王と戦うために『毒と病気を治療する広域魔道具』を開発したという話を聞いた。つまり、魔人の中には毒と病気を使う者が居るのだ。将来、我々は毒と病気を使う魔人と戦うことになるのだろう。慈悲の女神の託宣の内容から推測して間違いなさそうだ。
もしかすると、毒と病気に対抗するための、治療技術を身につけることは、今後の戦いを生き延びるために、必須の条件なのかも知れない。
どうやら、治療技術の習得には、本腰を入れて取り組まなければならないようだ。
昼になったので、昼食をどうするか相談するために、武器の情報を調べているダリル達の様子を見に行くと、全員が熱心に本を読みふけっている。珍しいことがあるものだ。
「何か面白いものがあったのか?」
「おお、レディクか、これが凄く面白いぜ。神魔戦争末期の叙事詩でな、血湧き肉躍る冒険譚なんだ。」どうやら全員同じシリーズの本を読んでいるようだ。
「そう言うことを質問したわけではないのだが。」
「え?いやー。ハハハ。」ダリルの目が泳いでいる。
「別に遊んでたわけじゃないニャ。リリステジアの話が出てくるニャ。」
「ほう。そうなのか。何か有益な情報は?」
「今凄く良いところニャ。リリステジアはめちゃめちゃ強いニャ。」猫耳戦士は嬉しそうだが、それはあまり有益な情報ではないようだ。
「リリステジア自身も、神に授かった弓の真の力を使いこなすまでには苦労しているようです。ただし、リリステジアの死後は、リリステジアの魂が弓に乗り移ったと言われています。そのために、それ以前とは異なる性格を持った弓になっているらしいです。」ロジルは真面目にメモを取って調べていてくれたらしい。
「弓の性格?」
「魔人を憎み、同胞を守るために命をかける、リリステジアの心が、弓の使い手に語りかけてくることがあるらしいです。あと、リリステジアが女性であったためか、女性でないと弓に受け入れられないらしいです。」
「心を持った武器なのか?」これは、かなり驚きの情報だった。
昼食は図書館に併設されている食堂で食べることにした。外見の立派さにもかかわらず、リーズナブルな値段で、そこそこ美味しい食べ物を出してくれる良心的な食堂だった。
遠方から来た研究者の中には、寝食も忘れて図書館に籠もりきりになる人も居て、希にではあるが、図書館内でばったり倒れてしまうこともあるらしい。そのため、図書館内には立派な食堂の他に医務室もある。また、職員の中には、健康状態の悪そうな人を見つけて、食事をさせたり休憩を取らせたりする係が居るそうだ。初めは冗談かと思ったが、健康状態鑑定の魔道具という、初めて見る魔道具を持って図書館内を巡回している職員が居たので、どうやら本当の話しらしかった。
午後も引き続き、図書館で資料あさりを続け、その日は結局ほとんど一日図書館で過ごした。
猫耳戦士やターボやザザイも、それなりに楽しんでいたと思うのだが、やはり一日本を読んで過ごすなど初めての体験だったらしい。「目が疲れた」とか「肩がこった」とか言っている。明日は少し体を動かしたいというので、訓練場を使う予定にしておいた。ただし、私は朝の内に魔道研究所に行くつもりだ。
翌朝、アベリア、レスリー、ローズ、レルミスを連れて魔道研究所に出かけた。他のメンバーは、訓練場を使う予定だ。研究所長には前日のうちに、相談したいことがあって訪れる旨連絡し、了解を得ておいた。
「相談したいことがあるそうですが、どんなお話ですかな?」
魔道研究所で、前回と同じ部屋に案内され、席に着いた後、
「人手が欲しいのです。それも、若くて優秀な。」
「魔道研究所に話しを持ってくると言うことは、魔法関連で際立った能力の人材と言うことでしょうか?」
「もちろん、魔法も絡むのですが、ここに相談に伺ったのは、禁術に関わる人の選定は、やはりこちらに相談するべきだろうと思ったからです。」
「なんと。禁術に関わる人手をお探しですか。」
「正確には、禁術と認定されているかどうか知らないのですが、ほぼ間違いないと考えていますし、技術の習得を魔人達が歓迎しないことは、確信しています。」
「ほう。それは具体的にはどのような?」
「『治療技術大全』という著作と、『治療者のワンド』と言う物について、ご存じでしょうか?」
「『治療技術大全』については、聞き覚えがありますな。治療技術と、関連する技術と知識を網羅した、現存する最高峰の技術書と記憶しております。」
「実は『治療技術大全』に記載された知識は、『治療者のワンド』から得られた物なのです。ただし、『治療技術大全』にはすべての知識が記載されているわけではありません。『治療者のワンド』から得られる知識には、まだ先があるのです。そして、『治療者のワンド』は、今私の手元にあります。つまり私は、治療技術に関して今まで誰も得られなかった、膨大で詳細な知識を得られる可能性があるのです。その知識は、魔人と戦うために必要なのではないかと考えています。」
「病毒の魔人との戦いを想定されているのですか。」
「魔人の名前は知りませんでしたが、魔人が毒を使うことは、先日こちらに伺った時に知りました。それに、最近まで良く意味が分かっていなかったので、すっかり忘れていたのですが、私のパーティーのメンバーのクロエは、女神の託宣に従って、私のパーティーに加わったのです。女神の預言に寄れば、数年後に彼女の故郷を襲い、住人の半数以上を殺すことになる、恐るべき病魔の被害を食い止めるために。」
「それは・・・」
所長は何か言いかけたが、そのまましばらくの間絶句した。
「数年後ですか・・・。病毒の魔人は、最も忌むべき力を持つ魔人として、恐れられています。過去の戦いにおいても、重要な局面において姿を現し、我々の陣営に多大な被害をもたらしてきました。病毒の魔人の手によって、数万の軍隊がほとんど壊滅したことがありますし、大きな都市が廃墟同然になったこともあるのです。我々はまだ、魔王と軍勢と戦う準備が出来ていません。数年以内の時期に、病毒の魔人が力を振るい始めた場合、大変な被害が出る可能性が高いです。ただし・・」
所長は一旦言葉を切り、首をかしげる。
「我々はかなり高い確信を持っていたのです。魔王はまだ生まれて居らず。魔人達の側でも、まだ本格的な戦いを始める準備は出来ていないと。そのような状況で、病毒の魔人の力を使う理由がわかりません。確かに大きな被害が出て、我々の力は削がれるでしょう。しかし、魔王との戦いの結果に、決定的な影響を及ぼすほどとは思えないのです。何か我々が見落としていることがあるのでしょうか。」
「魔人が今までに無い行動をしている、と言うことは、何か新しい戦略に基づいた行動であるかも知れない、と言うことですね。」
「その通りです。その通りなのですが、・・どのような戦略なのかが皆目分かりません。・・ちなみに、クロエさんの故郷はどちらでしょう。」
「ロメーユだそうです。グリムドールとララックの間の。」
「ロメーユですか。大きな被害を出すためならば、もっと大きな都市を狙いそうなものですが、ロメーユとは微妙ですね。」
しばらくの間、魔人の狙いについて研究所長と話し合ったが、もっと情報がないと見当がつかないという結論しか出せなかった。
その後、治療技術の習得のために、必要な人材について相談した。治療技術部という部門の若手研究員の中から、条件に合う者を探して貰う約束を取り付けることが出来た。人選には少し時間が掛かるということなので、2日後にもう一度訪問することを約した。
治療技術大全の写本を入手したかったので、その件についても相談したところ、治療技術部に何部か蔵書があるはずだし、出入りの書店からも入手出来るだろうという話しだった。しかし、図書館の蔵書では抜けがあり、抜けた部分は禁術部の資料室で見つかるのではないかと期待していることを話すと、所長は禁術部に確認後、どうするか検討したいと言った。
「本来ならば禁術の資料は、外部への持ち出し禁止なのですが、禁止の理由は情報を持つ人間の安全のためです。魔人を倒せる実力をお持ちのレディク殿なら、全く問題ないかと思います。むしろ、何処かの町で『才蔵様が失われていた治療技術大全の写本を入手された』などと情報を流して、魔人達を撹乱するのも面白いかも知れません。」
「検討するというのは、そう言うことですか。」
「魔人の手先をあぶり出す方法を探していたところですし、丁度良いでしょう。」




