王都シリン
シリンにつきました
翌日に国王に会いに行きます
エルロン王国の王都シリンは、エレノール川の河口近くにある。エレノール川は大陸南部最大の河川であり、豊かな川の流れによって育まれたエレノール平野は、大陸でも最も豊かな農業生産地だ。小麦の生産量が多いほか、トウモロコシ、米などの穀物、各種の園芸作物も栽培されており、王都の膨大な需要をまかなうばかりでなく、周辺地域へも輸出されている。
また、水量が豊かで、流れが穏やかなエレノール川は、古くから水運に利用され、周辺に位置する町に富をもたらした。シリンの現在の繁栄には、エレノール川の存在が大きく貢献している。
シリンの中心市街は、エレノール川から2キロほど西、海から5キロ程北にある。東西4キロ、南北3.5キロ程の範囲を防壁で囲った、城塞都市だ。ここだけで、15万人程の住民が生活している。ただし、シリンはここだけではない。中心市街から東と西に、それぞれ5キロ程離れた場所に、一つずつ、直径1キロ程の外郭城塞都市があり、南には東西2キロ、南北1キロの広さの港湾都市がある。そして、外郭城塞都市と港湾都市を結ぶ大きな円を取り囲み、やや簡易な防壁が築かれている。この外郭城塞都市と港湾都市及び、防壁で囲まれた範囲すべても含めて、王都シリンと呼ぶ。都市の発展に伴い、中心市街に収まり切らなくなった住民が、城壁外に住み着いて大きな市街を形成し、今では城壁外の住民の人口の方が多くなっているのだ。シリンの総人口は40万人を超えている。
アスター方面からの街道を旅して、シリンに到着した旅人は、低い丘の上に立てられた、西外郭城塞の西門からシリンに入る。初めてシリンにやってきた旅人は、まず間違いなく、王都にしては小さい外郭城塞の城壁に当惑し、中に入って町並みを見て驚くことになる。旅人が期待するような立派な町並みは見られないからだ。外郭城塞の敷地の7割は、巨大で無骨な軍の施設、大きな商会の物流拠点、倉庫などで占められている。
そして、外郭城塞内を素通りし、反対側の東門から外郭城塞の外に出た旅人は、そこで初めてシリンという町の大きさを実感し、驚くことになる。外郭城塞と中心市街とのあいだを結ぶ大きな道の両側に、猥雑な町並みが5キロにわたって続き、その先には中心市街の巨大な城壁が、さらにその城壁の向こうには、小高い丘の上にそびえ立つ、王城が見えるからだ。
シリンの入り口で、中西部方面軍から派遣された護衛と別れた我々は、そこからさらに、馬車で1時間半をかけ、中心市街の北東部にあるローランの屋敷に到着した。既に日没に近い時刻だった。
中心市街に入ってすぐに、ローランは王城に使者を送り、無事に到着したことを報告したが、30分も経たないうちに、王城から使者が来て、ローランは王城に出かけることになった。
「だいぶお待たせしたので、陛下も待ちくたびれて居られたようだ。明日にでも才蔵との謁見をお望みらしい。日程がずれたので、少し打ち合わせをしてくる。すぐに戻れると思う。」そう言い残し、ローランは再び馬車に乗って出かけていった。空はすっかり暗くなっていたが、驚いたことに、通りは街灯で照らされていた。王城周辺の大きな通りだけだが、夜間も真っ暗になることはないらしい。
我々が入浴し、旅の垢と埃を落としてくつろいだ頃には、ローランも帰ってきて、一緒に夕食を食べた。夕食を食べながら、翌日の予定を聞いた。昼に謁見し、その後は会食の予定だそうだ。場所は、郊外にある離宮で、少々遠いので、朝から出かける必要があるらしい。謁見に同行しないメンバーは、町を見物に行くようなので、図書館と、品揃えの良さそうな魔道具店と、書店の場所を調べて欲しいと頼んで置いた。
翌朝。朝食を食べた後、余裕を持って、早めに出発した。今日はローランも、我々に合わせて、冒険者風の衣装だ。手配してあった貸し馬車に乗り込み、貴族の屋敷が続く町並みを、しばらく北に進む。貴族街を取り囲む防壁の門をくぐり抜け、さらに北に進むと、間もなく中心市街全体を取り囲む防壁に突き当たった。そこからは、防壁の内側の太い通りを西に進み、王城の北側にある公園の前で、馬車を降りた。
馬車を返し、ローランの案内に従い、公園に入る。入ってすぐの休憩所らしい建物の陰に、黒塗りの大型馬車があり、その前に初老の男が立っていた。
「おはようございます。侍従長。」ローランが会釈して声をかける。
「おはようございます。ニズロン卿。」侍従長がお辞儀をしながら挨拶を返した。恐ろしく姿勢が良い。貴族とはまた違った、洗練された気品がある。さすがは王宮の侍従長だな、などと感心していたら、侍従長は我々にも声をかけた。
「お初にお目に掛かります。王宮の侍従を務めさせていただいております、バルラーと申します。皆様方のご案内を仰せつかっております。」
「よ、よろしくお願いします。」貫禄の侍従長から、丁寧すぎる挨拶を受けて、ちょっと動揺してしまった。
用意されていた馬車に乗り、しばらく進むと閉ざされた門の前に着いた。北門という場所らしい。昨日通り抜けた西門に比べると、随分小さい。北門は普段は閉ざされており、特別の許可を受けた者しか出入り出来ないそうだ。
侍従長が警備兵とやり取りして、何かの書類を渡すと、すぐに門は開かれた。門扉は3重で、分厚く頑丈そうだった。
北門の外に広がる風景は、西門の外とは全く違い、運河の周りに小さな町がある他は、ほぼ田園風景だった。北門から緩やかな下り坂を進み、運河を越える橋を渡った。
小さな町を通り抜けると、そこからは青々とした野菜畑だけが続いていた。
畑の中を30分程進むと、外郭防壁の門に到着した。このあたりの防壁は3メートル程の高さの、頑丈そうな石壁だった。門をくぐると、小さな青い芽が生えだしたばかりの麦畑が、遙か彼方まで続く田園風景だったが、北西の方向には、かなり遠くに林に覆われた低い丘が見える。丘の方向に延びる、川沿いの道を進んだ。目的地は丘の向こうらしい。
さらに30分程馬車で進み、丘を越えた。丘の上の林を抜けると、眼下に池が見えた。池は一つではなく、小さな丘を挟んで、向こう側にも別の池が見える。丘の斜面の木々の紅葉が、池の水面に映り込み、見事な景観を作り出している。アリュクレーグ庭園という場所らしい。北側の方に離宮があって、庭園の一部は王家専用だが、南側の方は市民に開放されているそうだ。
庭園の手前で脇道に入り、小さいが小綺麗な家の前で馬車を降りた。家の中に案内された後、「こちらでお召し替えを願います」と言われ、変装用の衣装に着替えた。ローランも、いつもより少し豪華な、貴族風の衣装に着替えている。着替えた後は、家の裏口から続く小道に案内された。小道の先には別の馬車が待っていて、それに乗り込むと10分程で離宮に着いた。
離宮は池と庭園に囲まれた場所にある、美しい3階建ての建物だった。規模は小さめで、王家の者と側仕えの者が泊れる程度の広さしか無さそうだ。ただし、十分な警備が出来るように配慮されており、離宮からは見えにくいところに、2重の防壁や監視所があった。200名程度の近衛兵が宿泊出来そうな、兵員宿舎も用意されていた。今は80名程の近衛兵が、離宮の中と周辺を警備していることが感知出来た。
離宮の中の人の気配を探っていると、体内の水が操作可能にならない者が居ることに気がついた。一瞬魔人かと思ったが、何か違う感じがする。わずかに操作可能になるが、すぐに操作不可能な状態に戻っている?魔力を使っているようだが、魔力操作で、私の魔力の浸透に抵抗している?恐ろしく能力の高い魔法使いか?
考えを巡らしている間に、私が他人の体内の水を、自由に操作出来る状態にすることが、他人の目から見てどのように解釈されるか、ということに思い当たった。私が攻撃していると、解釈されるのではなかろうか?そういえば、最初の魔人に出会った時に「オレ様に魔法を掛けようとした」みたいなことを言っていたな。まずいかもしれない。最悪の場合、国王の暗殺を企てたと、見なされる恐れもある。
少々慌てて、魔力を使っている者の体内の水を、操作対象から外した。その後、念のため、離宮の内外に居るすべての人間の、体内の水を操作対象から外して置いた。離宮の内外に居る人間の動きには、特に変わったところはない。暗殺未遂騒ぎが起これば、人の動きも慌ただしくなるはずだ。今のところは、問題ないと見て良いだろうか?不安は残るが、いきなり逃げ出すわけにも行かない。
馬車を降りた我々は、侍従長の案内に従い、離宮に入った。あらかじめ連絡を受けていたのか、離宮の内外を固める近衛兵は、珍妙な変装をした我々の姿を目にしても、特に驚いたそぶりを見せなかった。
我々が連れて行かれたのは、小さめの広間だった。謁見室らしい。中には4人の男が居た。部屋には一つだけ椅子が置かれており、それに座っている男が居る。あれが国王なのだろう。
「陛下。才蔵様とニズロン卿をご案内いたしました。」侍従長が声をかけた。
座っていた男が笑みを浮かべて立ち上がった。
「やっとだな。待ちくたびれたぞ。」
「お待たせいたしまして、申し訳ありません。」
「いやいや。ローラン。責めているのではない。やむを得ない事情があったことは、承知している。それで?おまえの隣に居られる方が、勇者殿かな?」
「はい。ご紹介させていただきます。アスターに現れた魔人と戦い、打ち破った勇者、才蔵こと、レディク殿です。」




