贅沢旅行
アスターの町を出て、旅行に出発します
旅行中も風呂には入ります
朝から汗をかいてしまったので、軽く風呂に入ってから朝食にした。
朝食後、借家を引き払うための準備をする。個人の持ち物はあまり多くないし、家具は初めからあったものが多い、魔法のバッグという便利な物もあるので、準備と言ってもそれほど手間は掛からない。しかし、旅行中には使わない食器を整理して梱包したり、どの魔法のバッグに何をしまうか、容量も確認して決めていったり、掃除をしたり、それなりにすることはある。
アベリアが、メリーを学校に送った後で、商業ギルドに寄り、ギルドの職員を連れて帰ってきた。不動産担当の職員が、家の状態を確認しに来たのだ。ギルド職員は家の内外を一通り見て回り、確認していたが、特に問題はないようだ。
「綺麗に使っていただいたようで、お貸しする前よりも状態がよいです。ありがとうございます。」
「そういえば、多少痛んでいるところがあったので、少し補修をしましたね。もう少し長く、ここで暮らすつもりだったのですが、断れない仕事が入ってしまい、遠出をすることになりました。」
「ニズロン子爵様からのご依頼で、シリンに行かれるとお聞きしましたが、お戻りの予定は決まっているのでしょうか。」
「シリンに行った後、北部に向かうことは決まっているのですが、その結果次第で、さらに遠出するかも知れません。かなり面倒な依頼で、何時終わるかは皆目見当が付かないのです。」
「それは残念です。すぐにお戻りのご予定でしたら、この家を他の方に貸さずに、お帰りをお待ちしても良いかと思いましたが。ところで、遠出をされるご予定でしたら、商業ギルドで何か仕入れて行かれませんか?ニズロン子爵様からのご依頼は、完遂まで時間が掛かるご様子ですし、アベリアさんの商業ギルド会員証を失効させないためにも、片手間で出来る、商業ギルド間の物品転売はお勧めですよ。」
商業ギルドの会員証が失効するという話しは、初めて聞いた。アベリアから、思念伝達で、町に店を持たない商人の場合には、商業ギルドでの物品の売買などの商業活動を半年以上行わないと、会員証が失効するという情報が伝えられてきた。魔法のバッグの容量には、たっぷり余裕があるので、商売をするのも良いかも知れない。
「アスターで仕入れるには、どんな商品がお勧めでしょう?」
「ダンジョンで取れる魔石や心核、ダンジョン由来の素材を加工した革や染料、グリムドール産の金属・貴金属製品、南方から輸入される香辛料あたりが定番商品ですが、商業ギルドに来ていただいて、現在の価格と在庫量を見て判断していただいた方がよろしいかと思います。」
鍵の引き渡しなどについて、打ち合わせた後でギルド職員は帰っていった。
アベリアとクロエとロジルも同行し、商業ギルドに行った。商業ギルドでの情報収集や、商品の仕入れは、会員証を持っているアベリアが行かないと出来ない。ただし、アベリアは商業ギルドに行っている間も、思念伝達でレスリーとローズに、旅行中の食べ物の準備の作業指示をするため、結構いそがしい。そのため、几帳面なクロエと、エルフの国までの旅程や地方の事情にも詳しいロジルに、手伝って貰うことにした。
レスリーとローズは厨房と庭のかまどを使って料理中だ。普段料理をしない私と猫耳戦士も手伝うことにした。女達は、レディク様に手伝っていただいては申し訳ないと、思っているようだが、記憶を失う前の私は、多少の料理の経験もあったらしい。アベリア程の料理の腕がないことは、何となく分かっていたが、時々料理をしてみたいと思うことはあったのだ。手伝ってみると、やはり、さほど手際がよいわけでもないが、料理の手順は何となく分かる。
しかし、しばらく続けるうちに、私がアベリアも知らない調理技法や、調味料、調理器具を色々知っているらしいということも、思念伝達で女達に伝わってしまった。
「電子レンジって何ですかー?」
「マイクロ波?誘導電流?水分子?」
「神々の国の超技術?」
思念伝達で、色々と余計な情報が伝わって、女達を混乱させてしまったようだ。電子レンジは、以前に作ってみようかと思ったこともあるが、水の温度を自在に変えられる水魔法の方がはるかに便利なので、やめたことを説明すると、少し落ち着いた。魔法に劣るなら、それほど驚くべき技術ではないと、印象づけられたのだろう。
しかし、私が神々の国からやって来たことは、女達の間では既定の事実と認識されてしまったようだ。神々の国ではないと思うのだが、それを女達にうまく説明出来るイメージが、思い浮かばない。
アベリア達は、ギルドで購入出来る商品の価格と、これから訪れる予定の町での過去の価格情報を調べ、売買計画を作っていた。最も利益率の高そうな商品では、投資金額の3倍近い売り上げが期待出来るようだ。
これまでアベリアが行ってきた行商は、小さな村や町での小売りが多く、高価な商品を遠くまで運んで売買する商売は経験がないという。盗賊に襲われる危険もあるし、輸送コストもかさむので、力のある商人でないと難しいらしい。
思いの外多くの利益が得られるかも知れないと、アベリアも乗り気になったようだが、金貨15枚くらい投資してはいかがでしょうかと、打診してきた。微妙な金額だと思ったら、行商している時には、一度に仕入れに使える金額の上限が、そのくらいだったそうだ。
投資金額は、金貨300枚を上限とし、リスク分散のため、商品の種類も売買する町も複数選択することを指示した。資金はそこそこあるので、経験のためにも、少し本腰を入れて商売をやってみるのも良いだろう。
アベリアが帰ってきたので、料理はアベリア達に任せ、掃除や片付けを手伝おうかと思ったが、女達に反対されたので、ギルドの資料室に行った。前にもこんな事があった気がするな。
資料室で魔法と魔道具と薬品の応用について調べ、試してみたいこと、もっと詳しく調べる必要があることも、書き留めていった。ギルドの資料室は、特定の分野ではかなり充実しているが、最近は物足りないと感じることも多くなった。シリンの図書館ならば、もっといろいろなことが分かるだろうか。
昼食のために、一度家に戻った後、再度出かけて、注文してあった魔道具材料と薬品の容器を買って帰った。
まだ、旅行の準備が完了していないため、魔法などの練習は軽めに済ませた。ただし、魔道具作成については、色々と試してみたいことがあったので、事前に思念伝達で打ち合わせをした上で、短めの時間ではあったが、新しい魔道具の作り方を試みた。初めてにしてはうまく行った。新しい作り方とは、一つの魔道具を、ローズと二人で協力して作る方法だ。ローズが作れないと言っていた、鑑定の魔道具を、ローズの知識と私の魔力制御能力などを組み合わせ、作ることに成功した。もちろん、思念伝達なしでは不可能な方法だ。
レルミスの練習の前に接続状態にしようとすると、またも、驚かされた。魔力を少し注いだだけで、接続状態になってしまったのだ。しかも、レルミスの魔力制御は、一時的に不安定になっただけで、切れていなかった。どうやら、私に対してレルミスが、レルミスの中の魔力の制御を、受け渡すことに慣れてきたようだ。
翌日も旅行の準備を続けたが、昼頃にはだいたいの準備が終わった。午後の練習時間は長めに取り、基礎訓練の他に実戦形式の練習も行った。
新しい魔道具作成法の練習も何度か行い、少し慣れてきたところで、探査魔法と鑑定魔法を組み合わせた新しい魔道具を作った。魔人が接近するとアラームを発する魔道具だ。近くに魔人が居ないので、うまく動作しているかどうか、テスト出来ないが、魔術構築式は問題ないと思うので、たぶん役に立つのではないかと思う。
翌朝、いつもより早めの時間に朝食を取り、朝食の後片付けを済ませた後、最後の荷造りをして、二台の大型馬車に荷物を積み込んだ。
あらためて家の中を見て回り、忘れ物などがないかどうか確認して、戸締まりした。1月程の短い間だったが、少なからざる思い出の出来たこの家とも今日でお別れだ。大型馬車二台に分乗して出発した。小型馬車は魔法のバッグにしまってある。
商業ギルドで鍵を返却し、町の東門に向かった。大所帯なので、門の外の広場を集合場所にしたのだ。我々が到着すると、顔見知りの警備兵が挨拶してきた。ローランもまもなく来るそうだ。
ほどなく、ローランと随員も現れた。ローラン側の人数は20数名のようだ。騎兵18名に、箱形馬車が2台、荷馬車が2台の陣容だ。挨拶を交わした後、ざっと旅程を確認し、出発した。
昼食休憩の時、我々が手早くテーブルを出し、料理を並べていると、ローランがやってきた。
「ローランも一緒に食うか?」声をかけてみる。
「魅力的な申し出だな。うちの昼食よりうまそうだ。しかし、従者がせっかく用意してくれているので、あっちを食べることにするよ。」ローランが向きを変えて引き返そうとする。
「何か話しがあって来たんじゃないのか?」
「じつは、昼食の招待をしようと思って来たのだが。」
「あー。そりゃすまん。」
「気にするな。」
「夕食はどうだ?」
「ごちそうになろう。」嬉しそうに笑って帰って行った。
夕食はローランも一緒に食べた。食事中に風呂を囲んで立てた衝立を見て、「あれはなんだ?」と、質問してきたので、「風呂だ。ローランも入るか?」と返した。
それ以来、2日に1度、ローランが一緒に夕食を食べ、風呂に入りに来るようになった。もちろん、我々が貴族より贅沢な旅行をしていることは、すぐに全員に知れ渡った。




