ゴブリン
初めての友達?
その日も同じ方向に歩き続けた。前方の土地は少し下り坂になっていて、前方の丘陵地帯との間が低い土地になっている。右手の方では草地の範囲が広くなっており、灰褐色の岩が目立つ荒れ地の範囲が少しずつ後退しているようだ。よく見ると前方左手の方の森に切れ目があるように見える。あれはもしかすると川だろうか。
昼過ぎ頃まで歩き続けると、前方に人らしい姿が見える、ようやく人里にたどり着いたか?思わず足取りが速くなる。50メートルくらいまで近づいたところで、「おーい」と声をかけ手を振る。棒のようなものを持った小柄な人に見える。あれは槍か?振り向いた人影はこちらを認識したようだ。走ってくる。ある程度近づいたところで驚きで足が止まる。肌が焦げ茶と緑を合わせたような色だ。耳が尖っている。人間じゃない?しかも槍を構えて突進してくる。姿が人のようだったので警戒していなかったが、これは攻撃しないとやばいか?魔法を撃ち込もうとする。
「ニンゲン、ここで何してる」怒りのこもった声とともに突っ込んでくる。
しゃべれるのか?驚いて、構えを解く。槍を回避するために横に逃げながら声をかける。
「おい、待て待て、話を聞け」
「ニンゲン、信用できない」
問答無用か。しかしなんだかどこかで聞いたような台詞だな。反撃しないと止まりそうもないが、しかし、せっかく言葉が通じる相手に出会えたのだから話もしたい。氷の矢尻ではなく小さめの水球で足止めを狙うか?5センチくらいの水球を4個出してとりあえず一つを弱めの力で当てる。
「パンッ」と音がして一発で後ろにひっくり返る。しまった、強かったか?威力を強める練習ばかりしてたから加減がわからない。
「おまえ、魔法使いか、この程度では死なん」立ち上がったがふらふらしている。
「良かった。ごめん、強く当てすぎた。」とりあえず謝っておく。
「油断させて攻撃するつもりか、だまされん」
こまった、うかつに攻撃して大怪我させたりもしたくないし。仕方ない、あまり大量の魔力を使いたくはなかったが。別の方法をためそう。
今度は相手をすっぽり覆うような氷のドームを出現させる。昨日の雨の中で練習を続けた結果使えるようになった技だ。はじめはテント代わりにできないかと作ってみたものだが、中が寒すぎて眠れないので使用を断念した失敗作だ。厚い氷で作ってあるのでちょっとやそっとでは壊れない。実際に中から脱出しようと槍を振り回しているようだがびくともしない。おっと、このままでは声も通らないので話が出来ないか。氷の壁に小さな穴を開けた後で声をかける。
「すまないが、話を聞いてくれないようなので、閉じ込めさせてもらった」
「ここから出せっ」
「君がしばらくの間、私の話し相手になってくれて、その間は攻撃しないことを約束してくれるなら、すぐに出すよ」
「ニンゲン、信用できない」
「別に信用しろとは言っていない。約束するのは君だ。君は約束を守らないのか。」
「ゴブリン族、約束守る」
「ほう、君はゴブリン族だったのか。」
「馬鹿にするな、ゴブリン族、見ればわかる」
「すまないが、ゴブリン族に会うのは初めてでね。そのことについては、出来れば後で話そう。私の話し相手になることを約束してくれるかな。」
「何が狙いだ」
「それは、私の話を聞けばわかると思うよ。」
「話終わったら、おまえ、殺す」
「ふーん。気が進まないが、どうしても戦いたいというのなら。話の後で相手になろう。で、約束してくれるかな。」
「約束しよう」
「ありがとう。」
氷のドームを吸収して消した。それから、近くにあった手頃な岩の上に腰を下ろし、話しかける。
「君も座らないか。まずは自己紹介からいこう。私の名前はレディクという。たぶんだが。」
「たぶん?どういうことだ」
「実は数日前に、向こうの荒れ地で目ざめた時より前の記憶がない。名前の記憶も少し怪しい。」
「荒れ地に住むニンゲン居ない、ゴブリンも住まない」
「そうだろうな。荒れ地で目ざめてから今日で、えーと、6日目だが、君以外の誰にも出会わなかった。ここがどこで、自分がどこに向かって歩いているのか、一番近い人間の住む町がどっちの方にあるのか、全くわからない。」
「何もかも忘れたのに、魔法、使えるのか」
「そうらしい。なぜ魔法が使えるのかがよくわからないが、喉が渇いて死にそうな気分になった時に、水を呼び出す魔法が使えることに気がついた。」
「信用できない」
「まあ、そうかもしれないな。私自身、何が起こったのかさっぱりわからないし。ところで、君の名前は?」
「灰の森のゴブリン族、ガンダリ」
「ガンダリか。灰の森というのはこの森の名前なのか?」
「そうだ」
「ところで君は、人間が嫌いなようだが、人間とゴブリンの間で戦争でも起こっているのか?」
「ゴブリン、多くない、争い好きでない、ニンゲン、ゴブリン殺す、ゴブリンの耳切り取る、ニンゲン、野蛮で残忍」ガンダリは怒りのこもった目で吐き捨てるように言う。
「耳?耳なんて切ってどうするんだ?」
「野蛮なニンゲンの考え、知らない」
「はあー、なるほど。そんなことする人間が居るんじゃ、人間を憎むようになるのも無理ないな。本当はいろいろ教えて欲しいことがあったんだが、難しいかな。しかし、せめて人間の住む町の方向くらいは教えてもらえないだろうか。ただでとは言わない。お礼はする。渡せるものは食べ物くらいだけれど。」
「・・・食べ物?・・おまえ何も持っていない」ガンダリがじろじろ見ながら言う。
「ああ、見てのとおり持っていないが。鳥なら魔法で狩れる。」
「鳥を狩る?あの鳥を落としてみろ」ガンダリが鼻で笑うように言い。頭上を指さす。見ると空高く鷹が舞っていた。どうみても50メートル以上はある。
「あれは遠すぎて無理だ。30メートル前後の距離まででないと難しい。」
「では、あれを狩れるか」今度は木の上に止まっている、サギのような大きめの鳥を指さす。距離は35メートルくらいありそうだが、狙いやすい位置に居て的も大きい。
「あれならぎりぎり行けそうだな。」氷の矢尻を強めに打ち出すと、首に命中し、矢尻が首を切断する。首を失った胴体が木の下に落下した。それを見てガンダリはかなり驚いたようだ。
「おまえ、首切り落とす魔法、使うか」
「いや、別に首切り専用というわけじゃないぞ。」
「なぜガンダリの首切らなかった」
「だから、話がしたいと言っただろう。そのためにわざわざ、大怪我をしない程度の弱い魔法で足止めしたり。氷に閉じ込めるなんてめんどくさいことしてたんじゃあないか。そもそも殺すつもりなら声をかけたりしないで、こっそり近寄って攻撃してたぞ。」
「そうか」ガンダリがうなずく。今度は納得してもらえたようだ。
「それで、どうだろう。ゴブリン族は鳥の肉を食べるか?」
「鳥の肉、獣の肉、食べる」
「獣も狩れるが、獣は人が近づくとすぐ逃げるから狩りにくい。鳥の方が狩りやすくて確実だ。好みの鳥が居たら、要望に応じられるかもしれないぞ。もしもこの近くに、水鳥とかたくさん集まっている場所があって、教えてもらうことが出来れば、ある程度まとまった数、そうだな、30羽以上でも提供できるだろう。」
「水鳥の群れる場所、ある、案内する」ガンダリが立ち上がる。これは交渉がまとまったと考えて良いのだろうか。
「ああ、たのむ。」答えてガンダリの後に続く。途中、さっき首を切った鳥が落ちた木の下に立ち寄る。
「これ、もらっていいか」ガンダリが聞く。遠慮が見られると言うことはまだ交渉は成立していないと言うことか。
「持って行ってくれ」とりあえずそう答えておく。もう少し様子を見よう。
ガンダリの後に続き、川の方に向かって進んだ。すすむにつれてやや丈の高い草や低木が多くなっていく。やがて、まばらな林に入り、通り抜けた。
20分ほど歩き続けると、芦のような植物が茂る場所に着いた。すぐそばに川があるらしい。ガンダリは芦原の手前で右手に曲がる。このあたりではすでに灰褐色の荒れ地は遠くの方に見えるだけで、周囲はずっと草地とまばらな林だ。さらに5分ほど歩いたところでガンダリが立ち止まり、芦原の方を指さして言った。
「この向こう、鳥いる」
そこは芦原が少し薄くなっている場所で、向こう側に川があり、川の向こう岸に水鳥が居るのが見えた。カルガモのような茶色っぽい鳥で、10羽くらいいる。
「あの鳥、狩れるか」
「一度に全部は無理だな。半分くらいなら大丈夫だ。」
「狩って見せてくれ」
なるほど、まだテスト期間中という訳か。芦が少し邪魔だが距離は20メートルくらいしかない。5羽なら当てられるだろう。集中し、よく狙って氷の矢尻を飛ばす。
「ザンッ」と音がして5つの矢尻がほぼ同時に命中し、狙い通り5羽のカモの首が落ちた。残りのカモは一斉に飛んで逃げる。
ガンダリが川の向こう岸に走り渡り、死んだカモを回収した。水深は10センチくらいしかないようだ。戻ってきたガンダリが話しかける。
「おまえ、狩りの腕良い、」少し態度が変わったようだ、私に対する評価が上がったらしい。
「では取引に応じてくれるか」
「族長、相談する、この鳥見せる、おまえ、ここで待つ、良いか」すまなそうな表情に見えるので、取引したい気持ちはあるようだ。
「どのくらい待てばよいかな」
「夕方前、戻る」
「わかった。ここで待つことにしよう。」他にあてがあるわけでもないので、今日はこのあたりで寝場所を準備しながら待つことにする。
ガンダリが立ち去った後、周囲を少し探索し、川から少し上ったところに寝場所になりそうな大きな木を見つけた。木の周囲も見通しのきく開けた草地で、都合がよい。
寝場所が見つかったので、今度は川の近くで魔法の練習に良さそうな場所を探す。しばらく歩き回った末、川岸に見通しの良い石の河原が広がり、水が池のように溜まってほとんど流れていない場所を見つけた。ここなら良さそうだ。
少し前から考えていた実験をしてみる。池の中に魔法で作った大きめの水球を放り込み、しばらく待った後、使った分の魔力を回復させ、残りの水を水蒸気に変える。かなり大量の水蒸気が発生したことを感じる。水蒸気を緩い固まりにまとめて動かすことをイメージしてみる。周囲で空気の固まりが動いていることを感じる。動かし続けながら、水蒸気の量、固まりの大きさを感じ取ろうと、意識を集中する。しばらく続けると、動かさなくても、操作可能な水蒸気の量や位置が把握できるようになってきた。ここまでは成功だ、水よりは軽い水蒸気なら大量に作って保持し続けるのも容易だが、量や位置が把握しづらいので、練習で改善できないかと考えていたのだ。
今は周囲20メートル、厚さ10メートルくらいの平たい球状の水蒸気の固まりが出来ている。動かすことの出来る距離の限界は40メートルくらいだが、限界近い距離での操作を続けていくと、少しずつ距離をのばすことが出来るようだ。水蒸気を動かしたり、固まりの形状や密度を変えたりして練習を続ける。さらに意識を集中すると、水蒸気の状態でも自然に存在する水蒸気と混ざり合い、次第に操作可能な水蒸気の量が増えることを感じることが出来た。感覚を集中し続けると水蒸気の固まりが水面に接触している場所で、水蒸気から水へ、水から水蒸気への出入りが起こっていることも感じられた。
ふと気がつくと、自分の体内にも操作可能な水があることに気がついた。しかし、これは危ない。うかつに体内の水まで操作すると、いきなり脱水症状で死亡とか、危険なこともあるかもしれない。体内の水を操作対象から外せないかと意識を集中してみる。可能なようだ。しかし、考えてみると、今まで特に注意せずに魔法で出した水で体を洗った後で消したりしていたな。体に害がないように、無意識に抑制していたのだろうか。これからは事故が起きないように注意しておこう。
周囲の植物に注意を向けると、やはり、植物の体内の水も操作可能な状態になっている。植物の体内の水を蒸発させてみる。一瞬でしおれた。これは狩りにも使えるかも。しかし水を抜いたら乾燥肉になっちゃうか?もう少し使い方を考えてみよう。
さらに練習を続ける、練習の成果で操作可能な距離が50メートル以上まで伸びた。周囲の水蒸気の分布がかなりはっきり感じ取れるようになり、操作も楽になった。付随効果として、目で見なくても水面の位置や植物の分布が何となくわかる。これは面白い。水蒸気を操作限界距離の半径50メートル内に均一に広げ、範囲内の地形、動植物がどの程度把握できるか試して見る。最初はおぼろげにわかるだけだったが、意識を集中し続けると次第にはっきりわかるようになっていった。水面ははっきりわかる。石や地面はわかりにくい。植物は比較的わかりやすい。動物はさらにわかりやすい。おや、近くに大型の動物が居る。これはオオカミか?4匹がこちらに接近中だ。どうやら狙われているらしい。どうしようか。
4匹のオオカミが茂みから飛び出して襲いかかってきた時には、すでに対策を決め、魔法の発動準備も整えていた。目で見て魔法の効果を確認したかったので近づくのを待っていたところだ。魔法を発動すると4匹とも崩れ落ちるように倒れる。オオカミの体内の水に意識を向けると、血が凍って死んでいることが確認できた。しかし、オオカミ4匹を凍らせるには、多めの魔力が必要だった。全身を凍らせなくても、頭部とか心臓とかだけで十分かもしれない。次に試してみよう。
気がつくと、雲間に青空がのぞき始め、明るくなってきた。これならたき火が出来そうだ。カモで頭部凍結のテストをして、食事にしよう。オオカミよりカモの方がおいしそうな気がするし。




