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転生者は平穏を求める  作者: 橘二乗
第一章
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其の四

 いつも通りにレオナが魔術の鍛錬に勤しんでいたある日の朝、それは起こった。

 三人の見知った顔の自警団員が町の外から息せき切って走ってきて、そのまま詰め所の中に入っていった。何が起こったのかと思っていると、それほど時を置かずして先ほどの三人に加えてさらに四人。あわせて七人が完全武装をした状態で飛び出した。

 彼らは一人を除いて来た道を戻るように町の外へ駆けて行き、残った一人がレオナの方へやってきた。

「何か起きたのか」

 レオナの隣で鍛錬の監督をしていたエルミタージュが真剣な様相で尋ねた。対する男も、難しい表情をして答える。

「巡回中のチームが凶族の集団を見つけたようです。数は確認できただけで一〇匹。まだ距離はあるようですが、町に向かって進行中とのことです」

「多いな……。それで、種族はなんだ。数が揃っていても、ゴブリンレベルであれば一〇匹程度なら物の数ではないだろう」

「はい。ゴブリンが五。その内、杖持ちが二。飼いならされたと思われるウルフが三。そして、オーガが二です。オーガの片方は小柄だったとの事なので、おそらくレッサー種でしょう」

「オーガ一体が数体のゴブリンを従えていることはままあるが、二体か」

「はい。それと、もうひとつ気になったことが。発見した者の話によると、奴らが身に着けていた装備品がなにやら、やけに整備が行き届いていたと」

 その発言を聞いて、エルミタージュはよりいっそう眉間にしわを寄せた。

「整備が行き届いていた、か。ゴブリンやオーガにそこまで回る知恵があるとも思えん。あるいは、そいつらを指揮するさらに上位の凶族が存在する可能性があるな」

「そう思います。発見したチームもその可能性を危惧して、応援を呼んでからの討伐としたようです。それで念のため、今日のご息女の訓練はこれまでとしていただきたく」

「相分かった。レオナ、聞いた通りだ。今日の鍛錬はこれまでとするぞ」

 剣呑な雰囲気を感じ取り、話を聞いている間に諸々の帰り支度を済ませた上で、レオナは答える。

「わかりました。母様」

 既に帰宅する準備万全となっていたレオナの様子に、エルミタージュは僅かに両の目を見開いて驚いた表情を見せたが、すぐにそれを正した。

「よろしい。では――」

 言い終えるのを待たず、エルミタージュは言葉を切った。無言でレオナを自らの背後に押しやり、その鋭い瞳は敷地の外側にある林の奥を射抜くように見つめている。

 団員の男は一瞬だけぽかんとしたが、エルミタージュの視線を追うように木立の先を見やると、はっとして武器を構えた。

 レオナもエルミタージュの背後から僅かに顔を出し、同じ方向に目を向ける。しかし、草木が茂っているばかりで、特に何か変わった様子は見受けられない。

「レオナを頼む」

「はっ」

 短い言葉のやりとりの後、エルミタージュは一歩、二歩と足を進める。それと入れ替わるように団員がレオナの前に陣取り、隙無く構えを取った。

 ここに至ると、流石にレオナにも何が起きているかを理解することが出来た。この目には青々とした木々と草々以外にはなにも映ってはいないが、エルミタージュ達には別のものが見えているのだ。すなわち、敵である。

 意図せずに、喉がごくりと鳴った。

 木々の枝葉が揺れる音が聞こえることも無いまま、それは現れた。

 まるで瞬間移動でもしてきたかのように唐突に視界に現れたその何者かは、一見すると人間であるかと思えた。距離があるために、レオナにはその輪郭を明確に見とめることは出来ない。シルエットだけで言えば、人に程近い形をしているように見える。だが、サイズが違う。目測だが、周りの木やらとの対比で考えると、その身の丈は三メートル程であろうか。

「トロールか」

 エルミタージュが小さくつぶやく。目の前の団員が武器を構えなおし、金属の擦れる音がした。

「副団長」

「わかっている。ショーン、合図で信号弾をあげろ。奴らは私がしとめる」

「了解」

 エルミタージュが力をためるように、ゆっくりと身体をかがめ、低い体勢をとる。団員は腰の辺りからなにか筒状のものを取り出した。

 トロールと呼ばれたその凶族は、身の丈ほどもある棒状の何かを掲げ、叫んだ。レオナの知る言葉ではなかったが、それがただの咆哮ではなく、何某かの意味を持った言葉であるということだけは理解できた。

「今!」

 トロールの咆哮と、エルミタージュの一喝はほぼ同時であった。団員はこれを合図に、手にもっていた筒を天に向けて掲げた。空気の抜けるような音とともに、光の塊が勢いよく空へと打ち上がり、そして弾けた。信号弾である。

 トロールは一直線にこちらへ向かって突進してきた。更にこれに呼応するように、その奥から数匹、剣や斧を手に持った複数の影が躍り出る。これらはトロールよりもはるかに体格が小さい。せいぜい半分くらいであろう。

 ゴブリンか、あるいはオーガか。凶族を直接その目で見たことの無いレオナには、その判断は出来ない。

 トロール一体に対してエルミタージュがやつらと言ったのが不思議であったが、その理由はこれであった。彼女はトロール以外にも、林の奥に隠れているこれら伏兵の存在を看破していたのだ。

「“炎獄の連鞭よ!”」

 迫り来るトロールたちが林を抜けたその直後、エルミタージュは叫んだ。直後、彼女の両腕より片腕につき三本、計六本のロープ状の炎が噴出した。

 エルミタージュが腕を振るう。それと連動するように、炎の鞭は唸りを上げて高速で敵を襲った。

 六本の炎はそれそのものが意志を持つかのように目標を四方から囲い込み、そして切り裂いた。小柄の凶族は避けることも防ぐことも出来ず、盾を構えたものはその盾諸共真っ二つとなった。

 更には切り裂かれた断面から一瞬で全身が燃え上がると、そのまま爆散した。

 前世にあった特撮物では、倒された悪役は爆発して果てることが様式美の一つとなっていたが、流石にこの世界にもそれが適用されているわけではない。恐らく、エルミタージュのこの炎の鞭の魔術が、敵を切り裂き、爆散させる効果を持っているのだろう。

 全ての凶族を倒しせしめたかと思いきや、一体残っていた。

 トロールである。他の個体が全てなす術も無く倒される中、このトロールだけは生き残っていた。手に持った棍棒で一本、二本と炎の鞭をなぎ払い、三本目によってついに棍棒を焼ききられると、咆哮とともに放たれる不可視の衝撃波で――何かの魔術であろうか、ともかく全ての炎鞭を防ぎきった。

 そして、跳んだ。中ほどから先が失われている棍棒を大上段に振り上げ、エルミタージュへ向けて飛び掛ってきた。

 トロールが何かを叫ぶ。レオナにはその言葉を理解することは出来ない。

「“赤鉄の剛剣よ!”」

 エルミタージュの両の掌から轟々と炎が噴出す。それは瞬く間に収束し、一本の剣を形作る。いや、果たしてこれを剣と言ってよいものであろうか。確かに、その姿形だけで言えば剣のようにも見える。しかし、その大きさが規格外であった。

 レオナの胴体ほどはあろうかという幅と、エルミタージュの身長を上回る長さをもったそれは、果たしてなんと呼ぶべきであろうか。あえて呼ぶならば、巨大な炎の塊、と言うのが最も近いように思えた。

 その炎塊を、エルミタージュはまるで重さを感じさせないような軽々しさで、勢い良く斬り上げた。いや、あくまでもそれは魔術で生み出された炎の集合体である。実際に重さは無いのかもしれない。

 炎塊は一切の抵抗も無く、空中のトロールを真っ二つに斬り裂いた。左右に分かれたトロールであったものは、そのままぼとりと地面に落ちる。そして先ほどと同様に、傷口から炎が燃え広がり、ぴくりとも動かぬままに焼けていった。

「索敵」

「周囲敵影なし。敵増援を認めず」

「よし、信号弾を撃て。警戒態勢は継続」

「了解」

 エルミタージュが腕を払うと、炎の剣はまるで幻であったかのように消え失せた。

 未だ周囲に鋭い視線を向けつつ、レオナに向けて言った。

「レオナ、怪我は無いか」

「ありません。大丈夫です」

「そうか」

「母様、今の連中が凶族ですか?」

 レオナはそう尋ねた。エルミタージュが未だ警戒を密にしている中で自重しなければとは思ったが、最終的には好奇心が勝った。

「そうだ。やつらこそが凶族。我ら人類の天敵だ」

 唾棄するかのように、エルミタージュが言った。

「肌が黒く、一番図体のでかいヤツがトロールだ。個体によって大きく変わるが、凶族の中でも中級以上に位置する。力が強い上に頭も良い。今のヤツのように、魔術を使いこなす個体もいる。私の炎鞭を弾いたのがそれだ」

 やはり先ほどのは魔術だったようだ。人類が魔術を使うように、凶族も魔術を行使できるらしい。当たり前と言えば当たり前のことであるが、レオナはそのことを今はじめて明確に認識した。

「ほかの小さいやつらはゴブリンだ。基本的に頭は悪く、身体も小さくて力もそれほど強くは無い。だが性格は残忍で、自分より弱いものを嬲り殺しにすることを好む。稀に突然変異的にだが、魔術を行使できる程度の知能を持った個体が生まれることもある」

 あまりにも迅速にエルミタージュが排除してしまったために良く見えなかったが、どうやら他の小さな凶族はゴブリンであったらしい。

 ゴブリン。そしてトロール。

 生まれて初めてその目で凶族を見たレオナの胸のうちには、少なくない恐怖の感情が芽生えた。

 エルミタージュがあまりにあっさりと撃退してしまったので、直接的な被害は何も無かった。しかしよくよく考えてみると、レオナ自身は連中の潜伏に全く気がつくことが出来なかったのだ。これはつまり、母がいなければ一方的に襲われていたということである。

 あるいは気がつけたとしても、その後はどうか。剣や斧を片手に猛然と襲い来る凶族に対して、レオナは何が出来たであろう。恐らく、何も出来ずにそのまま殺されていたに違いない。

 ぶるりと、今更になって身体が震えた。今レオナが怪我ひとつ無く無事でいられることは、母エルミタージュがいてこそなのだ。

 不意に、エルミタージュの手がレオナの頭をやさしく撫でた。顔をあげる。二人の視線が合った。

「安心しろレオナ。私がいる」

 母は力強くそう言った。レオナもそれに頷き返す。

 同時にレオナは、心の中で改めて思った。

 強くならなければ、と。

 強くならなければ、この世界で平穏に生きてゆくことは出来ない。


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