1話 前編
【声劇用台本】
【上演時間 各話 約15~20分】
『里中ハルの不思議なジョウキョウ日記』第1話前編
作:伴野久兵衛
■登場人物
里中ハル(サトナカ ハル) :田舎から上京してきた純朴な女の子
豊島ナナミ(トヨシマ ナナミ): 垢抜けた女子大生でハルの隣人
ナレーション
■パート0
ナレ 「初めに、声劇をお聞きになるリスナーの皆様に、お願いがございます。
本作には『固有名詞っぽいモノ』が度々出て参りますが、
それらは全て、現在・過去を問わず、
実在の人物・企業・団体・その他の存在とは関係が御座いません。
仮に何か思い当たる節を感じても、それは皆様の『思い違い』で御座います。
本作とは一切の関係は御座いませんので、作者・他の読者様・演者・放送主へ、
お確かめになる行為は慎まれるよう、強くお願い申し上げます。」
ナレ 「4月。東京の外れ赤羽。この街は大きな大学が建つ、いわゆる学生街である。
毎年春になると多くの学生が上京し、この街から新しい物語が始まる。」
■パート1
ハル 「4月2日。上京生活2日目。
11時頃に目が覚めたら、ママはもう帰った後だった。
上野駅まで送りに行くつもりだったのに、ちょっと申し訳ない気持ち。
お昼過ぎから、ママが残していったメモを見ながら活動開始。
ともあれ今日から本当の1人暮らし。
不安もあるけど、しっかりしなきゃいけない。
まずは駅前の100円ショップで食器や収納用品を買う。
デザイン的にイマイチだけど、バイトを始めるまでは贅沢しない。
それから両隣の部屋に、引越しの挨拶に行く。」
【ドアチャイムの音(ぴーんぽーん)】
ハル 「……」
【ドアチャイムの音(ぴーんぽーん)】
ハル 「すいませーん!お留守…かな?また、夜にでも来るか…」
ナナミ「はい?」
ハル 「あっ!あのっ、隣の202号室に引っ越してきた里中と言います!」
ナナミ「…豊島…です。で?」
ハル 「えっと、これっ!地元の名物のウドンなんですけど…その、もし良かったらっ!」
ナナミ「あぁ、どうも」
ハル 「これからよろしくお願いしますっ!」
ナナミ「……」
ハル 「…あのっ、失礼しますっ!」
ナナミ「あっ、ちょっと…」
ハル 「え?」
ナナミ「時間…ある?」
ハル 「今…ですか?」
ナナミ「なければ良いんだけど…」
ハル 「あっ、あります。けど…」
ナナミ「じゃあ、悪いんだけどさ。ちょっと、良い?」
ハル 「あっ、えっ?あの…」
ナナミ「取り合えず、入ってよ」
■パート2
ナナミ「コーヒーで良い?インスタントしか見付からないんだけど」
ハル 「あっ、はい。その、お構いなく」
ナナミ「探せば日本茶もあるのかな」
ハル 「え?」
ナナミ「あぁ、なんでもない。そっち座ってて」
ハル 「はい」
ナナミ「はい、コーヒー」
ハル 「あっ、ありがとうございます」
ナナミ「……」
ハル 「あの…」
ナナミ「ん?」
ハル 「その、ご用件って言うのは…」
ナナミ「あぁ。悩みを聞いて欲しいって言うか、相談にのって欲しいんだけど」
ハル 「相談…ですか?」
ナナミ「うん。迷惑?」
ハル 「いえ、そんなことは!ただ、初対面の私なんかが聞いて良いのかな…って」
ナナミ「別に良い。って言うか、誰に話しても答えは同じだろうし」
ハル 「は、はぁ…」
ナナミ「それに、誰に相談したら良いかも分からないし」
ハル 「そう…なんですか?」
ナナミ「うん。もうね、1人で悩みすぎて、正直疲れた」
ハル 「……」
ナナミ「だから、次、隣に人が引っ越して来たら、それがどんな人だろうと話してみようって決めてた」
ハル 「で、引っ越して来たのが私だった?」
ナナミ「そういうこと。なんて言うか、無茶苦茶な理由でゴメン…」
ハル 「分かりました。じゃあ、どこまで力になれるか分かりませんけど…」
ナナミ「ありがとう。助かる」
ハル 「あっ、いえ、そんな」
ハル 「で、その相談って言うのは…」
ナナミ「うん…」
ハル 「……」
ナナミ「えっと、その、信じられないだろうけどさ…」
ハル 「なんですか?」
ナナミ「実は…俺、この間まで、男だったんだ…よね」
ハル 「えっ?えっと、その、ニューハーフの方…なんですか?」
ナナミ「いや、そうじゃなくて」
ハル 「そうじゃなくて?」
ナナミ「先週の土曜日だから、6日前かな…」
ハル 「5日前…ですね」
ナナミ「あ、5日前か。取り合えずその日、目が覚めたら…この部屋にいて、女になってた」
ハル 「はいっ?あのっ…私、頭が悪くて…その、話が、よく分からないんですけどっ!」
ナナミ「まぁ、そうなるよね」
ハル 「えーっと…これって、東京で流行ってるドッキリですか?」
ナナミ「申し訳ないけど、違う」
ハル 「あ、これから相談を話すんですか?今のって前フリ?
スイマセン、田舎育ちなんで要領が悪くて…」
ナナミ「いや、それも違うから」
ハル 「えっ?何?よく分からないんですけど!えっ?どういうことですか?」
ナナミ「ゴメン、里中さん落ち着いて。ちゃんと順番に話すから」
ハル 「ふぅ…スミマセン、何かパニックになっちゃって」
ナナミ「いや、こっちこそ。最初から整理して話せば良かった」
ハル 「いえ、ホントにスミマセン…」
ナナミ「取り合えず、話しても良いかな?」
ハル 「あっ、お願いします」
■パート3
ナナミ「えっと、俺の名前は、高津リョウって言います。
年は23で、仕事は、なんて言うか…フリーター?」
ハル 「へぇ、私より5歳上なんですね」
ナナミ「そうなのかな。
それで、5日前の3月28日の朝、目が覚めたら俺はこの部屋にいた。」
ハル 「えーっと、高津さんと豊島さん…は、知り合いとかじゃ無いんですか?」
ナナミ「うん。豊島さんとは、多分会ったことも無いし、全くの他人だと思う」
ハル 「全くの他人…ですか」
ナナミ「俺が住んでるのは横浜で、ここから50キロ以上離れてるし。
彼女は荒川大学の学生みたいだけど、俺は高卒だからなぁ」
ハル 「荒大の学生ってことは、私の先輩になるのかな?」
ナナミ「里中さんって荒大生?」
ハル 「そうです!って言っても、今年からなんですけどね。
で、今の状態って『高津さんの意識だけが、豊島さんの中にある』って感じですか?」
ナナミ「そうだね。目が覚めたときは、もうこの部屋にいて、彼女の体だったよ。
俺が着てた服とか、持ち物とかは何も無かった」
ハル 「んー、記憶は?」
ナナミ「高津リョウとしての記憶はハッキリあるけど、豊島さんのことはサッパリ分からないな…」
ハル 「なんか、意識が入れ替わっちゃったみたい…
あっ、高津さんの方って、今はどうなってるか確かめました?」
ナナミ「うん。俺も気になって、携帯に掛けてみたんだよね。そうしたらさ…」
ハル 「そうしたら?」
ナナミ「電話に出たんだよ、俺が!」
ハル 「俺、だったんですか?豊島さんじゃなくて?」
ナナミ「何かの理由で、俺と豊島さんの意識が入れ替わったのかな?って俺も思ったんだけど…」
ハル 「でも違った?」
ナナミ「いくつか質問もしたけど、嘘ついてるとか、誰かが演じてる様子も無くて…」
ハル 「高津さんそのもの?」
ナナミ「うん。普通に俺って感じだった」
■パート4
ハル 「うーん…」
ナナミ「まぁ、これが俺に起こった話。信じてもらえるかどうかは、分からないけど」
ハル 「なんでこうなったかは、全然分かりませんけど…
でも、いま目の前に居る豊島ナナミさんの中身が、高津リョウさんってコトは信じられました」
ナナミ「信じてもらえた?」
ハル 「はい。だって、話し方とか仕草とか、そういうのはどう見ても女性じゃないです」
ナナミ「でもほら、俺っ子キャラとか?」
ハル 「違いますよ。今もアグラで座ってますけど凄い自然だし。
コーヒーの淹れ方とか話し方にも、女の子っぽさは感じませんでしたもん」
ナナミ「あ、アグラはね。女の人って、あまりしないよね」
ハル 「それに、ちゃんとメイク道具いっぱいあるのに、今はスッピンだし。
指とか眉毛とかも、しばらく手入れしてない感じするし」
ナナミ「はぁ…よく見てるね」
ハル 「だって、やっぱり最初は怪しんでましたからね。それなりに観察してましたもん!」
ナナミ「それはそうだよなぁ…怪しさ全開だもんね?」
ハル 「そうですよ。
でも、こんなにキレイな人がスッピンで部屋着のまま、
初対面の人を家に招かないだろうなぁ…とか」
ナナミ「うんうん。豊島さんキレイだもんねぇ」
ハル 「そうですよねぇ…って、本人がそれ言うと締まらないですよ」
ナナミ「本人って言ってもさ、そんな自覚は全然無いんだよね」
ハル 「まぁ、そうかも知れませんね」
ハル 「えーっと、それで、私はこれから何をしたら…」
ナナミ「うん、まず今の状態だと、何も解決の糸口が無いんだよね」
ハル 「確かに無いですね」
ナナミ「だから、しばらくは豊島さんとして、生活しなきゃいけないのかなって思ってるんだけど」
ハル 「はい」
ナナミ「でも、一体どこから始めれば良いのか分からないし。
あと、俺は男だったから、女の子の事って全然分からないんだよね」
ハル 「女の子のことって言うと?」
ナナミ「あの、もの凄いぶっちゃけると、その…下着のつけ方とか、トイレの仕方とか…」
ハル 「ちょっ!!何、言ってるんですかっ!!」
ナナミ「いや、でも、ホントに…」
ハル 「あぁ、でもまぁ確かに…そうですよね。
それに、知らないままって訳にもいかないですもんね」
ナナミ「俺、女兄弟も居ないし、女の子と付き合ったことも無いから、全然そう言う知識無くて…
こんなに長く女の子と話したのも、多分今日が初めて…だと、思う」
ハル 「女の子って色々大変ですよ!きっと男の人より何倍も!」
ナナミ「うっわ、めんどくさそう…」
ハル 「覚悟してくださいね。って言っても、私だって女子力さほど無いんですけど」
ナナミ「えっ、そうなの?」
ハル 「そうですよっ!まぁ、でも18年、女子やってますからね!」
ナナミ「色々と相談させてください、先輩」
ハル 「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
ハル 「自分の部屋に戻ったのは、もう夕方だった。
初めに想像していたのとは、だいぶ違う一人暮らしのスタートだと思う。
でも不思議と不安な感じはしない。
こんなこと言うと高津さんには申し訳ないけど、
ちょっと楽しくなりそうだなって思ったりした。
目が覚めたときに感じた、これから始まる新しい生活の不安や心配。
それすらいつの間にか忘れてしまっていたことに驚く。
でも、本当にワクワクして、明日が来るのが楽しみで仕方なかった。」
1話前編 了