邂逅居酒屋「せかい」の不思議
都心からは少し離れた静かな田舎町
そこには夜な夜な不思議なお客が飲みに来ては、不思議な話を繰り広げる……
「こんばんわ」
今日も開店直後からお客が入る
「いらっしゃい」
と店主の男…蓋無 星汰は客を出迎えた。
「澤尻さん、あんたよく飽きもせず毎晩来るね」
「ははは、ここに来るくらいしか、楽しみが無いんだよ」
澤尻と呼ばれた男は、ここ
邂逅居酒屋「せかい」の数少ない常連である。
「ここに来れば面白い話が聞けるからね。そりゃ楽しみにもなるよ」
「三十路の男が良く言いますよ」
蓋無は軽く笑いながら澤尻に生ビールを出した。
澤尻はいつも冷やしていないジョッキに氷を入れてビールを注ぐ。氷の加減は澤尻のさじ加減なので、蓋無は瓶ビールと氷を別々で差し出している。
それから約30分後
「どうも」
「あ、いらっしゃい」
入り口に立っていたのはわりと若い見た目の男だった。
手にはフルフェイスのヘルメットを持っていた。
蓋無が初めて見る客である。いわゆるイチゲンサン。
「ここは…居酒屋ですよね?」
「そーですよ、看板に書いてあるじゃないですか」
「いや、居酒屋の前に書いてある漢字が読めなかったものふで」
「あぁ、あれはカイコウと読むんですよ。この居酒屋でいろいろな人と出会いたいと思いましてね」
「なるほど…それにしても、居酒屋にしては狭くないですか?」
男が言うように
ここの内装は狭いものである。
カウンター越しの席が5つしかない上にテーブルは端の方に重ねて置いてあり、テーブルとして機能していない。
「イチゲンサンのわりには最初から言ってくれるねぇ」
蓋無は笑いながらそう言うと、澤尻の隣に男を座らせた。
「お名前聞いても良いですかね?」
澤尻が男に聴いた。
「あ、はい、藤堂 あかねと言います」
「珍しい名前だね?男なのにアカネなんて」
「ええ、親が女の子が欲しかったみたいで」
若干苦笑いをしながら藤堂は語った。
1時間ほど経った時
蓋無や澤尻とも仲の良くなった藤堂が
唐突に話を振った
「お二人は、幽霊って…信じます?」
「幽霊かぁ…澤尻さんは?」
「え?僕!?」
不意に蓋無から奇妙なパスをもらった澤尻はすっとんきょうな声をあげてしまった。
「幽霊ねぇ?見たことは無いけども、話はいっぱい聞くからねぇ?いない事は無いと思うんだけど」
「蓋無さんは?」
「僕は秘密にしておこうかな」
「なんでですか」
笑いながら問い詰める澤尻と藤堂に対して蓋無は
「こーゆーとこはミステリアスな方が面白いでしょ」
と言っていたが
藤堂に「そのミステリアス感は違う」と一蹴されてしまった。
「でも、こんだけ幽霊の話があるってんなら視てみたいものだよねぇ」
澤尻はビールを注ぎながら言った
「視せてあげましょうか…?」
不意に藤堂が声のトーンを落として言った。
3人しかいない店内が一瞬で静かになる。
「えっと…視せる?」
「視たいですか?」
「と、藤堂さん、そんな冗談は言っちゃダメだよ」
取り繕った笑い声で澤尻は藤堂に言った。
しかし、藤堂は真剣な眼で澤尻を見つめる
見つめる
澤尻の顔も少しずつ緊張していく
見つめる
蓋無は静かに生唾をのんだ
見つめる
見つめる
見つめる……
「ま、冗談のんですけどね!」
一瞬で先程までの明るい声に戻った藤堂は
注文した熱燗を一気に飲み干した
「冗談かよぉぉぉ!!ビックリさせないでくれよ!!」
「あははは、ビックリしましたか?これ、どこでも使える飲み会の鉄板ネタなんですよ」
「鉄板って…どうりで本気っぽいわけだよ、演技力がすごかったからね!」
「そう言って貰えると嬉しいですよ」
藤堂は腕時計を見て蓋無に
「それじゃ僕はこの辺でおいとましますね」
「あぁそれは良いけど、バイク?」
「えぇ、バイクで来ましたけど、近くだし歩いて行きますよ」
そう言って藤堂は席を立った。
それと同時に店のドアがガラガラと音を立てて開いた。
前に3回ほど来たことがある女の子の2人組だった。
藤堂は会釈をしながら女の子2人組の横を通り過ぎ夜の闇に消え、女の子が閉めたドアのせいで、藤堂の姿は完全に見えなくなってしまった。
「やぁ香苗ちゃん、雛ちゃん。久々じゃないかい?」
「もぅホントですよー!雛と行こう行こうって話はしてたのに、雛の日にちが合わなくしてー!」
「まぁまぁ来てくれたんだから良いよ」
「澤尻さんやっぱり毎日居るんですね!」
「そりゃあね」
香苗と言われた子が不意に言った
「それにしても珍しくないですか?開店から大分経ってるのにお二人だけなんて」
「おいおい、香苗ちゃんそれは無いだろうよ。さっき入ってきた時男とすれ違ったでしょう」
すでに出来上がっている澤尻が香苗の肩をバシッと叩きながら笑い飛ばした
いたーい!と言いながら澤尻に反撃している香苗を横に雛は静かに言った
「あの、誰ともすれ違ってないですよ?店の前でも誰も見てないですし……」
再び店内は静かになった
「入ってきた時からお二人だけでしたし…」
香苗が雛の言葉に頷く
「いや、そんなわけ…ねぇ!蓋無さん!」
「僕も、熱燗出したし…ちゃんと来た時だって………あ。」
「なに?」
「ドアの音が無かったな……」
店内の4人は、そうすると決めたわけでは無いのに
開閉の度にガラガラとウルサく鳴る、店のドアを目をやった
藤堂が飲み干した熱燗のとっくりからは、まだ少し湯気が立っていた