忍者系妹との昼食は貴重な経験に入りますか!?
「今週の月曜日、起きたら頭の中で変な声が聞こえて」
「ああ」
「そいつが急に『――――――力が欲しいか』とか言ってきて」
「うん」
「別にいいって言っても『―――――――そんなこと言わずに』と食い下がってきて」
「そうだ」
「仕方ないから精神的な同居を認めてやった、と」
昼休み、中庭のベンチにて。
なるほどなるほど、と頷きながら沙奈は俺の弁当箱から唐揚げを摘み取っていった。
あの、さらっと俺のメインおかず奪っていくのやめてくれません? 知ってる? カツアゲって言うのよそれ。
「兄上と違って私はまだ育ち盛りです故。ささ、代わりにプチトマトをば」
「いらねえよもう。何個目だよプチトマト。お前がほいほいおかずとトマトトレードしてくもんだからお兄ちゃんの弁当箱紅白で二分されちまったじゃねえか」
「縁起が良さそうですな。紅白まんじゅうのようで」
「お前なぁ、いくらお兄ちゃんが優しいからっつっても、あんまり調子こいてると今後弁当作ってやらねえぞ?」
「その時は潔く飢え死ぬ所存でありますが、兄上がそんな非道なことをするとは考えられませんなぁ」
からからと愉快そうにその万人受けする中性的な容姿を破顔させるのは我が唯一の家族にして愛すべき妹、間宮沙奈。
俺の一つ下、現在高校一年であり中二病はとっくの昔に卒業しているはずなのだがこのザマである。
まぁ、お察しの通りだいたい俺のせいなのだが。
当時中二病に発症し色々と高まった俺が『ふへへ沙奈たんぺろぺろ』と実妹を清楚で大和撫子な妹キャラに仕立て上げるべく奔走した結果、反発力によりアイエエな忍者妹となってしまい今に至る。
最初はもちろん演技だったらしいが、数年も続けてくると板についてしまったらしく時折真面目になるべき場面で御座るとかほざいて台無しになっている場面が幾らか見受けられる。
それでも俺に似ず社交力が抜群に高い奴なので、こんな痛々しいキャラでも上手くやっていってる末恐ろしい奴だ。
先程からもちらほら通りすがりの生徒から挨拶を受けている。
え? いや、俺にはないよ? あるのは蔑みや無関心の視線だけ。
他人に無駄な言葉発させないとか地球に優しすぎてエコ大使になれるレベル。
しかし地球温暖化って言われてる割に俺の周り冷たいんだけどなんで? 俺だけ火星に住んでんの? それとも氷河期なの?
「して、その勇者殿は今も頭の中に?」
「おう。直接脳内に語りかけてくる」
「普通に考えれば二重人格の類かとお見受けしますが………最近パズル組み立てたり」
「してねえよ王様甦らせてねえよ」
もうエジプトで寝てるよ王様。永眠だよ。社長はまだまだ元気そうだけども。
「左様でありますか………一度決闘してみたかったものですが」
ふむ、と肩を落とす沙奈。
「いや、お前決闘って言うけどポケットから出そうとしてるのアイカツじゃねえか。ねえよ決闘。むしろ奥様方の視線との戦いじゃねえか」
「さすがに女子高生が小学生の列に加わるのもきついですな………しかし最近はあちら側の理解も広がってきたようで」
「おお、いいじゃねえか。さすがは日本だな」
「あの程度の冷たい視線では拙者満足しきれません………」
「あ、そっち目的なんだ」
「兄上もよければどうですか? 拙者たちの満足はこれからだ、と洒落込んだり」
「もうデュエルターミナルやれよどんだけ遊戯王好きなんだよお前」
妹の決闘者嗜好はどうでもいい。
来月の誕生日にはデュエルディスクを買ってやろうと考えながら、俺は話を続ける。
「で、だ。その勇者様は俺にある概念をお与えなさってな」
「概念、でありますか? おお、ついに兄上も全竜交渉に」
「加わらねえよそっちじゃねえよ。概念全部おわクロに繋げていくのやめろ。まぁイメージとしてはそれでいいのか? 特別なルール、設定を勇者は持っててな」
突如として脳内に現れた勇者はこんな魔法を持っていた。
『今生きている自身をRPGの登場人物とする』
「RPGの登場人物………勇者様はゲームから抜け出してきたのでありますか?」
「いや、普通の異世界らしい。ただこの概念、あいつは魔導って言ってたか。魔導によって世界そのものをRPGに落とし込めてたらしい」
「それに何か利点がおありで?」
「ほら、ゲームのRPGっつったらニューゲームができるじゃねえか。魔王があんまり強かったから何度でも挑めるようにしたかったんだと」
ニューゲームするたび経験値は抹消されLvは1に戻るが、プレイヤーとしての勇者の経験は残り続ける。
「つまり俺らが普通にゲームを周回プレイする感覚で何度も生きられるようにしてたらしい」
「それはまた、何とも羨ましい………」
「魔王強すぎて一時も平穏な時間がなかったらしいから、そうも言えねえけどな」
まだ詳しくは聞けてないが、魔王はやたら強く恐ろしかったらしい。
世界の理と同等らしい魔導さえも砕いてしまうと言われてもよく分からなかったが、重力さえも反転させるとか言われたらその恐ろしさがよく分かった。
そんな相手と何十何百と戦わせられるというのだから、その生涯がどれほど地獄じみていたかは門外漢の俺でも感じられた。
そうして、魔導さえ壊された勇者は異世界から追い出され、彷徨い続けた果てで俺に憑りついた。
「そのニューゲームとやらを兄上も使えるようになったと、そう言いたいのでありますか?」
もしゃもしゃと唐揚げを頬張りながら沙奈がそう問いかけてくる。
「もしそうなのだとしたら、とりあえず中学デビューをやり直しては如何かと。変にチャラ男風装いつつオタク全開な本性も包み隠さず突っ込んだのは拙者から見ても悪手ぅうううううううううう」
「人の黒歴史穿り回すのはこの口か。おーおー、よく伸びるほっぺただなオイ。引き千切るぞコラ」
「ご慈悲を! ご慈悲を兄上! 拙者の愛らしいほっぺがだるんだるんになってしまっては全国のファンが悲しんでしまいます!」
「ファンっつってもどうせお前の際どいコスプレ見て興奮してるだけなんだろ?(※個人の見解です)」
「それがいいのでありましょうが! 分かっていませんな兄上は! あのような公共の場で超が付くほどのミニスカを履くものなど露出狂に他なりません!(※あくまでも個人の見解です)」
悠然と拳を握りしめ熱く語るこの阿保は、全国でも有数のコスプレイヤーだったりする。
ROM、というのか? 写真集的なものまで出しているのだが、衣装が衣装なので兄として心配だったのだが、どうやら先に妹の性癖の方を心配すべきだったらしい。
「とりあえず、しばらくはエロい衣装禁止な」
「そんな殺生な! 拙者の艶姿を待ち侘びる中高生は何をオカズにして夜な夜な過ごすと」
「おー待て待て待て。そんな直接的な言い方すんな。大丈夫だ、技術が発展した今だって河原にはエロ本が捨てられてるんだから」
「受け継がれていく魂の絆というやつですな」
「合ってるけど違う。俺の前でネクサスを汚すな奥歯ガタガタいわすぞ。あれすごいんだぞ、まどマギより先に最終話まで変身しない主人公やってのけてたんだからな」
前半部分がウルトラマンとは思えぬ陰鬱なストーリーだったのも似てるっちゃ似てる。
「拙者はどちらかというとコスモス派でありますからなぁ」
「ああ、お前結構殺生嫌いだもんな」
「いえ、タイトル的に」
「タイトル? ………下ネタじゃねえか」
「拙者から下ネタを取ったら何が残ると!?」
「驚くほどのことか!?」
「こんなエロボディーをした忍者キャラ、もう下ネタに走るか退魔忍演じるかしか選択肢が残ってないであります!」
「視野が狭すぎる!」
確かにエロボディーだけども。
神崎が会う度に三度は舌打ちする程度にナイスバディ―だけども。
妹に真正面から『自分の存在意義は下ネタです』と言われるのもなかなか辛いものだ。
「うぅ………兄上がそう言うなら仕方ありませんな」
「分かってくれたか」
「諦めて退魔忍として堕とされに参ります」
「いやその前に視野を広げろ」
「今宵は部屋の鍵を開けておいていただけると幸いであります」
「実妹に襲われても警察って呼べたっけ」
「大丈夫でありますよ兄上、今夜は月が綺麗だそうですから」
「やだ、何も安心できない………え、なに。話のシメに困らない的な?」
「夜が舞台のイチャラブは最後に月が綺麗ですねと言っておけば大抵それっぽくシメられるのでありますよ」
「言いたいことはいろいろあるがとりあえず実兄との強引な夜枷をイチャラブと称すな」
はぁ、と溜息を吐いた俺を沙奈はからからと笑う。
どこまでも掴み所のない奴だ。
何から何まで本気のようにも冗談のようにも聞こえるから困る。
自分でも分かっているのか、乗っかっていくようにネタに奔っていく所もあるから余計に。
まぁ、本当に伝えたいことはちゃんと努力してでも伝えてくれるから、今のところそれほど苦労はしていないけど。
「ならば、兄上はどんな概念を手に入れたと?」
それとなく自らの弁当箱から出し巻き卵をこちらに移動させながら、沙奈は本題に戻ってきた。
ありがとな、と小さく礼を言ってから出し巻き卵を口にし、それから俺は言葉を紡ぐ。
「経験値、ってあるだろ?」
「溜めると伝説のスーパービッチ人になって髪が金に染まるという、あの?」
「いやあれは自分で染めてんだろ………違う、その経験じゃない。何でもかんでもエロに持っていくな。思春期かお前」
「兄上のおかげでろくな思春期を送れませんでしたので………」
「やめろ、仕方ないから今思春期送ってるみたいな言い方やめろ。そう簡単にずらせるもんじゃねえよ思春期」
「いつだって、春を思えば、思春期さ。季語は春でも思春期でもいけそうですな」
「絶対春画とかの春だろそれ………もういいよ下トークは。お兄ちゃんこんな公共の場で下ネタに走る妹見たくないんだけど」
「拙者は見たいでありますな、男友達皆無なせいで下ネタを話す機会がなく、結果不慣れなために下ネタ振られる度に赤面する兄上」
「わぁー歪んでるぅー。というか分かってるならやめろ。えっちぃのはいけないと思います」
「そういうことでしたらタンスの裏のポケスぺは没収しておくであります」
「やめて、あれ俺の聖書なの」
なんであの漫画といい、児童向けの漫画は妙にエロいんだろう。
無垢な子供にエロスを与えようとする作家の歪んだ趣味嗜好なんだろうか。
違うか、違うな。
「話戻すぞ。経験値っつうとあれだ、レベルアップとかのために溜められるあれだ。EXPだ。黄金体験だ」
「ああ、ナルトがロック・リーの千倍のペースで溜められるあれでありますな」
「合ってるけど、合ってるけどさぁ………お前の引用はなんというか、聞くたびに胸が痛くなる」
「仕方ないであります。ジャンプは昔から才能・血筋・勝利でしたから」
いや確かに悟空といいケンシロウといい素敵な血統や才能持ってたけどさぁ………。
ジャギ様が一番になるような作品がそろそろ来てもいいと思うの。
そうなったらそうなったでご都合主義とか叩かれそうな気がするけど。
一万人に一人の才能よりも一ヶ月でトップ層と渡り合えるようになるほどの努力の方がよっぽどご都合主義に思えるから困る。
「で、兄上はその経験値の概念を手に入れたと。それは素敵ですな」
ほう、と興味深げに沙奈が頷く。
「おおよそすべてのゲームにおいて、経験値というのは基本減少しないものであります。つまり劣化しない経験の蓄積。これはチートというものに他ならないのでは?」
経験は劣化するものである。
自転車や水泳といったごく一部の事柄を除いて、大抵のものは少し期間を空けるだけでコツを忘れてしまったりするもの。
それ故に連日の練習が功を為すし、勉強などで「一日休むと取り戻すのに三日かかる」と言われたりする。
それが、このルールの前では儚く瓦解する。
どれほど期間を空けようと、俺の経験則は身体から抜け落ちない。
三年ぶりに握ったラケットでもサービスエースを取れる、なんてことも十分あり得る。
………考えてみると漫画とかでよく見るシーンだなこれ。あいつら皆この概念持ってたのか………。
とまあ、沙奈の言っていることはこんな感じだろう。
だが、俺の得た経験という名の概念とは少し違う。
確かに劣化しないことは劣化しないのだが、
「沙奈。RPGだと、勇者はレベルアップと同時にあらゆる技能、ステータスが上昇するよな」
「そうでありますな。力や素早さ、賢さも一緒に上昇するとはいったいどういった経験をしたのかと常々疑問に思っております」
「俺が得た経験値の概念はそういうものらしい」
「………あらゆる経験が等価値として蓄積され、一定値となると様々なステータスが同時に上昇する、と?」
物分かりがよくて助かる。
説明するとこうだ。
たとえば自転車に乗る練習をするとしよう。
自転車に必要なステータスとして、力が7以上という条件があったとして。
俺はひたむきに自転車に乗ってはこけ乗ってはこけを繰り返してもいいのだが。
代わりに、ひたすら机に座って世界史の勉強をしてもいい。
一時間ごとに得られる経験値には差異があるかもしれないが、少なくとも5EXPは得られるとしよう。
そうして100EXP溜まった時、俺はレベルアップし見事力が7となって自転車に乗れるようになるし、頭も少し賢くなる。
あらゆる経験が一つの蓄積物として変換され、レベルアップと同時に再度変換され、様々なステータスへと割り振られる。
これが、俺の得た経験値という概念だった。
無論、多くのステータスへ割り振られるため、以前のような集中的なステータス上昇は不可能となり、例えば世界史の点数を上げようと賢さのステータスを育もうとしてもステータス全体を押し上げざるを得ないためそういう点では不便。
「しかし、逆に一つのことを行い続けるだけであらゆることを行えるようになっていくというのはやはりすごいことでありますよ、兄上」
それはそうだ。
なにせ、机に座って世界史の勉強してるだけで気づけばサッカーがやたら上手くなったりするのだから。
すごいといえばすごい。実際スゴイのだが………。
「その分散が余りにも残酷すぎるのだ、妹よ」
俺はケータイをすっすとやり、中二病の際作ったステータス表を流用した俺のステータス画面を見せた。
「ここに三十七にも渡るステータス項目があるじゃろ?」
「うわぁ………」
「テストの点数を十点上げたい。そのためには賢さを3上げなきゃいけない。どのステータスも均等に上昇し、かつ俺は本来十点上げるために合計二十時間必要としたら、俺は何時間勉強しなきゃいけないでしょうか?」
「兄上、その概念早く返上した方がいいのでは」
「正解は37×20で640時間になりまーす。むぅーりぃー………」
いや、実際にはそれ以外の経験によってもう少し短く済むんだろうけど。
何が嬉しくて話術上げるために世界史勉強しなきゃならんのか。
「いや、勇者たちってすごいんだな。スライム切ってるだけで万能になれるんだもんな。そりゃ時間かかるよな」
「兄上………」
「精神的同居を許した時点で、クーリングオフは無理なんだとよ」
勇者ギルティアの魂自体が魔導と化しているらしく、俺と勇者の魂が混ざり合っている今分離は難しいとのこと。
第三回聖杯戦争後の聖杯のようなものと思ってもらえればいい。
俺の魂は勇者によって汚染されてしまったのだ。
汚されちゃった、私………。
神崎の言った傷者同士というのもあながち間違いではない。
『勇者を汚れとかいうな。さすがに失礼だろう』
脳内で響く荘厳な声を軽く無視し、俺は心配そうに見つめてくる沙奈の頭に手を乗せる。
「安心しろ。一応裏技的なものを教えてもらった」
「裏技、でありますか?」
「経験っつうのにも種類がある。いつもやってることだって行えばそれは経験と言えるだろうし、その逆もまた然りだ」
つまり、滅多にないようなことをすればそれはとてつもなく大きな財産となる。
「貴重な経験を得ることができれば、経験値はべらぼうに蓄積される。勇者はそう教えてくれた」「べらぼうというと、具体的にどれ程?」
「昨日の昼休みに俺は神崎のスカートをめくらせてもらったんだが」
「人生初の親友に何をしでかしているのですか兄上」
「了承は取ったしちゃんと目隠しもしてたから大丈夫だ。で、その時蓄積された経験値によって得た結果が………、と。これだ」
俺はポケットからある一枚のプリントを取り出した。
それは昨日の六限に行われた数学の小テストで。
「………百点満点中五十二点!? 万年赤点の兄上が!?」
「妹よ、そんな大声で兄の不出来を公言すると自分にも飛び火するぞ」
「大丈夫であります、クラスでは苗字が同じなだけの赤の他人と言ってあります故」
「やだショックー。でもなんか申し訳なくてやめてとも言えなーい」
「女言葉になるほどに傷つきましたか。兄上は本当に兄上でありますなぁ」
「や、だってお前と神崎と龍宮寺ぐらいしか友達いねえし」
「妹を友達にカウントするのは如何かと………少ないのが嫌なら作ればいいであります」
「お前なぁ、それ友達いない奴にとっては『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』レベルの暴言なんだぞ? 理解してるか? ああ? そんな簡単に作れるんだったら今妹と二人寂しく昼飯なんか食ってねえよ」
「またよく分からない僻みを………ちゃんと神崎殿や龍宮寺殿がいるではありませんか。二人友達ができたのなら、三人目を作るのもそう難しくはありますまい」
「いや、あの二人はなんつうかこう、運命で引かれあったというか、ソウルメイトというか………友達作ろうと思って友達になったわけじゃねえし」
「意識的に作った友達ではないから友達作りには応用し難い、と。難儀でありますな。さすが中高一貫ぼっち」
「中高一貫校みたいに言うなよいい加減泣くぞ。つうかぼっちじゃねえし。ちゃんと友達いるし。超リア充だし」
「リア充は休み時間教室で寝てるフリなんてしないものでありますよ兄上」
「悔しいのう、悔しいのう………」
しょげる俺の頭をぽんぽんと撫でながら、沙奈は話の続行を求めた。
「神崎殿のスカートをめくることが貴重な経験だったと、兄上はそうおっしゃるのでありますな?」
「ああ。あいつのスカートは鉄壁だからな。三日ほど試行錯誤してみたが、まったくめくれなかった」
「三日間も何をしているのでありますか………」
「真横で反復横跳びしたり自転車で通り過ぎてみたりしたが、もう全然。仕方なく土下座で頼み込んで事なきを得た」
「本当に何をしているのでありますか兄上………しかし」
んん? と沙奈は不思議そうに小首を傾げた。
「何もスカートなどめくらずとも、他に貴重な経験はいくらでもあったでありましょうに。拙者、神崎殿がアヒル口をしている所など一度も見たことないであります」
「ああ、それなんだが。人によって、貴重な経験が異なってくるんだ。この人ってのは俺じゃなくて、お前や神崎側のことだ」
「個人によって貴重な経験に該当することが決まっていると?」
「そうなる。もう経験値を得るための条件って言った方がいいだろうな」
神崎の場合、『スカートをめくれば勝ち』という表示が彼女の頭上に浮かんでいた。
「この条件をクリアした時、俺は貴重な経験を得たとして通常とは比べ物にならない経験値を得ることになる。それはもう軽く何度もレベルアップできるぐらいに」
「なるほど………それは、すごいでありますな」
ふむ、と頷き、それから沙奈は俺の目をまっすぐに見つめた。
「して、兄上。大親友たる神崎殿のスカートをめくったのと、今週の火曜テニスコートを占領していたリア充グループに勇ましく啖呵を切り、今日の放課後コートの使用権をかけてテニスで勝負することになっていたのは何か関係がおありで?」
「…………………見てたのか」
「それは勿論。兄上のご活躍はいつもこの目で確かめておりますとも」
どや、とキメ顔を見せる沙奈。
………たった二人の家族だとはいえ、こいつは俺のこと好きすぎる気がする。
この年になって一緒に昼食取るなんてそうそうないだろうに。
まぁ俺の方が好きだけどな! 甘えられたら何でも買っちゃうけどな!
俺のせいで妹のキャバ嬢街道がマッハ。
「………ま、色々あってな。チートとは分かってるけどよ、向こうも助っ人呼ぶらしいからある程度下準備はしておかねえと駄目だろうから」
「よくもまぁ、何の関係もない人のためにそこまでやれますな。下手をすれば神崎殿との友情が危ぶまれたでありましょうに」
「そこまでやわな関係してねえよ。それに………」
は、と軽く息を吐き、苦笑交じりに俺は言う。
「俺の世界は、その何の関係もない人で埋め尽くされてるからな。関係ねえからって何もしなかったら、いつか退屈で死んじまう。お前ら三人程度じゃ受け止められねえほどに俺の思いやり精神は深いのよ」
「拙者、満足行くほど兄上から寵愛を受けておりませんが」
「満足しちまったら必要とされなくなりそうで怖いし」
「変な所で小心者ですな兄上は」
「ほっとけ。………じゃ、俺はちょっと便所行ってくるから」
「ラケットとボール持ってでありますか? なら拙者も付き合いましょう」
「玉拾いくらいしかやることねえぞ? やるの壁打ちだし」
「構わないであります。拙者、兄上の汗滴る姿を見るだけで色々満ち足りる性分であります故」
「うわぁ本気でついてきてほしくない………」
げんなりとしながら弁当箱をたたみ立ち上がった俺の横へ、沙奈はぴたりとくっついてきた。
「行きましょう兄上。レベルアップの成果、とくとお見せください」
「この調子だと馬鹿みたいに上手くなってるかもしれねえからな。驚いて腰抜かすなよ?」
「腰を抜かす? ああ、兄上は拙者とテニスではなく野球がしたいのですね」
「結局下ネタオチかよ」
と。
そんなアホな会話をやった五分後。
「「………………………」」
試し打ちとばかりに軽く打たれたボールによってコンクリの壁に生まれた、直径二メートルほどの浅いクレーターを前にして、俺と沙奈は二人腰を抜かしたのであった。