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隠された部屋

 

3章 隠された部屋


枯沢悠一が発見した、×××氏による手記

2013年6月7日

 結婚式は無事に終わった。しかし、春子は立つことができなかった。四角いベッドに座りながら、相槌を打っていただけだった。

 春子と僕の為に用意した結婚指輪も、式が終わっても彼女の指に嵌めてやることができなかった。

 式が終わった途端に、彼女の眠るベッドは何処かに運ばれていった。

 そして、知らない男から、黒く小さな箱を貰った。


2013年6月8日

 昨日の夜、貰った黒い箱は家に飾っておいた。中身はよく分からない。それより、春子の方が心配だった。

 他人の目を盗み、春子を連れ戻した。

 もうあの場所には戻りたくない。



 ◇


 目の前に現れた黒い闇。横は五十センチ弱、縦は一・五メートル程の、人ひとりが通れる程の間隔だ。

 その向こうには濃淡な闇が広がり、明かりの付いたこちら側の部屋まで暗くさせるような勢いだ。

 余りの暗闇で、このまま進んで行くのも躊躇われたが、引き下がるわけにもいかない。

 まさか落とし穴のように、足を踏み入れた瞬間落下する筈はないだろう。

 内心不安であったが、なんとか自分を奮い立たせることに成功した。

 てっきりこのまま進むと新しい部屋に着くのではないかと思い脚を進めたが、期待は裏切られた。

 どうやらここは階段になっているようだ。従って、この先は地下室となるのだろう。

 明かりが懐中電灯の光だけだということが少し頼りないが、さしたる恐怖もなく、階段を下った。途中で蜘蛛の巣に引っかかったり、階段を踏み外しそうになった。決して幸先良いとは言えないが、地下室探検という響きに魅了され、足を進めることは辞めなかった。

 階段の段数を数える癖が出、数えて下りた結果、十三段であった。嫌でも絞首刑を思い出すが、ここにはなんの脈絡もないことに気付き、気に留めないことにした。因みに、外の石段の数は数える余裕がなかったために、不明だ。

 十三の数を数え終わり、床に着地した。階段の方を振り向き見上げると、ただ闇が続いていた。階段は結構な角度だった所為か、入り口───あれは扉とは言えないだろう───の光は全く届かない。

 電灯の光が無ければ、とうの昔に探検を挫折してしまうであろう闇であった。

 階段を背にし、進むべき方向へ向き直る。手元の弱々しいライトも、いつ電池が切れてしまうか分からない。かと言って消してしまえば───手持ちランタンなどがここで見つかれば幸運なのだが。


 この場所をまず大雑把に調べてみた結果、次のような事が分かった。

 ここは地下にある部屋に繋がる廊下だ。階段から壁の距離は約十メートル程である。階段の正面には大きな扉───普段よく見る部屋の扉の二倍くらいの大きさだ───があり、その扉の両端に、またドアが二つずつ。計五つの扉を確認することができた。

 ドアとドアの間隔は、どれも五メートル程であった。一つの部屋は約六畳位の大きさになるのだろう。

 正面───門のような扉の両側に小さな燭台がぶら下がっていたが、火はおろか蝋すら置かれていなかった。せめて蝋燭だけでも手に入れば、手持ちのマッチで廊下を明るくすることができるだろう。

 巨大な門は、木製の両開き扉らしい。両側に手すりのようなドアノブが付いており、そこに南京錠が巻きつけてあり動かない。

 その他のドアも木製で、これは普通のドアノブタイプのものである。一番左の部屋はドアノブが壊れ開くことが出来なくなっているが、他の部屋は全て入れるようだ。

 ───これくらいので十分だと判断し、少し床に座り込み休憩する。暗闇の中の作業は、想像以上に神経を擦り減らすし、体力も削られる。

 後は各々の部屋に入り調べ物をすれば、ここの秘密を解明する鍵が自ずと見つかるだろう。

 教会に地下室があるなど聞いたこともないが、僕が気にかけるようなことでもない。

 腰を掛けた床は、あまり座り心地の良いものではなかった。しかし手を置くと、ひんやりとしており、緊張や冷や汗で湿った掌を冷やしてくれた。タイル調なのであろう。床と床に一定の隙間がある。これが大理石なのか、ただのコンクリートなのかは判別がつかなかった。

 五分程の休憩を挟み、再び立ち上がる。疲れは大分癒え、目も冴えた。先刻のようにまた暗順応し、扉などが電灯無しでも、大体の形が見えてくるようになった。

 まず、一番右の部屋から入ることにした。不法侵入だということは重々承知しているが、それはこの廃墟に入った時も一緒である。今更食い下がる訳にはいかない。

 扉を開いた瞬間に、上から落下物があった。辛うじて直接浴びることは免れたが、鼻や口で吸ってしまったらしい。酷く咽せ込んでしまう。埃や塵の類であろう。暫くして咳は止まったが、やはり煙たい。扉を開けた衝撃で、長年蓄積してきた埃が一気に舞ってしまったようだ。

 光を当てると、塵の粒子が狂喜乱舞しているのを確認できる。

 口に手をあて前進する。埃の舞はようやく鎮静したらしい。すんなりと部屋の奥に通してくれた。


 目を向けた先は、かなり閑散とした部屋が広がっていた。テーブルに椅子、食器棚しか置かれていない。がらくた類は一切なく、どこか物寂しさも感じられる。教会の待合室だったと考えれば納得がいくが、地下に隠してまで待合室を設ける必要もないだろうから、その考えは却下する他ない。

 試しに壁の照明スイッチを押すも、やはり何も起こらない。

 丁寧に部屋を調べるも、見つかるのは高価なものだったであろうティーカップの破片や、床に落ちた虫の死骸だけであった。

 こんなことをいくら続けていても拉致があかないと悟った僕は、一旦探索を辞める。

 ふと目を向けた部屋の向こうの壁に、カーテンがかかっているのに気が付いた。向こう側は窓があるはずだ。そろそろと近付き、虫に喰われ穴だらけになったカーテンに触れようとした、その時だった。


 稲光が襲った。

 目も眩むような光。部屋の中が一瞬、白く照らされる。

 それと同時に、驚きから窓側から目を逸らしてしまう。

 そこで見たもの───僕から伸びる黒い影は、どこか歪んで、何者かを捕獲しようとするように両腕を広げていた。その手に握られているものは、考えたくはないが、刃のように見えた。だ円形の目に、大きく裂けた口のシルエット。頭からは二本の角が生えていた。

 こんなのは自分ではない。───こんなもの、ただの怪物ではないか。屍を喰らう鬼。いやが上にもそんな印象を受けた。

 もう見たくない。

 恐怖に駆られ、僕はきゅっと目を瞑った。

 視界が更に暗転した後、背後で大きな音が響く。鼓膜を刺激する重低音。

 五秒くらい鳴り続けていただろうか。異常に長い雷鳴だった。

 まるで外を覗くことが、いけないことだとでも言いたいようなタイミングであった。

 その者の狙い通り、もうカーテンを開こうという思いは潰されてしまったのだが。

 こんな悪戯、或いは警告をしてきた人物は、僕に何が言いたかったのだろう。まず、味方なのか、敵なのかすら検討が付かない。

 味方であった場合、窓の外には先ほどの怪物のような生き物が僕を捕らえようとしているのに気付き、驚かせたのだろう。

 敵であった場合、外には重要な鍵があり、それを見つけさせないためにあんなことをしたのだろう。

 あらゆる可能性を考えてみたが、もっともな理由は浮かんでこなかった。

 飽くまでも、真実はこの教会の中にあるのか。それとも、あの門の先に───解答を焦ったとて、正しい答えが見つからない限り、正解には辿り着けない。

 まだ時間は沢山あるのだ。ゆっくりと謎を解いていこう。


 ◇


 先ほどの一件ですっかり萎縮してしまった僕は、早々に例の部屋の捜索を諦め、左隣の部屋に向かった。

 心なしか廊下も更に暗く感じ、突き刺さるような風が背中を通り抜けていく感覚に身を震わせた。

 異様に寒い。ズボンのポケットに両手を入れ、身を縮めて歩いた。勿論、ここは隙間風すら通さない壁で囲まれている。存在しない魔に取り憑かれた僕の錯覚だ。

 二つ目のドアを開ける。飛び出してきた鼠には目をくれずに入った。鼠よりも畏怖するべき対象が、背後にいるような妄想をしてしまっている。

 いやいやをするように、頭をゆるゆると左右に振る。昔懐かしい、お化けなんてないさの歌が頭をかすめ苦笑した。非科学的な存在は全く信じていなかった過去の自分に笑われているようだ。


 二つ目の部屋は、物置だった。僕の財産では到底購入を憚るものが、所狭しと並べられている。中には金メッキで縁取られた化粧台や、美術の参考書で見たことのある石像まである。

 壁には有名な画家が手掛けた作品が飾られ、その手の収集家にとっては夢ような部屋なのだろう。

 その中で一段と目を見張るもの、巨大なグランドピアノがカバーを掛けられることなく置かれていた。白いピアノは埃に塗れ、灰色のそれへと変化している。鍵盤を開くと、同様に埃が溜まっていた。そこからひらりと落ちた紙を拾い上げる。

 楽譜のようであるが、五線譜を読むことのできない僕には何も感じることがなかった。裏を捲り、タイトルを確認することにした。

 ヴィヴァルディ「四季」より「春」の第1楽章。

 この曲は昔、誰かが好きだと称賛していた気がするが、よく覚えていない。同僚だった気もするし、上司だった気もする。───まあ、いいだろう。

 試しに鍵盤のひとつに指を置くと、鈍くだが音が鳴った。壊れたわけでもないのに、こんな場所に放置されて可哀想だと感じてしまう僕がいた。過去に、使わなくなったゲームや玩具を箱に詰め込み、親の手によって倉庫に仕舞われた、あの時の感情と似ていたからだろう。

 ピアノの椅子に座り、部屋を眺める。高級そうな砂時計や、動かなくなったアンティーク調の時計が壁に掛かっているのを見つけた。

 時間が堰き止められている。そう思った。物に感情があるとは思わないが、ここに眠る全ての物が、何かしらの悲愴をたたえているのだ。そして、誰からも使われることなくここに鎮座していることだけが、彼らの使命となるのだ。


 僕がこの教会に蔓延る翳りを薙ぎ払ってやることができたなら、時間はまた動き出すかもしれない。そのために僕は、進まなくてはならない。

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