Trade.14+後日談
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その後のことは、よく覚えていない。
心配していたミユの怪我は、思ったよりひどくはないようだ。
警察や学校にはミナトくんがうまく説明してくれたらしく、あまり大事にはならなかった。
ただ、咲は転校したらしい。
「あのね、ミナトくん。それにミユ。
謝らなきゃなんないことがあるの」
事件もひと段落して、恋愛科学部の課題である『恋人トレード』も終わりを迎えた。
私たちは部室で、マキ先生に提出するレポートを書いている。
私はリントとのキスを言いそびれていたことが気になっていた。
リントもミユもいるこの場のほうが、説明も省けていいだろう。
ふたりで謝れば、もしかしたら、許してくれる、かな……
「あー、知ってる。
キスされたんだろ」
レポートを書く手を止めずに、ミナトくんが言った。
「えっ」
「リントに自己申告されたからな。本人の希望もあって、一発殴っといたから大丈夫だ。ミユちゃんも知ってるし」
「え……」
思わずミユを見ると、真面目な顔をしてうんうんと頷いている。
「拒否できなかった理由も想像できる。
リントは友達だから、傷つけたくないとか思ってたんだろ。
でも次拒否できなかったら血を見ることになるよ。相手の男の」
それは、イヤだ。
想像してしまい、思わず身震いした。
「ユイちゃん、あれはホントにホントにごめんなさい!」
リントがガバッとその場に土下座した。
「俺には、ちっさいときからミユがいて。
それで十分満足してたはずなのに、最近マンネリだなあとか思ってた。
それで、恋人トレードなんてバカな話にのっちゃって。
あのとき、ユイちゃんはイヤな顔してたのにさ。
しかも、欲求不満で無理やりキスするとか。反省してます。ごめんなさい!」
「もういいよ。
てか、私に謝るよりミユに謝ったほうがいいかも」
「もう千回くらい謝られてるよ」
ミユの声は怒っていない。
仕方ないなあ、という感じだ。
「ユイ、あたしもごめんね。
リントとの関係に、安心しきっちゃってたことも確かで。
だからこそトレードにあたしも乗り気だったし。
ユイは不安になったよね。
ホント言うとね、あたし、王子に超大切にされてるユイがうらやましかった。ミナトくんマジで紳士なんだもん。
でもやっぱ、あたしにはこのヘタレしかいないわ」
そう言って、リントを見つめる目は優しかった。
ミユはどこかスッキリしたように笑う。
「安心しなよユイ。
キスの件は完全にリントが悪いからユイのせいじゃない」
「ミユ……」
「そんな顔しないの。ホントに気にしてないから。これからも友達でいてね」
「うん、もちろん」
「あ、それと、ユイにおまけの情報です」
ミユがにやにやしながら、私に耳打ちした。
「ミナトくんのことだけど。
ユイ、愛されてんの自覚しなさいよ。
あの王子様はトレード期間もあたしに優しくしてくれたけど、ヤツは皆に、平等に優しいからね!
やっぱりユイへの態度は特別なんだなあって実感した。
ミナトくんが頭をぽんぽん叩くのはユイにだけだよ」
私は思わず、ミナトくんをふりかえる。
「ほら、行ってきな」
ミユの声に励まされ、私はミナトくんのもとへ。
ミナトくんが両腕を広げてくれたので、私は遠慮なく飛び込んだ。
「あのね、好き」
いっぱい言いたいことはあったはずなのに。
口下手な私には、これが精いっぱい。
ミナトくんは私を抱く力を強くして、答えてくれた。
「俺も好きだよ、ユイ」
*
後日談
ある日のデート中。
学校近くのいつもの喫茶店で、コーヒーを飲んでいた。
雑談が途切れたとき、ミナトくんが言いにくそうな顔で私に告げた。
「ユイに言い忘れてたんだけど、マキ先生、俺の従兄弟なんだ」
「そうなの?!」
「うん。実は、山下咲が俺をまだ諦めてなくて、ユイに危険が及ぶかもしれないってことを先生に相談した。
そしたらマキ先生が、一度ユイと別れるフリをしたら相手の出方もわかるんじゃないかって。
ユイと別れるのは、たとえフリでもイヤだって言ったら、わかった任せとけって答えたんだ」
「それで、『恋人トレード』?」
「あれには俺も驚いた。
そんなの乗るやついるのかよって。
相談した手前、俺は乗らざるを得なかった。そうしたらあの二人も乗り気で、ユイだけ不安そうな顔をしてた。
悪かったなと思ったよ、俺も。
アレはマキ先生が言うには、その場の思いつきだったらしいけど、山下は結局動いた。
まあ、ユイには怖い思いさせちゃったしミユちゃんには怪我させて、すごい後悔したけどな」
「……うん。でも、よかった」
「何が?」
「ミナトくんが、私と別れたくないってわかって」
「当たり前だろ。
いい加減信じろ」
はあい、と返事をすると、やっぱり頭をぽんぽん撫でられた。
おわり。




