Trade.10
月曜日。
昨日のダブルデートの疲れがまだ残っていた私は、学校に来てから熱が出てしまった。
保健室のベッドに横たわり、白い天井をぼんやりと眺めていた。
「椎本さん、すこし席を外すけど大丈夫?」
保健室の先生が私に声をかけた。
「大丈夫です。ちょっと寝てれば治りますから」
微笑みをなんとか浮かべて、答えた。先生は、つらくなったら職員室に電話してね、と何度も言い、出て行った。
「ふう」
私はため息を吐く。
すこし寝なければと思った。
「起きてるのね」
「きゃっ?!」
いきなり声をかけられて驚いた。
カーテンの影に人がいる。
「だ、誰……」
「そんなに震えないでよ。
あたしよ。
山下咲」
バカにしたように唇の端をつりあげて。
その人物は名乗った。
「咲……」
山下咲。
中等部のときに、女子テニス部の部長をやっていた。
テニスがうまくて、快活で。
リーダーシップももちろんあって。
勉強もできる。
クラスでも中心人物だった。
そんな咲が流した噂だからこそ、皆が信じてしまった。
私はすぐに孤立した。
クラスでも、部活でも。
悲しかった、苦しかった。
違う!と泣き叫びたかった。
けれど、そんな勇気もなくて。
「いやなこと、思いださせたかな」
咲は腕を組み、私の様子をうかがっている。
「何しに、来たのっ……」
「ああ。勘違いしないで。
あんたをどうこうしようとか、もう考えてないから。
あたしは確かめにきたの」
「……何を」
「高柳くんのこと」
咲はミナトが好きだった。
それがすべての元凶。
けれど、私はミナトくんだけは渡すつもりはない。
「咲は、まだミナトくんが好きなの?」
「そんなことどうでもいいでしょ」
「よくない!だって私は……」
ミナトくんの彼女だもん、と続けようとして、ぐっと言葉を飲み込んだ。
『恋人トレード』は部員以外には秘密。それが約束だ。
いきなり黙りこんだ私を見て、咲が勝ち誇ったような顔をした。
「やっぱり噂はホントだったんだ。あんたは高柳くんと別れて、中島倫人と付き合ってる。
それで、中島と付き合ってた須藤みゆきが、高柳くんと付き合いはじめたって」
「……」
噂が広まるんじゃないかなあ、とは思っていた。
私はともかく、学校でミナトくんは目立つ。
ミナトくんほどじゃないけど、リントはその不良めいた風貌で知っている人は多い。そして当然、その幼馴染みで彼女のミユもそこそこ知られている。
「高柳くんにふられて、傷ついた心を中島に癒してもらったんでしょ?
そのご自慢のお綺麗なお顔で。
どうやってたぶらかしたの?」
「そんなこと、してないっ……」
カッと頭に血が上るのがわかった。
そのとき、ガラリとドアがあいて。
「ユーイっ!お見舞いきたよー大丈夫かあ?
絶叫系そんなにキツかったあ?」
「 熱出たってマジ?」
いつのまにか休み時間になっていたらしく、ミユとリントが保健室に入ってきた。
「……ふん」
咲は悔しそうな顔をして、さっと保健室を出た。
去り際に、ミユをじっと睨んでいた。
「ちょっと、今の、女テニの元部長じゃない?」
「え、マジで? ユイちゃんへーき?やなことされてない?」
「平気だよ」
そう答えた私は、なんとか笑えていたと思う。
私は確信した。
次に狙われるのは、ミユだ。




