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うろな町の不思議な人々  作者: 稲葉孝太郎
第4章 駐禁違反取り締まり事件
31/71

第29話 結成、少年探偵団!

池守(いけがみ)さんが担当を外された?」

 吉備津(きびつ)は碁石を持った手を止め、葦原(あしはら)の方を振り向く。

 ここはうろな町の繁華街にある碁会所。再度の休日にうろな町を訪れた吉備津は、特にすることもないので、葦原を連れてここに腰を落ち着けていた。十代の少年が日曜日の朝から碁を打つなど、傍から見ればやや奇異な光景である。しかも葦原は碁のルールが分からないので、吉備津は暇そうな店主に相手をしてもらっていた。

「そうなんだよ。この前、池守さんに会ったとき、ちらっと……」

「これで王手飛車取りなのです」

 子供っぽい声と同時に、角が盤面の中央に置かれた。葦原はアッと声を上げ、目の前に座る入江(いりえ)の顔を見つめ返す。

 入江は何の感動も浮かべず、葦原の次の動きを待っていた。

「入江先輩、強いですね……さっきルールを教えたばかりなのに……」

「私の故郷にあるボードゲームは、もっと難しいのです」

 葦原は負けましたと口に出し、隣の対局に視線を移した。その動作を横目で負っていた吉備津は、盤面を見つめたまま質問を投げ掛ける。

「それは先週の日曜日かい?」

「いや、その次の日だよ」

 少年たちの会話に割り込んで、店主がパチリと黒石を置いた。

 吉備津も間髪置かずにコスミつけて、それからぼそりと呟く。

「とりあえず、この対局を終わらせるから、話はその後で……」

 そう言うと吉備津は、相手が打つ毎にほとんどノータイムで石を置き、あっと言う間に店主を投了に追い込んでしまった。まだ半分以上スペースが空いている。いわゆる中押し勝ちである。

 店主はうーんと唸った後、煙草を取り出して一服した。

「参ったね。年季はこっちの方が入ってるんだがなあ……」

 いや、碁歴ならこちらの方が上だと、吉備津は内心囁く。人間の平均寿命より遥かに長く嗜んでいるのだから、そこらの一般人には負けようがない。

 吉備津は石を片付けて礼を述べると、他のふたりを連れて碁会所を後にした。ビルから外に出ると、繁華街は買い物客でごった返していた。

 吉備津は話題を戻す。

「さっきの話、もう少し詳しく聞かせてくれないかい?」

「僕も詳しくは知らないんだけど……。まあ立ち話もあれだから」

 そう言って葦原は、吉備津たちを例の公園へと案内した。ベンチに腰を下ろし、駆け回る子供たちを眺めながら、葦原は言葉を継ぐ。池守と紙屋から教えてもらったことを、ふたりに説明し始めた。

 吉備津は話を聞きながら、何となく浮かない顔をする。

「なるほど、あのときの相は……」

「ソウ? ソウって何のことだい?」

 吉備津は葦原の質問には答えず、軽く首を左右に振った。

「いや、何でもないよ。それより面白い事件だね。警察では結局、自転車の窃盗未遂と推測しているわけだ」

「そうなんだよ。だから交通課の池守さんたちは外されちゃったんだけど、紙屋さんは凄く怒ってたよ。防犯課に殴り込みに行きそうな勢いだったから」

 葦原の台詞に、吉備津は質問を返す。

「その紙屋さんっていうのは、池守さんの後輩?」

「そうだよ。今年うろな署に配属されたばかりなんだってさ。僕もまだ、数回しか会ったことがないけど、ずいぶんと熱血漢みたいだね。夜中にいきなり職質されちゃったよ」

 紙屋なる人物の名を、吉備津はどこかで聞いたことがあるような気がした。

 それが入江であることに気付くと、吉備津は意味深な眼差しを彼女に送る。

 それまで黙っていた入江も、鋭く反応した。

「私は会ったことがあるのです。女性。23歳。身長は165センチで体重は……」

「入江さん、そういう個人情報はタブーです」

 慌てて入江を制した吉備津だが、葦原が目を見開いて話に食いついてくる。

「入江先輩って、どこからそういう情報を仕入れてくるんですか? ……凄いですね」

 凄いのだろうか。怪しいだけだろう。吉備津はそんなことを思う。

 一方、入江は嬉しそうな顔すらせず、淡々と先を続けた。

「それで、どうするのです? 私たちで調べるのですか?」

 吉備津は一瞬、入江の言っていることが理解できなかった。人間の生態調査ならひとりで勝手にやってくれと思う吉備津。けれども吉備津は、それが自転車の盗難と関連していることに気が付いた。

「もしかして、今回の件に興味をお持ちなのですか……?」

 吉備津の問い掛けに、入江が振り返る。

「当然なのです。人間が他の人間の行動を理解できないのは、とても興味深いのです」

 なるほど、あくまでも生態調査絡みで関心を持つわけだ。そう察した吉備津は、少しばかり返答を躊躇した。遠坂(とおさか)なら気乗りしてきそうだが、葦原少年の場合はどうだろうか。そもそも遠坂は自分たちの正体を知っているが、彼は知らないのだ。

 吉備津が話題を変えようかどうか迷っていると、葦原が先に口を開いた。

「面白いですよね。自分が住んでる町の出来事ですし」

 吉備津の予想に反して、葦原はずいぶんと乗り気に見えた。

 入江も言葉を返す。

「そうなのです。葦原くんは、誰かさんよりも話が分かるのです」

 誰かさん。それが自分に向けられていることは、吉備津にも察しがついた。いくら人間関係に頓着しないとは言え、感情のない宇宙人に言われては溜まらない。

 吉備津も口を挟む。

「最近は身近に事件もありませんし、調べてもいいですが……ただ……」

 ただ、葦原をどうするのだ。吉備津はそれが気にかかる。遠坂、入江、それに自分のコンビはこれまでうまく行っているが、部外者をいきなり引き込んでも大丈夫なのだろうか。吉備津は疑わしく思う。

 そんな吉備津の心配を他所に、入江はどんどん話を進めていく。

「早速調査するのです。私たちは土日しかうろな町へは来られないのです」

「でもどうやってですか? 僕たち、まだ子供ですし……」

「その点は心配要らないのです。私と吉備津くんに全て任せるのです」

 はあ、と曖昧な返事をする葦原。普通ならば眉唾物だが、吉備津と入江は、葦原少年の冤罪事件を解決した実績がある。どうやらそれが潤滑剤になっているらしく、葦原は特に疑念を差し挟まなかった。

 このあたりはまだまだ思春期の少年らしい。純粋な性格をしている。そう値踏みした吉備津は、とりあえず入江の話に乗ることにした。

「さて、どこから手をつけますか? 池守さんが手掛かりなしとなると、なかなか手強い事件だと思いますよ」

「まずは被害者が嘘を吐いていないかどうか調べるのです。その次に、葦原くんが言っていた警備会社を調査するのです。この手順が一番合理的なのです」

 吉備津は黙って、その案に同意した。こういうところだけは、妙に頭が回る。高度な科学技術を持っているのだから、当たり前だと言えば当たり前なのだが、普段とのギャップには度しがたいものが感じられた。

 吉備津がそんなことを思っていると、葦原が口を挟んできた。

「僕たちの話なんて、誰も聞いてくれないと思うんですけど……」

 その通りだ。葦原の疑問は正しい。吉備津は法力で、入江は催眠術で情報を聞き出せるのだが、葦原には特殊能力がない。要するに、彼だけが一般人なのだ。そんな葦原と行動をともにしていいものかどうか、吉備津にも難しい判断である。

 吉備津が考えあぐねていると、いきなり彼の袖を引く者があった。入江である。

「少し話があるのです」

 そう言うと入江は、吉備津を立ち上がらせ、その場を離れようとした。

 これには葦原が驚いてしまう。

「あの、僕は……?」

「葦原くんはそこで待っているのです。これは内密な話なのです」

 吉備津に有無を言わせず、入江は彼をトイレの裏へと連れ込んだ。

 薄暗い空間に、秋の冷たい風が吹き抜ける。

「このようなところに呼び出して、何のおつもりですか?」

「葦原くんの身の振り方についてなのです」

 身の振り方。吉備津はすぐさま言葉を返す。

「それは私たちが決めることではありません。葦原くん自身の……」

「でも彼は、遠坂先生の初恋の人なのです。遠坂先生に協力すると言った以上、放置はできないのです」

「それも遠坂先生と葦原くんとの間の問題であって、私たちが……」

 吉備津の抗議を無視して、入江は拳を差し出す。

「……何ですかそれは?」

「見れば分かるのです。じゃんけんなのです」

「じゃんけん? ……何のために?」

「どちらが葦原くんの師匠になるかを決めるのです」

 入江が何を言っているのか、吉備津にはさっぱり分からない。

 呆れ気味に空を見上げ、大きく溜め息を吐く。

「何を仰っているのか分かりません。……師匠とは何ですか?」

「簡単なのです。私がじゃんけんに勝てば、私が彼の師匠に……」

「そういう質問ではありません。葦原くんの師匠になってどうするのですか? そこを教えていただかないと……」

 そこまで言って、吉備津はふと動きを止めた。入江の意図に気が付いたのだ。

「まさか、葦原くんをこちら側に引き込むおつもりでは……」

「それ以外に何かあるのですか?」

 しれっとした入江の返答に、吉備津は眉をひそめた。

 入江は我慢できなくなったかのように、拳を上下させる。

「それでは、じゃんけんするのです。じゃんけん……」

「私はお断り致します」

 吉備津の一言に、入江はその動きを止めた。チョキを出そうとしていたのか、人差し指と中指が微妙に反っている。

 吉備津はそんなことなど気にせず、先を続けた。

「陰陽師は、むやみやたらと一般人を裏の世界へは引き込まないものです。それに、陰陽師になれるかどうかは、生来の霊力で決まります。葦原くんからは、陰陽師に相応しいようなそれを感じません。ですから、私としては……」

「それならこの勝負、私の不戦勝なのです。私のやり方でやるのです」

 入江はそう言うと拳を下ろし、吉備津の顔を見上げてきた。

 どうにも話が通じない。吉備津はやや苛立たしげに唇を動かした。

「なぜ葦原くんにそこまで構おうとするのですか?」

「彼は探偵になりたがっているのです。一般人では捜査能力に限界があるのです」

 もっともだ。コンビニの事件とて、入江の催眠術がなければ、証言を集めることすら覚束なかったはずである。吉備津も、それは認めざるをえなかった。

 どうしたものか。吉備津は逡巡する。止められないことはない。吉備津とて、本気を出せば宇宙人と渡り合うことくらいはできるのだ。むしろ戦闘経験と年齢からして、自分の方が有利だと判断する。

 しかし吉備津はこれまで、他の人間がアブダクションされることを阻止していない。葦原だけ特別扱いになってしまう。それは孤高に生きてきた吉備津にとって、あまり好ましいことではなかった。

 しばらく考えた末、吉備津は折衷案を提示する。

「……こう致しましょう。遠坂先生の手前もありますし、特殊な能力の有無は、本人の自由意思に任せるということで……」

「だったら、今夜にでも捕まえて訊くのです」

 唐突に日付を指定する入江。吉備津は眉をひそめる。

「今夜ですか……? それはやや性急かと……」

「早い方がいいのです。先延ばしにする理由などないのです」

 ここは断固とした態度を取った方がいいようだ。吉備津はそう判断した。

「……分かりました。入江さんがどうしても葦原くんに手を出したがるなら、私もこの勝負を引き受ける所存です」

「だったら、じゃんけんするのです。じゃんけん……」

「少々お待ちを」

 再び拳を握った入江を、吉備津は語気強く制した。

 無表情な入江に対し、吉備津は真面目な顔で先を続ける。

「入江さんが強引な態度に出る以上、勝負の内容はこちらで決めさせていただきます。今回の事件において、それぞれが特殊な能力を3回だけ使い、先に解決した方が勝ち……。そのようにお心得ください」

 一方的な宣告にもかかわらず、入江は首を縦に振った。

「それでもいいのです。じゃんけんより時間が掛かるだけなのです」

「では、これで話し合いはつきました。……そろそろ戻りましょう。長居すると、葦原くんに怪しまれますので……」

 ふたりは日陰から出て、公園のベンチへと戻った。

 葦原は待ちくたびれたのか、少しばかり疲れたような顔をしていた。

 吉備津は軽く詫びを入れた後、早速要件を切り出した。

「入江さんと話し合ったんだけど、確かに面白そうな事件だよね。僕たちでひとつ、調べてみようじゃないか」

 吉備津の誘いに、葦原の顔がパッと明るくなった。

 冒険譚に目を輝かせるあたりは、本当に年相応な反応である。

「どこから手をつけるんだい? 僕たちにできることなんて、限られてるけど……」

「大丈夫だよ。入江さんと僕はこう見えても、結構顔が広いんだ。だから、いろいろと教えてくれると思うよ」

 答えになっていない答えを返し、吉備津は腰を上げた。深く尋ねられないうちに、行動に移してしまおう。吉備津がそう考えたところで、葦原が急に彼を呼び止めた。

「ご、ごめん、僕は昼からバイトがあるんだけど……」

 忘れていた。葦原は忙しいのだ。吉備津は足を止める。

 だがかえって都合がいいと、吉備津は平然と返事をする。

「そうか、だったらまずは僕と入江さんで調べてみるから、葦原くんは安心してバイトに行きなよ。……大丈夫、この前みたいに、ぱぱっと片付くさ」

そろそろ葦原くんも推理に本格参戦です。

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