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うろな町の不思議な人々  作者: 稲葉孝太郎
第2章 置行堀ひったくり事件
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第14章 聞き込み(人間サイド)

※本作は第13話と同日の出来事です。

 池守(いけがみ)が自分の仕事を終えて置いてけ池に駆けつけたとき、近くには人影が見当たらなかった。さては被害者宅へ行ってしまったかと、池守がスマートフォンで連絡を取ろうとした矢先、池の向こう側から紙屋(かみや)のか細い声が聞こえた。

 池守は端末をポケットに押し込みながら、声のする方へと駆けて行く。立ち入り禁止の看板を無視して有刺鉄線を飛び越え、雑草の生い茂る池をぐるりと迂回しながら雑木林へと足を踏み入れる。

「おーい、紙屋? そこにいるのか?」

 池守が大声で問い掛ける。すると、すぐに紙屋の声が返ってきた。

「先輩! こっちです!」

 池守は足下に注意しながら、さらに奥へと進んで行った。こんな薮の中で何があったのかと、池守が訝しがったところで、ふいに視界が開ける。木々が途切れ、小さな空き地のような空間が目の前に広がった。

「あ、先輩。ちょうど良かったです。迷子を2名確保しました」

「迷子?」

 池守は、紙屋の陰に隠れている2人の少女を目視した。

 すると、彼の表情が驚きへと変わる。

「入江ちゃんじゃないか!」

 池守の声に反応して、(あんず)は娘をおぶったまま視線をそちらに向けた。

「池守さん、いいところに来ました。この女性を何とかしてください」

 杏はそう言って、池守に助けを求めてきた。

 この場で何が起きているのか、池守はその実情を察知する。

 紙屋に歩み寄り、状況を確認した。

「迷子って、この2人のことかい?」

「はい。小学生の姉と保育園くらいの妹だと思われます」

「それは違うと言っているのです。私は高校生なのです」

「はいはい。そういうおませな遊びは、後でしましょうね? おうちはどこかな?」

 少女から住所を聞き出そうとする紙屋に、池守が小声で話し掛ける。

「紙屋、その子は本当に高校生だ……」

 仕事仲間の助言に、紙屋はびっくりしたような顔で少女を見つめ返した。

「ほ、本当に高校生なの?」

「さっきからそう言っているのです。学生証もあるのです。……ミヨ、背中から下りてください。ポケットに手が入りません」

「はーい♪」

 ミヨはすたりと地面に飛び降り、杏はポケットから学生証を取り出した。

 紙屋はそれを震える手で受け取り、顔写真とプロフィールを確認する。

「入江杏……無縁坂高校3年……ほ、ほんとうだわ!」

 紙屋は背筋を伸ばすと、少女に向かって敬礼のポーズを取った。

「不詳、紙屋千鶴、善良なる市民にご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした!」

「別に迷惑はかかっていないのです。学生証を返してください」

 杏は紙屋から学生証を受け取り、無造作にポケットへとそれを突っ込んだ。

 それからミヨの手を取ると、おもむろに踵を返す。

「さあ、おうちへ帰るのです」

「えー、もう帰っちゃうの?」

「ここはどうやら人目につき易いのです。他の場所へ移動しましょう」

 そう言って歩き出した2人に、池守が声を掛ける。

「入江ちゃんは、ここで何をしてるんだい? 君はこの町の住民じゃないんだろう?」

 杏は歩を止め、無表情に視線を返す。

「この池の生態系を調査しようとしていたのです」

「生態系……? ああ、夏休みの宿題か何かか。入江ちゃん、ここは最近、変質者が出るらしいから、あまり近付かない方がいいよ。私たちも、その調査に来たんだからね」

「変質者……? 全裸の男が出るのですか?」

 なぜか興味を示した杏に、紙屋が隣から口を挟む。

「夜中にいきなり声をかけるお化けが出るんですよ」

「こら、紙屋。警察がそういうオカルトなことを言っちゃいかん」

「あ、すみません」

 注意を受けて謝る紙屋を他所に、杏はますます好奇心を刺激されたらしい。

 2人に向き直って、根掘り葉掘り質問をし始める。

「ここには妖怪が住んでいるのですか? どんな種類ですか? 何を食べるのですか? 人間を襲ったりするのですか? 写真などがあれば見せてください」

「あのね……さっきのは紙屋さんの冗談だよ。ただの変質者だから、入江さんも気を付けるようにね。昼間でも出るかもしれないし」

「普通の人間ですか……」

 池守の言葉を受け、杏は急速に関心を失ったらしい。

 ミヨの手を引き、そそくさと空き地を後にした。

「おい、そっちは池の方向じゃないぞ」

 池守が追いかけようとしたところで、ふいに2人の姿が木々の間に消えた。

 見間違いかと目を擦ってみたが、確かに少女たちはいなくなっている。

 背が低いから見失ってしまったのだろうか。そう考えた池守は、彼女たちの後を追おうとした。それを紙屋が引き止める。

「あ、そっちにも道があるから大丈夫ですよ」

「道がある……? どう見ても雑木林……」

 そのとき、池守はようやくあることに気が付いた。

 よくよく見れば、薮と薮との間に、小さな獣道が伸びている。それは空き地から出て、林の反対側へ向かっているようだった。入江たちも、その道を通って行ったのだろう。池守はそう判断し、追跡を止めた。

 しかし、今度は別の疑問が池守の脳裏をよぎる。

「何でこんなところに道が出来てるんだ……?」

 獣道に見えるが、動物が行き来しているとは思えない。それに道の幅は、人間が十分通れるほど広いのだ。明らかに、人が何度も出入りしている証拠だった。

 首を傾げる池守に、後輩が笑顔で説明を始める。

「その道はどうやら、地元の不良が使ってるみたいなんですよ」

「不良……?」

 池守は今いる空き地をもう一度よく観察してみた。

 そして、紙屋の発言が真であることを理解する。地面のあちこちに、空き缶や煙草の吸い殻が散乱していた。中には、雨でボロボロになった雑誌類も見える。どうやら、ここは不良少年たちの隠れ家になっているようだった。

「なるほど、池を迂回すると目立つんで、反対側から来てるわけか……。あの道は、どこに通じてるんだ?」

「あれは、反対側の路地に繋がっています。雑木林を抜けたところで、住宅地に出るんですよ。実はちょっと道に迷っちゃって、もしやと思い中へ入ってみたんです。そしたらさっきの子が、池のそばにいたんですよ」

 池守は紙屋の行動力に、半ば感心、半ば不安の念を抱きながら、頭を掻いた。

 しばらく物思いに耽った後、おもむろに唇を動かす。

「ということは、変質者もこの道を使ったのかもしれんな……とりあえず、聞き込みに入ろう。被害者は悲鳴を上げたらしいし、どこかで窓が開く音も聞いたようだからね」

 2人は空き地を抜け、池のほとりに出た。池守が林へ入るときは気付かなかったのだが、池から空き地への小道もあり、2人はそこを利用した。池を迂回して路地に戻ると、早速目の前の民家を一瞥する。

「ひとつひとつ調べるしかないか……。まずは右端の家から行こう」

 池守がチャイムを押し、玄関の前で1分ほど待った。

 誰もいないのだろうか。昼間ということもあり、その可能性は普通に考えられた。

 2人が隣の家へ移ろうとしたところで、玄関が開く。

「あー、どなた様で?」

 中から出て来たのは、足腰の弱そうな老人だった。

 池守は申し訳なさそうに挨拶を返し、それから警察手帳を取り出す。

 老人は目が悪いのか、池守たちが刑事だと分かるまでしばらく時間を要した。

「刑事さんが、何の御用でしょうか?」

 おぼつかない口調で老人が尋ねた。

「昨晩10時半頃、女性が声をかけられる事件があり、それを調べているところです。何か不審な声や物音、人影などを目撃されませんでしたか?」

 メモを取ろうと身構える池守。

 だが、それは徒労に終わる。

「10時半……ワシも女房も9時には寝てしまいますので……何も……」

「そうですか……失礼致しました」

 老人は玄関の奥に消え、池守たちは右から2番目の家屋へと足を向けた。

 チャイムを押すと、荒々しい足音が聞こえてくる。

 あっと言う間にドアノブが回り、パンチパーマの中年女性が顔を覗かせた。

「ちょっと! 遅いじゃない!」

「はい?」

「午前中に指定したんだから、荷物くらいちゃんと届けてよね!」

 池守は、女性が自分たちを宅配員と勘違いしたことに気付いた。

 池守が警察手帳を取り出して事情を説明すると、女の態度が急変する。

「おほほ、ごめんあそばせ……刑事さんとは露知らず……」

「いえ、別に……。昨晩、この近くで変質者が出たという通報を受けました。10時半頃に不審な人物を見かけませんでしたか?」

 池守の質問に、女は酷く真面目そうな顔で記憶を手繰り始めた。

 こんな機会は滅多にないと、はりきっているのだろうか。実際、目撃者の中には、訊かれていないことまでべらべらと喋るタイプの人間もいる。非協力的な人間よりは楽だが、それがかえって捜査を混乱させてしまうこともあるのだ。

 情報の正確性を第一に。それが池守のモットーであった。

「そうねえ……その時間は奥でテレビ観てたし……」

「……何も聞こえなかったと?」

「こっちの路地の物音は、私の部屋じゃ聞こえないようになってるのよ。っていうか、わざわざそのために部屋替えしたんだから。夜中にガキが騒いで、迷惑ったらないのよ」

 女の証言に、池守は先ほどの空き地を思い出す。

「それは、雑木林に集まっている不良のことですか?」

 女は大きく首を縦に振り、池守に食って掛かる。

「そうよ、あの林に集まって、色々変なことしてるのよ。煙草も吸ってるみたいだし、火事になったらどうするのかしらね。変質者も怖いけど、ああいう未成年者の取り締まりも、警察はちゃんとやって欲しいもんだわ」

 いきなり警察への愚痴が始まり、池守は聞き込みもそこそこにその家を後にした。

 額の汗を拭い、3番目の家に取りかかる。

 チャイムを押すと、中から若い男の声が聞こえ、すぐにドアが開いた。

 夏休みの大学生らしく、どう見ても寝起きの格好だった。黒い服はよれよれで、目に隈ができている。

「こんにちは、警察の者ですが……」

「えッ!?」

 玄関に現れた青年は、ぎょっと肩をすくめた。

 池守はすぐさま事情を説明し、青年を落ち着かせる。

「あ、そうでしたか……すみません、こんな格好で……」

「それは構いません。ところで、昨晩何か変わったことがありませんでしたか? 先ほどもお伝えしたように、変質者が出たようなのですが……夜中の10時半頃……」

「ああ、その時間でしたら、女の人の悲鳴を聞きましたよ」

 手応えあり。池守はメモを取り、後ろの紙屋もそれを真似た。

「間違いなく10時半頃でしたか?」

「ええ、実は昨日の夜、友達とオンラインゲームをしていまして、その集合時間が10時半だったんです。少し遊んだところで悲鳴が聞こえたんで、窓を開け、路地を見回しました。暗くてよく見えなかったんですが、誰かが左の方へ走って行ったみたいです」

 これで裏が取れた。被害者が聞いた窓を開ける音とは、この青年のものだろう。

 そう推理した池守は、さらに質問を重ねる。

「そのとき、池の方に光るものを見ませんでしたか?」

「池? 光? ……いえ、何も」

「それはどういう意味です? 池の方を全く見なかったんですか? それとも、池は見たけれども光は見なかったんですか?」

 池守の質問に、青年ははたと口を噤んだ。

 どうやら、そこまで記憶が定かではないらしい。腕組みをして、ぶつぶつと何やら呟いている。池守はあまり期待せずに、青年の返事を待った。

「うーん……すみません、何も見てないと思います……」

「これは仮に、の話ですが。雑木林に光が見えた場合、窓から見てすぐに気付きますか?」

「時と場合に寄りますが……比較的簡単に気付くと思います。林は真っ暗ですし、街灯は池のそばにひとつしかありませんからね。ほら、あの看板のそばに立っている奴ですよ」

 青年は右手の方向を振り向き、数メートル先の街灯を指差した。

「そうですか……どうもご協力あり……」

「池守先輩!」

 後ろに控えていた紙屋が大声を上げた。

 あまりの音量に、池守だけでなく青年も驚いてしまったようだ。目を白黒させている。

「何だ?」

「私も質問してよろしいですか?」

「……そういうのは別に俺の許可とか要らないから」

 池守の言葉を受け、紙屋はコホンと咳払いをした。

 女の真剣な表情に、青年も思わず身構えてしまう。

「ひとつお伺いしますが……昨晩、林の中で不良グループが騒いでいましたか?」

 なかなかいい質問だ。池守は、妙に感心してしまう。

 一方、青年は全く考慮時間を置かず、即座に答えを返した。

「いえ、全く。というか、最近はあそこに誰も来ていませんよ」

 青年の意外な答えに、池守と紙屋は顔を見合わせた。

 2人の疑問に気付いたのか、青年は自分から説明を続ける。

「あそこは夜中、ヤブ蚊が大量に出るんですよ。水のそばに林でしょう。それはもう凄くって、窓を開けられないくらいなんです。昨晩も外の様子を伺ったとき、2、3匹迷い込んで来ましてね。大変でした」

「つまり、夏場は全く姿を見せないと?」

「そうです。うるさいのは春と秋くらいですかね。まあ、それでも迷惑には違いないんですが、立地が悪いですし、僕は半分諦めてますよ」

 青年の解説に、紙屋は少し残念そうな顔をした。

 池守は表情を変えず、青年に礼を言うと、再び池のそばへと歩を進める。有刺鉄線の向こう側を見つめながら、池守は後輩に話し掛けた。

「君の推理はイイ線行ってると思ったが……これで振り出しだな……」

「不良グループのイタズラだというのが、一番ありえそうじゃないですか?」

「ヤブ蚊に刺されてまで、人が来るのをじっと待つのかい? もちろん、光の玉は懐中電灯で作れるし、それを薮の中で振り回せば、点いたり消えたりするように見えるだろう。だけど、そこまで体を張ってネタを作るようには思えないんだよな……」

 2人はそこで口を噤んだ。

 紙屋は納得していないような顔をしている。

 池守は一息吐くと、次の行動を促した。

「じゃ、被害者の話を詳しく聞くとするか。何か分かるかもしれないしな」

 そう言って池守が大通りへ向かおうとしたところで、ひとりの女性が通りかかった。

 少々つり目のその女性に、紙屋が声を掛ける。

「あ、すみません。警察の者なのですが……」

 池守が止める間もなく、紙屋は事件のあらましを説明し、目撃情報を尋ねた。

「……というわけなんですが、何かご存知ありませんか?」

「変質者? この置いてけ池でですか?」

「はい、しかも被害者は、アイスクリームを盗まれたんです」

 うっかり口を滑らせた紙屋。だが、本人はそのことに気付いていないらしい。

 これも後輩の教育だと、池守は黙って見守ることにした。

「窃盗事件なのですか? ひったくりなど?」

「いえ、箱の中からアイスが1個抜き取られていたんです……。それをこちらで調査中ですので、ぜひ目撃情報などを……」

 紙屋の質問に、女は顎に手を当ててしばらく押し黙った。紙屋は、何かを期待する目で女の顔を見つめている。しかし、池守から見ると、女は目撃情報についてではなく、もっと別の何かについて考えを巡らせているように思われた。

 案の定、女は軽く首を振って答えを返す。

「そのような人は見かけていません」

「そうですか……」

 肩を落とす紙屋の横を、女はそそくさと通り抜けた。

 池守は意気消沈する後輩を慰めた後、女とは反対方向に、大通りへと足を運んだ。

 今回は、三衣千月様の千里さんにご登場いただきました(最後に出て来る女性です)。

 次回は妖怪サイドで話が進みますので、お楽しみいただければ幸いです^^

 なお、本作はコージーミステリ特有の、事件の全体像を再構成する話になります。

 難しいトリックは出て来ませんので、ぜひチャレンジしてみてください。

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