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うろな町の不思議な人々  作者: 稲葉孝太郎
第1章 コンビニデザート盗難事件
11/71

第10話 必要不可欠な男(解決編)

 午後4時。コンビニの中で、2人の男が働いていた。客足が一時的に引くこの時間帯は、店員にとって新たな仕事の始まりである。雑誌棚で本を読む男以外、客の気配はなかった。

 奥のレジで煙草の補充をしていた中年の男性が、スタッフの若い青年に声をかける。

「おーい、霧島、そろそろ品出しの準備してくれ」

「はい、店長」

 霧島は威勢良く返事をし、鍵束を持って倉庫へと向かう。

 まるでそれを見計らったかのように、自働ドアが開くと、運送屋の男が姿を現した。

「ちわーす、うろな通運でーす」

「少々お待ちくださーい!」

 倉庫から出て来た霧島は、質素だが丈夫な作業服を着た男に駆け寄り、仕入れの手続を始めた。長いことコンビニ勤めをしている彼にとって、もはや手慣れた作業である。

 必要な書類にサインをし、荷物を奥へ運んでもらったところで、霧島は運送会社の男にペンを渡す。

「では、ここにサインを」

 男は署名欄に後藤と走り書きし、筆記用具を返した。

「ご利用、ありがとうございましたー」

 男が踵を返そうとしたとき、霧島がその背中に声をかける。

「すみません」

 後藤は出口に敷かれたマットの前で足を止め、ゆっくりと霧島を振り返る。

「何でしょうか?」

「いえ、ちょっとあなたと話したいという人がいましてね……。池守さん!」

 雑誌棚で本を読んでいた男が、おもむろに振り返る。

 そして、運送屋のそばへ重々しく歩を進めた。

「あなたが後藤さんですね?」

「ええ、そうですが……何か……?」

 池守はポケットから手帳を取り出し、それを後藤の前に掲げた。

「警察の者だ。ちょっと訊きたいことがあるんで、署まで来てもらおうか」

「!?」

 後藤が躊躇したのは一瞬だった。

 外の客に反応して開いた自働ドアをすり抜け、店舗を脱出する。

「しまった! 止まれ!」

 池守の制止を無視して、後藤は全力疾走する。

 灼熱のアスファルトに覆われた駐車場の前で、男は足を止めた。

「……!?」

 奇妙な光景だった。何台もの車が停まっていたそこは、もぬけの空になっている。隣の駐車場と間違えたかと、後藤は後ろを振り返った。

「何だ……これは……?」

 男は、その場で絶句した。何百もの通行人がいるはずの大通りに、人影はない。廃墟のような町並みが、どこまでも続いている。

 後藤は左右を見回し、言い知れぬ不安に襲われ始めた。

 コンビニに駆け込もうとしたが、ガラス越しに店員の姿は見えなかった。

「おい! どうなってるんだ!」

 男は絶叫し、大通りを疾走し始めた。

 どこまでも続くアスファルトの上を、男は走り続けた。

 

 ◇

  ◇

   ◇

   

「乾杯!」

 池守がビールのジョッキを捧げ、音頭をとる。

 それに合わせて各人は手にした飲み物を宙に上げ、乾杯をかわした。

「くぅ! うめぇ!」

 池守が口元の泡を拭い、プハッと息を吐く。

 その隣に座った遠坂は、カシスオレンジのサワーを飲みながら、一座を見回した。

 彼女から向かって左端に入江、さらに吉美津、霧島と続き、そして目の前にいるのは、夢にまで見た愛しの少年、葦原瑞穂その人である。

 葦原はりんごジュースに口をつけながら、上目遣いに池守を眼差した。

「今回は本当にありがとうございます……何とお礼を言えばいいのか……」

 小声で感謝する葦原に、池守が大声で笑いかける。

「なあに、いいってことよ。それに、今回の事件を解決したのは俺じゃなくて……」

 池守はジョッキを片手に、遠坂の肩を叩いた。

 それを合図に、全員の瞳が遠坂へと向けられる。教室で生徒たちの視線に晒され慣れている遠坂も、さすがにこの状況には戸惑いを覚えた。

 葦原が彼女の顔を見つめ、それから礼を述べる。

「遠坂さん、本当にありがとうございました。ところで、あの……」

 葦原は、コップをテーブルの上に置いてもごもごと口を動かした後、先を続けた。

「遠坂さんって、いつもコンビニにいらしてた人……ですよね……?」

 少年の指摘に、遠坂は頬を赤らめた。アルコールのせいではない。自分のことを僅かでも覚えていてくれたことに、彼女は限りない幸福を覚えたのだ。

「ええ……コンビニでよく会ったわね……」

「やっぱりそうでしたか……」

 そこで、2人は沈黙した。

 お見合いのようなぎこちない雰囲気に、霧島がテコ入れをする。

「ところで、まだ事件の全貌を教えていただいてないんですが、いったい犯人はどうやってゼリーを盗んだんですか? それに、動機は何なんです?」

 霧島の質問に、一同は遠坂と池守を交互に見比べた。

 どちらが真相の話し手を引き受けるのか、探っているようだ。

 最初に口を開いたのは、池守だった。

「ま、結局一部始終を解決したのは遠坂だし、彼女に説明してもらおうか」

 池守に話のバトンを渡され、遠坂はそれを気兼ねなく受け取る。

「そうね、今回の事件はいろいろと紆余曲折があったけど……要するに、私たちは最初から間違った方向で推理を進めていたのよ」

「万引き犯じゃないってやつか? でも、それは正しかっただろう?」

 いきなり話に割り込んだ池守を押し返し、遠坂は先を続ける。

「そこじゃないわ。私たちが間違っていたのはね、ゼリーが盗まれたってことなのよ」

 遠坂の一言に、霧島と葦原が驚きの表情を浮かべる。

 他の3人は、既に真相を知っているからか、黙って耳を傾けていた。もっとも、吉美津と入江は、真相を知らなくても、無表情なままだったかもしれない。

「盗まれてない……? それはどういう……」

 目を見張る霧島に、遠坂は人差し指を立て、解説を始める。

「ゼリーはね、最初からなかったのよ」

「ええ!?」

 霧島はのけぞり、危うく後ろの柱に頭を打ち付けそうになった。一方の葦原は、逆に猫背の格好で遠坂の前へ乗り出してくる。接近した距離にどぎまぎしながら、遠坂は推理を展開していった。

「今回の事件は、店の商品管理システムを悪用したケースなの。霧島くん、品出しの情報は全て、段ボールに付されたバーコードで管理されてるのよね?」

「はい」

 簡潔な霧島の返答に満足し、遠坂は言葉を継ぐ。

「そこが盲点だったのよ。コンピューターは、実際に品出しされた商品や在庫の数を管理しているわけじゃないわ。あくまでも、バーコードで入力された情報を管理してるの。だとすれば……」

「そうか!」

 飛び上がるように叫んだ霧島は、その先を自らの口で繋いだ。

「バーコードに細工がしてあったんだ!」

 遠坂が頷き返す。

 しかし、霧島はそこではたと動きを止めた。

「でも、どうやって……? バーコードの偽造なんて、簡単には……」

「そこで、犯人が絞られてくるわけ。霧島くん、あなたの話によれば、いちごゼリーの箱には、24個入りと48個入りがあるのよね?」

 遠坂の確認に、霧島は首を縦に振った。

 そして、にわかに顔色を変える。

「そうか……配送前にバーコードを貼り替えて……!」

「ご明察。犯人は24個入りの箱のバーコードを、48個入りのそれとすり替えたの。何も知らない白川くんは、それを機械で読み取り、コンピューターに48個の品出しを認識させた。その後、10時になって店長とあなたが在庫を確認すると、24個の不足が当然に出るわけ。だって、最初からないんですものね」

 遠坂の推理に霧島が感心する中、それまで黙っていた葦原が口を開いた。

「すみません……ちょっといいですか……?」

 遠坂は少年の声にどきりとしつつ、その瞳を控えめに見つめ返す。

「何かしら?」

「1つ質問があるんですが、24個入りの箱と48個入りの箱とをすり替えた場合、48個入りの方にも誤差が出ますよね? 犯人は、その箱をどうやって処分したんでしょうか?」

 いい質問だと、いつもの教師顔に戻った遠坂は、その答えを告げる。

「48個入りの箱はね、そのまま正しい配送先に届けられたのよ」

「え……? でもそれじゃあ、配送ミスに……」

「ならないのよね、それが。人間って強欲だから、注文より少なくもらったときは指摘するけど、多くもらったときは指摘しないものなのよ。例えば、釣り銭だって、少なかったら抗議するけど、多かったらそのまま財布に収めちゃうでしょ。同じように、24個入りのバーコードを貼られた48個入りの箱は、配送先でそのまま消費されちゃったってわけ」

 遠坂の説明に納得した葦原は、じっと手元のグラスを見つめた。

 それは、人間の業の深さを哀れんでいるようにも、あるいは遠坂の世俗的な解説に恐れを抱いているようにも思われる、悲し気な沈黙だった。

 少々重くなった空気を察して、池守が口を挟む。

「ま、それでな、48個入りの方も近場に配送されたはずだと、聞き込みして回ったのさ。するとどうだ、近所のスーパーでどんぴしゃりだ。そこにあった配送記録と照らし合わせてみて、とうとうホシに目星がついたって、こういう寸法なんだ」

 酔いが回ってきたのか、池守は饒舌にそう述べた後、そばを通りかかった店員に、ビールのおかわりを注文した。

 遠坂はそれを微笑まし気に眺めながら、話を戻す。

「今回のトリックで重要なのは、霧島くん、あなたのお店が、防犯システムをそのまま在庫品管理に転用したことなの。それが悪いとかじゃないんだけど、品出しと在庫を数量のみで管理するシステムは、仕入れ時の誤差に対応できなかったのよね。あるいは、もし品出しを段ボール単位じゃなくて商品単位で管理していたら、このトリックは成立しなかった。そういう隙を突いた犯行だったのよ」

 遠坂は、そこで説明を終えた。

 ところが霧島は、まだ納得のいかないような顔をしている。

「でも……動機は何なんですか……? あの後藤という男、葦原に恨みがあったとは……」

「それが、もうひとつの誤った出発点なの」

 探偵の発言に、霧島と葦原は目を白黒させた。

 遠坂は喉を潤すようにサワーを一口飲み、それから先を続ける。

「ねえ、ちょっと考えて欲しいんだけど……霧島くんたちアルバイトの行動を、犯人は操ることができたのかしら……? もちろん、ノーよね。犯人にできることは、バーコードを貼り替えた箱を納品して、後は成り行きに任せるだけ。いったいその後で何が起こるのか、それは彼にも予測不可能だったはずよ」

「じゃあ、現に葦原が首になったのはなぜなんです? 単なる愉快犯だったんですか?」

 霧島の疑問に、遠坂は意外な答えを返す。

「それは、犯人が犯行に失敗したからよ」

「失敗……した……?」

 テーブルの上に肘を乗せ、凍り付く霧島。

 隣の座敷からドッと沸き起こった笑いが、ちぐはぐな雰囲気を醸し出す。

 遠坂はさらにサワーを傾け、事件の全貌を明らかにしていく。

「犯人の目的はね、葦原くんじゃなかったの……。霧島くん、あなただったのよ。24個の紛失が店にどう扱われるか、それは犯人にも分からなかった。万引きになるのか、それとも従業員が疑われるのか……。でも、犯人はこう考えたの。どのような結末を迎えても、その場の仕切りを任されていた人間は、責任を問われるはずだって……。霧島くん、あなたは火曜日に、シフトを6時から10時までずっと入れてるわね。しかも、担当は商品の管理。このことを突き止めた犯人は、今回のトリックを思いつき、実行に移したの。ところが……」

 遠坂は、そこで一息入れた。

 少し疲れの色が見えている。それを察した池守が、代走を引き受ける。

「ところが、偶然に偶然が重なり、ゼリーを盗む機会は8時半頃しかなかったという、異例の事態が生じてしまった。これは、犯人が全く予期していなかったことだ。要するに、犯人は万引きか何かで決着がつくことを望んでいたのに、半密室状態になってしまったのさ。怪しい人物は葦原くん一人で、首にされてしまった。霧島くんはお咎めなし。自分の計画が台無しになったことを知った犯人は、もう一度同じトリックを使うことにした。2回連続で同じ事件が起これば、さすがに霧島くんが怪しまれると思ったんだろう」

 池守が話し終えたところで、店員が新しいビールを持って来た。

 空のビールを下げ、忙しそうにその場を去って行く。

 その姿が見えなくなったところで、霧島が声を落として尋ねた。

「犯人の狙いが僕だったことは分かりました……だけど、動機が……」

「霧島くん、あの後藤って男に、見覚えはないかしら?」

「後藤に……? いえ……何も……」

「よーく思い出してちょうだい」

 霧島は視線を落とし、しばらく記憶の濁流に身を任せた。

 そして、ふいに眉を上げ、唇を動かす。

「あの万引き犯!」

「やっぱり、覚えがあるのね……」

 霧島と遠坂のやり取りに、葦原が口を挟む。

「ど、どういうことですか、先輩?」

「あいつだよ……先月警察に突き出した……」

「先月? ……あッ!」

 2人は、お互いに顔を見合わせる。

 全ては解決した。そんな空気が、座敷の中を漂い始めていた。

「これにて一件落着だな。最後はちょいとヘマしそうになったが、なぜか後藤はコンビニの駐車場で気絶してたし、無事捕まえられてよかったよ」

 そう言ってビールをぐい飲みする池守を尻目に、遠坂は吉美津に視線を走らせた。

 少年はグラスに注がれた水を眺めながら、思わし気な笑みを浮かべている。

 遠坂はグラスを両手で握り、霧島と歓談する葦原を見た。本当に嬉しそうな笑顔。それだけで、彼女の心は全てが満たされていくかのようだ。

「?」

 遠坂は、何か脇腹を小突くものがあることに気が付いた。

 見れば、池守の肘である。何事かと訝しがる遠坂の前に、箸の袋が差し出される。

 文字が書かれている。遠坂はそれを読み取った。

 

 【アシハラの電話番号訊いとけよ】

 

 顔を真っ赤にする遠坂。

 彼女の片想いは、まだまだ始まったばかりである。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました^^


いかがでしたでしょうか?(*´ω`*)

ミステリファンには恒例の「登場していない人物が犯人」に、

バーコードのすり替えという現代的トリックを織り交ぜてみました。

ただ、アンフェアにならないように、

登場していないけど必然的にその場に居合わせてるよね、という、

チェスタントンの某有名作を下敷きにしています(芹沢氏のヒント)。

最後の最後で吉美津がワンマン電車の話をし始めるという、

関係のないミスディレクションに引っかからなければ、

すんなりと真犯人候補が割り出せたかと思います。


ちなみに、後藤は名前こそ出てこないものの、葦原が言及してたりします。

お気づきになられましたでしょうか?(*´ω`*)


うろな町に参加させていただいたものの、出遅れてしまった感があり、

本作で少しは貢献できたかな、と安堵しております(文字数的にも)。


しかし、本当に貢献できてるのか、心配ですね(;´Д`)


手前味噌で申し訳ございませんが、こうして仕上がってみると、

拙作の中でも結構気に入った作品となりました。

シンプルな解決にトリックと動機を入れ子状に出来たのが、

筆者としては満足しているところであります。


次回作は、そろそろビックリ系のトリックをお休みにして、

こてこての小道具トリックか、ガチガチのアリバイ崩しに挑戦したいと、

そんなことを考えております。

では、第2章でお会い致しましょう(`・ω・´)

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