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私立盆倉高校シリーズ

パラレルⅠ April Shower ~四月の嵐~

作者: 伏津あたる

ミニコミ『奇刊クリルタイ増刊 dorj』に投降した作品。テーマが中二病なだけに中二病が裏テーマです。

■1

四月の雨は生温かい。

朝から降りだしたした雨は止むことなく降り続く。

私立盆倉ぼんくら高校2-Aの教室。2年生になって1月が経とうとしているが、特に何が起こるでもなく気だるい日常が続いている。

担任の山本なんとかの話が遠くから聞こえてくる。


「今日は、新しい仲間を紹介するぞ。斎藤さん、入って。」


クラス内で話題騒然だった、女子転校生か。

ドアが開き、瞬間、息を呑む。

長い黒髪に凛とした佇まい。姿は鍛え抜かれたサラブレッドを思わせる。そして、その全身の筋肉は制服ごしからでも容易にわかる。

クラス内でもため息が漏れる。


「じゃあ、斎藤さんは佐藤の後ろに座って。」


佐藤。一瞬誰のことだかわからなかったが、そういえば俺の後ろの席が空いていたんだった。


■2

今日は少しツイている。なんてったってあの斎藤さんが俺の後ろの席なんだから。

といっても一言も話してないんだけど。

まぁ、そんなもんだ。

だけど、俺はそんなヘタレな自分が少し好きだ。小説や映画の登場人物みたいな人生はまっぴらごめんだ。何事も平凡が一番。これは俺の座右の銘でもある。

だが、人生とは上手くいかないもんだ。そう、物事は自分の望まない方向に進み始める。


生徒会室の扉を開ける。橘彰が満面の笑みを浮かべて待ち構えていた。

「よう。兄弟!待ちわびたよ!」

「・・・」

「なんだよ、つれないなぁ。今日も救いを求める手紙が、ほら、こんなに。」

「目安箱」と書かれた箱を開けると中には山のような投書が。

橘彰は生徒会の目安箱担当。目安箱、つまり、学内の色んな相談が持ち込まれるよろず相談箱のだ。大抵は生徒の恋愛相談やくだらないクラスのいさかいが書いてある。いままで有名無実(だった?)目安箱制度を、制度として活用しているのが橘彰。俺にとっては疫病神以外の何物でもない。

「兄弟のために選んでおいたよ。ほら。」

橘から差し出された紙には八ヶ岳ひのでの文字が。確か、総合格闘技部の部長だったはずだ。


「生徒会様 総合格闘技部は大会出場を目指して日夜練習にはげんでいますが、最近『夜中、練習場に怪物がでる』という噂が立って困っています。このままでは新入生も怖がって入部してくれません。どうか、正体を突き止めてください。事によっては我々が叩きのめします。」


何とも威勢のいい投書である。


「これなんかお前向きだろ。」

橘が無責任そうに言う。

「たまにはお前が解決したらどうだ?」

「兄弟、何を言ってるんだ。こういう仕事はお前がやるんだよ。お前、仕事する人。俺、机で考える人。なんなら、新聞部にかけあってお前の事、取り上げてもらおうか?みんな驚くだろうなぁ?」

「・・・わかったよ。」

「俺だって、もっと「ランキング」上げたいんだよ、協力してくれよ。な?」


■3

私立盆倉高校。この学校には妙なシステムがある。俺達が「ランキング」と呼ぶそれは、学内の全てを数値化し、ランキングしたものだ。この学校には生徒、教師、用務員・事務員等あわせて約650人がいる。学内の全ての行動はランキング化されているのだ。

例えば、俺が数学の定期テストで90点を取ったとする。その時の偏差値で70で、学年順位が200人中15位だったとする。ここまではいい。この学校ではそれと同時に全校順位も算出されるのだ。さらに、この定期テスト、校長から用務員のおじさんまで、全員が職員用のテストを受けている。その上で偏差値で全員の順位が確定する。

話はここで終わらない。「ランキング」は勉強だけにとどまらない。部活も、普段の生活態度も、学内の色恋沙汰や不良同士の喧嘩さえこのランキングの対象となるのだ。

さっき橘が言ったように、「生徒が困っている事を解決する」というのも当然「ランキング」に反映される。私立盆倉高校の学内(と対外試合・修学旅行などの課外活動)で起こる全ての事は監視され、数値化され、ランキング化されている。「ランキング」上位者には当然特典があり、下位の人間にはペナルティがある。例えば、学食を食べる順番。これはランキング上位からだ。購買のパンだってそうだ。そもそも、ランキング上位10%の人間には学費・給食費がかからない。そしてその費用は下位10%の人間が支払っている。だから橘のような人間はランキングを上げようと必死なのだ。

これをプライバシーの侵害という人は多い。だが、この「ランキング」によって学内の治安は劇的に改善された。そして、勉強も、部活動も全国トップクラスの実力を誇っている。

俺?俺はそんなもんはどうでもいい。何事も平凡が一番だ。

■4

翌日。授業が終わったところで総合格闘技部の練習場をのぞく。八ヶ岳ひので部長に話を聞くためだ。ここで、俺が生徒会の命令で来たと言ってはいけない。あくまでもさりげなく噂を聞きに来たのだ。

「八ヶ岳さん、いる?」

「あ・・・佐藤君。」

「さ・・・斎藤さん?どうしたの?」

「私は、部活よ。転校する前の学校でも格闘技やってたの。佐藤君こそどうしたの?」

「俺は学校の噂とか怪談とかを集めててさ。それで八ヶ岳さんに。」

「佐藤君、電子書籍部だもんね。」

八ヶ岳ひのでがやってくると、斎藤さんは「じゃあ」と言って練習に戻っていった。

「えーと、2-Aの・・・」

「佐藤一郎。一応同じ学年。」

「そうか、ゴメン。で、何の用だった?」

「なんか、この部室に怪物が出るとか聞いて。」

「それ、誰かに聞いたの?確かにそうなんだけど。いつの間にかそんな噂が立ってね。」

「なんか心あたりある?」

「さぁ?うちら大体20時には練習終えちゃうから。今までそんな事、ないよね?」

「先輩・・・実は。先週、家に帰ってから忘れ物をしたのに気づいて取りに行ったら・・・」

「藤井ちゃん、みたの?」

藤井ちゃんと呼ばれた、恐らく1年生は恐る恐るうなづく。

「なんか、気配がして。怖くなって走って逃げ出たんですけど。」

「藤井さん、それって何時くらい?」

「大体・・・22時ぐらいでしょうか。」

それだけ聞ければ十分だ。


■5

あの後、総合格闘技部はちょっとした騒ぎになった。「自分が倒す」と勢いづく部長をなんとか皆で押しとどめ、部員たちは帰って行った。明日、顧問の先生に相談するそうだ。4月とはいえ、まだまだ外は肌寒い。そんな中、俺は茂みの中に身を隠している。

時計の針23時を指そうとしたその時、後ろからものすごいスピードで動くものが現れた瞬間、明らかに人のそれではない気配を感じた。

俺が飛び出した瞬間、怪物は横からの衝撃を受けて倒れ込んだ。暗闇だが見間違うはずがない。


目の前には、斎藤ちひろ。


斎藤の一撃は怪物にも的確にヒットしている。どうやら、俺と同じように斎藤もまた物陰に隠れてこの怪物がやってくるのを待ち構えていたらしい。

「佐藤君!」

「斎藤!大丈夫か!」

思わず声を荒げる。

怪物は狛犬を2まわりほど大きくしたもので、低いうなり声を上げている。俺達に今にも飛びかかろうとしている。俺は、ポケットの中のライターの火を付け、練習場わきにおいてある木箱に向かって投げた。木箱からは勢いよく炎が燃えている。

「斎藤、こっちに来るぞ!」

俺に言われるまでもなく、こっちに突進してきた怪物の足めがけてに斎藤は蹴りを入れる。クリーンヒット。これで怪物のスピードは殺したはずだ。怪物は校舎の外めがけて駆け出していく。狙い通り。俺達は怪物を追う。


■6

盆倉学園近くの裏路地に「それ」はいた。

やはり、足を怪我しているらしく動きは鈍い。俺達は、怪物との間合いを徐々につめる。

「斎藤・・・さん。」

「何?」

「俺が合図したら、すぐ突っ込んで、また蹴り入れられる?」

「もちろん。・・・でも、そんなことしたら、あいつにかみ殺されちゃう。」

「大丈夫、スキは俺が作る。その代わり、一撃で仕留めてくれ。」

「それ、誰に向かって言ってるの?」

まさか、あの斎藤ちひろと共同作戦とは。俺は、全神経を「それ」に集中する。

今まさに、「それ」がとびかかろうとした時。

「いまだ!」

俺の台詞と同時に斎藤が全力疾走し始めたその瞬間。

「それ」の周りが突如巨大な炎に包まれた。

一閃。

斎藤ちひろの必殺のハイキックをくらって「それ」は動かなくなった。

「・・・ねぇ?あの炎ってもしかして佐藤君が?」

「ん?さぁ?」

「さぁって・・・。あなたしかいないじゃない。さっきのライターだってあんなにいきなり火がつくなんて不自然だし。」

「意外と冷静だね。で、俺からのお願い。このことは誰にも言わないでほしいんだ。君の必殺のハイキックで倒した。そういう事にしといてほしいんだよね。」

そう言って、俺は怪物を回収する。


■7

358位。先週より2ランクのダウンだ。

恐らく、昨日の件が原因だろう。不可抗力とはいえ、ボヤ騒ぎを起こしてしまった。それ自体は、橘に処理してもらったが。

「ねぇ、ケータイのアドレス教えてよ。」

斎藤ちひろが話しかけてくる。恐らく昨日の件だ。でも、彼女になら教えてもいい。しばらくして、斎藤からメールが来る。


「昨日の件は黙っていてあげる。でも、「アレ」が何なのかは凄く気になる。どうなったのか教えてくれない?」


■8

発火能力者ファイヤスターター」自分の能力を俺はそう呼んでいる。目の前にある任意の場所を発火させる事が出来る能力だ。昔読んだ「スプリガン」というマンガにそのまま「ファイヤスターター」の能力者がいた。もっとも、彼は目的のためには手段を選ばない最低の人間だったが。マンガでは「発火能力」はほとんど無敵の能力だったが、現実はそうもいかない。まず、俺の能力はあくまでも対象の温度を上げ、発火させるにすぎない。つまり、「発火」ではなく「燃やす」能力にすぎないのだ。それにこの能力は相当集中力が必要だ。だから連発はもちろん、一日で5発が限度。どっかの霊界探偵みたいだが。

俺がこの能力に気がついたのは中学二年のころ。中学二年の頃の俺は、「俺」が「なにものでもない」ことに絶望しきっており、「ある日突然俺が隠された特殊能力に目覚める」その日が来るのをひたすら待ち続けていた。「スプリガン」や「ベルセルク」はその頃からの俺のバイブルだ。ただもし、タイムマシンがあって当時の俺に会ったら、俺は俺を焼き殺したいのだが。実際、「ある日突然」「秘められた真の力」は目覚めた。初めて発火能力を使った時は、林間学校のキャンプファイヤーを点火したのだが、調子に乗に乗って色んなところで能力を使いまくった。ある日、いじめられている同級生を救おうと能力を使ったところ、相手の顔面の半分は酷い火傷を負った。俺自身、能力をコントロールしきれなかったのだ。対外的には事故として処理されたその日の事件以来、俺はクラス中で腫れものを触るような扱いを受けてきた。「普通でなくなる事」が如何に恐ろしいか、俺は思い知った。だから俺はランキングにも興味はないし、この能力を使って目立ちたいだなんて、これっぽっちも思っていない。


■9


斎藤ちひろと一緒に理科準備室に向かう。俺が運び込んだ「あれ」は化学天文部によって解剖されたらしい。


「正真正銘、単なる雑種犬よ。」

2-Aイチの変人にして化学部部長、棟木ゆんが言う。なんてったってテクノカットに背中には二本の傘だ。中二時代の俺だって恐ろしくてそんな格好はしていない。だが、「彼女だけは俺が橘の依頼で動いている事を知っている。

「まさか。」

「本当。ただ、これはドーピングによって体は通常の数倍になってるけど。あと、色々処方されてたみたいで凶暴性も格段にあがっていたみたい。」

「そういえば、初めて部活に行った日、部長が『トルネコがいなくなった』って言ってたわ。ウチで飼ってた雑種犬。」

「まさか・・・。総合格闘技部の部室をマーキングするつもりで・・・。」

「これは部長には言えないわね」

「・・・何か手掛かりはあるのか?」

「うーん。よくわからないわ。でも・・・まさか・・・。」

「?」

「ウチのOBに山木さんっているんだけど。彼の卒業研究、まぁウチの部活の伝統でそういうことやるんだけど、山木さんの卒研がたしか、『薬物投与による人格改造』でそのままずばり、筋肉増強剤と興奮剤でマウスを改造するっていう研究だったのよ。」

「そんな危ない研究してるのか、お前らの部活は。」

「うるさいわね。人類の進歩のためには必要な研究よ。それに山木さんだって、帝都大間違いなしって言われてたんだから。確かすべっちゃったらしいけど。大体ね、あんたたちは・・・」

棟木がこうなり始めたら最後、3時間は我々下民がいかに人類の進歩に理解がないかついて説教される。

「わかった!俺が悪かった。で、山木さんはどこにいるんだ?」

棟木はしぶしぶ山木の住所を教えてくれた。


■10

山木の家は静まり返っていた。

「こんな面白そうな事、次はいつみれるかわからない」

といって結局、斎藤も無理矢理ついてきた。暗がりの中を恐る恐る進むが、さっきから、妙な臭いがする。

腐臭。

リビングに行き、この臭いの元が何なのかようやくわかった。恐らく、かつて山木の家族だったもの。ところどころに肉片が落ちている。斎藤も俺も思わず口を押さえる。こういうのには慣れていない。だから、目立つ事なんてしなけりゃいいんだ。

気を取り直して山木の部屋に向かう。

山木は動かなくなっていた。リビングの死体は死後数週間は経っていそうだが、こちらの死体は恐らく数日と経っていないだろう。あたりには無数の薬品が散らばっている。


■11

「・・・で、そのまま帰ってきたってわけだな?」

橘がフルーツパフェをかきこみながら話す。

「ここから先は警察にやってもらえばいいだろう。」

「これが解決すれば、もっとランキングが上がるはずなんだがな、まぁいいだろう。八ヶ岳さんには俺から伝えておくよ。あの山木って人、帝都大間違いなしっていわれてたぐらい天才だったんだけど、入試失敗したんだってな。OBの人に聞いたんだが、山木は定期テストでは常に学年トップだったんだがランキングではついに1位にはなれなかったらしい。それで『俺を評価しないこの学校はおかしい』って言ってたらしい。入試に失敗して彼のプライドは粉々に打ち砕かれた。」

「・・・。山木の家には恐らく飼育用だったらしい檻が無数にあった。だが、山木の家にはネズミ1匹いなかったんだ。」

「・・・。何が言いたい?」

「つまり、誰かが持ち出したんじゃないか。「アレ」を。」

「さぁな。それこそ警察に任せておけばいい。そういや、斎藤っていう転校生に兄弟の正体、バレちゃったらしいじゃん。どうするんだ?」

「さぁな。警察にでも相談してみるよ。」

俺は冷めきったコーヒーを飲みほし、席を立つ。

いつの間にか外には雨が降っていた。

4月の雨は生温かい。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。この作品がいくらかでも読者のかたの記憶に残れば幸いです。また何か感想とうあれば是非書き込んでいいただけるととてもうれしいです。

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