反省はしていますが、後悔はしていません 5
はじめは何かと思った元気だったが、彼女の様子がどうもおかしい。眼鏡の奥を開き眇めつしつつ見つめていれば、その女子高生がふっと消えた。
「……ちょ、ちょっとおおおおおおっ? ゆゆゆゆゆゆ、ゆうれ、幽霊っ!」
動揺しつつもう一度先を見る元気。しかしその視界に映るのは、遠くで光る街灯と、ほのかに見える白線だけ。
いない。
いや、いたらいたでどうしていいのか分からないが、それでもいきなりいなくなるのはおかしい。彼がいるのは公園へと続く一本道で、真っ直ぐ元気の方へ歩いてくる以外に進む道はないのだ。
そこで、元気ははっと思いついた。
「もしかして……俺に、気付いた、から?」
目の悪い自分が捕らえられる距離で彼女がいなくなったのならば、相手もこちらが見えていたに違いない。そのうえで、フリフリのメイド服を着た自分を認識し、隠れたとしたら。
「……誤解を、解かねば」
元気の眼に光が灯る。
自分はどこからどうみても綺麗で可愛いメイドさんなのだ。今は眼鏡もオプションされて三倍可愛いはずなのだ。それなのに、逃げるとは何事だ。
このとき、元気の頭の中には常識という文字がスットーンと抜け落ちていた。深夜の道ならば防犯のため、すれ違う人間をこっそりとやり過ごそうと思う女性だっているかもしれない。たとえ相手が女性だろうと男性だろうと、怖いものは怖いのだから。
しかし、元気は違った。彼は昔から武道を習っていたせいか「逃げて隠れるのが防犯になる」という感覚に鈍かった。女性との関わりも少ないため、女の子がどういう存在かということにも鈍くなっていたのかもしれない。
だから、彼は走った。
女の子に向けて、猪突猛進に。
「俺のどこがいけないんですかあああああああああああああああああっ!」
可愛いだろう、俺は、可愛いだろうっ!
よく分からない自尊心を両手に、まるでウサイン・ボルトの如く一本道を駆け抜ける元気。フリフリパニエが台風で逆開きした傘のようになるのも気に留めず、彼は女性らしさとは真逆の走り方で疾走する。
「うおおおおおおおおおおっ!」
必死な形相でひた走る姿は、まるで山姥が小僧を追いかける昔ばなしのようだった。そんな形相でも鏡がなければ本人には見えないので、彼はそのままの顔で女子高生が消えたあの場所まで走りぬいた。
そして、彼は見た。
きょろきょろと首を巡らす道の端、公園への入り口。車が入らないように立っている黄色のポールの奥、桜の木の下で少女が誰かと一緒に立っている。
やだっ! 他にも人がいたのおおおおおっ? なんて思いつつ、元気はそそくさと逆さまになったスカートの裾を直しつつ、髪のほつれをほぐし、埃がついただろうエプロンをポンポンと叩いていた。
が、向こうの二人は全くとこちらに気付かない。
「…………?」
暗闇に、目をこらした。どうやら二人は喧嘩のようなことをしているようだった。男が桜の木に女子高生を押さえつけ、両手の手首を握っている。
――まさか。
浮かれていた元気の心が、すっと冷めていく。冷静に周りを見渡せば、そこには明かりらしい明かりもない。あの一本道で彼女のことが目に留まらなければ、元気だって平然と横を通り過ぎたかもしれない。
いや、そんなことはどうでもいい。
彼は少しだけ公園の外で考える。これは合意なのか、どうなのか。最近、理解できないような凄い趣味の人間に接近したせいか、マジとプレイの境界がよく分からないのだ。
もし二人で遊んでいるだけならば自分はとんだお邪魔だ。しかも、女装した男に乱入されるのだ。女の子側からしたら一種のトラウマになりかねない。
元気は躊躇した。しかしその耳に小さな、本当に小さくか細い声が届く。
「助けて……っ!」
と。