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反省はしていますが、後悔はしていません 4


「ちょ、ちょっとだけなら……」

 コソコソと、十月に着るとは思えないような、厚いコートを羽織る人間が、アパートの階段を降りてきた。元気だ。彼は、改造メイド服の上にコートを羽織っていた。無論、防寒のためではない。着ている服を極力露出させないためだ。

 さらに彼は化粧をした顔の上に、メガネをかけていた。いつもはコンタクトを愛用している彼だったが、今回ばかりは変装になるだろうと、あえてメガネに変えてきたのだ。

「知的になった俺、さらにいい感じだなぁ」

 外出前に鏡を見ながら呟いた元気。トドメに満面の笑みを浮かべれば、彼が言うところの美少女が笑っていて、彼はもう外出しなくてもいい気さえした。が。

 彼は、鏡を後にして外に出た。

 変身した自分を誰かに見て欲しい。ただそれだけの理由だった。結果としてコートを羽織り、殆どの部分を隠す結果になっているが、それでも、武藤元気をベースにした美少女がいることを、誰かに知ってほしかった。

 本当は、彼の欲求は明日には星から帰還する加藤が叶えてくれると分かっていた。けれど、彼は我慢できなかった。どうしても今日見て欲しい、その欲求を抑えられなかった。

「加藤に拳を貰っても構わない」

 それくらいの覚悟で、元気は外出へと踏み切った。


 と、言っても、彼は外出先を決めていたりはしなかった。一年住んでいるといっても、元気にはこの辺りの地図をソラで描けるほどの土地勘はない。目的もなく歩くのはどうだろう、いっそ走ろうかな、なんてよく分からないことすら考える始末。

「しょうがねぇな。近くに公園あったからそこまで行くか」

 そんな彼が思いついたのは、春になると桜が咲く小さな公園だった。ソメイヨシノの開花と共に、大学生が花見をするために場所取り戦争を勃発させる数少ない場所。最近はご近所から苦情が多々と寄せられ、この辺りではそこしか花見会場として使えない状況で、希少価値が高い場所でもある。

「今は秋だから……落ち葉?」

 紅葉だの銀杏だのは生えてなかった筈なので、もしかしたら幹だけの桜を拝む事になるかもしれない。そんなことを考えつつ、他に場所を思いつかなかった元気はそこを目的にして歩き始めた。

 元気にとって、深夜の住宅街は新鮮だった。

 星の見えない真っ暗な夜空。三階建てが小さく見えるマンション棟。たまに電気が付いている部屋からは、人が動く影が見える。カーテンを閉じている部屋の明かりはその生地の色に染まっていて、どんな人が住んでいるのだとうとつい想像してしまう。逆に明かりの灯っていない部屋を見て、ああ、もう寝たのかな。なんて思ったりもした。

 元気は持ってきた携帯で時間を確認した。現在は午後十時過ぎ。子どもはもう寝る時間だった。大学生活の所為で、幾分生活リズムが狂っている元気でも、この時間は遅いと感じる。

「あーそういや、今度レポート書かされるんだっけ?」

 スポーツ推薦で入学した元気にとって、この手のモノは苦手である。何を調べていいのか分からず図書館で右往左往し、ようやく借りられたとしても、今度は眠気と戦いながらの読破となる。そして最後、それを自分の手でまとめなければならないとなると、三段構えの嫌がらせとしか思えなかった。

「うう、先輩にナカヤマの講義とってた人いたっけなー」

 教授の名前を呼び捨てにしながら、元気は脳内で、レポートに対しては全く頼れない、ムキムキマッチョの先輩たちを思い浮かべた。

 と。家を出てから五分。誰ともすれ違わなかった元気の前から、誰かがやってくる気配がした。彼は脳内で再生されていた先輩たちのラインダンスを取りやめて、前方へと注目する。

 向こうからやってくる人の数はどうやら一人。距離は百メートルもないだろう。

 元気の鼓動が早くなる。先ほどまでのんびりとよそ事を考えていた彼にとって、まさに不意打ち。早鐘を打つように鳴りはじめた心臓に、落ち着けと命令するが、効果が無い。

「おおおおお、落ち着きたまえっ!」

 よく分からない言葉を発しながら、前からくる人を凝視する元気。メガネで補正された視力で捕らえたは、制服を着た女の子だった。

「じょじょじょ、女子高生だとぉっ!」

 小声で呟いた元気の顔が、一気に青くなる。異性でしかも女子高生だなんて、どんだけハードル高いんだと悶絶する。こんなことならさっきの道を曲がっていればよかったなんて思い始め、彼の顔は赤くなったり青くなったりと忙しい。

 正直に言って、彼は女性への免疫が殆ど無い人間だった。高校が男子校で、三年間部活三昧だったこともあり、彼は高校生活の中で女子と話した記憶が殆どなかった。

 あまつ、男子版純粋培養で育った元気にとって、この出会いへの対処方法はまったくと思いつかず、逃げる、走って通り過ぎる、隠れるの三択だけが脳内をグルグルと回っていた。

 どうしよう。どうしたらいいんだ。

 そんなことを考えている間に、女子高生との距離が近づいていく。

 一歩、二歩。思わず数える元気。

 だが、それが不意に止まる。

 ピタリと。

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