反省はしていますが、後悔はしていません 3
そして、それからというもの。
彼は、加藤が次々とコスプレ衣装を完成させ、お披露目しているその横で、自分が想像するとおりの服を作るために、半年という月日をもって作業を進めていた。
慣れた加藤とは比較にならないほどの遅々たる作業が続いた。縫っては解き、縫っては解きを繰り返した日もあった。正直自分は何をしているのだろうと思う日も多かった。
こんなことするなら既製品を着てそれで満足したらいい。そんなことまで思っていた。
だが。
「先輩、逃げるんですか?」
加藤のその一言が呪縛となり、元気は若干ノイローゼ気味になりながらも、進まない作業に毎日立ち向かうこととなった。
加え、彼を作業に向かわせていたのは、その華やかな衣装、そのものの魅力でもあった。
彼自身、空手づけの日々を送る青春時代であったため、こういうサブカルチャー的なモノに触る機会を求めていたのかもしれないし。もしかしたら、部活もせずにさっさと帰宅し、アニメを鑑賞し、パソコンに向かうことを許される人種に、自分には無い秘めた嫉妬心があったのかもしれない。
それに、あれだけ声高々に、女装だ! 文句あるか! と言える加藤の存在も大きかった。さらに、ここで負けては男が廃ると、間違った方向にプライドが作用したのもある。後輩がサクサクッと衣装を作り上げるのを見て、何故できないと自分を呪ったことも、あった。
そんな日々が続いての、今日、だった。
彼にとって、この日がどんなに嬉しいものかと言えば、そう。
「どぅぅぅぅぅぅぅぅっだ! 加藤おおおおおおおおおお! この麗しい俺に刮目せよっ!」
えいっ! えいっ! と掛け声をかけながら、写メを送信した元気。自称麗しい彼女の顔は歪んでいたが、鏡を見ていない彼は気付かない。
元気は送信完了画面になった携帯を両手でパクンと閉じて、ニヤニヤと笑った。こんなに可愛い俺を見て、男なら反応しないはずが無いっ! どこからかあふれ出る確信に、彼の顔はさらに歪む。
「俺は、この日を待っていたんだああああっ!」
うおおおおおお! と高々に拳を突き上げた元気。その女子らしからぬ行動に、三段パニエがヒラリと揺れるが、気にするような彼ではない。むしろそのあたりを気にする仕草を持って、女装は完成するのだから、この辺りはもう少し直していかなければならないだろう。
と。振り上げた元気の拳が電灯に当たり、ガツンという小気味良い音と共に明かりが揺れ、彼があたふたとしていたところで、早速と携帯が鳴った。
「お、相変わらず早ぇな」
折りたたんだ黒いボディの携帯を手にとって、開く。電話だった。相手の名前を確認すれば、加藤。どうやらメールではなく電話で折り返してきたらしい。
元気はたまらずに、黒い笑みを浮かべた。もともとちまちまとメールを打つのが好きでない彼にとって、この折り返しは好都合。己を褒め称える言葉をしかと聞いてもらおうではないか。
ピッ。
「あ、もしもしかとー……」
「うおおおおおおおおお! 先輩超可愛いっす! マジヤバイっす。何これえええええ! いいいいいい今からそ、そ、そ、そっち行ってもいいい」
ピッ。
加藤は異星人になっていた。
それを、今はただ、残念に思おう。ふっと息の抜ける音と、儚むような視線を携帯に向け、元気は彼の着信を無かったことにした。けれど。
元気は少し眉を寄せて一人ごちた。
「これからどうすっかなー……」
人には理解されにくい趣味だと、加藤は言った。今はその言葉を痛感する。
こんなに頑張って作ったのに、褒めてくれる人が一人もいないなんて。
元気は考える。誰も見てもらえないのは、お蔵入りとどう違うのだろう、と。ひどく寂しいものを感じた。加藤は異星人になったし、女装する俺をカミングアウトして理解してくれる友達は、流石にいない。
「どっしょっかなー」
ふぅ、と一つ息を吐いた。溜息なんて似合わない彼には、その程度の息抜きが丁度よい。気持ちを整え、自分がどうしたいのか、そしてこれからどうしようかを考える。
俺は、頑張って作ったこの服を、誰かに認めてもらいたい。だから、誰かに俺の女装を見てもらいたい。うん、こんな感じだ。元気は一つ頷いて、姿見に映る自分を見つめた。
「……可愛い。ホントに可愛い。俺超可愛い!」
何度見てもその可愛らしさは失われず、むしろ違った角度から自分を見れば、更なる可愛さが追求できた。これはもう、アイドルに負けないほどの可愛さだろう。俺はきっと四十八人の中に残れるはずだ!
そこで、ふと。
彼に悪魔が囁いた。
――このまま出かけても、バレないんじゃないか? と。
「……いやいやいやいや、流石にそれは、なぁ」
加藤には「人様に迷惑をかけんな!」と言っておいて、自分が女装で出かけるなんて、そんな。矛盾も甚だしい。人として筋が通ってないことはしてはいけないと、己を戒める。が。
――その加藤は今、宇宙人じゃないか。
再び聞こえる悪魔の囁きに、元気の喉がゴクリと鳴った。
※加筆修正あり。