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反省はしていますが、後悔はしていません 2

「そうだ! 加藤にも見せてやろう」

 ふと、思いついたように元気が言った。

 加藤というのは、元気の所属する空手サークルの後輩だ。玉石混淆するサークルで、たまたま有段者同士だと知って、仲良くなった。色々と面倒をみているうちに、彼がオタクでコスプレイヤーだったことまで知り、家にいくことになったのだが。

 そこで見たものを、元気は一生忘れないだろう。

「うち今、製作中の衣装が幅取ってて汚いっすから」

「別に男同士だしへーきだって。おじゃましまー……」

 す。とは、言えなかった。元気はそのまま加藤の部屋に入る手前で硬直した。

 加藤の部屋には元気が想像していた以上に、沢山の衣装があった。梁の隅々に所狭しと掛けられたコスプレ衣装の数々。その数はゆうに十点以上を越える。今年一人暮らしを初めて、コレだけの衣装があるのはおかしい。いや、服を買うようにコスプレ衣装を買ったとしても、コレだけあるのはおかしい。おかしい。おかしい。

 ――衣装が、おかしい。

 元気はコスプレが何かは知っていたが、加藤が何のコスプレをしているかまでは知らなかった。その点を含めて、どんなことをやっているのだろうかと、今日見に来た次第だったのだが。

 彼は、様々なキャラのコスプレをしていたが、唯一つ、全てに共通する点があった。

 女性キャラクター。

「か、加藤……。お前はオカマだったんか?」

「違います。俺はレイヤーです。オカマじゃありません」

「で、でも。女の衣装ばっかじゃん!」

 ぴっぴっぴっと三方向の衣装を指差すも、全て女の子が着るためのフリフリのふわふわ系。巫女服や魔女っ娘の類もあったが、彼の目にとまったのは、おそらく現在製作中だろう、マネキンに着せられたスカートが長めのセーラー服だった。

 狭い部屋に沢山の女装束がかけられた異空間に、怖いもの見たさでやって来たはずの元気も、流石に後ずさった。彼が想像していたのは、ハリウッド映画の主役キャラクター的なモノや、ゲームの男性キャラクターの衣装で、こんなカオスな空間だとは思ってなかったのだ。

「ええと、じゃあ、俺。見るもん見たし、帰るわ」

「まぁまぁ、待ってくださいよ」

 ガチャリと。後から部屋に入った加藤が、後ろ手に鍵をかけた。玄関はそこだけだ。加藤はマンションの四階に住んでいるので、窓を割って脱出することはできない。

 その後元気の肩を、加藤の手がポンと叩いた。空手有段者である元気もこれには背筋が凍った。これから何が起きるかまったくと分からない展開に、全くついていけてないのだ。こうなればもう可愛がっていた後輩だろうと関係ない。関節決めて金的食らわして逃げる。それだけを心に言い聞かせ、元気は肩を持った後輩の手をそっと離し、振り返って彼の顔を見た。

 そこには、やけに真剣な加藤の顔があった。こんな顔は試合の時ですら見たことが無いと、元気はゴクリと息を飲んだ。

「武藤さん。はっきり言います。オタクの世界ではすでに、女装は――ファッションです」

「ファ……ッション?」

 ガツン! と、頭を叩かれた気がした。

 呆然とする元気に、加藤は熱を孕む口調でさらに続ける。

「俺が女の子のキャラクターの衣装を着るのには、わけがあります。一つ! そのキャラクターが好きだから! 二つ! そのキャラクターが好きすぎるから! 三つ! やっぱり好きすぎて、見ているだけじゃ飽き足らなかったから!」

「好きしか言ってねーじゃねーかっ!」

 思わずバクリと加藤の頭を殴った。彼は今、可愛い後輩が未知への生物へと代わった瞬間を目撃していた。そして、同時に驚く。オタクの世界では、好きであれば男が女装しても問題ないのか、と。

「おい、加藤」

「なんすか、元気さん」

「お前、変態じゃねーんだよな?」

 じとりと視線をやりながら、元気は確認した。もともと根が真面目で、家が道場だった関係で年下の面倒をしこたま見続けてきた元気としては、出会って数ヶ月しか経ってない後輩だったとしても、このままこんな趣味に没頭させてもいいのかと思ったのだ。

 だが、加藤は言う。

「元気さん。確かに俺の趣味は人様に理解されにくい類のモンかもしれません。でもね、だからって人に迷惑かけていいと思ってるわけじゃあないんです。俺はこの衣装たちに誓って、着るときは自分の部屋か同士が集まるコスプレ公認場所。それ以外で着るこたーないっす」

 元気としては、衣装に誓って、というのがよく分からなかった。けれど真剣にコスプレマナーについて話し始めた加藤に、彼がいかに真面目にコスプレに取り組んでいるのかが伝わってきたので、彼はしっかりと頷いてみせた。

「お前のコスプレについての良識は分かった。ただ、俺はお前の趣味を知った以上、もしこういったことで人様に迷惑をかけた場合、俺はお前をぶっ飛ばす。それだけは覚えとけ」

「はいっ!」

 衣装をどけた小さなスペースで、膝をくっ付けながら話し込み、二人はそれ以上何も言わず、今度は加藤の作った衣装についてアレコレ話した。

「お前スゲー手先器用だな」

 机の上に広げられたレースのリボンや、部屋にかかった既成のものを改造した衣装の数々をを見回して、元気が呟く。若干嬉しそうにしつつも、加藤は頭を掻きながら首を横に振った。

「いやいや、そうでもないっすよ。全てハンドメイドで作るにはどうやっても無理な部分があるし、そういうのは通販とかで補ってますから」

「通販? こんなもん売ってンのか!」

「こんなもんって……。売ってますよ、ほら。チョット待ってくださいね」

 イソイソとパソコンを立ち上げて、ショップのページを見せる加藤。その楽しそうな姿を横目に、元気もパソコンのウィンドを見つめる。

「ほら。いっぱいあるでしょ?」

「おお! すげー、これ全部男が着るのかっ!」

「大体はサイズ揃ってますから着れますよ。ほら、これとかも」

 カチッと、加藤がクリックしたのは、最近はメジャーな服となりつつあるメイド服だった。黒の生地をベースに白のエプロンがキラキラと輝く、いわゆるオーソドックスなそれに元気の目は釘付けになる。

「先輩のサイズってどのくらいですか?」

「お、俺か? 測ってみねーとちょっとわかんねーけど……」

「ならさっと計測しちゃいましょーか」

「え? あ、ちょっと!」

 言うが早いか、加藤はいつも使っているらしい裁縫道具からメジャーを取り出し、さっさと元気のサイズを測っていく。元気はなすがまま、彼が計測を終えるまで動けずにいた。

「ほうほう、なるほど」

 メモしたサイズをパソコンに打ち込みながら、加藤は元気が着れそうなメイド服をチョイスしていく。やがて三点ほど見繕い、彼は元気を振り返った。

「元気さん。女装、してみたくありません?」

 ここまでお膳立てを整えられてしまえば、あとはもう。

 気付けば元気は加藤の言葉に、ただ首を振って頷いた。

※少しばかり加筆・修正。

 玉石混同→玉石混淆

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