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反省はしていますが、後悔はしていません 1

 秋深まる十月のとある日。六畳一間のアパートの一室で、男が笑っていた。

 ニヤニヤ、ではない、でも爆笑でもない。どちらかと言えば、悪の組織の親玉が発してそうな、小気味良い高笑いだった。彼はそれを五分と続けた。

「今日こそ、いや! 今日が俺の生まれ変わる日なのだ!」

 意図していることは分からないが、男はそう言うと、部屋に一つしかない窓に寄り、シャッとカーテンを閉めた。それは遮光カーテンらしく、真っ昼間だというのに部屋の中が暗くなる。

 男の名前は、武藤元気。去年の春に大学生となり、大学付近のアパートで一人暮らしをしている十九歳の青年だ。黒い短髪と日に焼けた健康そうな肌が少し目に付く程度で、あとはこれといった特徴も無い。しいてあげるなら、少しだけ筋肉が多い。その程度か。

 彼は一年次の単位を落とすことなくクリアし、空手サークルに所属し、後輩の面倒もよくみる真面目な青年だった。生活のために始めたアルバイトも始めた頃から無遅刻無欠席で一年以上勤めている。夏休みも遊ぶことなくバイトに勤しむ徹底振り。ついで言うなら愛想もよく男友達も多い。

 彼はいわゆる、リア充だった。

 先ほど元気が発したように、生まれ変わる必要など無いほどの、充実っぷり。現に彼は自身の大学生活にこれっぽっちも不満はなく、楽しい人生を送っているとさえ思っていた。

 ならば、何故生まれ変わるなんて言うのか。

「ふふふ、ふふふ、ふああああああっはっはっはっはっは!」

 閉めたカーテンを後ろ手に握り締めながら、元気は再び笑った。狂気を孕む高笑いっぷりに、たまたま病気で寝込んでいた隣人がびくりと体を揺らしたが、彼にとってはどうでもいい。

「やっと、やっとこの日が来た……」

 元気はそう呟いて、締め切ったカーテンの隙間から漏れる一筋の光の先、ハンガーで吊るした、一着のメイド服を見た。

 メイド服は、非常に良くできていたが、若干サイズが大きめだった。どうみても女性用の作りをしているのに、女性が着ると不恰好になるほどの余裕がある。

 ――それもそのはず。

 この服は元気が着るために作った、元気特製、元気オリジナル、メイドイン武藤元気の一点モノのメイド服だったのだ!

「苦労したぜ……」

 入ってくる光線が、埃を反射してキラキラと輝く。それにより一層輝いて見える己の傑作を見て、元気はニヤニヤと笑った。

 春も夏もバイトして貯めたお金を全てつぎ込んだメイド服。学校、バイト、サークルで埋め尽くされたスケジュールを縫うように、改造し続けた至高の一品。素晴らしくないはすがない。

 そんな思いでうっとりと見つめ、元気はメイド服に近づいた。手に取る。沿うように体にあて、部屋に置いている姿見を向いた。

 そこには、短髪で日に焼けた元気の顔と、それにそぐわないフリフリのメイド服があった。

 でも、彼は構わない。いそいそと服を脱ぎ、袖を通そうと試みる。彼にとってこの日がどれだけ待ち遠しかったのか、理解できる者などいないだろう。

「ああ、やっと着れる」

 どことなく哀愁を孕みながら呟かれたそれに、室内の闇が一層濃くなった気がした。


「おおお……」

 メイド服を着た己を見て、元気は唸った。声を震わせて、おずおずと鏡に指を這わす。

 そこには、腰よりも長い漆黒のロングヘアーをつけ、メイド服を着た元気の姿があった。美少女などとは口が裂けても言えないが、それでも骨格をごまかすほどには、彼のメイド服は上出来だった。

 フリフリとしたエプロン紐はタッパをごまかすために。華やかな胸のリボンは、胸パットを仕込んだソコをよりリアルに見せるために。ついで、ふわっふわに広がったスカートは、三段パニエで嵩増し済みだ。腰のリボンと相まって、腰からヒップにかけてのラインに見事な括れを浮かび上がらせていた。

 元気は、その下にイソイソとガラ入りのストッキングを履き、最後、白い箱に大事にしまっていたストラップシューズを取り出して、足を入れた。

 すれば、見事。完璧な女装男子が鏡の中で微笑んでいた。

「これが、俺……?」

 まるで舞踏会に行くための魔法をかけてもらったシンデレラのように、元気は呟いた。驚きつつ、喜んでいるのが分かる。焼けた頬を少しだけ赤くして、満足のいくできばえのそれにコクリと頷いた。

「俺、可愛い……」

 どうだろう? と聞いてくれる相手も、そうだろう? と頷いてもらえる相手もいない一人部屋で、元気は呟いた。そして、そのまま鏡にべっとりとキスをした。

 唇をタコのように尖らせ、無機質な鏡に熱心にキスする姿は絶倒ものだ。おそろしい。これが美女であったとしても、迫力が勝ってドン引きだ。

「ん~~~~! ちゅっ! ちゅっ! むぢゅううううううううう!」

 オノマトペ的に現せばこうだろう。一方的な激しい口付けの嵐は、彼が満足いくまで続く。

 ……やがてようやく落ち着いたのか、元気は距離を縮めすぎていた鏡から二歩と下がり、全身が移りこむ場所まで移動した。

 フワフワのスカートが、彼の動きに合わせて揺れる。それを嬉しそうに見つめる元気。今にもほっぺたが落ちてしまいそうな顔だった。

「そうだ、化粧しよう。化粧」

 ポンと手を叩き、元気はイソイソと通販で買った化粧道具一式を、机の上に広げた。化粧水、乳液、メイク落としも忘れていない。下地、ファンデーション、チーク。それにアイメイク一式と眉マスカラ。流石に眉毛を細くする度胸はなかったので、そこだけ妥協した。

「ふんふんふーん」

 鼻歌交じりに化粧道具の中央に鏡を置き、化粧水と乳液をつけていく。気分はもう始めてのお化粧にワクワクする女の子だ。これから自分がどれだけ綺麗に変身するのか楽しみでしょうがない。

 元気はベースを塗り、ファンデーションをつけ、チークを塗り、最後、アイメイクで止まった。目に入りそうで怖かったのだ。

「女の子ってこえーとか思わんのかね?」

 そんなことを一人ゴチながら、暫し考える。とりあえず、今日は失敗が怖いのでやめておこう。そう考えた元気は、最後に眉マスカラで太く逞しい眉毛を明るい茶色に書き換えて、メイクアップを終えた。

 顔だけ写る小さな鏡で、確認する。

「おお!」

 初めてにしては中々だと、自分の腕を褒めてやる。ぶっちゃけ普通にこのまま町を歩いてもいいのではないかと思うほどに、己の出来栄えに満足する。内向きに巻かれたサイドの髪が、彼の頬骨を隠しているのも彼を女に見せる手助けをしていた。

 化粧とは、あな怖や。

 正直に言って、先ほどは女装男子という粋を出ていなかった元気の顔は、今やぱっと見では男女の区別がつかないほどになっていた。無論、彼の体格と仕草を加えれば、男だとはっきり分かるのだが、アヒル座りで肩を寄せられると、写メ程度ならばれない恐れがあった。

「詐欺だ!」

 自撮りした写メを見ながら、元気は思った。気分がいいので、さらに上から下から自分の女装姿を取り続ける。気分はスーパーモデルだ。もう俺以上に可愛い女の子などいない! そううぬぼれそうにもなっていた。


※元気のプロフィールを一部修正。

 誤字を修正。

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