夢の隙間(4)
周囲を照らしていた光の泡は空へと昇り、一瞬空を明るく照らすと、わずかな余韻を残して消えた。
老人の姿は再び密度の濃い闇へと沈んでいった。
ふいに、空を割るようにして、いく筋もの光が差し込んできた。
周囲は光と闇に二分され、私は光の輪の中に立っていた。
影はいっそう深くなり、壁のような不可侵の境界線を作る。
「やれやれ、もう朝が来てしまったじゃないか、まったく無駄な時間を過ごした」
境界線の外、真っ暗な影の中から声が響いた。
私は光と影の境界線の前に立つと、影の奥に目を凝らした。
黒服の老人は闇と同化し、姿を捉えることは出来ない。
何事か、ブツブツと呟いている言葉が切れ切れに聞こえてくるだけだ。
恐らく大切な時間をけがした私に対する恨み言なのだろう。
私は文句のひとつも言ってやろうと、一歩踏み出す。
「これ以上お前さんといるのが嫌だから一応言っておいてやるが、それ以上こちらに進まない方がいいな。
お前さんにとっても、私にとっても」
私はその言葉に立ち止まる。
片足は闇に飲まれ、目で確認することは出来ない。
いや、そこから先の感覚を失ってしまったように、地面を掴んでいるのかさえ不確かだった。
私は両手で自分の太ももを握り、引きずるようにして足を引き抜いた。
見た目は普段と変わらないが、感覚は戻らず、痺れさえも感じない。
足を引き抜いた辺りからは、湯気のように闇が漏れ漂っている。
「人の心の闇は深い。無意識の領域ならなおさらだ。
この闇は人の心を飲み込む。
この世界を照らす夢は、具現化した闇であり、同時に光でもある。
どの道、お前さんの手におえる代物ではないということだな」
言葉は徐々に小さく、聞き取りにくくなってきた。
身体も思うように動かない。
「さぁ、もういいだろう。そろそろ帰ってくれないかね。
いいか、朝の光を頼りに、現実の身体の感覚を取り戻すんだ。
ここで戻れなければ、次の朝を光の中で迎えることは出来ないと思うんだな」
そう言うと、わずかな足音を響かせて、闇の奥へと消えていった。
私の手足にはもう感覚はなく、立っているのかどうかさえ確かではない。
足元では闇が絡まりつき、私をつなぎ止めようと手を伸ばす。
私は目を閉じると、首を斜めに向け、まぶたの裏に光を感じた。
朝日が全身に溶け込んでいくのが分かった。
すると、指の先にわずかな感覚を覚える。
それは、柔らかい手が私の手を握っている、いつもの感触だった。
意識と現実が音を立てて結びつき、私の意識は重たい液体の夢から、空へ向かって昇っていく。
闇がグングン遠ざかり、私の意識は虹色の泡を追い越していく。
朝が両手を広げて、私を向かえてくれるようだった。
目覚める寸前、あの闇の奥で、黒服の老人がほっと胸をなでおろしているような気がした。




