夢の隙間(1)
水彩で描いたような、柔らかで心地よい空間に、ぽっかりと開いた夢の隙間。
普段であれば、取り留めのない物語を通り過ぎながら、徐々に覚醒へと向かう頃。
舞台から突然演者が消えるように、私の意識はストンとその隙間へと落ちていった。
周囲は薄暗がりで、視界はほぼ閉ざされている。
視覚的に捉えることはできないが、かなり広い空間だということは、沈黙の深さが教えてくれた。
意識は半覚醒状態。
辺りの様子を探ってみるが、手や足に触れるものは、何もない。
私は自分を落ち着かせようと、胸一杯に湿った空気を吸い込み、大きく深呼吸をした。
少し離れた場所で、コツンと杖が床をつく音がした。
硬いもの同士をぶつけた時の、妙に緊張感のある角ばった音だ。
私は音のした方へ顔をむけると、目を細めて暗がりの奥に焦点を合わせる。
コツン、同じ音がもう一つ。
さっきよりも輪郭のはっきりした、自分の存在を強調するような音だ。
「こんなところで何をしている」
音の先から、くぐもった声がする。小さくはあるが、威圧するような響きをもった声だ。
他の場所より密度の濃い闇が、ぼんやりと人の姿に見えた。
座っているのか、頭らしい部分は、少し前かがみになっている。
私は自分が目的があって、ここにいる訳ではなく、気がついたときにはこの場所にいたことを告げた。
影はしばらく黙っていたが、ため息のように口を開いた。
「まぁ、たまにはそんなこともあるか」
私は返す言葉が見当たらず、影の方を向いて黙って立っていた。
ひと呼吸分ほどの沈黙が流れる。
「まぁ、用事がないのなら、さっさと帰るべきだな。
ここには、君にとって有益なものは何もないよ」
声は幾分穏やかになったが、私に対する興味そのものを失ったようでもあった。
帰れと言われても、私にはどうやってここへ来たかも分からなければ、もちろんどうやって帰ればいいかも分からない。
そもそも、ここは何処なのだろうか。
私は恐る恐る、目の前の影にそれを尋ねた。
「それを聞いて、君はどうするつもりだい。ここには、君が持ち帰るべきものは、何もないんだよ」
その声は冷んやりとした闇を含み、私の首筋を柔らかく撫でていった。




