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なつきさんの場合 前編

「・・あのね、もう一回聞くけど。それで、君は一体どこから来たの」


「はぁ・・それがさっぱりわかんないんです」


「わかんないって言われてもこっちがわけわかんないんだけどね。

 見たこと無いかっこしてるし、言葉は通じるみたいだけど言ってることちんぷんかんぷんだし。

 ねぇほんとなんなの君、他国の間者?」


「えーと・・・間者とか非現実的すぎてなんとも言えないんですけど・・・」


「・・ねぇ自分の立場は理解してる?」


「えぇまぁ、両手両足拘束されて尋問中ですね」


さて、どうしてこうなったのか再検討してみましょうか。




私は天原菜月あまはらなつき、先日17歳になったばかりの高校2年生です。

学生である身の私は、せっかくの夏休みだというのに、夏季講習というものに出なくてはならず、しぶしぶながらこの炎天下を今日も学校に向かって歩いておりました。

茹だる様な暑さの中、日傘を差していたおかげで頭上からの日射は多少避けられましたが、それでもコンクリートに反射した熱からは逃げられず、このままでは路上で蒸されてしまうと思っていたところに、突然、それがやってきたのです。


「茹る・・死ぬ・・・んん?」


ぶつぶつと遠い眼をしながら文句を呟いていましたが、ふと、眼前に太陽の光とはまた別の光源があることに気付きました。

上からの光線は日傘で防いでいる、けれどこの目の前の丸い光は一体なんなのでしょう。

思わず立ち止まり、それを凝視してしまいました。

何の仕掛けもなさそうなそれが、どのようにしてそこにあるのかということに大変興味を持ったからです。

しかしどれだけ凝視しようと、原理がわかるわけもなく。

はっと夏季講習のことを思い出し、このままでは遅刻してしまう事実に気がつきました。

光源のことはとても気になりますが私は忙しいのです。

仕方なく、光はそのままにまた学校へ向かって歩き出そうとした、そのときでした。


「・・えっ、きゃあ!」


何かが背後から近づいてくるような気がして振り返ると、ものすごい勢いで、その場にふよふよ浮いていたはずの光がこちらに向かってくるではないですか。

特別、反射神経も運動神経も良いわけではない私です。

あっけなく、その光が自身に衝突してくるのを見ているしか術はなかったのでした。











「・・・・それで?そこからどうしてここに来たことになるのかな?」


「はぁ、なんでしょうね、私もそれを考えていたのです」


光に飲み込まれて、私はどうやら意識を失ってしまったようでした。

気がつけば、外にいたはずの私はどこか見知らぬ室内で目が覚めたのです。

少しひんやりする木製の床に寝転がっていたようだったので、とりあえず起き上がって、体の様子をチェック。

何事もないようだと判断したあとは、周りの現状把握に努めるべく、あたりを見回します。


「・・・暗い、室内?本棚ばかりということは、図書館?」


私の身長より高い、本棚がずらりと並んでいます。

書庫特有の紙の匂いと、掃除が行き届いているのか埃の臭いはせず、むしろ本と日向の匂いがします。

本が大好きな私にはとても好ましい場所と言えるでしょう。

思わず胸がときめいてしまったことは否定しませんとも。

しかしそれに喜んでばかりはいられません。

問題は、ここは一体どこなのかということです。


「図書館ならどこでも大歓迎だけども」


現状把握の前に、思わず願望が口をついて出てしまいました。

本能に忠実な人間なのです、私は。

しかしそうも言っていられなくなってまいりました。

このままでは夏季講習は遅刻、むしろ無断欠席になりかねません。

一応これでも進学校に通う身で、おまけにうちの母親は所謂教育ママそのものですから、無論そういうことに大変厳しい人です。

更に悪いことに、夏季講習の担当教師も真面目一直線なので、たった一日休んだだけでも、家に連絡がいくことでしょう。

そうなってしまったら、大変です、悪夢です。

・・・考えたくもありません。


「・・さて、一体どこなのでしょうかねぇ」


とりあえず、行動あるべしです。

ひとまず本棚の間から抜けるべく、立ち上って、ひょこりとすぐ側の角を曲がったそのときでした。


「うわっ」


「ぶっ」


足音に全く気がつかず、誰かと正面衝突をしてしまいました。

背の高い男性のだったようで、顔面を相手の胸板に強打してしまったのです。

頭同士でなかっただけ、まだましなのかもしれません。

しかしそれでも、大して高くもない鼻が大ダメージを受けました。

おまけにどうやら結構鍛えてらしたようで、立派な胸板は通常の人よりも硬いのだと知りました。


「いった・・・」


「うっわぁごめんねおじょーさん、大丈夫?」


あまりの痛さに思わず蹲り、鼻を押さえて悶えます。

鼻血が出ていたらどうしてくれるんでしょうか、全く。

心配げに、しかし若干軽い調子で声をかけてくる相手を見上げると、その場に固まってしまいました。


「・・・王子?」


「は?」


思わず呟きも零れます。

何故なら、目の前にいたのは、まさしく典型的な王子様のような容姿を持った人だったからです。

つまり、金の輝く髪に、青い瞳と、整った顔。

王子と言ったらこれでしょうと言わんばかりの特徴をもった人でした。


「ぶはっ、俺が王子?なにそ・・・・・あれ、君、どこから来たひと?」


ぷっと吹き出したその人は、私の発言を否定しようとして、途中で怪訝そうに眉を顰めました。

一気に不穏な空気があたりを漂ったのを感じます。

そう、私は空気が読める女なのです。

しかしそれが生かせる生かせないは、また別問題ではあるのですが。


「えぇと・・・どこ、でしょう?」


「・・・・・・」


えへ、と誤魔化すために笑ってみましたが、不信感を拭うことは出来なかったようです。

しばしの沈黙の後、何処から出したのか、問答無用とばかりに紐で縛りあげられてしまいました。

そして、冒頭に戻ります。











「やっぱり考えてもさっぱりわかりません」


「俺もわかんないよ、この部屋に入室を許可されてる人間て、実は限られてんだよね。

 勿論、侵入者排除の為に色々対策も取られてて、下手なとこよりよっぽど鉄壁だったんだよ。

 けど無理やり破られた形跡もなかったし、君になんかしらの力があるとも思えないし。

 ねぇ、お手上げなの認めるからさぁ、ほんと白状してくんない?」


「そう言われましても、事情を説明して頂きたいのは私も同じでして」


「あ~なんか面倒なことになったー・・やっぱ来なきゃよかったなぁもう」


回想終了後、やはり理由が皆目見当もつきませんでした。

素直にそう告げれば、相手は困ったように眉を下げております。

なんだかそうすると大型犬がしょんぼりしているようで、ちょっと可愛らしいですね。

うら若き乙女を容赦なく拘束しちゃうところは可愛くもなんともありませんが。


「ここは一体どこなのですか?」


「・・・・ここは王城の一室、君がさっき言った王子様の私室のうちのひとつだよ。

 俺はただの側近で、ここには資料を取りに来ただけなの」


「はぁ、王子」


「何その言い方、自分で言ったくせに信じてないの?

 ていうかほんとにここが何処かも知らないで入ったわけ?」


「さっきの発言は、あなたの容姿が王子様という人種にありがちなものかと思ったものですから。

 実際問題、昔も今も、私は王子と呼ばれる方々とはかなり遠い立ち位置におりまして。

 お会いしたこともありませんし接するなんて夢のまた夢だと思ってましたし。

 真実であると言われても、そう簡単に信じられるものではありませんよねぇ」


「うわーなにこれ、もう俺どうしたらいいんだろう」


「あぁそれは私も教えていただきたいです」


「・・・・・・もう黙ってくれる、君。

 とりあえず王子のとこ連れてくから、おとなしくしてて」


頭を抱えてしまった相手に、同意するように言葉を返せば、恨みがましい眼で見つめられました。

心外な、私が悪いとでもいうのでしょうか。


「黙って見逃して下さるという選択肢は」


「ないね。場所が場所だから、むり」


儚い希望に縋ってみれば、そっけなくすっぱり切られました。

潔いですが、私の中の何かまで切り落とされたような空虚さを感じます。

完全不審者扱いが否めません。

思わず眉根を寄せて膝を抱えてしまいました。


「なんで君がふてくされてんの、ほら行くよ」


「殺されるような末路が待ってるとしか思えないので、行きたくありません」


「いきなり悲観的とかなに?やりにくいなもう」


「悲観的にもなりますよ、私別に悪いことしてな・・っきゃー!」


「耳元で叫ばないでよ、動くと落とすから大人しくしてて」


意地で目を合わせないよう逸らしていると、不意に体が持ち上げられて、思わず悲鳴をあげてしまいました。

軽々と持ち上げられてますが、私別に小柄とかじゃないはずです。

普通よりちょこっと背が高いくらいですし。

それを何の負担もなさそうに持って運べちゃうこの人、何者ですか?

ちなみに持ち方は俵担ぎです。完全荷物な私。

いえ、不審者ですから、この際文句は言いませんけれど。

しかしこの扱いは、乙女に対してどうなのでしょうかと声を大にして言いたい私です。


「お、降ろしてください!歩きますっ」


「両足拘束しちゃったから、歩けないよね」


「今だけでも解いてくださればいいんですけど」


「いや、足って結構武器になったりするからね。

 君はそこまでお転婆そうには見えないけど、念には念をいれなきゃ」


「・・・・」


「ちょっとなにそこ沈黙してるの」


あれ、どうしてばれたんでしょう。

そうです、私、実は足癖が悪いのです。

口より手よりまず足が出ちゃうのです。

えぇ、よく、見掛けを裏切る足癖の悪さだねと言われます。

大きなお世話ですが。


「やっぱ解かない方が正解みたいだね」


「いえ何もしませんよこんなか弱い乙女捕まえて何言ってるんですかあなた鬼ですか」


「ねぇ、句読点って知ってる?」


「存じております」


「そう、まぁ鬼でもなんでもいいけど。

 足は解かないから大人しくして。

 ていうかこれ言うの3回目だよもう」


はぁ、とあからさまに溜息を吐かれ、流石に沈黙せざるを得ません。

自分でも不自然すぎたとわかりながら、自然を装えなかったのですから。

こうして、王子(仮)に俵担ぎされた私は、彼の主の元へ強制連行されるのでした。

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