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はなさんの場合 後編

味方かと思ったら敵でしたパターンですかそうですか。



「えっとぉ・・つまりどういうこと?」


ちょっと寒気に襲われながらも、勇気を出して理由を問うことにした。

これは後回しにしたところで多分どうなるもんでもない。

だったら、すぱっと答えを聞いてしまった方が自分の為にもなるし。

・・すっぱり聞いて即行殺されたら目も当てられないけど。


「そうだな、」


「・・えっ、ちょ!わっ」


問いかけた瞬間に、ディアボロの目に怪しい光が灯るのを見て、冷や汗をかいた。

なんかあたし地雷踏んでるね?

・・あたしに第六感というものはないのかなぁ。


「・・こういうことだ」


寝そべってた体勢はさっきと変わらないまま。

けれども、身体の両脇にディアボロの逞しい腕が。

四つん這いになって、あたしの上に覆い被さってくれやがりました。

ちょっとまってなにこの展開。


「お前との契約は、昨日破棄された。

 だから俺はお前を喰うことにしたんだ」


「えーとぉ・・経緯が分かんないしそれで何であたしは食われたんだろうか」


「そんなの決まってる。

 最初から、それが約束だった」


「・・・あたしがあんたに食われることが?

 最初っから契約の中に入ってたって?」


「そうだ」


はい、ちょっと整理しよう。


ディアボロを召喚したのは、あたしだ。

記憶にないけど、そういうことだ。

そして、その際に契約というものをしたらしい。

今のあたしにはその内容はわからないけれど。

そこで、彼があたしを食らうことも条件として入っていた、と。


食うって、流れから言って、ヤっちゃったってことだよね?

けど、あたしは娼婦をそれなりの期間こなしてきたはず。

謂わばプロだ。それが仕事なんだから。

なのに、だ。

そのあたしの身体が、さっきから鈍痛を訴えてるってことは。


――――どんだけヤりやがったんだ、こいつ。


結論が出て、思わず半眼になって目の前の男を睨んでしまった。

だってそうでしょう、つまりは絶倫ってやつなんだよ。

道理で喉も声が出しにくいと思ったら!

無茶しやがってこのやろう。


あたしが何を考えたのかわかったんだろう、ディアボロはにやりと怪しげな笑みを深めた。


・・その眼に情欲が煙っていたことは、この際無視することにする。

目が金色に光ってて怖い。

本能的になんか怖い。

でも負けないっ。


「どいてくんない?契約解除したならもうここに居る理由ないでしょ」


「いや・・俺はどこにも行かない」


早くどけ、とばかりに腕を突っぱねようとすると、その腕を取られて、胸元に抱きこまれる。

ちょっと待ってどうしたの一体。

何があったんだお前に。

いや、あたしと、かな?


「お前が俺のものになること、それが契約成立の条件。

 契約は新たに成った、もう何処にも行かないし、行かせない」


「・・・・」


「お前は俺のものだ―――――ファナ」




―――――数時間前のあたし、帰ってこい。

事情のわからないあたしじゃあ荷が重すぎます。








現実逃避をかましたあたしを呼び戻す為に、強硬手段を取った悪魔が、今は至極満足げに笑っている。


えげつない。


えげつないよ。


流石悪魔。



・・・ヤリ潰されるかと思いました。



「・・水」


あたしが呻く様にそう呟けば、即座にディアボロが動く。

あの、コップ寄こしてくれても飲めないよ。

腕どころか指も動かせないあたしを見てみろ誰のせいだと思ってんだ。


「・・・・・」


一瞬考え込むように黙ったディアボロは、おもむろに水の入ったコップに口をつけた。

1人だけずるい・・もうなんか疲弊しきってて涙も出ませんが悔しいなこれ。

そんなことを脳内で呟いていたら、ディアボロが覆い被さって来て、口付けられた。

するりと冷たい水が流れ込んで来て、慌てて飲みこむ。

何度かそれを繰り返し、ようやく人心地がつけるくらいになった。


「あり、がと・・もういい。

 ・・・もういいって言って・・んー!」


もういいって何度も言ったのに、ディアボロは口づけるのを止めなくて。

結局、酸欠間際まで追い詰められることになりました。

ちょっとは労わってくれてもいいんじゃないかなぁ・・。




「えーと、離れて・・って言っても聞いてくんないよねそうだよね」


うんわかった聞かなかったことにして。


若干復活したあたしは、現在ディアボロのお膝の上です。

復活したって言っても身体は動かないから、完全に背後のディアボロに凭れてるけど。

ベッドに上体を起こした形であたしを後ろから抱きあげちゃってるこの御方。

両腕をあたしの腹の上で組んで、肩口に顎を乗っけてる。

なにがどう間違ったらこんな形に落ち着くんだろう。

でも何言っても放してくんないんだよどうなのこれ。

未来のあたしはこいつの恋人だったの?

記憶のないあたしにはなんとも言えないけれど、妙に気恥かしいのは慣れてないからだ。

きっと。たぶん。おそらく。


「・・えーとね、ディアボロ、あたし記憶無くなっちゃったからさ」


「知っている」


「うん、だから元のあたしが探してたっていう帰り道なんだけど」


「・・・・あぁ、」


「どうやって、とか少しは聞いてたりする?」


「いや、自分1人で探してたから、俺は関与していない。

 ・・・・やっぱり帰りたいのか」


「帰らせてくれんの?」


「だめだ」


即答で却下されました。

うん、ちょっと予想してたから別に驚かないけど。

悪魔のくせに何でこんなわかりやすいんだろうねぇ。


「えーと・・じゃあまぁそれはいいや。

 とりあえずこれからどうしようかなぁ」


お仕事は明日から再開予定だけど、1年続けてたんなら馴染みくらい出来てるだろう。

だけど今のあたしには記憶がないから、誰がどうとかさっぱりわからない。

名前も、性格も、好みなんかも。

接客するにあたって大事なことが何一つ。

あたしは基本的にノートとか残しておくような性質じゃないから、情報もほぼない。

こんなんじゃあっという間にボロが出るし、それはちょっとまずいんだよね。

きっとあたしのことだから、異世界から着たってことを隠してるに違いないんだ。

そしてそれは、正解だったらしい。


「明日から、どうする。

 記憶がないんじゃ、仕事にも支障が出るだろう。

 お前は客とは比較的密な関係を作っていたようだが、異世界人だということは言ってなかったはずだ」


あたしの髪の毛を梳きながら、ディアボロがそんなことを言う。

そうだねぇ、どうしようか。


「お前は俺のものだから、誰の手にも触れさせたくない。

 しかし、お前の意思も出来ることなら尊重させたい」


悪魔だけど、殊勝なことを言う。

俺のものってとこで若干ひっかかりを覚えるけど、でもなんか大事にされてる感じはすごくした。

なんとなく希望を叶えてあげたくなる自分を不思議に思いながら、さてどうしようかと考え込む。

そもそも、あたしはこんな状況になってても、娼婦という仕事自体に抵抗はない。

偏見の多いこの職業だけど、元の世界でも、あたしは肯定派だった。

娼婦が居なきゃ性犯罪が多発するじゃない。

むしろ、究極の接客業だと思ってる。

例え世間に認められなくても、大変で、大事な仕事なのだ。


「んんん、どうしようかなぁ。

 そういえばあたし、どうやってお金貯めてたの?

 額によってはここを出る時期も変動するけど」


「あぁ・・金なら、」


「うぎゃっ」


唐突に子どもの様に抱えあげられて、可愛くない悲鳴が飛び出た。

いいの、心は乙女だもの・・・悲鳴くらい可愛くなくたってバチはあたりません。

ディアボロはあたしを片手に抱えると、おもむろにベッドから降りた。

何をするのかとじっと見守っていた、ら。

がばりとベッドをひっくり返してしまいました。


しかも片手。


右手にあたしを抱えて、左手はベッド。

流石というべきか、人にはマネ出来まいよ。

ディアボロがベッドを脇に寄せると、下から両開きの扉が現れた。

地下倉庫みたいなもんかな?

あたしを抱っこしながら迷いなく屈んで扉に手を掛けたディアボロに驚きつつ、現れたものを見た。


「うぉっ眩しい!」


中にあったのは、二つの大甕。

思わず男らしい声が漏れたのも仕方がないと思う。

片方はきんきらきんのお金様が上まで詰まっていて、もう片方は8割程埋まっているようだった。

貨幣の価値もわかんないあたしじゃなんとも言えないけど、結構これ貯めてるほうなんじゃない?

たかが一年でこれだけ・・すごいね。

良くやった、あたし。


「これ、普通に暮らしていったらどれくらい生活出来るかな?」


「贅沢しなければ、3年は堅いだろう」


「おー」


もう一度言おう。

良くやった、あたし。


「あとはあたしの借金がどれだけあるのかと、残りの年季が問題か。

 ここが吉原とかそういう感じのとこと同じなら、多分あると思うんだよね」


「借金?年季?」


「仕事始めは何にも持ってないから、店側に借金してドレスとか買ってたはずなの。

 年季は、この期間は絶対働きなさいよっていうのが店側で取り決められてるんじゃないかな」


「あぁ、年季というものはないが、借金を返さなくてはならないと言ってたな」


「うーん、やっぱあるよねぇ・・さて、この甕一つで済めばいいけど」


「それなら俺がどうにかしよう」


「どうにか?」


無言でにんまり微笑まれると、悪魔っぷりが増しますね。

凄みが増しててもはやこわい。

しかしそれは多分任せて大丈夫なんだろうと頭を切り替えた。

さてさて、そうと決めたら早速動きましょうか。

やることはたくさんある。









それから一カ月後、あたしは店を後にした。

とりあえず、町外れの鬱蒼とした森の中に居を構えることに決めて。

小さいログハウスみたいなのがあると良いね、ってディアボロと話をした翌日には、新居が出来ていたのには開いた口がふさがらなかった。

さすが人外。仕事が早い。

そんなこんなで、あたしは新生活をスタートさせた。


勿論そこにはディアボロも一緒。


2人暮らしかー、なんて思ってたのも初日だけ。

あとはなんか生活してるっていうよりお世話されてるだけみたいな日々が続いた。

だって、毎晩毎晩盛ってくる馬鹿のおかげで、日中は足腰立たないんだよ。

一体どういうつもりなんだかさっぱりわかんないけど、家事や雑事は勿論、あたしの身の回りの世話とかはディアボロがあっという間に片付けちゃうから、なんとも言えない。

ちょっとなんか介護されてる気分にすらなる。

あたしまだ10代だよね?

精神年齢に至ってはまだ15のままなんだけど、まだ10代名乗ってて大丈夫?

なんか無意味に不安になったりして。

でも、日中は考える時間だけはひたすらにあったから、とりとめのないことばかり考えてて、ある日ふと気付いた。

ディアボロは、わざとあたしをこんな目に遭わせてるって。

毎日抱き潰す勢いでへばらせて、結局外に出させてくれない。

未だに部屋と風呂とトイレしか移動してないのがいい例だ。


・・・本当に、どういうつもりなんだか。


あいつの考えてることがさっぱりわかんない。



「ねぇ、今日も?」


「勿論」


「ちょっとは手加減してよぉ。

 あたしも外出たいよ。

 何のために森に住んでんだかわかんない」


「だめだ」


「何でよ」


「・・・ファナ」


「・・・・なに、」


聞き分けのない子どものように、今日だけは譲ってやらないって決めてたのに。

不意に重たくなる空気と無駄な威圧感に、思わず唾を飲み込んだ。

迫ってくる金の瞳から後退りして逃げ出せば、緩く囲われて逃げ場すら奪われる。

・・・もう、ほんとに何がしたいのかわかんないんだって。


「・・あたしは、あんたが求めてるあたしじゃないよ」


追い詰められたあたしの口から出たのは、そんな言葉。

一緒に暮らして行くうちに、胸の奥に湧いて凝っていた思いが、ここに来て零れてしまった。

言うつもりはなかったんだけど、言ってしまったからにはしょうがない。

だって、最初からこんなの無理があったんだよ。


あたしは『ファナ』なんかじゃない。


あたしは『はな』だ。



あたしは、ディアボロが知ってるあたしにはなれない。



「あんたが求めてる『ファナ』はもう何処にも居ない。

 返してあげられなくてごめん、けど、あたしはあたしでしかないんだもの。

 あんたが好きなあたしは、もう2度と返って来ないんだよ」


ディアボロの顔を見たくなくて、両腕で顔面を覆って、枕に体重を預けた。

言いたくなかったけど、ここまで来たら言わなくちゃ。


「身体だけだったら、あんたにあげる。

 けど、心はあげられない」


だってそれは『華』だから。


なんだかもう情けなさすぎて、涙が出てきた。

しゃくりあげながら必死に涙を止めようと努力していたら、頬に流れる雫を拭おうとする指に気付く。


「ちがう、」


「な、にが」


「違うんだ、ファナ」


「・・だから、あたしはファナじゃないってば」


苦い笑いが零れた。

言っても、伝わらないのかな。

それでも頬に触れる指の優しさに、余計涙が溢れて止まらない。

ここで優しくされるのは、ちょっと、やばい。


「知っている。

 お前がお前であることは、誰にも代えられない。

 お前は俺のものだ、ファナ。

 昔も今もこれからも、お前は俺だけの花だ」


静かに、低い声が告げる。

耳に心地よいそれが紡ぐのは、まるで愛の言葉のようで。

馬鹿げた錯覚にまたひきつれた笑いを零す。

なんだそれ、悪魔がいうセリフじゃないよ。


「嘘だ・・」


認めたくない気持ちが強くて、そんなことしか言えない。

あたしってほんと、可愛くない。


「嘘じゃない。

 俺はお前に、嘘はつかない。

 そういう契約だ」


契約。

そう、この悪魔は、あたしとの契約に縛られてるんだったか。

契約を解いてあげなくちゃ、きっとこいつは還れないんだ。


「契約、解きたかったら、解いてあげる。

 あたしに縛られる必要はないよ」


そう言ったら、ぐっと腕を掴まれて、思わず瞑っていた目を開いた。

無理やり顔の前から外されて身体の横に押し付けられる。

腕が痛い、けど、見つめてくる金の瞳に捕らわれて、何も言えなくなった。


「お前が逃げようとしても無駄だ。

 魂の契約は、魂が消滅しない限り解かれはしない。

 お前の全ては俺のものだ」


残酷なまでの言葉に、けれどあたしは何故か酷く愛おしいと思った。

あたしエムっ気はなかったはずなのに。

どうしてかなぁ、涙が止まらないよ。


「だって、あたし、記憶戻んないよ。この先だって、戻るかわかんないのに」


「それでもいい」


「家事だって出来ないし、ここの常識もわかんないよ」


「俺がやる」


「・・っ何にも、あんたにしてあげれな・・」


言葉は、途中で止まってしまった。

真っ直ぐ射抜くように見つめてくる、金の瞳に捕らわれて、身動きが出来ない。

瞳が爬虫類みたいに縦長だということに、初めて気付いた。

緩く頬を撫でる指の感触に、ぴくりと震える。

・・ちょっと、それ、反則だ。


「何もいらない、お前以外は」


目の前の悪魔が、酷く満足気に、微笑むから。





「じゃ、わかった。

 ・・もういいっていうまで、側に居て」


「いいって言っても、放しはしないがな」



卑怯な言葉で繋ぎとめたのに、それすら受け取られてしまった。

顔中に降って来るキスの雨を甘受しながら、両手を捉えた悪魔の手を握り返す。

悪魔なのに、あたしの手より温かいなんて笑っちゃう。


「ファナ、お前は俺のものだ。

 それと同時に、俺も、お前のものと知れ」


それなんて殺し文句。

思わず涙も止まってしまって、あたしはつい声に出して笑った。






あたしの悪魔に囲われて、今日もこの世界で生きて行く。






巷で流行りの異世界トリップ。

これは、悪魔に捕らわれた華のお話。

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