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はなさんの場合 前編

かち、こち、かち、こち、


規則正しく一定の間隔で鳴り続ける音だけが、頭の中に響いている。

何者にも邪魔はされないというかのようなそれが、時を刻む針の音だということを理解して、緩やかに意識が浮上した。


ここは一体どこだろう?

あたしは一体どうしたんだろう?

・・・なんでこんなこと考えているんだろう?

だって、あたしは自分の部屋で寝ているだけのはずなのに。


ぼんやりした頭を持て余しながら、未だ目を瞑ったままそんなことを思う。


やがて覚悟を決めると、重い瞼を抉じ開けて、だるい身体を上半身だけ持ち上げる。

乾燥しているのか喉がいがらっぽくて、小さく咳をした。

声を出そうとしたけれど、どうにも出にくかったから、風邪をひいてしまったらしい。

両手を支えに、周りを見回してもそこは見知らぬ部屋だった。


ワンルームみたい。

壁にかかる小さな時計とベッドと姿見と、後は小さな備え付けの洋風タンス以外に目につくものがない。

タンスそのものは小洒落たものに見えるけど、年代物だ。

でもそれがなんだか良い味を出しているようにも見える。

あたしはレトロなものが好きだったから、ちょっときゅんとなったのは事実だ。


でも、あたし、何でこんなとこに居るの?


気付いた時には、あたしはここに居た。

薄暗い部屋のベッドの上に、薄いドレスみたいなものを着せられて。

そのドレスも、肩口ががっつり開いたセクシーなものだ。

生地も結構薄くて、触るとスルスル手が滑る。

ふと、なんだか自分の触れているものに違和感を感じて。

ごそごそとスカートをまくって見ると、ガーターベルトとニーハイのストッキング。


何これ、娼婦みたい。


思わず笑いが零れた。

間違っても、お姫様が着るようなものじゃあない。

そんなことがわかるあたしって何だろう、なんて、余計乾いた笑いが零れて行く。


いつの間にこんな格好させられたのかさっぱりわからない。


状況把握するにも、情報が少なすぎて心許ない。



・・・さてさて、どうしよう?




「・・・・」


無意識に宙を眺めながら考えごとをしていたら、ガチャリとノブが回って、見知らぬ男が入ってきた。

銀色の短い髪でがたいが良く、目つきが鋭い。

ぱっと見老けて見えるけど、なんだかまだ若いような気もする。

つか銀色ってそれなんてファンタジー。

おまけになんだか中世ヨーロッパみたいな格好をしていた。

思わず無言で見つめると、一瞬目を瞠ってからこちらへと近づいてくる。

その挙動全てを目で追えば、何故か顔を顰められた。

なんで。


「・・起きたか、身体の具合はどうだ?」


「・・・・・・」


何であたし、この人に身体の心配されてんだろ。


そんなことを思ってしまって、出るはずの言葉が引っ込む。

ていうか、一体誰なの、この人。

こんな人が知人に居るなんて、全く見たことも聞いたこともない。

完全に他人のはずなのに、目の前のこの人はなんだかあたしを知っているみたいに見える。

黙ったまま見上げ続けていたら、物凄い怪訝そうな顔をされた。


「おい、どうした、やっぱり頭もやられたか」


「なんですかそれ」


やっぱりってどういう意味だ。


あまりにも失礼な言葉に、思わず返答してしまった。

いくらなんでもそれは失礼すぎやしませんか。

半眼になってしまったのだって、責められる筋合いじゃないよね。

こちらが不審そうに見つめるのに、何故か相手は酷くほっとしたように息を吐いた。

・・・だから、何なの?


「なんだ、大丈夫そうだな、ファナ」


男の親しげな様子にすら気は回らない。

何故って、いきなり呼ばれたその名が、あたしには全く馴染みのないものだったから。



ファナって、一体誰のことでしょうか。



あたしは、はなですけど?



「ファナって、誰?」


「・・あ?」


当然のように問いかければ、何かがぴしりと固まる音を聞いた。








何だか良く分からないけれども、硬直から復活した男に質問と応答を繰り返すこと暫し。


どうやら、『ファナ』ってのはあたしのことらしい。

そんで男が言うには、あたしがこの部屋の主で、この世界に住んでもう4年は経っている・・とか。

世界っていうことはつまりここはあたしが元々居た世界じゃない。

異世界・・・つまり、良くある異世界トリップをしちゃったらしい。現在進行形で。

それを信じるに足る証拠は?って聞いたら、無言であたしに指を向けてくる。

人を指差したらダメだって言われなかったのか。

けど、そのまま動かなくなっちゃったから、仕方なく自分の体を見下ろした。

あたしが一体なんだってぇの?

男の言いたいことの半分もわからなくて、首を傾げて男を見た。

すると、今度は部屋の片隅に置いてある姿見を指差す。

それで自分を見てみろってことね、はいはい。

のっそりとベッドから降りて、ふかふかの絨毯を歩く。

姿見の目の前に立って、自分の姿をその眼で見て。

・・・・流石のあたしも、絶句した。


「・・・誰」


いや、あたしなのよ。

良く見ればあたしだって、わかるんだけどね?

でも、やっぱり違った。


あたしの記憶の中にある自分より、明らかに変わっている鏡の中のあたし。


肩口までだったはずの髪は腰まで伸びていて、前髪も眉くらいだったのに今は耳くらいまでの長さ。

この髪型なんかどっかで見たことある・・・って思った、ら。

某海賊漫画の女帝の髪型だと気付いてしまったあたしはおたくですとも。

ちなみに、そこまでディープなのじゃなかったから隠れてないよ。

でも、多分これ、ただ単に伸ばしっぱなしにしてただけだよね。

どこまでいっても不精なのは変わらないのか・・・とちょっと自分で自分に絶望した。

それから、記憶の中の自分より若干シャープになった顎と、ウエストが出来ていることに驚く。

だってあたし最近太って顎に肉ついてたのに・・寸胴だったのに・・なくなってるよ、おい。

なのに胸はちゃんと成長していたらしいことにちょっとだけ安堵した。現金と言われても仕方がない。

それから、多分だけど、背も伸びてるみたい。

次に、顔に視点を移す。

顔の作りは変わらない、けれどなんだか違うって、見つめながら違和感がもりもり湧いてくる。

あたしの顔なのにあたしじゃない。

大人びたっていうのかな、これが4年経ったってこと?


「・・・わかったか?」


男に顔だけ向けると、そんなことを問いかけられる。

分かりたくないけどわかりました。

たかが4年、されど4年、か。

・・うん、年食ったね、自分。


「・・で。あたしはここで何して生きてたの?」


ていうかここはどこでどうしてあたしがここにいてあんたは一体だれなのつかあたしに何があった。


洗いざらいぶちまけろとばかりに詰め寄った。

だって、過ごしてきたはずの4年が、ぽっかり頭から抜けてる。

それって何かがあったんじゃないの?


「・・・わかったから、こっち来て座れ。

 身体はまだ本調子じゃないんだろう。

 全部、知りたいことを話してやるから」


上から目線な発言にちょっと引っかかったけど、あたしはすごすごベッドに戻った。

確かに、身体は若干だるいままだった。

身体の奥底から鈍痛があると言うか。

大人しくベッドに腰掛けたら、男に強制的に寝かしつけられた。

なにこれ。


「寝ながら聞け。

 俺はディアボロ、お前の使いだ」


「・・・てか、ねー、名前・・」


「お前がつけた名前だ」


名前の意味を聞こうとして、先手を打たれた。

ぎらっと目を光らせてこっちを睨むもんだから、思わず言葉を飲みこんだ。

そんな怖い眼でこっちみないで。

ていうかそれ、まじであたしがつけたの?

だってディアボロって『悪魔』って意味じゃないか。


「お前はこちらの世界に落ちてきて、ある男に拾われた。

 男は魔術師で、召喚術を得手としていた。

 お前は3年そいつの元で過ごし、1年前に出奔、それからここで働いている。

 俺は2年前、お前に召喚されてからずっと、お前の側に」


「・・・・つまり?あんたの正体って」


「種族として名はない。

 お前達人間は、俺達を悪魔と呼んでいるようだがな」


おおう、なんというか、あたしってネーミングセンスなかったのね。

悪魔にディアボロなんてまんまじゃないか。

つか召喚、あたしがしたの?

すごいねー、実感さっぱりないけど。


「あたしの仕事って、何?」


「人間の男の相手をしている。つまり・・」


「・・娼婦、かぁ」


あらやだ、悪い予感当たっちゃってやんのー。

ていうかあたし、4年前にこっち来たってことは、今19歳ですか?

そんで1年前ってことは、18歳から身体を売って生きてるの?

・・・うーん、もともと貞操観念とかなかったし、好きな人も居ないし。

そういうことに夢も何もないから、実際どうとも思わないけど。

1年前に興味本位だけで初めてあげちゃってたしなぁ。

でも、何がどうなってそうなったんだ?


「魔術師のおじさんは、今どうしてるの?」


てゆかあたし何でそこ飛び出してきちゃったの?


「そいつはもう死んだ。

 召喚術で失敗したせいでな。

 そいつの家族やらに追い出される前に、出てきたんだ」


なんともヘヴィな事情でした。

波乱万丈ですなー。

自分のこととは思えないくらいだ。


「ところでさ、あたし、今15歳までの記憶しかないわけなのよ」


「・・・そうなんだろうな」


「それでね、これからどうするって話とか、してた?

 ずっとこのまま行けるわけないって、絶対思ってたはずなのよ。

 娼婦なんて若さがないと売れもしないしね」


「・・・・・・やっぱり、ファナだな」


ディアボロが、感慨深げに呟く。

なんだかよくわからないけど、感心されてるらしい。

どうしたんだ、一体。


「お前は以前から、娼婦はただの足掛かりだと言っていた。

 金を貯める為と情報収集の為だと、そしてそれはもうすぐ終わると言っていたな。

 そもそも初めから、娼婦で居られるのは、一時だけだと」


どうやら同じことを常日頃言っていたみたい。

そりゃそうでしょうよ。

ここの娼館がどれ程のランクかもわかんないけど。

あたしは、技術も才も芸もない、ただの庶民だもの。

売れると言ったら若さだけ。

それも驕っていればすぐにこの手から離れて行ってしまう不確かなもの。

基本楽観的なあたしでも、そんなもの縋って生きて行くようなことは出来ませんて。


「それで、情報収集って、あたしは一体何を調べてたの?」


話を戻して、一番聞きたいことを聞いてみることにした。

これから先を見据えていた本来のあたしは、一体何を思ってここに居たんだろう。

そうまでして、何を探していたの?


「元の世界へ帰る為の、道を探すと」


「・・・・ふぅん」


思わず、気のない返事をしてしまった。

なんだか意外だった。

あたしは結構どこでも生きていける自信はあったし、元の世界に未練も少ない。

勿論あれが欲しいとかの欲求はあったけど、必ずしもそれが必要ってわけじゃない。

切り捨てようと思えば、捨てられる程の執着心の薄さ。

それに、家族も友達も居たけど、それもまぁ別にそこまで悲しいとは思わない。

あたしの故郷はど田舎で、進学するなら親元を離れなきゃならないのが通例なんだ。

それが早いか遅いかの違いじゃないのかな、なんて思うあたしは他の人より薄情だと自覚してます、はい。

つまりは、親しい人にあまり会えなくなっても、あたしは平気なんだ。

幸せで居てくれたらいいなとは思うし、会えたらきっと嬉しい。

でも、会えなくてもそれはそれで、そっかーぐらいにしか思わない。

そういう認識だったから、あたしは未来のあたしが帰り道を探してることにちょっと驚いたんだ。

・・なんだ、案外あたしも人間らしいとこはあるのねって、ちょっとほっとした。


「帰り方、わかったんかな?」


「・・いや、そこまでは言ってなかった。

 もう少しで手に入る、とは言っていたが」


「もう少しで、手に入る?どういう意味だろ・・・。

 あ、ねぇ、そういやあたし何でこの部屋で寝てたの?今日お客さんは?」


唐突に話題を変えた。

あたしの悪い癖。

話がぽんぽん飛ぶんだよね。


「お前は今朝いきなり倒れたんだ。

 客を取る前だったからな、今日は一日休みということにした。

 ただ寝てるってわけじゃなさそうだったし、いつ目が覚めるかわからなかったから」


「・・そっかー、ごめん、ありがとう。

 それにしてもなんであたし倒れたんだろ。

 おまけに記憶まで無くしちゃってるし」


「・・・・・・」


「ちょっと、ディアボロ、そこで黙んないで。

 なんか嫌な方に想像しちゃう。

 止めてよ?変な陰謀説とか」


「・・・そんなものはない、はずだ」


「はずっていうなよ言いきってよ!

 あたしはただの娼婦だったんでしょー?

 んなあほなことに巻き込まれるわけないじゃん」


そもそも論点はあたしですよ、あたし。

ただのど平民で一介の娼婦如き、何に巻き込まれるってゆーのさー。

殺しちゃった方が手早いじゃん。

なのに身体には怪我をしたような形跡もない。

なんかやたらだるいし、鈍痛はするけど。

・・・・あれ、なんで?


「ねぇ、朝から客を取ってないはずのあたしの身体、ちょっと鈍痛がするんだけど。

 ディアボロ、なんでかわかる?」


そこまで言うと、目の前の男から、こちらを射抜くように鋭い目で見詰められた。

怖いからそんな目で見ないでってば。


「・・・・・そうか、覚えていないんだったな」


「・・えーと・・?」


なんだか不穏な空気と言葉。

どういうことこれ。

なんか聞かない方が良い気がしてきた。




「その痛みの原因は、俺だ」





うわーい、聞かなきゃ良かったぁ。

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