彼らの日常(秋穂と瑞葉)
秋穂さんと瑞葉さんの日常の一コマ。
いちゃこいてるつもりのお話。
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aki様リクでございます。
これは、ほんの日常の一コマ。
彼女と彼の過ごすいつもを切り取った、他愛もない一日。
『あきほさんと王』
「・・・・」
「・・・」
「・・・・・・・」
「・・・」
「・・・・・・・・」
・・ふぅ、
「・・・王、そんなにこちらをご覧になっていても、仕事は減りません」
諦めたようにぱたりと手元の本を閉じ、秋穂は嘆息を零しながら、先ほどからこちらをじっと見つめていた己が夫へと目をやった。
見られていることを知っていても、ひたすら我関せずの態度で居たのだが、じりじりと刺さる視線が痛いくらいになり、ついに無視しきれなくなったのだ。
じとりと恨みがましく見つめてくる、いつもは端正な顔が、今は見る影もなく不機嫌そうに歪んでいる。
「・・・アキホ」
「王、なりませんよ。執務はきちんとこなしてくださいまし」
「・・・・・・・」
「そんな顔したってだめなものは駄目です。
王がここに居ろと仰ったのでしょう、そちらへは行きません」
「アキホ・・・・」
ぴしゃりと秋穂が撥ねつけると、途端にへにゃりと王の眉尻が下がる。
しかしそれも静かな表情のままに、秋穂は一刀両断に切り捨てた。
「執務は執務、王のお仕事の中では最優先事項でございましょう。
全てはそれからです」
「・・・なら、終えればいいのか」
「・・・・・・・終えられるのであれば」
「わかった」
「・・・」
あからさまに嫌味を言ったつもりなのに平然と返された秋穂は、ただただ呆れるしかなかった。
この男は、何故かわからないが後継ぎを作るという目的以上に、秋穂を側に置きたがるのだ。
秋穂がここに居るのは、こちらへ強制的に連れて来られた後、その目的を聞かされ、受け入れることを決めた結果だった。
つまり、この国の王、つまり目の前の男に嫁ぎ、子どもを産むことを。
それを成せば、その後の待遇は保証し、望めば産んだ子にも合わせてくれると言った。
もともと秋穂自身、自分の子どもを産みたいと思ってたけれどなかなか機会がなかった為、彼の出した条件は秋穂にとっては渡りに船だったのだ。
しかし、そこには愛などと言った情はなく、言うなれば契約結婚だ。
少なくとも秋穂自身はそういう認識で、彼の人へと嫁いだのだから。
「・・・」
ちらり、目の前で仕事に精を出す夫を見つめる。
先程の発言をどう受けとめたのか、今は真面目に目の前の仕事を消化しようとしているようだ。
真っ直ぐ書類を見つめる真摯な横顔は凛々しく、見る者の目を惹きつけて止まない。
秋穂にとってもその美貌は眩しいが、観賞用に良いかなぐらいにしか思わなかった。
王から目を逸らし、ひとつ嘆息を漏らす。
愛のない契約結婚をした割に、王がまるで本当の夫婦のように振る舞いたがるのが、秋穂には不思議でならなかった。
「アキホ、終わったぞ」
「え?・・きゃっ」
物思いに沈んでいるうちに、いつの間にか時間は刻々と過ぎていたらしい。
耳に飛び込んできた声に反応したと思ったら、次の瞬間には王の膝の上に居て、思わずしかめっ面をしてしまった。
・・・あぁ、また、こうなった。
「王、何故わざわざ膝の上に抱きあげる必要があるのですか」
「だめか」
「だめです」
「そうか」
納得するような返事をしておいて、だからと言ってこちらの言い分を聞いてくれたわけではないというのがミソだ。
結局の所、自分がしたいようにするのがこの男なのだということを失念していた自分が悪い。
そう思わないと理不尽に感じてやってはいけないということを、秋穂は嫌という程知っていた。
「・・・王、その不埒な手をどうにかしてくださいませ」
「不埒な、とは?」
分かっているだろうに敢えて問い返してくる、目の前の男に一瞬苛立ちを覚える。
先程から王の手がずっと秋穂の背中や脇腹を這っているのだ。
触れるか触れないかの絶妙な力加減は、ぞわぞわと秋穂の背筋を震わせた。
これが尻にまで行っていたなら、反射的に手も出るものだが、まだそこまで行かないあたり王も加減を心得ているのかもしれない。
そう考えて、けれどそれが余計に腹立たしくなる要因となったことに頭を痛めた。
やがて、沸々と沸く怒りをぎゅっと胸の内に押し込んで、秋穂は一つ溜息を落す。
「・・もう、お好きなようになされませ」
完敗宣言だ。
抵抗する方が無駄であるということは、既に身に染みて分かっている。
少し好きなようにさせたほうが、後々自分の身にとっては多少楽になるということも。
その発言を聞いた王が声には出さずとも、嬉々として秋穂の顔中にキスの雨を降らせ始めた。
結婚して一番驚いたのが、王のこのスキンシップの激しさだ。
契約結婚のはずなのに、触れたがるはキスしたがるは、日本人である秋穂にとってはまさしく晴天の霹靂ともいうべき大事だった。
しかし、それに動揺していたのも最初の半年まで。
ひたすらべたべたされていたら、流石に慣れるものである。
耳を打つ軽いリップ音を聞きながら、秋穂は柔らかいその感触を甘受した。
しかし、徐々にエスカレートしていこうとする行為を、秋穂は寸でで止めた。
あまり甘い顔をしすぎると調子に乗るのがいけない。
「ん、もう、王・・・いい加減に・・こら」
「だめか」
「だめです」
「どうしてもか」
「今はまだ夕餉にも到っておりませんから、だめです」
「・・・・」
「だめです」
「・・・・・そうか」
重ねての拒否にしょんぼりと項垂れた王に、秋穂は何故そこまで落ち込むのか理解できず、思わず瞑目して溜息を吐いた。
仕方なしに、抱え込まれた体勢のまま、王の頭を撫でてやる。
「・・今は休憩ですからね」
そんなことを言いながらも、頭を撫でる手つきは酷く緩やかで、優しい。
暗にこのまましばらく居ても良いという許しをもらった王は、暫しの安息に身を委ねるのだった。
『みずはさんとご主人』
「ご主人~、部屋の掃除終わりましたよ・・っとぉ」
今日も瑞葉が一仕事を終え主に報告に行くと、当の本人は椅子に座ったまま転寝中のようだった。
珍しいこともあるものだ、となるべく音を立てないようそろりそろりと近づく。
主の元へ到達すると、まずはその両手に掴まれている書類を避難させることにした。
お仕事関連のものは何より大事にしろと常日頃から教え込まれていた成果である。
それから、さらりと流れる繊細な髪をびくびくしながら払えば、綺麗な顔がお目見えだ。
つくづく思うのだが、やはりこの主は綺麗な顔をしている。
起きている間は大体眉間に皺が寄っているのが勿体なくてしょうがない。
「ご主人・・寝るならお部屋に行ってくださいな。
お掃除は済んでますよぉ」
ちょんちょんと肩を小突くも、深い眠りに移行しているのか、気付いてくれない。
さすがにこの体勢のまま寝るのは身体に悪いし、どうせそろそろ夕方だ。
ご飯を一食抜いたところで死にはすまい。
部屋へ行ってもらおうと、覚悟を決めて主の肩に触れた、次の瞬間。
「うぎゃっ」
「・・・何をしている、ミズハ」
「な、何にもしてませんよぉっ・・って、ご主人こそ、起きてたんですかぁ?」
ご主人にどう声をかけたものかとそればかりに神経を集中させていたせいで、忍び寄る手に全く気付かなかった。
不意に視界が反転し、気付けばいつの間にやらご主人に抱き込まれている体勢である。
何がどうなってこうなった?と考えても、唐突な事態に脳内は混乱するだけで答えを返してはくれない。
そうこうしている間も、瑞葉の体はご主人の膝の上である。
降りなくてはと思うのだが、何故かご主人の腕ががっちり腰に回って身動きが取れない。
向かい合う体勢で、瑞葉はご主人の膝の上に乗り上げてしまっていた。
「ちょ、ご主人・・放してくださいな」
と言いつつも、ちゃっかり両腕はご主人の首に回っていた。
これは落ちたら怖いからだと自分自身に言い訳して。
至近距離で美貌のご主人の顔を見つめると、いつもより少し閉じかけた目が潤んでいることに気付き、瑞葉は勝手にダメージを受けた。
女である自分より色気があるとかどういうことかと小一時間問い詰めたい気分である。
勝手にドキドキと高鳴る胸を内心で押し殺しながら、平静を装って、呆れた顔を作ってみせる。
「完璧に寝惚けてますねぇ・・ほらほら、眠いならお部屋に行きましょーよ。
今日ぐらいご飯抜いても死にはしませんよぉ」
「・・あぁ、わかった」
「うぇっ!?」
瑞葉の言葉に、珍しくも素直に頷いたご主人は、次の瞬間に椅子から立ち上った。
何故か、瑞葉ごと。
まさかそうなるとは思いも寄らず、奇声をあげたのは瑞葉である。
なんだどうした何が起きたと完全にパニックに陥った。
「うええぇごごご、ご主人っ!どうしたんですかぁ!?」
混乱の余り、どもりまくる。
そんな瑞葉にも我関せずと、主は迷いのない足取りで部屋を目指す。
勿論腕の中には横抱きに抱えた瑞葉が居る。
しっかりがっちり固定されている腕は揺るぎもせず、瑞葉に為す術はない。
しかし、このまま行ってどうなるのか、と瑞葉は無意味に焦燥を覚えた。
「ちょっちょっと待って、待って待ってー!ご主人、気をしっかりっ」
とりあえず止まってくれたらと声をかけるも、完全にスルーされた。
ちなみに、長身の主の腕の中、いきなり覚醒した場合を考慮してしっかり腕は首に回されている。
主の目が覚めてしまえば、瑞葉などその次の瞬間には、何の気兼ねもなく床に落されてしまうだろう。
きちんと足から降ろしてくれるわけがない。
悲しいかな、それがご主人クオリティなのである。
「ちょっと・・ご主人てばあぁ・・」
あまりにも反応が薄い上、もう部屋も目前だ。
瑞葉は1人最悪の場合を考えると、すっかり困ってしまって弱弱しい声をあげた。
別にこのまま行っても瑞葉としては構わないのであるが、ご主人の立場的には宜しくない。
万が一ではある、しかし行為自体も身分差がありすぎて、公に出来ないことだと知っていた。
バレなければ良いという話でもない。
寝惚けた主が何を考えているのかはさっぱりわからないが、瑞葉はこのまま流れに身を任せるのは色々と宜しくないだろうとしか思えなかったのだ。
勿論、それが絶対に有り得ないことだということを否定出来ない自分も居るのだが。
そんな瑞葉の内心など置き去りに、ご主人は颯爽と自身の部屋へと入って行く。
足取りだけで言えば、寝惚けているなどとは到底見えない。
さっさと執務机を素通りし、寝室へと進んで行ったご主人に、瑞葉は遂に口を噤んだ。
「ふぎゃっ」
ぼんっと広いベッドに放り投げられ、瑞葉は噤んでいた口を開き、思わず悲鳴をあげた。
なんだなんだ本当にやるのか?大丈夫なのかご主人、と瑞葉の頭の中はご主人を心配することばかりが巡っている。
自分の身は一度奴隷に落ちたくらいだ、どうなろうと構いはしない。
けれど、主はきちんとした身分のある人なのだ。
こんな些末なことで主に泥を塗りたくはなかった。
「ご主人~、本当にしっかりしてくださいよぉ・・・て、ぐおふっ」
最早半泣きで瑞葉がご主人を諌めようとした、次の瞬間。
ベッドサイドで仁王立ちしていた主の身体が降って来て、瑞葉はなんとも男らしい悲鳴を上げた。
直立不動の形のまま倒れ伏してきた主の頭が、寝転がっていた瑞葉の鳩尾にクリーンヒットしたのだ。
これには流石の瑞葉も、一瞬殺意が湧いたことは誰にも責められないと思った。
「ぐぇっほごほっげほげほっ・・ぐっふぅ・・な、何しやがるんですかぁああ・・」
必死に咳をした後、地獄の底から響いてきそうな低い声で問うた所で返答はない。
何故なら、瑞葉の腹の上では、諸悪の根源が眠りこけているからだ。
「ちょ・・・まじ、何事・・・ぐっ、ご、ご主人、そこはちょっと死にます・・・・」
ぐりぐりと頭を擦りつけてくるのはいいが、場所が宜しくない。
瑞葉はせめてもと主の頭をぐいぐい引っ張り、胸元に引き寄せた。
ダメージを受けた鳩尾に、更なる追撃を加えるのはいくらなんでも止めて頂きたい。
良いポジションに落ち着いたのか、主は一度深い溜息を吐くと、瑞葉を抱え込むようにして体勢を整える。
これまた瑞葉には為す術も無く、主の良いように任せていると、好きな体勢になったのか主の動きが止まり、やがて時を同じくして呼吸音が深くなった。
完全に、熟睡モードに入っている。
そしてこの状態は。
「・・・あぁそうですか・・・抱き枕か、あたし・・」
状況を理解して、はあぁ、と盛大な溜息を吐いた。
くだらない心配して損した気分である。
「・・まぁ、いつもお疲れですからねぇ・・たまにはいーですけどぉ」
次回はないと思っててくださいよぉ。
聞こえないと知りながら、小さく呟く。
きゅっと主の頭を柔らかく抱きしめて、瑞葉は身体の力を抜いた。
少しだけ虚しくなってしまったことは否めない。
これでもまだ、花も恥じらう乙女の域を越えたつもりはないのだから。
けれども、想像したことはこの先決してあり得ないことなのだ。
思うだけ損だと、杞憂は杞憂であるとして、早々に切り捨てることにした。
それにどうせ、今はこの腕の中からは逃げられないのだ。
神様ちょっとだけありがとぉ、と内心で呟いたことは、彼の人には聞こえない。
今はただ、不可抗力ということにして、主の抱き枕に徹することに決めた。
翌朝、目覚めたご主人に物凄い怪訝そうな目を向けられ、事情を説明するもなかなか信じてもらえなかった瑞葉は、腹立ち紛れにその日の食事に主の嫌いなものを出し、絶対零度の視線を食らうのだった。
秋穂は嫁いで1年目。
瑞葉は保護されて2年が経過した頃のお話です。